白石はキロランケ達と行動を共にしていた。
はっきりキロランケを信用していない。
しかしここまで付いてきたのはアシリパを心配しての事。
そして、水城の信頼を裏切らないためだ。
白石にアシリパを守る義務も水城の信頼を裏切らない義務もない。
だけど、脱獄囚として様々な罪を犯した自分を水城は信用してくれたのだ。
罪人なのに同じ人間としてアシリパを任せるほどの信頼をくれた。
その信頼を裏切ったら人として大切なものまで失う気がした。
だから逃げ出さなかった。
しかし、それを自然が引き離そうとしていた。
「うぅ、さむっ!」
壮大に言ったが、言っちゃうと流氷が割れて白石だけ一人取り残されただけである。
先に進むより、来た道引き返した方が道があるため、水城のためにも一刻も早くアシリパの元へと戻ろうと走る。
吹雪いているため寒さが辛いが、キロランケと新たに加わったアレクサンドル2世暗殺事件の首謀者ソフィアをアシリパの傍に置いておきたくなかった。
「早く戻らねえと…」
きっと自分は何かあれば置いて行かれる。
あの連中にしたら自分はその程度の存在だ。
入れ墨も写してあるため、この身体を紛失するという心配はないだろう。
自分は水城のように肉対戦が得意な訳でも、尾形のように銃が得意なわけでもないが、せめて水城がアシリパと合流するまで彼女の傍にいてあげたかった。
(杉元…早く来いよ…早くしねえとアシリパちゃんがもっと遠くに行っちまうぞ)
アシリパも白石も水城が死んだとは信じていない。
いや、信じられなかった。
不死身の杉元を間近で見てきたのだ。
あの不死身が死ぬわけがない…あれくらいで死ぬなら不死身など水城には荷が重かったのだ…そう思い、そう願う。
「おっと…」
走っていると地面の氷が揺れ、白石は身体が倒れる前に地面にしゃがみ込む。
しかし地面は段々と斜めになっていき、白石の周囲にヒビが入り大きく傾いた。
咄嗟に上へ持ち上げられた方へと手を伸ばし下を見れば、白石が乗っている流氷が沈んでいくのが分かった。
「や、やばいやばい!!滑る!!」
白石は傾いた氷に滑り台のように下へと落ちそうになっていた。
手袋を外し爪を氷に立て靴で必死に落下しそうなのを止めようとした。
しかしそんな白石を嘲笑うように身体は海へと飛び込まん勢いで滑っていく。
この冷たさで海に落ちたらまずは助からない。
冷たすぎて身体が強張り氷の上に上がる事さえ困難なのだ。
すると首に引っ掛けていたチンポのお守りがポロリと零れた。
「チンポのお守り!!」
白石はその首から零れたチンポのお守りを掴み『これだああ!!』と叫びながら氷に突き立てる。
刃物ではないので深くは突き立てることはできなかったが、落下は免れた。
「チンポは偉大なり…」
チンポの偉大さを身をもって経験した瞬間である。
このチンポのお守りをくれたウイルタ族に心からの感謝を述べる。
しかし…チンポは白石の体重を支え切れずボキリと折れてしまった。
「うわあああッ!!」
チンポに支えられていた身体が一気に海へと滑り落ちていく。
爪で引っ掻こうが靴を引っ掻けようが氷は白石を拒む。
海に落ちる…そう白石が思い声を上げたその時…―――白石の手を誰かが掴んだ。
「へ…」
もう駄目だ、と思った時冷たく冷え切った白石の手を暖かい誰かの手が掴んた。
その手に白石は顔を上げる。
そこには…
「白石由竹!!また会ったわね!!」
水城の姿があった。
白石はその姿に目を丸くし驚愕した表情を浮かべ水城を見上げていた。
真ん丸と目を丸くして見上げる白石に水城はグイっと手を引っ張って傾き沈んでいく氷から降ろす。
すとん、と座り込む白石は水城をポカーンと口を開けて呆けて見上げていた。
そんな白石に水城も笑顔で見下ろす。
白石はしばらく呆けていたが、実感がわいたのか真ん丸だった目がうるうると涙で濡らし、水城に飛びついた。
「ッ〜〜〜杉元水城!!」
飛びつく白石に水城は押し倒されてしまう。
雪のおかげでなのもあるが、何より水城も白石との再会に嬉しさから痛みも冷たさはなかった。
「んも〜〜!!マジで不死身かよおめぇ〜〜〜!!」
抱き着いた拍子に鼻水が水城の目元に付いたが、水城は怒らずニコニコと笑っていた。
白石も生きていると思っていたとは言え不安がなかったわけではない。
本物の水城に白石は感極まって号泣した。
しかしそんな白石の胸元を水城がガシリと掴んだ。
「それで!?アシリパさんは!?」
白石との再会も終わり、水城は切り替えた。
切り替えの早い水城に白石は胸元を掴まれガックンガックンと揺らされる。
「ああ!一緒だぜ!!アシリパちゃんはこの先にいる!!怪我もないし元気だぜ!」
「そう…!そう……よかった…アシリパさん…」
胸倉をつかまれている白石の言葉に水城は声を震わせながらも安堵する。
あまりにも心配していたからか、白石の胸元に顔を寄せ目を瞑ってアシリパの無事を噛みしめていた。
「キロランケと尾形もいる」
「…………」
しかし、続いた白石の言葉に水城は閉じていた瞳を静かに開ける。
暖かい琥珀色の瞳が一瞬で冷え切った殺意を込められた琥珀色の瞳に変わった。
「尾形は『水城が死んでいるのを近くで確認した』ってアシリパちゃんにもそう言ってたんだぜ?」
「………そう…そう言ったのね…」
まだ白石は尾形達が自分達を裏切った事を知らない。
だが口ぶりからして疑ってはいるのだろう。
白石の言葉に水城は顔を上げる。
その表情に白石は寒さとは別の寒気が背中に走った。
水城は杉元水城から不死身の杉元の顔に変わっていた。
この吹雪や流氷のように冷たく誰もが凍り付くような静かな怒りを見せていた。
その淡々とした声も恐怖を誘う。
そんな白石に気づき水城は一度目を閉じて落ち着くように息を吐き出す。
「あの野郎が私を撃ったのよ…隣にいたアシリパさんの父親も…キラロンケと結託してね」
「!…なんてこった…」
真実を知り白石は目を丸くする。
キロランケが怪しいとは思っていた。
はっきり言って接点がない尾形だって本当に信頼していたわけではない。
しかしまさか二人が結託したとは思っていなかった。
水城は『こうしてはいられないわ!』と立ち上がる。
「さあ!アシリパさんを取り戻すわよ!!」
白石に手を差し出し立たせて近くにいたリュウの紐を握る。
そして水城は白石と共にアシリパを取り戻すべく再び走りだした。
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