公演が開始され、第一演目を皮切りに次々と演目を成功させていく。
当然だが、曲馬団の芸人達は手慣れたように観客達を喜ばせていた。
特に…
「きゃーーっ」
演目が成功した瞬間、黄色い声が天幕中に響いた。
その声を一身に受けるのが、鯉登であった。
顔の良い音之進は登場時から女性を虜にしていたが、その軽業に女性は勿論、男性や子供達さえ夢中にさせた。
黄色いその声に鯉登は応えるように長吉に教えられた通りの投げキスを投げる。
その途端に黄色い声は更に大きくなり、鯉登はますます女性の心を掴んで離さなかった。
「よし!」
その様子を水城は裏で見守っていた。
黄色い声にグッと拳を握ってガッツポーズをする。
それを見て月島は怪訝な顔をした。
「杉元お前…恋人がああも黄色い声を向けられているのによく平気でいられるな…」
水城を溺愛している上官が、他の女なんかによそ見するわけがないのは知っている。
だがそれでも嫉妬するのが恋であり愛ではないだろうか…と月島はそれほど手練れというわけではないがそう思う。
そんな月島に水城は『え?』ときょとんとさせた。
「だって音之進が愛してるのは私だもの…それにこんなのは接客の内の1つでしょ?」
「…………」
月島は水城の言葉に何とも言えない表情を浮かべる。
なんてドライなんだ…、と思う。
鯉登は水城が男と目と目が合っただけで浮気だなんだと騒ぐ。
恐らく…いや、絶対に立場が逆になり水城が投げキスをする事になったら許さないだろう。
しかしそれに対して水城は客商売と割り切っていた。
いや、割り切りすぎていた。
バカップルだなんだと思っていたが、二人は全く正反対だった。
とは言え、曲馬団の一部の女性達には嫉妬していたのだからああ見えて鯉登は愛されているのだろう。
あはは、と笑う水城に月島は『そうか』とだけ返した。
そうこうしてい内に月島の出番となり、(心底嫌だが)子供達に交じって演目に交じって可愛い服で可愛い踊りを披露しに向かった。
それにすれ違いに鯉登が帰ってきた。
「雪乃!見ていたか!」
「うん、とってもかっこよかったよ」
戻ってきて真っ直ぐ水城の元に来てくれる鯉登に水城は笑顔で迎える。
鯉登は水城の言葉に満足げに笑いながら水城の手を引いて人目を避けるように影へと移る。
「雪乃、約束は覚えているな?」
そっと水城の頬に触れる鯉登の言葉に水城は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
表舞台とは違い、裏方は薄暗い。
それでも水城の頬を赤らめる姿は鯉登の目に写り、愛おし気に見つめる。
指の背で撫でてやると水城は意を決したのか、顔を上げて目を瞑る。
目を瞑る水城に近づき、鯉登は口づけを落とす。
「何回キスを投げたの?」
「む…見ていなかったのか?」
「見てない…って、言ったら怒る?」
触れるだけの優しいキスを一つ、二つと落とし、それを受け入れながら水城は意地悪な問いをした。
その問いに見ていなかったのかと鯉登は眉を顰め、水城は更に意地悪をする。
勿論、ずっと鯉登を見ていた。
だけど自分のちょっとしたことで拗ねる鯉登が可愛くてつい意地悪してしまった。
「かっこいいと褒めたのは嘘だったのか?」
水城の予想通りむすっとして拗ねる鯉登に水城は微笑み、キスを投げた分だけのキスを水城から送る。
鯉登の望む褒美はキスだった。
それもキスを投げた回数だけ。
だから鯉登は調子に乗るように多くの客にキスを投げ、そしてそれは盛り上がりにつながっていた。
「音之進が拗ねる姿が可愛くて意地悪したの…ごめんね」
そう言ってお詫びとしてご褒美とは別にキスをした。
水城からのキスに機嫌を直した鯉登は水城の腰に手を回し、密着するように引き寄せる。
水城も鯉登の首に手を回す。
見つめ合った後、鯉登からキスが送られた。
キスを投げた回数はすでに超えており、これは褒美ではない。
だが断る理由はなく、水城も水城で鯉登に甘えたくて黙認した。
しかし今度は深く口づけされ水城は慌てて鯉登から顔を離れる。
「んっ、…もう…化粧がついちゃうから駄目だって言ったのに…」
観客の前に出る女達は化粧をする事になっており、それは水城も例外ではない。
ただ、水城は傷があるが元々化粧がいらないくらい顔の作りが整っており、水城の場合は素材を駄目にするからと礼儀程度の薄いメイクだけを施していた。
薄いメイクなら、学生時代にもしたことがありそれほど苦はない。
ただ、ずっと男所帯にいて女の世界が遠のいていたためか、どうも化粧は苦手だった。
薄いメイクでも、明治時代の化粧の品質は現代に比べてそれほど良いわけではない。
慣れていないのもあって、どうしても臭さは残ってしまう。
久々にしたメイクに、水城は『窮屈だ』と思った。
だけど化粧をした自分を鯉登が『綺麗だ』と褒めてくれた。
それだけでも水城は化粧をしてよかったと思える。
事前に化粧が落ちるし鯉登についてしまうから触れるだけのキスにという条件でご褒美を認めたのに、深いキスをされ水城は困ったように眉を下げる。
案の定鯉登の唇に赤い口紅がついており、その口紅を水城は手で拭ってやる。
その手を取り鯉登は水城の手の平にキスを送り、水城は目を細める。
「鯉登さん!出番ですよ!どこですか!」
一応バカップルといえど人目を避けてイチャイチャしていたため、出番となった鯉登を探しに裏方の人が探しに来た。
鯉登の才能を見出した山田が鯉登主体で演目を変更したため、何度も表へと出なければならなかった。
そちらに気が逸れて、声の方を見る水城の顎に鯉登は指を添えて自身へと意識も視線も向けさせる。
琥珀色に自分が写っているのを見て鯉登は満足げに笑い、触れるだけの口づけを落とした。
「行ってくる」
そう言って頬を撫でた後、鯉登は探しに来た裏方の人の元へと向かい表舞台へと再び姿を現した。
鯉登が姿を現した瞬間、女性からの黄色い悲鳴が上がる。
水城は再び裏から鯉登を見守りながら自分の出番を待っていた。
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