(155 / 274) 原作沿い (155)

その日の夜。
既に日を跨いでそう短くもない時間帯。
夜中に水城達は練習を切り上げて宿を取って体を休めていた。


「はああああ…つかれたぁ…」


布団を敷き水城は軽装になりその布団の上に倒れるように横になる。
公演は明日という事でその日はギリギリまで練習に励んでいた。
水城は鯉登のように技術や谷垣や月島のように踊りを覚える事もなく難しいものはないのだが、リアルを追求するのと演技でダメ出しを食らいまくっていた。
未だにOKを貰っていない。
寝返りを打つようにうつ伏せになり冷たい布団に頬ずりをする。
寒い時期だが、練習で熱くなった体が冷えていくのが気持ちがよかった。


「お疲れ」


鯉登はうつ伏せでうっとりと布団に張り付く恋人に苦笑いを浮かべながら、水城の傍に座り、身を乗り出して手を水城の顔横について、ちゅ、と水城の髪にキスを一つ落とす。
優しい彼氏の労いの言葉に『音之進もねー』とうつ伏せのまま返す。
こちらに可愛い顔を見せてくれない恋人に鯉登はもう一度、髪にキスをし、口づけの場所をマフラーが外され無防備なうなじへと移す。
ちゅ、ちゅ、と何度もうなじにキスをする鯉登に水城はくすぐったそうにクスクスと声を零し、それが嬉しくて鯉登は何度もキスをした。
うなじに満足した後、うなじから首筋へと顔を埋めるようにキスをした。
時々舐めれば水城は大げさに肩を跳ねさせる。
鯉登がその気だと気づいた水城は仰向けになり鯉登を止める。


「だめ…今日は疲れたから…付き合えないよ…明日もあるし…」

「無理をさせないと約束する…二人きりになる機会などそうないんだ…いいだろ?」


甘える声でご機嫌伺いをされて水城は言い返そうとした口を閉ざす。
鯉登がどんな時でも恋人と触れていたいと思うのと同じように、水城もその気持ちは一緒だった。
無理をさせないという言葉を信じて水城は彼の首に腕を回し、鯉登を受け入れた。
それが合図となり鯉登は露わになっている首筋に顔を埋める。



◇◇◇◇◇◇◇



営みを終え、二人は処理をし着替えた後、布団に入ったが眠らず起きていた。
水城は仰向けに横になり、その隣で鯉登は片ひじをついて水城の髪を撫でいた。
彼の優しい手を受け入れながら水城は鯉登を見る。
彼はまだ足りないのかその瞳の奥には怪しげな熱が見えた。
自分も足りないと思うが鯉登ほどではない。


「音之進の方が疲れてるのによく体力持つわね…」

「フン…若さが違うからな」


体力的に体を動かす鯉登の方が疲労度は強いはずなのに、鯉登は体力が有り余っているらしい。
対して水城はそれほど体力を使うわけではないので体力的にはそれほど疲労度はないのだが、精神的に疲労していた。
若さ、と言っても水城と鯉登はそう年が離れていない。
片手で余る程度しか離れていないのにそう答えたのは、今日(既に昨日)、水城が自爆した際に言った『年上だし』と言っていたからだろう。
公開処刑を思い出し水城は羞恥に顔を赤くし、むすっとふてくされながら鯉登を睨む。


「もう…それ忘れてって言ってるじゃない」

「忘れられるものか…雪乃が初めて嫉妬してくれたのだぞ?一生の思い出だな」

「一生の思い出はやめてぇ??」


よほど嬉しかったらしい。
それに水城も愛されていると感じられて嬉しくはあるが、ちょっとしつこくはないだろうかと思ってしまう。
むすっとしたままの表情で鯉登に指さし、鯉登の鼻の天辺に触れる。


「嫉妬嫉妬って言うけどさ…音之進だって嫉妬してないじゃない」

「してるだろ!今まで何を見てきたんだお前は!」

「そうじゃなくてさ…他の人には本気で嫉妬してないでしょ?アシリパさんに対してだって異性の嫉妬じゃないし…音之進は私が嫉妬してくれなかったって言ってたけど…それ、音之進にも言える事だからね」


水城の言葉に鯉登は目を瞬かせて見る。
意外そうにする鯉登に水城は、つん、とそっぽを向く。
鯉登は水城の方が嫉妬していないと言うが、それは鯉登だってそうだ。
鯉登は一見して嫉妬狂いかよと思えるほど嫉妬しているように見えるが、そこに異性に対しての嫉妬はない。
確かに恋人を溺愛しすぎて目が合えば嫉妬しているが、取られる事への恐れや男の影への嫉妬ではない。
そこにあるのは水城への執着だ。
今更水城が他の男に気移りするなど思っておらず、鯉登は水城を信用している。
だから水城に対して浮気と言うが、本気で言っているわけではない。
あるのは、他の男の目に水城が晒されているという苛立ちだ。
鯉登は大切な宝物を大事に大事に仕舞い込みたいと思っている。
しかしその大切な宝物が自由を望んでいるからそれを許しているだけである。
本当なら怪我が治ったその日に攫ってでも入籍し、家に閉じ込めたいと思っていたのだ。
それを言えば水城も異性として女性に嫉妬したことはないが、鯉登もまた異性として男性に嫉妬したことは一度もない。
それを指摘すれば鯉登は首を振って否定した。


「それは違う」

「何が違うの?だってそうじゃない…男と目と目が合っただけで浮気だって言うけどそれは嫉妬なわけじゃないし…」


目と目が合っただけで浮気認定しているという事は、本気で嫉妬しているわけではないという事だ。
それを言えばやはり鯉登は否定した。
首を振る水城に眉を顰める。


「確かにお前の言う通り浮気だと言っていたが本気で嫉妬していたわけではない…だが、これでも本気で嫉妬しているのだぞ」

「誰に?谷垣に?軍曹に?アシリパさんに?」


本当の意味で嫉妬していると言われても説得力がない。
そんな素振り見せたこともなく、第一鯉登が本気で嫉妬する対象は水城の周囲にはいないはず。
谷垣だってインカラマッがいるのを鯉登は知っているし、月島も水城が懐いているのが気に食わないようだが、そこにあるのが愛ではなくただの兄や妹の情だと知っている。
アシリパにも本気で嫉妬しているだろうが、相手は少女であり水城と同性という事で当てはまらない。
今の水城の周りにいる男で親しい人間など鯉登を除けば二人しかいない。
かと言って会ったばかりの曲馬団の男性に嫉妬しているわけではなさそうだった。
怪訝とさせて本当に気づいていない水城に鯉登は…


「尾形百之助だ」


そうはっきりと答えた。
その言葉に水城は目を丸くして鯉登を見つめ、今度は水城が目を瞬かせ意外そうな表情を浮かべる番となる。
ぱちくりとさせて驚いた表情を浮かべる水城に鯉登は撫でていた手をそのまま水城の左のこめかみあたりに触れる。
そこは尾形から受けた傷痕が残っていた。
鶴見と同じく脳が欠けただけではなく、手術を担当した家永につまみ食いされてしまった水城のこめかみはくっきりと傷跡が残っている。
触れると傷痕のへこみが分かる。


「この傷痕を見る度にあの男の雪乃への執着を感じるのだ…それに私はいつも嫉妬している」


水城は鯉登の言葉に口を噤んだ。
嫉妬していると言いつつも鯉登は優しく水城を見つめる。
声だって穏やかで、到底嫉妬しているようには見えない。
だけど水城はゾクリと冷たい何かが背中に走ったのを感じる。
穏やかに見えるからこそ、鯉登の怒りが分かった。
水城はそこで初めて鯉登の言う嫉妬を感じた。
だがしかし、執着と言われても水城は何て答えたらいいのか分からない。
水城が鏡でこの傷を見ても何も感じない。
尾形が自分を撃ったのだってアシリパを奪うため戦闘に特化している自分が邪魔だからにすぎない。
だから鯉登が思う嫉妬心を水城は理解できずにいた。


「…たかが傷でしょ?私は音之進を愛しているんだもの…あんな裏切り者なんかに嫉妬する必要ないわ…」


水城はそっと傷に触れている手をそっと退かせる。
しかし手首を握られ、水城は突然手首を握られて驚いたが、ギリギリと強く握り締められその痛みに眉を顰める。


「ちょっと…痛いってば…」


軍でしごかれ、他の女性に比べて身体も痛みにも強くなったが、それでも痛いものは痛い。
苦情を言う水城など無視し、鯉登は水城をまるで睨むように強い眼差しで見つめる。


「な、なに…?」


ギロリと睨むように見つめる鯉登に水城は何も隠していないのに秘密が見抜かれているようにギクリとさせた。
しかし鯉登はそれ以上何も言わず、掴んでいる手首を引っ張り水城を抱きしめる。


「音之進…?」


ぎゅ、と抱きしめる鯉登に水城は戸惑う。
一体なんなのだろうか、と問うにも何も言ってくれない。
仕方ないので彼が気が済むまで大人しくすることにした。
背中に腕を回す水城に鯉登は更に抱きしめる力を入れた。


(断言してもいい…あの男はお前を愛している…私と同じく心からお前を…だから油断するな…決してあの男に心を許すな…)


水城には告げず、鯉登は心の中で呟いた。
他の男ならばこんな不快にはならなかった。
雪乃を殺し水城を手に入れた吉平にさえここまで嫉妬心はない。


(あの男がなぜ雪乃を殺そうとしたのか…分かってしまう…あの男は雪乃を愛している…だが雪乃は私を愛しているから手に入らないのなら殺そうとしたのだ……己の手で殺すことで雪乃を一生自分のモノにしようとした…それが失敗しても恨まれることで本来過去の者となるはずの自分を永遠と雪乃の中に居続けることが出来る…雪乃を殺すことで敵に回ったとしてもあの男に損はない…)


鯉登は自分も水城を愛しているからこそ、尾形の心情を理解できていた。
証拠があるわけではない。
だが、断言できる。
尾形は水城を愛している。
それも自分と同じように心から。


(だからあの男には心を許すな…そう注意をしてやりたいが…できん…もどかしいな)


しかし、そんなこと言えなかった。
水城が心変わりするとは思っていない。
だが、それを言って尾形の愛情に気づき絆されてしまう可能性がある。
先ほども鯉登に傷を触れられるのが嫌だと言わんばかりに手を退かされた。
そこに…その行為に尾形との縁を穢すなと言われた気がした。
実際そんな事水城は考えてないのだろう。
だが、鯉登は不快感を強めた。
鯉登は水城に忠告し、自覚させるほど馬鹿ではない。
敵に塩を送るほど優しくもない。
愛した女を独り占めしたいと思うのは鯉登とて同じだ。
それが水城が本当に心から鯉登を想っているとしても…鯉登は尾形に対して嫉妬をしている。

155 / 274
| 目次 | 表紙 |
しおりを挟む