(160 / 274) 原作沿い (160)

月島に押し込まれる形で水城達は宿に戻った。
怪我もただ布を巻いただけの処置をしていたため、水城は鯉登に治療をしてもらっていた。


「――ッ」


治療してもらっていたが、案外消毒液が染みて水城は痛みに顔をしかめる。


「全く…無茶しおって…なぜ中止にしなかった」


鯉登はぐちぐちと文句を言うが、その治療する手は優しかった。
ぱっくりと割れている腕と足に包帯を巻き、最後に比較的浅い腹部の治療を行う。
水城は服をめくりながら鯉登のぼやきに肩を竦めてみせる。


「だって、大舞台を台無しにはできないし…それに…」

「アイヌの少女に生きていることを知らせたいため…だろう?」


水城の言葉を鯉登は遮る。
水城は鯉登に読まれたように先に言われ驚いた顔をした。
そんな水城の表情に鯉登はガーゼをテープで止めながら苦笑いを浮かべる。


「何度も聞いたからな…覚えてしまった」

「そっか…」

「しかし…だからと言って自分を大切にしないのはいただけんな…今はもうお前1人の体ではないんだ」


水城はちょっと照れた表情を浮かべる。
鯉登が覚えてしまうほど言っていた自覚はなかったのだろう。
しかし続けられた言葉に水城は首を傾げる。
1人の体ではない、とはよく妊婦に使う言葉だ。
確かに水城には子供が一人いる。
その事を言っているのだろうと、水城は一歩間違えたら静秋を一人にしてしまったと反省した。
しかし、そうであるが、そうではない。
鯉登はそっと水城の腹部を撫でながら…


「全てが終わった後…お前には私の子を産むという大事な役割があるだろ」


鯉登の言葉に水城は目を丸くしきょとんとさせた。
しかし言葉を理解したその瞬間頬を赤らめ、恥ずかしさから鯉登から目を逸らし俯く。
聞くだけなら水城は産むだけが役割だと思われるセリフだ。
しかしそうではない。
女が子供を産むのは確かに家を繁栄させる大切な役割だと言える。
だが同時にその子供は自分の愛しい子供なのだ。
自分の子供を産んでほしいと鯉登は言っており、その意味を水城は理解した。
俯く水城に鯉登はそっと手に触れる。


「あの子も一人では寂しかろう…弟か妹でもいればきっとあの子も喜ぶ」


その言葉に水城は更に頬を赤らめる。
散々鯉登と寝ているが、改めて言われると恥ずかしくなってしまう。
しかし嬉しい。
静秋の事をちゃんと考えてくれるのも嬉しかった。
鯉登にとったら静秋は他人の子供なのにちゃんと自分の子供として考えてくれていた。
鯉登を疑ってはいなかったが、それが本当に引き取ろうとしていると鯉登の気持ちを感じ取れた。
水城は触れられていない手で己の腹を撫でる。


「女の子がいいな」


自身の腹を撫でながら水城はポツリと呟く。
その呟きに鯉登は目を瞬かせて水城を見た。
水城は自分の腹を見下ろしながら続ける。


「私ね、ずっと思ってたの…あなたとの子供を産むなら嫡男を最初に産みたいなって思ってた…でも女の子も欲しいなって思ってて…アシリパさんとフチ…おばあちゃんやエノノカを見てたら女の子がいいなって…だから女の子が欲しいわ」


目を瞑るとアシリパとフチのやり取りを思い出す。
孫娘と祖母のやり取りは可愛くて、女の子が欲しくなった。
あの時は鯉登と再会し和解できると思えなかったから相手は想像していなかったが、できるのならやはり好いた相手がいい。
静秋は嫡男にはなれないけど、嫡男なら女の子の次に産めば問題はないだろう。
鯉登へ顔を上げ微笑む。
水城の言葉に鯉登は目を瞬かせたが、すぐに頷いてくれた。


「そうだな…女の子も欲しい」

「…ごめんね、嫡男を産みたいって言ってあげれなくて…」

「何を謝る必要がある?別に嫡男を産まなければならないと気を張らなくてもいい…私はお前との子供なら性別に拘りはない…雪乃達が健康でいてくれるならば多くは望まない」


鯉登家に嫁いだのなら嫡男を産むのがまず水城の最初の仕事だ。
だが、水城の中で嫡男は静秋となっており、そう言ってあげられない自分の心の狭さが嫌になる。
勿論鯉登との間に生まれた男児も嫡男と思える。
だが嫡男とは『最初の子』という辞典にもあるように、水城にとっては静秋が第一子なのだ。
鯉登はそんな水城の心情を汲み取ってくれたのか首を振ってくれた。
鯉登も勿論両親を思うなら男の子が欲しいとは思う。
だが絶対に男の子を産まなければならないほど鯉登家は厳格ではない。
世の中には婿入りというものがあるのだ。
少なくとも両親と鯉登はそう思っているし、鯉登自身子供の性別は本当に拘りはない。
というより鯉登は水城が無事であることが第一で、子供を産むことは二の次だ。
水城には子供を産むことが役割だと言ったが、それは自分の体を大切にしない水城を心配して向けた言葉であって、鯉登の本心ではない。
子供は勿論欲しいし大切なのだが、水城の死や健康を引き換えに子供が欲しいとは思っていない。
もう水城のいない生活は考えられなかった。
鯉登の言葉に水城は嬉しそうに微笑み、彼の胸元にしな垂れるように体をあずけ、鯉登はそっと水城の肩を抱く。
胸元に頭を預ける水城の頬に触れ、顔を上げさせる。
抵抗もせず鯉登を見上げる水城の琥珀色の瞳が熱を帯びており、それに誘われるように口づけを落とした。
触れるだけの口づけを何度も交わしながら少しずつ深くなっていき、水城は鯉登を受け入れるように小さく口を開く。
その口の中に舌を入れ、水城の舌と触れ合う。
自分の口づけに夢中になっている水城に鯉登はゆっくりと優しく押し倒した。

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