豊原を出て犬橇で一気に進む。
相手の目的が明らかになり、水城達は更に前進した。
しかし、現実はそう上手くはいかず…前を進もうとする水城達を阻むように突然吹雪いてきた。
「トホトホトー!!トホトホトー!!」
犬に声を掛けながら水城達は前の犬橇に合わせて走る。
水城が乗っている橇には谷垣と、水城と谷垣に挟まれチカパシが乗っており、犬の中にはリュウがいた。
鯉登は橇に別々に乗ることに駄々を捏ねていたが、安定の『別にいいじゃん、わざわざ変えなくても』と水城の凍えるような対応に別々になった。
付け加えて鯉登のフォローをするのなら、小柄だが鍛えられた体の持ち主+ヒモ生活で贅肉が付き始めた男+少女+老人+荷物となると重すぎて犬が疲れてしまうのもある。
それなら女性の水城と贅肉がたっぷりの谷垣、子供のチカパシとで乗ったほうが犬の負担が少ないため変更はなしとなった。
「急に天候が崩れてきた!」
「避難しないとまずいです!」
前方を走る鯉登達の視界があっという間に白く染まった。
ビュウビュウと吹雪で風の音が煩く、お互いの声が聞こえない。
それは水城も同じで、視界が白色に染まり鯉登達が乗る橇の姿が視界から消えてしまった。
「もう前が見えない!!」
視界が白一色のため真っ直ぐ進んでいるかも分からない。
目印の鯉登達が乗る橇も視界から消えてしまい、しかしかと言って止まるのも危険だ。
すると突然リュウが列を離れようと別の方向に向かって走るが、犬と橇は繋がっておりビンッと紐に引っ張られ阻まれてしまった。
「リュウ!何やってるの!!列から外れないで!」
リュウは紐に引っ張られ、キャンと鳴いた。
他の犬は同じ方向を走っているのになぜかリュウだけは別の方へと向かおうと足掻く。
「リュウに橇を引かせるなんてやっぱり向いてなかったのよ!この子は猟犬よッ!!」
犬橇の犬と、猟犬の犬の躾は当然異なっている。
そのためついて来たため繋げたが、犬橇をさせるのは無理があったと水城は思う。
しかし、水城達は雪で視界を阻まれ気づいていなかったが、水城達は前を走る鯉登達から大きく逸れた方向へと向かっていた。
それに気づいたのはこの場でリュウ一匹だけだった。
――暫く走ると風の音に交じって何か音がした。
「今の銃声じゃないか!?」
「もしかしてはぐれた!?」
先ほどから前を見ても雪で覆われて鯉登達が見えないが、影すら見えないのは可笑しい。
はぐれたと気づいた時にはすでに遅かった。
「銃声はどっちから聞こえた!?」
「多分あっちだよ!」
水城の問いに答えたのはチカパシだった。
聞こえた方へと指さすと後ろに乗っていた谷垣が銃を撃つ。
しかし強風の音によって月島達の耳には届かなかった。
「駄目だッ!!月島軍曹達を見つけるよりもどこかに避難しよう!!風を避けられる場所を探すんだ!!」
完全にはぐれたと気づく。
吹雪きも強くなっていき止む気配はなかった。
避難できる場所を探しているといつの間にか海岸に出てしまった。
雪が吹雪く中見える海に水城は焦りを強くする。
「まずい…なんとかしないと死ぬわよ私達…」
そうぼやくが、冗談では済まされない。
本当にこのままさ迷えば水城達は凍り付いて死んでしまう。
せっかく鯉登と再会し和解したというのに、こんな終わり方は望んでいない。
「掘ろう!!杉元!!穴を掘ってその中に入っていれば多少はマシだ!!」
来た道を戻るべきか、どうするべきか、と悩む水城に谷垣が穴を掘ることを提案する。
それに水城は賛同し、荷物からシャベルを取って大人の谷垣と水城が穴を掘る作業を行う。
しかし…
「地面がガッチガチに凍ってて掘りずらい!!」
「これ以上掘れない!!これでなんとか凌ぐしか無いぞ!!」
樺太の地面は凍りつきシャベルで掘っても凍りすぎて掘りにくく、そして人間が掘れない硬さまであっという間に到着してしまった。
とは言え別の場所でも同じだろう。
仕方なく少ししか掘れなかった穴に避難するしかない。
「橇を壊せ!!」
ヘンケには申し訳ないが、命には代えられない。
橇を壊し、壊した橇を壁として向かい風を阻むように積んで風よけにする。
吹雪きでは意味のなさそうな風よけではあるが、ないよりはマシである。
橇を壊して作った薪を重ね火をつける。
「どう?」
「ついた!」
チカパシを毛布で包み橇の座る部分にあった毛皮を後ろからチカパシも入れて肩から被せ水城は谷垣が火を起こすのを待つ。
火起こしは谷垣の方が上手い。
こんな吹雪の中でも火はちゃんと着火出来たらしく、こんな凍えるように寒い中ではちょっとした火でも安心できる。
しかし谷垣はなぜかつけたばかりの火を消すように周りの土を集め埋めてしまう。
「ちょっと!どうして消すの!?」
「橇一台分の薪なんてあっという間に燃え尽きる!!だが埋めれば土の中でゆっくり燃えるんだ!この上で横になれば少しは長く暖まれる!!」
「流石マタギの谷垣さん!!」
土で埋めたのは消すためではなく、長く暖かさを続けさせるためであった。
谷垣も東北生まれで雪には慣れているが、ここまで吹雪くと東北生まれだから寒さに強いだのなんだのは無関係になってくる。
しかし生まれ一つで、知識一つで、生死は別れる。
水城は谷垣と一緒でよかったと思う。
とはいえ、水城達が掘れた穴はあまりにも浅すぎるため、壊した橇を風よけにしても危険なのは変わりない。
「お前らちょっと来いッ!!」
そこで考えたのは犬たちで暖を取ろうという作戦だった。
掘った穴に水城と谷垣が並んで横になり、チカパシにはその上に乗って横になってもらう。
3人の上に毛皮を被せその上に犬たちに乗ってもらって暖を取る。
所謂樺太犬の掛け布団である。
「リュウ達は大丈夫なの?」
「こいつらは寒さにはめっぽう強い犬だから大丈夫だ…問題は俺達だな…俺達はどれだけもつか…もうすぐ日が暮れる…」
リュウ達を心配したチカパシの問いに谷垣が問題ないと答えた。
樺太犬は極寒の吹雪の中で三日〜四日ほどは平気で眠り60日間の絶食も可能な強靭さを持つ犬種なのだ。
むしろ心配なのは自分達人間だ。
特に子供のチカパシには早く暖かいところで休ませてやりたい。
水城は谷垣の言葉に空を見上げる。
吹雪きで気づかなかったが、確かに空は暗かった。
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