朝になり、天幕を張っていた空き地に行くとすでに解体が終わっていた。
水城達の姿に山田が最後の挨拶と、昨日の報告に来てくれた。
フミエは水城を小馬鹿にしていた女達に気づいていた。
そのフミエの協力でショーを台無しにしようとした女性達を割り出し、昨日の夜を持ってクビにしたらしい。
座長として団員を管理できていなかったと水城に謝ってくれた。
しかし山田は自分につきっきりだったため仕方ないと水城は思っていたが、それはそれこれはこれ、らしい。
どんなに忙しかったと言ってもあの取り替え事件は避けられたミスなのだ。
確認を劣った結果だと山田は言う。
「みんな元気でね」
紅子はここでみんなとはお別れとなり、紅子の周りには少女団の女の子達が集まって別れを惜しんでいた。
その泣く少女達に交じって谷垣も交じっており、その瞳には涙が滲んでいた。
「ゲンジロウちゃん…アタイのことも少女団のことも忘れないでね…」
「ッ、うん!!」
紅子もみんなとの別れに涙が溢れ止まらなかった。
一時の仲間とはいえ苦楽を共にした谷垣もすでに少女団の一員だ。
紅子の言葉に谷垣はぶわっと涙が溢れ顔にしわを寄せ泣きながら何度も何度も頷いた。
「樺太新聞に公演の記事が掲載されているぞ」
「え!本当!?私のことは!?なんて書いてある!?」
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………あったぞ、二行書いてる」
今朝購入した新聞を手に月島は水城に樺太公演の記事を見せる。
月島の後ろから覗き込むように新聞を見れば書いてあることは書いてあった。
だがほぼ王子こと鯉登のことばかりで水城の事が書かれている行はたったの二行。
それも…
「誤字ッ!!!」
『不死身』なのに『不痔身』と誤字で掲載されていた。
それを見て水城は『ちくしょーッ!』と子供の駄々ように地面に転がって悔しがった。
駄々っ子から目を逸らすと丁度そこにはすごい勢いで山田に勧誘されている鯉登がいた。
曲馬団はこれからアメリカに渡り公演するらしいが、山田は鯉登の可能性が見たい、世界が君の軽業にひれ伏すだろう、何でも手に入る、などと甘い言葉で誘惑していた。
なんとしても一座に残ってほしいらしい。
まあ、あれだけの軽業を見せられれば手放しがたいのは分かる。
しかし、その甘い甘い誘惑を鯉登は『鶴見中尉殿に叱られてしまう』と月島の想定内の言葉の一言で断った。
想定内というよりむしろ通常運転でしかない。
「音之進…相変わらず鶴見中尉にベタ惚れねぇ…」
心底鶴見に忠誠を誓っている鯉登を無感情で見ていた月島だったが、ふと水城からぽつりと呟かれた言葉を聞きそちらに目をやる。
駄々を捏ねるのをやめた水城は立ち上がって砂を払っていた。
そんな水城を月島は意外そうに見つめる。
「意外だな…鶴見中尉に嫉妬しないのか…女ではないからか?」
「え?ああ、うん…まあ、なんていうか…ほら、鶴見中尉は鶴見中尉で鶴見中尉だから…」
「…は?」
「……音之進って昔から鶴見中尉に夢中だったから…鶴見中尉に会うまで鶴見中尉のこと存在しない妖精さんかな??って思ってたから…」
「……………」
水城の言葉に月島は『あ…っ(察し)』となった。
以前鶴見中尉に靡かないのを見て理由を聞いた時『鶴見中尉の鶴見中尉が鶴見中尉なんです』と意味の分からない返答が返ってきたことがあった。
その当時は訳が分からなかったが、今やっと理解した。
遠い目をする水城に月島は労うように肩を叩いた。
フッ、と悟ったような笑顔を浮かべる水城に触れないでやりながら、期待の星を逃し膝をつく山田に月島は問いかける。
「我々はある男達を追っています…ひとりはアムール川流域の少数民族で構成されるパルチザンの男だ…恐らく樺太島の北にいる仲間と合流するつもりなのではと予想している…何か情報はありませんか?」
「パルチザン…ひとつ心当たりがありますね…」
月島の問いに山田は月島の望む答えを頭の中にある情報から探す。
その中に一つだけ心当たりがあった。
「ここ豊原から北へ約500キロ…国境を越えたロシア領の港町に樺太で最大と言われる『アレクサンドロフサカヤ刑務所』があるのですが…帝政ロシアに対する解放運動で捕まった極東の少数民族たちが数年前に大勢懲役囚として移送されたと聞いたことがあります」
山田は説明しながら北の方へ指さす。
その指さす方へ見つめるが、視界には家しか写らない。
しかし水城には見えていた。
「…キロランケの目的地はそこで間違いなさそうね」
グッと拳を握る。
今まで聞き込みでやっと追いかけている状態だったが、やっと目的地を把握することができた。
予想ではあるが、その可能性は大いに高い。
「樺太公演は失敗だったがヤマダ座長から重要な情報を得ることができたな…」
月島の言葉に北へと視線を向けていた水城は手に持っていた新聞に視線を落とす。
「あら、失敗じゃないわよ……たった二行だし誤字だけどアシリパさんは賢いから読めば気づくはず…ひょっとしたら見つけてるかもしれないわね…」
二行だけで他は鯉登のことばかり。
更には誤字だったが、それでも杉元という名にピンと来るはず。
それを期待し、水城はグッと新聞を握る力を強くした。
161 / 274
← | 目次 | 表紙 | →
しおりを挟む