(153 / 274) 原作沿い (153)

※一座にいる一部のモブが嫌な性格しています。

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水城と鯉登の喧嘩は月島のおかげでなんとか収拾がついた。
しかし二人の間に流れる空気は最悪なままで、仲直りするでもなく二人はお互いの練習に戻ってしまった。


「きゃーっ!鯉登様〜〜!」


水城は黄色い声に青筋を一つ、また一つと増やしていく。
天幕の中が広いと言っても同じ空間での練習なため、どうしても相手側からの音が聞こえてしまうのだ。
特に鯉登の整った顔に引き寄せられた女性達の黄色い声は遠くまで聞こえるのではないかというくらい煩く聞こえ、更に水城の機嫌が悪くなっていく。


「チカパシ!水!」

「う、うん!」


ついチカパシに当たってしまうようにキツい口調となってしまう。
それに申し訳ないと思う余裕は今の水城にはない。
最悪な気分のまま演技をしても、やはりそれは表に出てしまうらしく、すぐに山田の駄目出しが出た。


「すぐ痛いって叫ぶのもうやめてくださいって言ってますよね!?」

「だって斬れてるのよね?痛くないわけがないよね??」

「そうですけども!あなたの痛がり方は大げさなんですって何度も言いましたよね!?そんなんじゃ観客が白けますって!!」

「だからゆっくり引くような斬り方は…」

「いやだからもなにも…そんな怖いこだわりは捨ててくださいっていうのも何度も言いましたよね!?」


何度言ってもリアルの痛みを貫く水城に思わず山田は叫んで突っ込んだ。
怒られた水城は『だって…』とふてくされたような顔を浮かべ、山田は溜息を吐き宥め慰めるように水城の肩を叩く。


「ハラキリ芸だって完璧にやれば十分話題になりますよ!海外でやったときなんか観客が本当に私が死んだと思って警察が乗り込んできて現地の新聞に載ったくらいですから!焦らずしっかり練習しましょう!」


山田は水城が焦っていると気づいていた。
周囲も鯉登をチヤホヤして期待しており、ハラキリショーなど見向きもしない。
いや、水城は芸人になりたいわけじゃないので注目してもらえない事自体はどうでもいい。
だが、この芸を無理矢理教えて貰い演じようとしたのはアシリパに自分の名を届けるためだ。
今回ばかりは注目されてもらわなければ困る。
なのに注目されるのは鯉登ばかりだ。
だから焦っていた。
事情を聞いている山田は水城の心情を理解していた。
だから焦らせて芸が台無しにならないよう気持ちを落ち着かせた。
山田の言葉は多少だが水城に届いたのか、水城の表情が少し和らいだ。
『さあ、練習しましょう!』という山田に頷き、水城は落ち込んだ気持ちを何とか持ち直し、もう一度最初からやり直す。


「あ、あのっ!鯉登様!これ…!よかったら使ってください!」


祈りから始めると水城の耳に女性の声が聞こえた。
練習を続けながら耳を傾け、チラリと盗み見すれば、丁度一つ目の演目の練習を終えた鯉登に三名ほどの女性達が駆け寄ってきているのが見えた。
その手には綺麗に畳まれているタオルが握られており、そのタオルを鯉登に渡そうとしていた。


「すまん、助かる」


鯉登は別段頬を赤らめるでもなくヘラヘラするでもなく、普段の対応で女性達に接していた。
恐らく好意に気づいてはいるのだろうが、それに応えるでもなく善意として彼女達の気遣いを受け取る。
鯉登の言葉に三人の女性や周りにいた女性達から黄色い声が上がった。
三人の女性は頬を赤く染め、水城の目から見てもとても愛らしく写った。
『練習頑張ってください!』と一生懸命勇気を出して言ったであろう言葉に『ああ』とだけ返しタオルを首を掛けながら長吉の元へ戻っていく。
その時鯉登と目が合ってしまった。


「…っ」


盗み見していた水城だったが、鯉登が立ち止まりこちらを見つめているのに気づいて慌てて鯉登から視線を逸らして演技に集中する。
しばらく鯉登からの視線が背中にチクチク刺さったが、長吉に呼ばれたのかその場からすぐに立ち去った。
鯉登からの視線から解放されたことにほっと安堵していた水城の耳に、何やらコソコソとした小声が聞こえた。
チラリとその声の方へ目をやれば、仕事を放り出して鯉登の取り巻きのように鯉登の練習を見ていた女性達が水城を見て何やら小声で言い合っていた。
はっきりと何を言っているのか聞き取れなかったが、その雰囲気やクスクスとした笑いからなんとなく予想はできる。


「痛だだだ!」

「だから!『痛い』って言うのもうやめて!」


女性達のコソコソ話など聞かなかった事にし、鯉登も女性達も視界から追い出しながら水城は演目を続ける。
何度目か数えるのが億劫になるほどの叱りをまた受けながら水城は『痛だだ』とリアルさを求め頑張る。

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