(168 / 274) 原作沿い (168)

世話になったコタンを離れ、水城達はひたすらアシリパ達が向かっているであろうアレクサンドロフクスサハリンスキー…通称『亜港』に向かっていた。
しかし地図で見れば小さな島でも実際走ってみれば広く、気候もあって犬よりも人間が疲れてしまう。
そこで思ったより進んだというのあり、途中ウイルタ族が天幕を張っていたので休ませてもらうことにした。
相手は少しロシア語が分かるらしく、早速男性にアシリパの写真と燈台の老夫婦の娘の写真を見せる。
最近空振りが多く正直水城は半分期待していなかった。
しかし…


「しばらく前に三人の男と一緒に親戚からトナカイを一頭届けに来たと言っている」


男性からの情報に水城はやっとアシリパの足取りを捕らえることが出来た。
最近空振りが続いていたため、男性の言葉に水城は安堵の表情を浮かべる。
とはいえ、老夫婦の娘の情報がなかったのが残念だ。
ここには男性一人しかいないため、聞き込みはこれで終わった。
ずっと犬橇に乗って疲れたのもあり天幕で休ませてもらう事にした。


「亜港監獄まであと少し…アシリパさんは近いはず…急がないと…」


目的地である亜港監獄まではもう距離も近い。
心だけ焦って水城は今すぐ走ってでも前に進みたい気持ちだった。
こうして座っているのが辛い。


「焦っているとちょっとした事で大怪我することもある…アシリパの事で気持ちが焦るのは分かるが休める時に休んでおけ」


『一応これでもお前を戦力として頼りにしているんだ』と月島がそう宥めた。
水城もそれは分かってはいるが、それでも気だけは焦ってしまう。
俯き『うん…』と頷く水城を鯉登が気遣って彼女の手の上に自分の手を重ねた。
鯉登の手に水城は鯉登を見つめる。
鯉登はアシリパに嫉妬しているが、それでも恋人を気遣ってくれる。
それが嬉しくて、でも心から笑って安心させてあげれない自分もいた。
笑顔を浮かべてみるが、その笑みは弱弱しかった。


「チカパシ、これなにかな?」

「なんだろ?」


大人たちが話している間、案外子供というものは暇なのだ。
見たことのない木彫りに子供達は興味津々だった。
人の形をした木彫りが二個と、その傍には動物と思える木彫りが置いてあった。
しかし、一体何の動物か子供達には分からなかった。


「谷垣ニシパ、これなに?」


なので大人に聞くことにしたのだが、近くにいた谷垣に聞くも谷垣も首を傾げた。


「ネズミ?」


その木彫りは四本脚に大きな頭、しっぽらしき棒が後ろに付いていた。
背中にはギザギザに掘られている。
谷垣もそれが何なのか分からず、とりあえず頭に浮かんだ動物を思い浮かべる。
彼らのやり取りに元気がなかった水城も気づき、子供達から渡された木彫りを手に取る谷垣の手元を覗き込む。


「ネズミには見えないけど…犬じゃない?」


谷垣はネズミに見えたらしいが、水城には犬に見えた。
どうやらこの木彫りはナーナイ族の男が置いて行ったものらしく、所有者の男性も何の動物の木彫りか分からないらしい。


「樺太の生き物か?クズリじゃないのか?」

「えー…犬でしょ、絶対」


鯉登の言葉に水城は頑なに犬だと言い張る。
その手は鯉登の手を握り締めており、鯉登は表向きだけではあるがいつもの調子に戻った水城に少し安堵した。



◇◇◇◇◇◇◇



ウイルタ族の天幕で休ませてもらった後、水城達はやっと国境の境目にあたる標石を通過することが出来た。
もう水城達はロシア領にいるのだ。
不法で入国している身であるため、ロシア側にも日本側にも見つかれば撃たれても文句は言えないだろう。
しかし水城に恐怖はない。
表裏で日本とロシアで別れてデサインされているその標石を見て水城はますますアシリパが近くにいるのだと思えた。
あとはもう前に進みアシリパの元へと駆けつけるだけだ。
水城はただただアシリパだけを見つめていた。


(待っててね…アシリパさん…)


アシリパの元へ行くという事は、恐らく―――キロランケと尾形と再会するということ。
犬橇の紐を水城はギュッと握り締める。

―――亜港監獄まであと少し。

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