(151 / 274) 原作沿い (151)

なんとか水城達は芸を仕込んでもらえるようになった。
しかし、とは言え素人が簡単に出来るものなどたかが知れている。
まずは指導を受ける前にどういう演目に適しているのか見る必要があった。
まずは長吉が得意とする曲持(きょくもち)を披露して見せてくれた。
曲持は色々な物を手、肩、足などで持ち上げそれを操って見せる日本に古くからある芸である。
その説明通り、地面に敷いた敷物の上に大人の男が仰向けになり、次から次へと様々な大きさの木桶を器用に持ち上げ乗せていく。
その上に長吉が乗り、番傘を持って絶妙なバランスを保ち片足を上げポーズをとる。
ヤアッ、と声を上げて長吉は乗っかっていた桶や番傘全てを派手に散らせ、足で支えていた男の足裏に着地する。


「おお!すごい!!」


それを見て水城は純粋に楽しみ拍手を送る。
続いて鯉登が試しにやってみせると、鯉登は簡単にやって見せた。


「ええ!?ウソ…!?」


鯉登は長吉がしたように最後に桶を落とし、男の足裏に着地する。
それを見て山田はぎょっと目を丸くさせて驚き、長吉は思った通りだと笑う。
長吉と同じく、鯉登はバランス感覚が優れていた。


(猿…猿がいるわ…カナ…)


仕舞いには膝を抱え男にクルクルと回転させられている鯉登を見ながら水城はここにはいない使用人だったカナに呟いた。
内心『カナが言ってた猿っていうのはあながち間違いじゃないかもしれないわね…』と恋人に対して失礼な事を思う。
次に水城達でやってみることになり、鯉登以外の4人でひとまず支えながらやることにした。


「杉元、しっかり持て」

「持ってる持ってる」

「おい!なんで俺が下なんだ!?ちょっと待て!一旦置いてくれ…!」


なぜか谷垣と水城が大きな桶を支え、桶を足に乗せるのは月島の役になっていた。
訳の分からないうちに敷物の上に寝転がり足に桶を乗せられる月島は待ったを掛ける。
だが、そんな月島の制止など二人は聞く耳持たず、なぜかチカパシではなく支えていた谷垣が乗り込んできた。


「いや…!!お前じゃないだろッ!!」


普通は体重の軽いチカパシが桶に乗る役ではないのだろうか。
そう思っていた月島はまさかお肉が付きピチピチなマタギが乗り込んでくるとは思っておらずぎょっとさせた。
当然バランスを崩してマタギ入りの桶が月島を下敷きにし、ピチピチマタギ入りの桶を水城とチカパシは転がして遊び始めた。
鯉登以外はこの演目に向かないと分かり、次の演目へと移る。


「こちらは『サイカホール』という演目の舞台です」

「ええ〜〜なにするのコレ〜」


次に案内されたのは、木の骨組みでスリバチ型に建てた大きな舞台セットだった。
だんだん普通に楽しみだした水城はまるで客のようなノリで山田に聞く。
乗っているところを見せた方が早いと山田は男女を呼び出し、演じてもらう。


「日本の伝統的な芸を軸にしつつ、海外を巡業した時によそで観た芸も積極的に取り入れてます」


そう山田が説明している横で男が女を肩車し、傍に置いていた自転車に乗ってサイカホールに入り壁を自転車で走りだした。
それを水城は目を輝かせて見上げる。


「すごいすごい!!」


拍手をする水城に中にいる女性の団員が手を振ってくれた。
水城も手を振り返している横で山田が鯉登に『やってみますか?』と問い、鯉登はチラリと水城を見た後頷いた。


「では、相手の方は…」

「いや、相手はもういるから結構だ」


山田は鯉登に輝きを見出していた。
長吉が認めるだけあって先ほどのバランス感覚は素晴らしいものがあった。
もっと鯉登の演目が見たいと思い、サイカホールも誘ってみれば案外ノリノリなのか頷いた。
自転車も練習が必要だろうが、鯉登なら大丈夫だろう。
ではそうなると鯉登の肩に乗る相手が必要で、やはり慣れた女性がいいだろうと今水城をお客に演じている女性がいいだろうと考える。
しかし、鯉登には断れてしまった。
『えっ』と驚く山田をよそに鯉登は水城を見つめる。


「私に乗っていいのは雪乃だけだ」


そうドヤ顔を見せる鯉登に山田は『あ…っ(察し)』と声をこぼしトゥンクと頬を赤らめ口を手で隠した後、ドヤ顔の鯉登にキリリとした顔を見せて頷いて見せた。
驚かせてやろうと気配を消してサイカホールに夢中になっている水城の後ろに立ち、それに気づいていない様子の水城に鯉登は少年のような悪戯っぽい笑顔を浮かべ近づく。
山田座長もなんだか悪戯する直前のようでハラハラドキドキ面白可笑しく見ていた。
しかし…


「今、私を肩車しようものなら誰であろうとそのまま頸動脈ごと足で首絞めて殺す」


ポツリと小さく呟かれたその言葉に鯉登も山田も動きを止めた。
水城の目線はサイカホールに向けられているが、殺意は鯉登に向けられていた。
山田は素人ながらにその殺意に気づきゾクリとした冷たさを感じ、ハラハラしながら鯉登を見た。
鯉登も気づかれ水城の凍り付くような言葉に青ざめていると思っていたが…―――


「雪乃に殺さるっなら本望や!!!」


そう言ってズボッと水城の足と足の間に頭を突っ込みそのまま肩車した。
水城は引くかと思っていたためまさかの強行突破にぎょっとさせ驚く。


「ぎゃーっ!なにしてるの!?なにしてくれちゃってるの!?最っ低!!音之進最低!!やめてって言ったのに!!!馬鹿なの!?その耳は飾りなの!?」

「何を遠慮してるのか知らんが安心しろ!!私がお前を落とすわけがなかろう!!」

「落とす落とさないの問題じゃない!!乙女の問題だ!!」

「大丈夫だ!この世界でお前が一番凛々しく可憐で美しい乙女だ!!」

「もうやだ話通じてない!!ぐんそーー!ぐんそーーーっ!!お宅の少尉さんが暴走してますよおお!!保護者なら保護者らしく回収してくださあああい!!」

「雪乃きさん!おいがおっちゅうと(いるというの)に他ん男にそらみ(よそ見)とはないごっ(なにごと)だ!!」

「だから話ちゃんと聞いてぇ!?」


鯉登が何を考えているかなんて水城にはお見通しである。
鯉登が望むのなら、なんでもしてあげたい。
それこそ特殊プレイだって常識範囲内ならどんとこいだ。
だが、これはいけない。
これだけは許されない。
殺気を送ったのに全く聞きもしない鯉登に水城は結局肩車をされてしまった。
保護者(という名の飼い主)に助けを求めたが、月島という名の飼い主は聞こえないふりをして顔を水城から背けていた。
谷垣は役に立たないし月島には見捨てられるし抵抗しても鯉登に肩車されたしで水城はついに泣き出してしまう。
しかし図太いのか、うっうっと泣きながら水城は報復として鯉登の髪を引っ張り、太ももで顔を挟んで整った容姿を思いっきりブサイクにしてやった。
しかし、想い人の太ももに挟まれた男にその報復は報復ではなく幸福であるのを水城は気づいていない。


「アシリパさん達と旅するようになって太ってきたから嫌だったのにぃ〜!音之進の馬鹿ぁぁ!!」

「いだだだっ!抜くな抜くな!雑草のごとく私の髪を抜こうと引っ張るな雪乃!!あ、安心しろ!軽いぞ!羽根のように軽いから安心しろ!!」

「羽根と同じ体重の人間がいてたまるかぁ!!」


恋人の太ももに挟まれ幸せではあるが、同時に将来頭の天辺が心配になる。
水城が肩車を拒んだのは、アシリパと旅をはじめてから太ってきたからだった。
軍人は優遇されているとはいえ常に豪華な食事というわけではなく、戦争が長引くだけ国の物資は落ち始め、軍を抜けたら抜けたで貧乏生活。
しかしアシリパと出会ってから水城は食事に恵まれ、それに比例して肉付きもよくなった。
谷垣にはあれほど『ぱっつんぱっつんね』と言っておきながら水城も確実に体重が増えているのだ。
とはいえ、水城の体重は軽くもなく重くもない平均で、肉がつくようになった分体型も女性らしくなっているので悪くはないのだが…そこは乙女であるため…と言っておこう。
結局水城の抵抗に鯉登はサイカホールを諦めた。
しかし、かと言って鯉登ほどの男がサイカホールをやらないというのももったいない気がしないでもない。
そう思い山田が『別の女性を乗せて挑戦してみますか?』という問いに『雪乃でなければやらん』と答えたという。
鯉登音之進は、今日も今日とて恋人愛がブレない。

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