次の日。
ついに公演の日となった
公演ギリギリまで水城は練習し、何とか一通りの流れは覚えた。
女性達の事だが、水城の事で頭が一杯だった鯉登も気づいていたようで『私が言ってやろうか』と言ってくれたが断った。
鯉登と仲直りしたのが一番の理由だが、女性達ば水城の姿゙を見て以前のように分かりやすく水城を馬鹿にすることがなくなったのもある。
鯉登が好きなのは自分、という自信から、陰で何を言われても平気になったのも大きい。
それにアシリパのため、今はそんな事に構っている暇は水城にはないのだ。
―――そして、ついに…
樺太公演の開幕である。
時間になると外では観客達が集まってきていた。
出店で食べ物や飲み物、グッズなどを購入した後、入場料を払い天幕の中へ入っていく。
あまり娯楽がないからか、曲馬団を楽しみに見に来る人が多くいた。
「とざいとざ〜〜い!さぁさぁお立合い!本日お目にかけますのはわたくし共ヤマダ曲馬団がロシア全土を巡って大喝采を博した芸ばかり!ご臨席賜り光栄の至りに存じまぁす!!」
団長である山田が拍子木を鳴らし、観客の注目を一身に浴びる。
言い慣れたセリフを観客全員に届くように声を張り上げて言う。
そこで水城の緊張は一気に高まるのを自分でも分かった。
「うわぁ…あんなに人が…」
水城はこんなに大勢の前で何かをする事は初めてだった。
学校のクラス発表などの経験は有れど、当たり前だがあの観客の数は一クラス以上だ。
裏から様子を見ていた水城は胸のあたりを押さえながら深呼吸する。
「雪乃…本当にその恰好でやるのか…」
深呼吸を繰り返していると後ろから声を掛けられた。
そちらに目線をやれば軽業師の衣装を身に包んでいる鯉登がおり、不服そうな表情で恋人を見つめている。
いや、不服というよりは心配そうであった。
水城は鯉登の表情に自分の体を見た後すぐに鯉登へ顔を上げ、首を傾げた。
「そうだけど…だって私のためにって用意された衣装だし…」
「だからってそんな破廉恥な姿を衆目に晒すこともなかろう!」
公演開始されたため、声は抑え気味だが鯉登は言葉を荒げて叫んだ。
破廉恥…とは言葉通りである。
鯉登が言う水城の衣装は和服は和服でもホルターネックの水着のように紐を首の後ろで結び、胸元のみ布があり谷間どころか肩や背中や腹部が丸見え、チャイナドレスのようにスリットが深いロングスカートという、男心が擽られる衣装となっていた。
見た目は和服だが、魔改造しすぎてもう和服とは言えない代物になっている。
だが、衣装担当の腕がいいのか出来だけは良いのが鯉登は腹が立った。
女性の体を隠すため厚着をしていた軍服とは違い、この衣装は女性という武器をふんだんに使うものだった。
勿論サラシを巻いていないから動くと胸が揺れる。
だが、この露出高めの衣装も意味がある。
勿論水城の整った顔と恵まれたボディをドーンと見せつけるのもそうだが、何よりスリットが深く片足がむき出しになっているのだってその足で刀を斬るためだし、胸しか隠していないような上部分だって腕を斬るためなのと、腹切りをするためである。
武士よろしく切腹なのでちゃんとした和服を考えたが、逆に露出高めにして水城の体にある傷を観客に見せつける事で、偽物の日本刀が本物の日本刀だという真実みを帯びさせる狙いだった。
幸いにも弾痕もあるが、最前線にいた水城の体は切り傷の方が多い。
家族連れも女性もふしだらだと思われず、子供の悪影響も少なく、なおかつ男性客が喜ぶ衣装を考えて至ったのがこれだ。
山田は水城という女の体をよく理解していた。
だが、恋人である鯉登には不評であった。
「さあ皆さん!満員御礼ですよ!!観客の皆様の為に今日も頑張っていきましょう!」
丁度戻って来た山田はみんなに喝を入れて盛り上げる。
しかしその両頬を鯉登に掴みかかられ凄まれてしまった。
「おい貴様…何を考えて雪乃の衣装をあんな破廉恥にした?事と次第によっては貴様を斬るぞ……――!、まさか貴様…雪乃にいやらしい事をさせて客層を増やそうと…?」
「ふぉ…ふぉんにゃふぁふぇふぁいじゃふぁいでふか!!ふぉ、ふぉのいひょうのふぉうふぁふぉうふぃふふぉふふぁりゃふぃりひょおがふぇふりゅんふぇふ!!」
「何を言っているのかさっぱり分からん!!ちゃんとした言語を話せ!!」
「ふぉんふぁふふぁふぁ〜!」
自分で頬を掴んで喋りにくくしているのに逆切れされてしまった。
ちなみに『そ、そんなわけないじゃないですか!!そ、その衣装の方が効率よくハラキリショーができるんです!』と『そんな無茶な〜!』と言っていた。
「谷垣!頑張ろうね!」
「えっ…あ、ああ…頑張ろう…」
彼氏がオジサンにカツアゲ(違)しているのに水城は無視をし、隣にいる谷垣に声を掛けた。
谷垣はそれに顔を引きつらせながら頷く。
そんな谷垣に緊張しているのかと勘違いした水城は緊張を解すように強めに肩を叩く。
「大丈夫大丈夫!!練習通りに踊ればちゃんと可愛く見えるって!その衣装も似合ってるしさ!紅子先輩のために頑張るんでしょ?」
「いや、そうではないんだが…」
「え?」
「い、いや…ああ…頑張ろうな…お互い…」
『いや、お前のスルー力にドン引いてるんだが…』とは言えず、谷垣は小首をかしげる水城に慌てて首を振った。
谷垣は水城をチラリと見る。
水城の体はインカラマッ同様今風で言えばナイスボディの持ち主である。
出る所は出て引っ込むところは引っ込んでおり、胸だって他の女性と比べるまでもなく大きい。
水城には性欲のせ文字も向ける事はないが、それでも男の目には水城の姿は目に毒だ。
鯉登が心配しているように、水城の衣装は男の欲情を駆り立てるように艶めかしい。
(…それに比べて…俺は一体何をしているんだろうか…)
そう思い谷垣は自分の体を見る。
谷垣と月島も水城と鯉登のように衣装を用意されていた。
しかしその衣装が少々問題であった。
というのも、初見に水城に大爆笑され、鯉登にも笑われてしまった。
水城は隠すことなく大爆笑してくれたが、鯉登は笑うのを我慢していたがその体は震えており引きつる口元を手で隠していたのだから隠し通せていなかったが。
谷垣と月島は少女団に入れられ練習していたが、衣装を配られ顔を青ざめた。
月島と谷垣の衣装は―――女物だった。
そもそも、゙少女゙団とつくくらいだから少女団のメンバーは全員少女…女の子だ。
衣装も統一されており、必然的に月島と谷垣もその衣装を着なければならなくなった。
チラリと鯉登を宥めている月島を見ると彼は流石と言うべきか…表情一つ動かさず愛らしい色に愛らしいフリフリの衣装を着て堂々としていた。(もはや無の境地である)
(いかん!何を弱腰になっているんだ俺は!!紅子先輩のため!そう紅子先輩の最後の舞台なんだ!!せっかくの紅子先輩の門出を台無しには出来ん!!)
一瞬我に返ったが、しかし、と首を振って理性を追い出す。
というのも全てここまで頑張れたのは少女団のみんなが支えてくれたからだ。
特に紅子という少女は今日でこの曲馬団で踊るのが最後なのだ。
少女団にいる少女たちはみんな孤児である。
ヤマダ曲馬団に面倒を見てもらい、体が大きくなったら少女団を卒業しその街のどこかに貰われて、曲馬団は次の土地に移る。
だから゙少女゙団なのだ。
その紅子の為に谷垣は趣味でもない女装をして踊ろうと決意していた。
「杉元、見なかった事にしないでいい加減鯉登少尉を何とかしてくれ…」
「え〜…有耶無耶にできると思ったのにぃ〜」
「俺じゃ手に負えん…第一お前が原因だろ…お前が何とかしろ」
月島は一応上官のため山田に絡む鯉登を止めていたが、手に負えず恋人であり原因である水城に放り投げる。
水城はそのまま有耶無耶にできると思い無視していたが、どうやらそんな甘くはないようで仕方なく鯉登に歩み寄る。
「ね、音之進…そんなに怒るほど私この衣装似合わない?」
むにむにと頬を揉みながら凄む鯉登に歩み寄り、水城は鯉登の腕を組む。
わざと、むにっ、と胸を押し付ければ鯉登は大人しくなった。
「に、似合っていないわけがなかろう!しかしだな…」
「本当?嬉しい!私こんな女性らしい服着たことないんだ…こんな傷だしさ…だから似合わないじゃないかなって不安だったから…音之進が似合うって言ってくれて嬉しい!ね、本当に?本当に似合ってる?気を使ってるんじゃなくて?」
「気など使うものか!雪乃はどんな服であろうと似合っている!だがそれとこれとは…」
「嬉しいなぁ…音之進が褒めてくれた衣装でショーが出来るの、すっごく嬉しい!」
「ゔ…だ、だがな雪乃…いくらなんでも露出が…」
「え?私露出した服は似合わない?」
「そうは言っていない!」
「じゃあいいでしょ?私ね、音之進が褒めてくれたこの衣装で出たいな…みんなに自慢したいの…ね、駄目?音之進が褒めてくれた衣装で出ちゃ駄目かな??」
「うぐぐ……だ、ダメ…だ…ッ」
「本当に駄目なの?ね、音之進、お願い…ね?」
「〜〜〜ッ」
流れるように鯉登は落ちた。
お見事!、と小鼓が鳴った。
しかし意地なのか、『いいぞ』とは言わず渋々頷いて見せた。
それに水城は嬉しそうに破顔し、鯉登に抱き着く。
今、水城は着込んでいる軍服ではなく、一枚の布のみに包まれている。
鯉登もコートではなく軽業師の衣装を身に包んでおり、その肌と胸の柔らかさがいつもより伝わる。
ぎゅっと嬉しそうに抱き着く水城に鯉登は山田から手を放し、そのまま水城の背中に腕を回して抱きしめる。
「…………」
月島は一部始終死んだ目で見ていた。
自分にはああだこうだと言って止めなかったのに、この難攻不落の城は水城という一人の女の手に掛かれば簡単に落ちる。
それを目の前にして月島は『付き合ってられん』と少女団の方へと歩き出した。
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