(150 / 274) 原作沿い (150)

世話になったコタンを後にした一行は、豊原に到着した。
大きな街なのは本当らしく、今まで入った村や町よりも大きく賑わっていた。
少しだけ自由時間をくれると言う月島の言葉を信じてサラシや味噌を後回しにしようとアシリパを探すため街を歩く。
『さあ!今日も頑張ってアシリパさんを探すぞ!』と久々に大きな街に来て若干テンションが上がり意気揚々とアシリパを探しに歩き回っていた水城だったが…


「待てコラァア!!!」


今現在、なぜか街で楽しい楽しい鬼ごっこしていた。


「誰かその子供を捕まえてくれ!!『置き引き』だ!!」


前を走るのは子供だった。
その背中には水城の背嚢(リュック)を背負っており、水城は隙を突かれ置き引きされてしまった。
そのため絶賛鬼ごっこ中というわけである。


「あの背嚢に岩息の刺青の写しが入ってるのか!?」

「そう!!」

「二手に分かれるぞ!!挟みうちだッ!!」


岩息の刺青の写しは水城の背嚢に入れていた。
しかし大きな街である豊原まで辿り着いたまではよかったが、つい背嚢を置いて話をしている間に目の前を走る子供に盗まれてしまったのだ。
アシリパ探しは谷垣とチカパシに任せて、盗まれた本人の水城と鯉登と月島で子供を追いかけていた。
月島の言葉に『了解!』と叫ぶように返事をし、水城と鯉登は月島と別れて走る。
水城は焦っていた。
自分の不注意で置き引きにあうだけならまだいい。
だがあの背嚢の中には岩息の刺青の写しが入っているのだ。
何が何でも取り返さなければならない。
しかし…


「えっ!?嘘でしょ…!?」


子供はしつこい大人たちにそのままでは逃げきれないと思ったのか、立てかけてあった細い竹の棒を一つ手に取り、背の高い家の屋根に立てかけ、その棒を足と手だけで登った。
その動きは見事なもので、水城は驚いて目を丸くさせる。
屋根の上を移動され水城は舌打ちをしかけたその時、鯉登が壁を蹴って屋根へ上がり、屋根から屋根へと渡って子供を追いかけた。


「え…ええ…うそぉ……音之進…あなた本当に猿じゃない…」


屋根の上の追いかけっこが始まり水城はポツーンと置いて行かれてしまった。
身軽な鯉登に水城の頭に可愛い小さな使用人が鯉登を嫌味で呼んでいた呼び名を思い出す。


「ハッ!い、いかんいかん!!ぼうっとしてたら駄目だ…!!」


2人の身軽さに驚いている暇はないと水城は我に返って鯉登が向かった方へと足を向ける。
しかし下から屋根で追いかけっこしている二人を追うのは少し骨が折れる。
子供はわざと入り組んだ方へ走っているため、いつのまにか見失ってしまった。


「いたか!」

「いない!見失った!!」


広い街だから賑わいがあり人通りも多い。
そのおかげで減ってきた日用品を買い足しできるし、アシリパの情報もあるはず。
だが、対して広くて大きい街という事はそれ相応の敷地と抜け道があるという事だ。
途中月島と合流した水城は再び二人で鯉登と盗人を探すため走る。
その途中にアシリパの聞き込みを頼んでいた谷垣とチカパシも合流し、4人で探すことになった。
当てもなく広い街を走り回っていると、銃声が聞こえた。


「銃声だ!」


以前にも鯉登が囚人を追いかけて銃で知らせたことがあるため恐らくこの銃声もそうなのだろう、と言う月島を信じて4人はその銃声の元へと駆けつける。
そこは大きな空き地だった。
しかしその空き地に何か催し物を開催するのか、大きな天幕を建てている途中だった。
空き地の入り口から入れば丁度入り口近くで鯉登の姿を見つけた。


「音之進!ずっと追いかけてくれたのね…ありがとう」


自分の不注意のせいとはいえ、息を荒くするまで追いかけてくれた鯉登に駆け寄ってお礼を言った。
『当然だろう?』と返しながら水城の頭を撫でるように軍帽をポンポンと叩く。
鯉登の前には盗人の少年だけではなく、シルクハットをかぶり和服を身に包んでいる小太りの男がいた。
男は集まった軍人一同を見て顔を青ざめ慌てて少年の頭を押さえ水城達の前で土下座をする。


「申し訳ございません!!よりにもよって兵隊様から荷物を盗むとは…!こいつは孤児で育ちが悪く何度罰を与えても悪い癖が治らんのです!!」


バッと効果音が聞こえるんじゃないかと思うほど勢いよく土下座する男と少年に水城は困った表情を作る。


「土下座なんていいわ…大ごとにする気はないし…私達そんな場合じゃないから…」


背嚢が盗まれたのはこちらも悪いと言えよう。
一般人ならいざ知らず、水城は一応女の身でありながらも軍人だったのだ。
盗まれる隙を作った水城も悪い。
水城も返してくれるのならそれでよかった。


「いいえ!これ以上世間様にご迷惑をおかけするわけにはいきません!!今日この場で保護者として責任を取らせていただきます!!」


しかし相手側はそれでは気が済まないらしい。
男の言葉に水城は『いや、それいいから』と早く切り上げたいと思い言いかけたその時…―――男はおもむろに刀を抜き少年に切りかかった。
少年は顔を斬られ血が飛び散る。


「何やってるんだ!!まだ子供だぞ!!」


いくら罰とはいえ、子供を斬りつける男に水城はカッとなって殴り飛ばした。


「傷を押さえてろ!医者へ連れていく…!」


その間に谷垣が少年に駆け寄り医者に連れて行こうとしたのだが…


「あれ?切れてない…」


少年の傷口を見れば真っ直ぐ縦に切れているはずの傷口が見当たらず、血が擦り取れた。
呆気に取られている谷垣に少年はニコッと笑って見せた。
それを見た水城はハッとさせ男に振り向く。


「これ偽物の血!?」

「ええ…こっちは本物ですけど」


どうやらカラクリがあるらしく、刀は偽物らしい。
少年の流した血は偽物だが、水城が殴って出した男の鼻からは本物の血が流れていた。
男曰く、少年を斬りつけたのは場を和ますつもりだったらしい。


「これは『手品』というものです…刀に仕掛けがあるんです…海外公演で大反響だった演目『ハラキリ』の小道具です」


そう言って見せたのは小道具とは思えないほど見事な作りの日本刀だった。
どうやら男達は『芸人』らしく、少年は長吉といい『軽業師』というアクロバット技を演じる曲芸師だとか。
それに水城も鯉登も身軽さに納得していた。
そして、


「曲馬団『ヤマダ一座』…座長の山田と申します」


男はシルクハットを被り直し、名乗る。
男はこの一座の座長だった。
ヤマダ一座はロシア各地での巡業を終え日本に凱旋し樺太での公園を控えているのだとか。
その説明を聞き水城は考え込み…


「これだ!!」


突然声を上げた。
谷垣が『何が?』と返したので水城は谷垣に振り返り続ける。


「目撃状況などを考えてアシリパさんとはまだそんな離れているとは思えない!この広い街の中聞き取りしていても効率的じゃない!私が生きてることをアシリパさんに伝える方が手っ取り早いんじゃない!?」


岩息からの情報からして水城達とアシリパ達の間にある距離はそれほど遠くはない。
水城は谷垣から座長へと振り向く。


「私を樺太巡業に出して!!『不死身の杉元ハラキリショー』でこの大都市豊原に私の名前を轟かすのよ!!」


今までこちらが探すことでしか方法がないと思っていた。
しかし、名を轟かすことでアシリパに水城が生きていることを知らせる事が出来るかもしれない。
その場合尾形とキロランケの耳にも入るが、この際どうでもいい。
どうせ鍵であるアシリパを警戒されたくないため尾形とキロランケは水城を殺そうとしアシリパの父親を殺したことなど話さないだろう。
変に急げば賢いあの子の事だから二人の異変に気付くはず。
だから恐らくは急いだとしてもそう距離は離れないはず。


「いやいや!!いきなり『私に講演でハラキリ芸をやらせろ』と言われても!!」


しかし、座長である山田もそう簡単に頷けない。
芸を教えるという事は種明かしという事になる。
芸人に種を明かせという事は家を公開しタンス貯金から通帳まで大公開する事と同じだ。
例えはアレだが、芸のカラクリは芸人として死んでも守らなければいけないのだ。
そのため断られてしまう。
しかし水城は諦めなかった。
水城は長吉を指さす。


「あら、じゃあそっちの長吉を置き引きで警察に突き出してもいいのかしら?」

「い、いや…そ、それは困ります!うちの花形ですから!!」

「じゃあ教えなさいよ」


そもそも長吉が手癖の悪さに置き引きをするのが悪い…と水城は開き直った。
警察はこちらも困るが、方法などいくらでもある。
上から目線の水城に山田は焦った表情を浮かべながら刀を抱きしめる。


「そもそもハラキリと他人にやらせるってことは手品のカラクリを明かすということですよ!!」


水城がカラクリを広めればこのハラキリショーはもう使えなくなる。
種明かしした芸ほど面白みのないものはない。
下手をすれば一座がなくなる事もありえるのだ。
そんな(水城からしたら)駄々を捏ねる田中に水城はそっと歩み寄り、後ろからピタリとくっついて意味ありげに山田に触れる。


「私は芸人になる気はないもの…墓場まで持っていくからさ…ね、いいでしょ?」

「ええ〜〜?でもぉ」


すっと後ろから手を回して頬を触れる。
顔を近づけ耳元で囁けば山田はもじもじとさせた。
頬を赤らめ水城から顔を背けようとする田中と、顔を背けるのを許さないと言わんばかりに顎に指を添える水城。
その光景はさながら旦那の留守を狙って人妻(♂)を口説く酒屋(♀)のようだった。
月島はそんな絵面がクッソ汚い光景を見せられ遠い目をしていた。
しかし何となく鯉登へと視線をやれば、彼は無反応だった。
むしろ楽しんでいる水城を見て微笑ましく暖かく見守っていた。
恋人の不義が目の前で広げられているのに冷静を保っている上官を見て意外に思うが、岩息の時を思い出し納得する。
彼曰く『本気じゃないから平気だもんっ』なのだろう。


「そちらの方々も出演して頂くのが条件なら良いのでは?」


『ほらほら、どうしたの?イッ(言っ)ちゃいなさいよ…いいってさぁ』『あっあっ〜〜だめですぅ〜〜』とどう見ても誤解を招くやりとりを遠い目で見ていると長吉が余計な事を言い出した。(月島の本音)


「なに?」

「体調不良の者が数名出ていて演目に穴が開きそうなのです」


体調不良ならば仕方なく、兼用できる者も少ないため今回の演目は何目か休止するつもりだった。
だが、長吉は水城の言葉に何かを思いついたのか月島達も演目に出るのが条件に水城にハラキリショーをする許可を出してもいいと言い出した。
『特に』と長吉は鯉登に手で差す。


「特にそちらの方…オイラが見るにこの世界が向いてると思いますよ」


指名された鯉登はキョトンとさせた。

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