公演は無事に終わった。
しかしロシア人の乱入に片づけは明日にし、水城達と山田とフミエだけ残り後は宿に帰した。
水城達は着替え、裏方に集まる。
水城達の前にいるのは、三人目のロシア人だった。
殺されていく仲間を見て裏方へ逃げ込んだロシア人を月島が殴って気絶させたのだ。
「本当は山田座長を狙うつもりだったようだ…『ハラキリ芸を演じる男が山田座長』だというのが唯一の依頼主からの情報で…それが今日に限って杉元がハラキリ芸をやっていたというわけだ…」
多少乱暴な事をしながらも聞きだした情報を水城達に訳して伝える。
どうやらロシア人の狙いは水城ではなく山田だったらしい。
「依頼主とは?」
「ロシア政府の人間だと言っている」
「なんで座長がロシア政府から殺し屋を送られるの?」
依頼主、と聞き問えばその相手はなんとロシア政府だというではないか。
水城は怪訝とした顔で山田を見るが、それに答えたのは山田ではなく月島だった。
「スパイ…ですね?」
月島の言葉に水城はもう一度山田を見る。
山田は頷いて見せる。
「その通り…私は元陸軍将校です…ヤマダ曲馬団団長として日露戦争前から何年もロシアを回って巡業し…裏では諜報活動で得たロシア各地の情報を日本陸軍の特務機関に報告して来ました」
山田は否定せず頷く。
はぐらかさずはっきりと水城達の前でスパイだと認めた。
それを見て水城は『人は見た目によらないなぁ』と思う。
「ロシア政府は私の正体に気づいたのでしょう…」
「…ッたく…三流スパイだよ、あんたは…」
ロシア政府が依頼主だと…いや、ロシア人が来た時から何となく勘付かれたと分かった。
焦りもせず淡々と説明するのは、危険を承知でこの任務についている覚悟だからだろうか。
そんな山田にフミエはポツリと呟きながら、拳銃でロシア人を撃ち殺した。
「3つともテントの下に埋めときな…明日の朝には私達も立ち去ってここは元の空き地さね」
谷垣はフミエが人を撃ったことに目を丸くし驚いていた。
山田がスパイというのも驚きだが、フミエが人を平気で殺せる事も驚いたのだろう。
遺体はフミエの指示通り空き地に埋められ、血が落ちている事以外は何事もない普段の公演終わりの舞台裏だった。
「ところで…一体誰が日本刀を真剣に変えたのでしょうか?」
死体を片づけ、ふと山田が疑問に思う。
この場にいる全員に日本刀を真剣に変える動機はない。
しかしそれは一座の全員にも言えること―――だと山田は思っている。
フミエはチラリと水城を見た。
その視線に気づいたのか、水城もフミエの方へ視線をやり男達に気づかれないよう首を振る。
水城の仕草が何を意味をしているのか、分かったフミエは短くなった煙草を地面に捨て踏み消す。
「そんな過ぎた事どうだっていいじゃないか…それよりも大事なのは一刻も早くここを立ち去れるように準備しなきゃならない事じゃないかい?」
「そうはいかん…今回は真剣だったからロシア人に対抗できたとはいえ普段の公演ならありえないミスだ…原因を解明し、その者に罰を与えるのが私の役目でもあるんだからね」
フミエは新しいタバコを取り出し火をつけ煙を吐き出す。
しかしそれは溜息でもあった。
水城達の事もそうだが、この座長はスパイではあるが優しすぎて…そして真面目なのだ。
「あの女達か」
フミエはこれ以上は何も言う気はなく、水城に目配せをする。
しかし水城はあえて黙り込む作戦で行くらしい。
それはそれでフミエには関係ないのでどうでもいいが、誰もが口を閉ざし静まり返っていた中、鯉登が口を開いた。
水城は目を丸くし鯉登を見る。
鯉登も水城の反応に疑惑が確信に変わった。
「大方雪乃に敵わないと分かり腹いせにやったのだろう…だからあの時私が言ってやったというのに…お前は優しすぎる」
鯉登の読みは当たっていた。
水城も確かな証拠はないが、女の勘と言うべきか…真剣に変えられたと分かった時から何となく鯉登にお熱な一部の女性団員の顔が頭に浮かんだ。
それはコソコソと水城を見て嘲笑っていた女達だ。
鯉登の顔に惹かれた彼女達全員ではなく、一部だ。
最初こそ女なのに傷を恥じることなく軍服を身に包み男装している水城を下に見ていた。
軍帽で顔の作りは隠れていたから水城が美女で、更には男受けする体つきだというのは気づかなかったのだろう。
それが山田の余計なお世話(鯉登談)で水城がいかに美女でありナイスボディなのかを見せつけられ、彼女たちは敗北を味わった。
見下していた相手が実は美女でしたとなれば馬鹿にしていた彼女達のプライドを傷つけたのだろう。
舞台を壊してやろうなんて考えていなかったはず。
ただ単純に水城に恥をかかせたかったのだろう。
そのせいで周りが見えなくなり、真剣を使えばどうなるか正しい判断が出来なかったのだ。
それがこんな大事となり、今彼女たちは顔を青ざめているか、怖くなって逃げ出しているか…どちらかだろう。
鯉登は陰口でしか水城を馬鹿にできない女達など見向きもしなかったが、いい加減苛立ってもいた。
こちらは短時間で芸を物にしなくてはならず、一生懸命やっている傍でコソコソクスクスと陰険な事をされてはたまったものではない。
だが水城がやめろと言ったから気にしないようにしていた。
しかしこうなるなら水城が止めても一言言ってやればよかったと思う。
後悔先に立たずとはこのことだ。
水城は鯉登の『優しい』という言葉に俯き弱弱しく首を振った。
「私は優しくなんかないわ…だって…彼女達が私に敵わないって分かってたから相手にしていなかっただけだもの…」
「それでも暴力も振るわず陰口で対抗せずにいたのだろう?雪乃は優しい女だ」
優しいかと問われれば否定が出てくる。
水城は自分でも性格が悪いと思っている。
彼女達に鯉登が一言注意するのを止めたのは優しさからではなく、ただ相手にしていなかっただけだ。
彼女達を格下と思い、放置しても問題ないと思っていただけ。
彼女達を下に見ていた時点で、水城も彼女達と同類なのだ。
そんな女のどこが優しいのか水城には分からない。
「…買い被りすぎよ…私はそんな女じゃ――」
むに、と鯉登の指が水城の唇に触れて言葉を封じた。
水城は目を瞬かせながら鯉登を見る。
「例え雪乃でも私の恋人を悪く言ってほしくない…いいな?」
「…っ」
鯉登の言葉に水城は頬を赤らめた。
口を閉じた水城に鯉登は『良い子だ』と触れるだけのキスを送る。
普段は駄々っ子だったり嫉妬深いのに、時々余裕を見せつけるところがある。
水城は鯉登の全てが好きだが、そういうところも弱かった。
『もう…音之進ってば…』とそっと彼にしな垂れれば肩を抱かれ、髪にキスをされる。
水城はキスがしたくて顔を上げようとした時…
「ハイハイ!!時間ももう遅いですので宿に戻りましょう!!」
月島に邪魔されてしまった。
周囲を忘れてイチャイチャし始めた上官とその恋人に月島は遠慮なく割って入る。
パンパンと手を叩いてピンク一色の空気をぶち壊した。
そのおかげで空気を読んで動くことが出来なかった谷垣達はほっと安堵を吐き、水城はハッと我に返って慌てて鯉登から離れる。
「月島ァ!貴様!また邪魔しおって…!」
「はいはいすみませんすみません」
「それが謝る態度か!」
「そうですねたいへんもうしわけございませんでした」
何度も月島に良いところを邪魔され鯉登は逆切れをする。
水城は鯉登の怒号を聞きながら『なんだか段々月島軍曹の音之進への態度が雑になってきてる気がする…』とひっそりと思う。
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