(166 / 274) 原作沿い (166)

朝になり、朝食もご馳走になった水城達は吹雪も止み出発することにした。


『色々とありがとう』


橇に荷物を乗せ犬を繋げていつでも出発できるようにした。
見送ってくれる老夫婦に月島がロシア語でお世話になったお礼を言う。
老夫婦は久々に賑やかな時間を過ごしたからか、水城達と別れるのに少し寂しそうにしていた。


『お願いします…娘を見つけてください』


奥さんが水城に歩み寄り手をギュッと握り涙目で見つめる。
ロシア語は分からないが、何となく言っていることが分かった。
月島の通訳もあって水城は頷いて返す。


「おい杉元…」

「分かってるわよ…これから行く先々で聞いて回るくらいはたいして負担にならないでしょ?本来の目的が最優先だけど何も恩返しせずにサヨナラはできないわ…」


水城はあの時言った通り他人事ではないと思ったのだ。
自分は母に死んだと思われているが、母も老夫婦のように心寂しい日々を送らせていると思うと見逃せなかった。
月島はチラリと鯉登を見る。
鯉登はこの事に関してだんまりを決め込んでおり、どうやら水城の好きにさせるつもりらしい。
相変わらず恋人に甘い上官に月島は隠れて溜息を吐き、水城の言葉に月島はもう何も言わなかった。
彼も彼で何か思う事があるらしく、強く否定的ではないところから黙認はしてくれるのだろう。


「おかあさん…あの空っぽの額に私の写真を入れておいたから…もしも燈台にこのアイヌの女の子が立ち寄ったら伝えてほしい…『杉元水城が生きてる』って」


写真を借りた時、水城は自分の写真を入れた。
その理由はもしもこの燈台にアシリパが立ち寄ったら自分が生きていると伝えてほしいからだ。
老夫婦は月島を挟んだ水城の言葉に頷き、水城達は老夫婦に見送られながら犬橇を走らせ去っていった。
老夫婦はその姿を見えなくなるまで見送り、家の中に入る。
水城の言葉を思い出し娘の写真が入っていた写真立てを見ると…

変顔+変なポーズをしている水城の写真が入っていた。

それを見上げながら老夫婦は何とも言えない微妙な表情を浮かべていた…



◇◇◇◇◇◇◇



老夫婦のいた燈台から離れた場所に樺太アイヌのコタンがあった。
丁度犬を休ませたかったというのもあり休憩させてもらう事にする。
水城はコタンのアイヌ達にアシリパの写真を見せて回り聞き込みを行う。


「アシリパ!アシリパ!」

「クワンテカハンキー(知らねー)」


このコタンには寄っていないのか、大人も子供も誰もアシリパの事を知らないと首を振る。
仕方なく写真を仕舞い、次に新しい写真を取り出す。
その写真は自分の変顔と引き換えに借りた老夫婦の娘の写真だった。


「じゃあこっちは?名前は…えーっと…なんだっけ…」

「Светлана」

「そう!それ!えっと…スヴェトラーナ」

「クワンテカハンキー(知らねー)」


外国人の名前は難しいモノばかりで中々覚えられない。
思い出そうとしている水城に気づいた月島が教えてくれた。
その名前を舌足らずだがアイヌ達に聞けばこれまた首を振られてしまう。
一通り聞き込みも終わり、寒いため世話になるアイヌのチセにお邪魔させてもらう事にした。
チセにお邪魔させてもらうと寒さから一転して暖かった。
コートを脱ぎ寛いで歓迎を受けていると水城達が聞き込みしている間に聞いた事をエノノカがチカパシに教える。


「チカパシ聞いて…こないだこの村メコオヤシ出たって!ぷー(食糧庫)の周りに足跡いっぱいあったって!」

「何それ怖いやつ!?」


エノノカの話し方からしてそのメコオヤシというのはあまり歓迎されない動物のようである。
怖がるチカパシにエノノカは楽し気に話す。


「樺太アイヌの昔話に出てくる猫の化け物!浜に荷物ぜんぶ置いて仕事してたらメコオヤシが追いかけてきたの…舟に乗って逃げたら浜にいっぱいメコオヤシ出てきてこっち睨んでみんなで鳴いてたって!」

「へえ…そのメコオヤシってどんな見た目をしているの?」


エノノカの話にチカパシが怖がってしまった。
北海道では聞かなかったメコオヤシという話に水城は興味が引かれ、エノノカに問う。
水城の問いにエノノカは『えっと』と話の中に出てくるメコオヤシの外見を思い出す。


「毛皮に赤と白のブチがある犬みたいに大きな猫!」

「猫ちゃんかぁ」


水城は可愛いファンシーな猫を思い浮かべたが、エノノカの話す内容からしてそんな可愛らしいモノではないのだろう。
それでも可愛い猫を思い出すのは心は乙女だからだろうか。


「オオヤマネコだな」


ポヤンポヤンと可愛い猫を思い浮かべている水城の想像をブチ壊すように月島が特定した。
樺太アイヌに広がるメコオヤシという動物は、和人で言えばオオヤマネコという大型の猫らしい。
ファンシーな可愛い猫が一転して血生臭い猫に変わった。
が、『大きい猫…ふわふわもこもこ…太いふわふわの足…可愛い…』と水城の中の乙女は変わらなかった。
月島の特定に鯉登が鼻を鳴らす。


「ふん…尾形百之助じゃないのか?いよいよ奴らに追いついたか」


鼻を鳴らす鯉登の言葉に乙女モードだった水城は通常モードに戻る。
オオヤマネコと聞き思い浮かべるのは、遠目で見れば癒し系でしかない肉食の猫だ。
だが、鯉登はそうではないらしく、水城は首を傾げた。


「どうして尾形なの?」


水城としては特別な感情があって聞いたわけではなかった。
なぜ猫と聞いて尾形が結びついたのかただの疑問だったのだ。
首を傾げて問う水城の言葉に何故か誰もが口を閉ざす。
月島と鯉登は表情をそのままだが、谷垣は気まずげに水城から目を逸らす。
彼らの雰囲気からしていい事ではないのは見て取れる。
だからこそ水城は怪訝と眉を顰め発言元である鯉登を見る。
その視線に気づいたのか鯉登は戸惑いもなく恋人にある言葉を告げた。


「『山猫の子供は山猫』」

「どういう意味?」


しかし、水城には全く分からない言葉だった。
更に疑問が深まり水城は怪訝さを更に強くさせた。
そんな水城に月島が続ける。


「山猫は『芸者』を指す隠語だ…師団の一部の連中が言っていたくだらない軽口だ」


水城はやっと理解した。
尾形の出生は水城も知っている。
しかし水城が尾形を猫だと言っていたのは出生を弄っての事ではなく、彼自身猫のような雰囲気を持つからだ。
尾形は自分を犬だ犬だと言っていたが、水城も内心『私が犬ならあんたは猫でしょうが』と思っていた。
それを言えばお得意の嫌味がいつもの倍になって返ってくるので何も言わなかったが。


「本当にくだらないわね…」


水城は尾形の出生など気にもしていない。
そもそもそれを言えば令嬢だった自分も元々は農民の子供なのだ。
水城が言えた立場ではない。
それに水城にとって尾形は尾形なのだ。
過去がなんであれ、生まれがなんであれ、両親がなんであれ、あの尾形しか知らない。
しかし鯉登は違うらしい。


「あの性格だ…嫌ってる人間も少なくない…私も大嫌いだ……それに『山猫』にはいんちきとか人を化かす意味の隠語もあるだろう?山猫社会とか…くだらん軽口だがしかし…案の定…ではないか…違うか、雪乃」


元々お互い反りが合わなかった相手だ。
その男の子供を息子として引き取るとしても、鯉登からしたら息子とその父親は別と考えているらしい。
鯉登の言葉に水城は肯定も否定もしなかった。


「それでメコオヤシどうなったの?」


大人たちの話をよそにチカパシは怖いながらに興味があるのかエノノカに聞く。


「あとで荷物取りに戻ったら足跡いっぱいあって荷物ぜんぶ無いの…服も靴も袋もぜ〜んぶ!」

「食べちゃったの…?」

「かもね」

「タバコ入れも…?」


話には続きがあり、メコオヤシが消えて戻れば足跡だけのこしてそこにあった荷物全部なくなっていたという。
食料だけではなく、服や靴さえなかった。
チカパシはそれを聞いて顔を強張らせながら煙草入れも消えたのかと問う。
その問いにエノノカは首を振った。


「いや…タバコ入れはくさいから食べないと思う…」


首を振るエノノカだが、話を聞いたチカパシは体を震わせ恐怖した。


「その変な話に教訓があるとすれば…『泥棒猫は撃ち殺せ』だ」


エノノカの話に鯉登がつけ足した。
鯉登は水城を見つめ、そう告げる。
泥棒猫…そのままの意味なのだろう。
鯉登からしたら水城を奪ったような相手なのだろう。
そこに、その間に、二人の間に、愛があり情があろうとなかろうと尾形は水城に強い執着を持っている。
強い眼差しに水城は目を逸らすことはできなかった。

166 / 274
| 目次 | 表紙 |
しおりを挟む