無事、身体も暖まり水城はやっとペチカの上から降りることが出来た。
「ごめんね、ソリ燃やしちゃって…」
その間にヘンケが壊れた橇を一から作り直してくれており、身体が暖まった水城は仕方ないとはいえ橇を壊してしまった謝罪をする。
「ありあわせの材料で作った橇にしては出来すぎでしょ!流石ヘンケね!」
罪滅ぼしに手伝えば、慣れているというのもありあっという間に完成した。
それに水城は感心し驚く。
「今から思うとあの吹雪の中でリュウが列を外れたのは燈台の方角を考えるに…前を走っていた橇についていこうとしてたんだと思う」
谷垣の言葉に水城はあの時を思い出す。
確かに考えてみれば今まで列を乱そうとしなかったリュウがあの時だけは列から離れようとしていた。
まず人間である水城がそれに気づかなければならなかった。
「疑ってごめんね、リュウ…やっぱりお前は優秀な犬ね…猟犬としてじゃなくて立派な橇犬にもなれるでしょうね」
谷垣の傍にいたリュウを水城はわしゃわしゃと撫でまわし、謝罪と共に褒める。
その水城の手にリュウは尻尾を振ってコロンと寝転がった。
もっと褒めろと言うリュウに水城は可愛いと笑い撫で繰り回す。
「月島ァ!!」
よーしよしよし、とどこかの動物愛好家のようにリュウを愛でていると鯉登が叫ぶ。
鯉登の方へ振り向けば慌てた様子を見せていた。
「カナヅチが手にくっついた!!」
触っているうちにくっついたようで、無理矢理引っ張ろうとする鯉登に月島は止める。
「この気温なのに素手で金属に触ればそうなるでしょう…無理矢理剥がせば手の皮が破けますよ」
鹿児島は暖かい位置にあるため、北海道にいたとはいえ鯉登はあまり寒さに危機感はない。
鯉登は月島の皮が破けるという言葉に顔を青ざめ、そんな坊ちゃんをよそに月島は水城達を見る。
「谷垣、小便をかけて融かしてやれ」
水城達というか…主に谷垣であった。
流石に男装してると言っても水城は女なのでセクハラになるし、水城と鯉登では特殊プレイにしかならないのを回避するためだろう。
まだこのページは全年齢対象なのです。
視線はバッチリ谷垣に向けられており、バチリと軍曹と目が合った谷垣はぎょっとさせた。
「えっ、いや…俺はまだ尿意はありませんが…」
「頑張って出せない?」
水城も今は尿意はない。
尿意があっても正直出来るかと問われれば……………そういうプレイだと思えば頑張れるかもしれない。
しかし残念な事に今は尿意はない。
残念な事に。(以下略)
月島も尿意はないのに、なぜか水城は尿意がないと言っている谷垣に無理やり出させようとしていた。
月島も止めないところを見ると水城と同じ考えなのだろう。
「頑張るもなにも…小便って頑張って出せるものなのか…?」
「そこを何とか…谷垣ニシパのちょっといいとこ見てみたい!」
ハイ!一気一気!のノリでコールをする水城に谷垣は『いやでも出ないものは出ないし』と頑なだった。
いや…むしろ前向きに出そうと思える方がすごい。(原作)
もはやプレイではなく、嫌がらせの域である。(原作)
結局、『私も小便をかけられるのは勘弁してくれ!!』という鯉登の懇願から、老人夫婦の家に戻って暖炉で融かすことにした。
水城達が小屋でヘンケが橇を作っているところを見ていた間、チカパシとエノノカが奥さんの料理の手伝いをしていた。
奥さんは楽しそうに子供達と料理をし、一応水城もお世話になっているというのもあって手伝う。
軍服から女だと思っていなかった老夫婦はコートを脱いだ水城の姿に驚いたが、何か事情があるのだろうと察して何も言わずにいてくれた。
その気遣いが嬉しかった。
言葉が分からないなりに料理を手伝う水城を鯉登はじっと見つめていた。
しかしその顔はニタニタと笑っており、そんな上官の心の中を月島は何となく読む。
(大方『まるで母の料理を手伝う妻とその子供のようだ』とかなんとかだろうな…完全に俺達を視界から消したな…)
リア充を理解したくないが、ここ数日で嫌でも理解できてしまった。
ニタニタと笑う鯉登を見なかった事にし、月島は窓から外を見る。
(この分じゃ止みそうにないな…仕方ないとはいえ一日遅れをとるのは痛い…)
自然相手に文句を言っても仕方ないとは思うが、文句を言っても罰は当たらないだろう。
こちらはあちらよりスタートが遅れた分、一分一秒も無駄には出来ないのだ。
しかし吹雪は止みそうになく、老夫婦からも明日まで止まないから泊っていくよう言われてしまった。
その優しさには感謝しつつも、やはり気は焦ってしまう。
「できたよー」
水城と子供達がテーブルに食事を出し、ようやく夕食となった。
メニューは至ってシンプルかつ伝統的なロシア料理だった。
ペリメニというひき肉や野菜など入れる餃子のうような食べ物と、ボルシチという赤いビーツを入れて作った真っ赤なスープ、クリーチという円筒形に焼いた菓子パンが並べられていた。
「凄い色だな、このスープ…」
鯉登は前に出された真っ赤なスープをスプーンで掬いながらそうこぼす。
ボルシチの赤色はビーツという野菜の色素で、一緒に煮込むことでこの真っ赤な色が出るらしい。
辛くないらしく、食べてみれば意外とくどくなく、野菜が多く入っているためビーツの味が強いというわけでもなかった。
日本人の口にも合うらしく、水城達は美味しそうに食べる。
「『美味しい』はロシア語でなんていう?」
「フクースナ(美味しい)だ」
子供でも美味しく食べれるその味にチカパシは月島にロシア語を聞く。
月島から教えられたロシア語にチカパシだけではなく水城達も老夫婦に『フクースナ』と言った。
拙くロシア語かと問われれば苦笑いをされるレベルの発音だが、通じているのか老夫婦は嬉しそうに笑う。
それに老夫婦が上機嫌に笑うのはそれだけではなかった。
「いつも二人だけなので賑やかな食事は嬉しいとさ」
奥さんがロシア語で何かを言い、それを月島が通訳する。
その言葉に水城は小首を傾げ問う。
「ご家族は他にいないの?」
水城の言葉を月島が通訳するも老夫婦は黙り込んでしまう。
「あの写真は娘か?」
更に鯉登が壁にある写真立てを指さす。
その写真立てには一人の女性が写っていた。
座ってこちらに微笑んで写っている女性は若く、髪の色からして奥さんの若い頃の写真ではなさそうだ。
ならば娘だろうと思い聞いたが…なぜか老夫婦の表情が暗くなる。
それが引っかかり水城が『どうしたの?』と心配になって問えば話してくれた。
「日露戦争前から燈台守として親子三人はここで穏やかに暮らしてた…しかしある日ロシア軍の脱走兵が現れた…暫く燈台に居付いたが……その脱走兵は大切な一人娘を連れ去ってしまったんだそうだ…」
ロシア語の通訳で月島が事情を説明した。
連れ去ったといったが、恐らく娘は男に付いていったのだろう。
しかし、たった一人の娘の両親である老夫婦にとったら連れ去ったと言っても同じなのだ。
事前に話してくれたわけでもなく、駆け落ちのようにいなくなった娘を親が心配しないわけがない。
「あちこち探して回ったが娘は見つからず…軍や政府にも探してくれるよう頼んだが一切何もしてくれなかった」
両親からしたら連れ去り事件だが、世間からしたら駆け落ちだ。
それに金持ちか偉い立場の娘でもない限り軍や政府が一々一市民の為に動くわけがなかった。
それでも彼らに頼るしか他になかった両親からしたら見捨てられたのも同然だ。
それからやがて日露戦争が起き、政府から日本軍に燈台を利用されないよう破壊するようにと事前に爆薬を渡されたが、政府の対応に憤りを感じていた老夫婦は日本軍に素直に燈台を明け渡したのだという。
しかし、暫くすると更に北に新しい燈台が作られここは不要となり日本軍も手を引いた。
だが…
「このご夫婦は娘の帰りをこの燈台でずっと待っているそうだ…」
老夫婦はそれでもこの燈台に戻り、娘の帰りを待っていた。
思い出したのか奥さんは涙を流し、涙を零す妻に夫が肩を抱いた。
寄り添う夫婦の姿を見て誰もが口を閉ざした。
「娘さんの事があって燈台は残り…私達は命を救われたってわけね…」
水城は立ち上がり、鯉登が指さした娘の写真立てに歩み寄る。
写真に写っているのは特別美人というわけではないが、愛らしい女性であった。
「ねえ、この娘さんの写真…一枚借りてもいい?」
振り向く水城の言葉に月島は眉を顰めて水城を見た。
「お前、まさか…」
「うん…探してあげたいなって思って…」
「俺達は慈善事業をしているわけではないんだぞ…目的を忘れたか」
月島は水城が何をしたがっているのか分かった。
だからこそ眉が更に深くなり水城を睨むように見つめる。
自分達は弱い人たちを助けるボランティアをしに樺太に来たわけではない。
目的はただ一つ…アシリパ奪還だ。
それを忘れるているような水城の提案に月島は安易に頷くことはできなかった。
しかし水城も水城で頑固である。
「忘れるわけがないでしょ……でも話を聞いてると他人事に思えなかったから…」
その言葉に月島はこれ以上何も言えなかった。
彼も水城と同じく他人事と思えなかった者の一人であった。
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