(152 / 274) 原作沿い (152)

結局、鯉登以外戦力外通知を受けることになった。
だが水城が出る演目は『ハラキリショー』である。
必要なのは技術でもバランス感覚でもなく、演技だ。
しかし長吉が行うバランスを重視するような難しい演目ではないが、単純なカラクリだからこそ難しいところがある。
どれだけ刀が本物であり、どれだけお客をハラハラさせるかが腕の見せ所だ。
ちなみに、月島と谷垣は少女団という演目のわきで踊る可憐な少女たちの中にぶち込まれた。
ハラキリショーは座長の山田が演じているらしく、座長と一対一で終わることになった。


「まず和紙を切って観客に刀が本物であることを確認させます」


山田は刀を抜き和紙一枚を取り出してスパッと刀で和紙を切って見せた。
その切れ味は本物そっくりだった。
アシスタントとして一緒に見ていたチカパシはフルフルと声と体を震わせる。


「本当に切れてるよ?それ本物じゃないの?怖いッ!」

「ちょっとちょっと!山田座長!本物使ったら危ないでしょ!」

「大丈夫ですよ、仕掛けがありますから」


怯えるチカパシの頭を撫でながら水城は本物を使っていると思った。
どこかですり替えると思ったが、どうやら違うらしく、しかしカラクリがあると座長は言う。


「そして祈ります」

「それ必要あるの?仕掛けがあるんでしょう?」

「斬る部分に水をかけてお清めをします」

「それも必要?手品でしょ?」

「とても重要です――ハイッ!では斬りますよッ!」


一々文句を言う水城など気にもせず、山田は勢い付けながら濡らした腕に刀を切るように押し付ける。


「何度か腕をなぞって観客のお客さんによく見せてください!」

「わああッ!!すっごい血が出てるよ!大丈夫!?」


シャシャ、と何度か腕をなぞりながら斬っていくとその傷口から赤い血がドバっと出てきた。
それを見てチカパシが思わず声を震わせ顔を青ざめる。


「金玉がひゅんひゅんするッ!どうして?杉元ニシパ!」

「知らない」


痛々しくて見てられないのになぜか見入ってしまう。
男の子の大事なところがひゅんひゅんするとチカパシは青い顔して抑えながら水城に問うが、水城が分かるわけがない。
水城は男装していても身も心も女の子なのだから。
あとゴリラだから。(主にこれ)


「足にも水をかけたら斬ります!観客の近くまでケンケンしながら血を見せます!その頃にはもう観客は唇真っ青で阿鼻叫喚ですッ!中央に戻り上半身を露にして水を掛けます!そして!切腹!!」


説明しながら山田はハラキリショーの一通りの工程を水城に教える。
最後は敷物を敷いてその上で切腹の真似事をして終わった。


「こんな感じですね…あとは助手が私を布でくるんで奥へ運びハラキリショーはおしまいです」


切腹の真似をして苦しそうに蹲っていた山田だったが、ショーが終わるとパッと表情を明るくさせいつもの人の良い笑顔を浮かべていた。
チカパシと水城は拍手を送った。
職業病なのか、拍手を送られ団長はぺこりと頭を下げる。


「仕掛けをバラしますと…刃の部分に深い溝がありまして…唐紅の染料を固めたものが詰められています」


一通り見せた後は仕掛けを説明する。
斬って出た偽の血は唐紅という染料だった。
斬る場所に水を掛けたのも染料を溶かして血のように見せるためで、お祈りも斬る前に水を掛けるという違和感を拭うための儀式として取り入れていた。
散々それに文句を垂れていた水城も納得の二文字である。


「ん?でもなんで和紙が切れたの?その刀偽物なんでしょ?」

「ええ…手前半分は本当に切れるようにしていてそこで和紙を切っているんです」


仕掛けは分かったが、先ほど最初の方で見た和紙を切るパフォーマンスに疑問を持った。
斬っても血が流れないのなら刀の役割は果たされていないはず。
なのに和紙は切れていた。
その疑問も答えてくれた。
仕掛け刀にはもう一つ秘密があり、柄の手前半分は本物で出来ているらしい。


「じゃあ杉元さん、ちょっと練習しましょうか…手前の刃には気を付けてくださいね」

「はい!」


ようやく練習できると水城は意気込む。
アシリパに届くかは分からない。
だけど届くために一生懸命練習して新聞に載るように頑張るしかない。
水城は仕掛け刀を座長から受け取り、グッと柄を握り締め…


「南無阿弥陀仏ぁ!!」

「ヒッ!念仏!?」


なぜか念仏を叫んだ。
アシスタント役のチカパシが腕に水を掛けるとまたしても声を大にして叫ぶ。


「ハアアッ!冷たい冷たい!!水が…すごく冷たい!!」

「『水が冷たい』って情報は別に客に伝えなくていいですから…!」


大げさに冷たいと繰り返す水城に山田も思わず突っ込む。
水をかけ終えるといよいよ斬る番だ。
これが最も難しいと言えよう。
実際斬れていないのに痛がる演技をしなくてはならないのだ。
日々の練習や役者の才能がないかぎり棒すぎて白けて台無しになる事もある。


「斬るよぉ〜〜?斬るよぉ〜〜?」


勿体ぶって斬るのを躊躇う演技をする。
そして手前に肌をつけないよう気を付けながら水城はピタリと染料の部分を濡れた肌にくっつけ…


「痛だだだだッ!!いっったーーッ!うううーッ!痛だだッ!」

「ちょ…」

「痛だだだだッ!!!」

「『痛い』って言うのやめて?」


腕を斬れば大げさに痛いと叫び、足を切っても痛いと叫ぶ。
流石に突っ込み切れず一旦止めた。


「ちょっと痛がる声が過剰ですねえ…お客さんの気が散りますからもっと格好良く優雅に振舞ってくださいよ」


痛いのは通じているが、大げさすぎて白ける。
それが今の水城の評価である。
痛いのだと伝えたいのは分かるが、大げさすぎてもダメなのだ。
そう修正を入れようとした山田の言葉に水城はむっと眉を顰めた。


「はあ?何言ってんの?こういうゆっくり引き裂く斬り方はすごく痛いのよ…刺されたりするのはすぐには痛くないんだけど」

そんな怖いこだわりはいいですから!!


胸もあるし、顔も女性的で整っており、鯉登とそういう仲だというのはサイカホールで察していた。
なぜ軍服を着ているのか分からないが、コスプレか何かか、または何か事情があるのだろうと軽く流して気にしないでおいた。
しかし、痛み講座といい、顔の傷といい、どうも普通の人生を歩んではいないようである。
まあそうだとしても山田には関係なく、ちゃんとハラキリショーを成功してくれればなんでもいいのだ。
『大丈夫なのだろうか…』と若干頭が痛くなってきた山田を放置し、チカパシに『もう一度やろうか』と再度練習しようとした水城の耳に黄色い声が届く。
そちらに目をやれば鯉登が男の肩に縦に乗せて立たせている細い一本の竹を歩くように登っていた。
黄色い声はその傍で鯉登の練習を見ていた一座の女性たちだった。


「あれは?」


何となく気になって山田に聞くと、今鯉登が練習しているのは『一本竹上乗芸』という演目らしい。
その名の通り一本の竹に足だけを使って登る演目である。
山田の説明を聞きながら水城は『へえ』と声をこぼし鯉登の練習を見る。


「鯉登さん!観客に向かってキスを投げてください!」


鯉登の講師は花形である長吉だった。
長吉は色々な演目を鯉登に試させてどれがより向いているのか吟味していた。
とはいえ、どうやら鯉登は才能があるのかどの演目も捨てがたい。
その中、長吉が投げキスを指示する。
海外を回っているせいか、演出として投げキスはこの一座では普通となっているが、まだ明治時代に投げキスは広まっていない。


「キスを投げるとは?」

「『投げ接吻』です…海外では受けるんですよ」


長吉の言葉に『ふむ…観客にキスを投げる、か…』と竹に上っている体勢をそのままに考える。
中々キスを投げない鯉登に長吉はやり方が分からないのかと思い『こうですよー』と投げキスを見せてみる。
それを見て鯉登は腕を組み…


「いや、それは出来ん」

「え!どうしてですか!?鯉登さんみたいな貴公子のような男性なら女性からの受けはいいんですが…」

「私のキスは雪乃のモノだからな!!」


ドヤッ!!と本日二回目のドヤ顔に長吉は『は、はあ…』と何とも言えない表情を浮かべ、女性陣は期待していたのか残念そうな声が上がる。
ところどころ『雪乃って誰よー!』という声が聞こえなくもない。


「いや、そんなの別にいいからキス投げなさいよ」


そんな鯉登に水城が冷たい一撃を与えた。
ドヤ顔をしていた鯉登は明らかに『ガーンッ』という文字を背景に浮かべショックを受けており、山田と長吉も恋人への冷たい対応に水城を二度見した。


「そんなのとはなんだ!そんなのとは!!お前は私が他の女にキスを投げても平気なのか!?」

「何言ってるの?たかがキスを投げるだけでしょ?口と口じゃないじゃない…それにそれはただの接客でしょ?」

「たかがだと!?お前は私とのキスをたかがと思っていたのか!!」

「はあ!?なんでそうなるわけ!?今は関係ないじゃない!」

「関係あるわ!!!散々私とのキスに骨抜きにされておいてたかがとはよく言えたものだな!!!」


カチーン、と来た。
鯉登も水城もお互いの言葉にカチーンと来た。
鯉登は水城は自分の物だし、自分も水城の物だと思っており、キスだってサービスとはいえ水城以外にしたくはない。
そこに詰められているのが愛情であれ、親愛であれ、自分の全ては水城だけのものだ。
なのに水城は自分のキスを『たかが』と言ったのだ。
あれだけうっとりとさせているくせに。
あれだけ骨抜きにされているくせに。
キスをされただけで濡らすような女が良く言えたモノだと腹が立った。
対して水城も腹を立てていた。
勿論水城は鯉登の事が好きだ。
愛している。
だがサービスに一々目くじらを立てるほどの純粋さは水城にはない。
そんな純粋な心は吉平に塗り消されてしまった。
投げキスだって鯉登の愛が詰まっているわけではなく、気持ちよく帰ってもらおうと言う誠意が詰められていると思っているから『たかが』と言ったのだ。
二人は見事にすれ違っていた。
お互い言い合いがヒートアップし、水城は鯉登の言葉にブチリと何かが切れた。
ゆらりと鯉登の元へ歩み寄り、持っていた刀を勢いよく鯉登に向ける。
ヒュン、と空を切る音が聞こえた。


「いいわ…―――その喧嘩買ってやる!!さっさと降りて来なさいよ!この不死身の杉元という名が偽りなしだと教えてやる!!」

「いいだろう!!その度胸だけは認めてやる!!お前が誰のモノかその体に直接教えてやるわ!!!」

「ええええ!?なんか突然喧嘩が始まったんですけど!?」


鯉登も売り言葉に買い言葉、と軽々と竹から降り水城と向き合う。
水城しか武器を持っていないが、その刀は偽物だ。
人を斬れる真剣ではない。
しかし、手前は本物なのだ。
和紙もスパッと斬れる切れ味のいい日本刀なのだ。
怒りで我を忘れているとはいえ、もし本当に斬られたら講演どころではない。
しかも相手は期待のホープである。
怪我をされて出演できなくなると困る。
とは言え軍人同士の喧嘩に一般人が首を突っ込めるわけでもなく…
座長は青い顔をしながらあわあわとさせ、女性陣は『きゃー!』やら『鯉登様に怪我させたら許さないわよー!』やら『鯉登様やめてー!』やら悲鳴が聞こえる。
それも相まって水城の苛立ちは高まるばかりだった。
嫉妬とかではなく、ただ単純に女の世界に弾かれたせいで女性の悲鳴が煩く聞こえた。
まさにその場に一触即発の緊張感が流れた。
誰もが遠巻きに軍人喧嘩の喧嘩をゴクリと喉を鳴らし見守っていたその時―――


「喧嘩するな!!」

「あだッ!!」


ゴン、ととてもいい音が静まり返っている中響き渡った。
水城は怒りで周りが見えていなかったが、頭に突然走った激痛に思わず頭を押さえてしゃがむ。
どうやら物で頭を殴られたようである。
水城の耳に『雪乃!?』と鯉登の声が入ったが、それよりも水城は後ろを振り返って涙目で自分を殴った相手を睨む。


「痛い!!月島軍曹!!」

「痛くしたから当たり前だ!目を離した途端に騒動を起こすな!!お前らは子供か!!」

「月島貴様ァ!!よくも雪乃の頭を殴りおって…!雪乃に謝らんか!!」

「鯉登少尉殿も一等卒の喧嘩を買うとは何事ですか!!それでも少尉ですか!!だいたいこの際言わせていただきますが恋人を溺愛するのも大概にしてください!!面倒く…居た堪れない気持ちになるんです!!」


水城を殴ったのは月島だった。
その手にはハラキリショーの刀の鞘が握られていた。
水城と鯉登の喧嘩が始まったのを見てチカパシが慌てて月島と谷垣の元へ駆け込んだのだ。
事情を聞き止められるのは自分だけだと月島が駆けつけ、鞘を拝借し殴ったのだ。
水城を殴ったのは丁度近くだったし、何より水城は頑丈だと知っているからだ。
それに立場的に流石に上官の頭を殴るのは出来なかった。
ついでに本音をポロっと出しながら月島の説教は山田が止めるまで続いた。

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