アシリパは尾形の答えに悲し気だった表情をいぶかし気に向け尾形を睨むように見上げた。
「私の知っている水城なら『干し柿』と答えたはずだッ!!」
尾形は水城の最後に食べたい食べ物を『あんこう鍋』と言った。
しかし、水城の好物は『干し柿』だ。
死に際に食べたいと思う食べ物は自分の好きな食べ物になるはず。
尾形はアシリパの言葉にグッと繋いでいてた手の力を入れる。
その痛みにハッとさせアシリパは自分の手を引っ張り尾形との手を解く。
勢いよく倒れたアシリパはそのままゴロンと転がり、その拍子に背中の矢入れから矢が飛び出す。
「落ち着け、アシリパ」
「―――ッ!」
転んだアシリパに尾形は手を伸ばす。
しかしアシリパは落ちて広がった矢を一本拾い尾形と距離を置いて弓を引く。
「近づくな!!お前は何一つ信用できないッ!!」
警戒を高めるアシリパに尾形は静かに見下ろした。
ギリギリと弓が撓る音が吹雪の音に交じる。
「あーあ…時間切れかな…」
お互い睨み合っていた中、尾形がポツリと呟いた。
癖になっている前髪を撫でるしぐさを見せながら薄っすらと笑った。
「やっぱり俺では駄目か…うまくいかんもんだな…」
水城が抜けた旅で尾形は出来る限り態度を和らげて来た。
それはアシリパに同情したからではなく、水城の分まで彼女を守らなければと思ったわけでもなく…アシリパを懐柔するためであった。
水城が行っていたようにアシリパに対して好意的に接する事でじわじわとアシリパの心を溶かし信頼を勝ち取って金塊のありかを聞き出そうとしていた。
それが失敗してしまった。
たった食べ物なんかで。
しかしそこまで残念とは思わなかった。
元々慣れない事だったのだ。
無理に続けるのも限界があるというものだ。
だからこそアシリパの懐に入り込んだ水城を素直に感服せざるを得ない。
尾形は薄ら笑いを消してアシリパを見下ろす。
その瞳は旅をしていた時に比べてはるかに冷たく静かな瞳だった。
「ところでよぉ…前から気になってたことがひとつあるんだ…」
チラリとアシリパがギリギリと引く矢先を見る。
そこには三つの小さな玉が張り付けられていた。
その玉は小さいけれど熊をも殺す猛毒である。
「初めて会った時の事俺はよく覚えてるぜ…水城が俺を殺そうとした時に止めたな?」
尾形の言葉にアシリパも記憶を掘り起こす。
その顔は当時は覚えていないほど曖昧だったが、水城の息子である静秋と瓜二つという事で鮮明に記憶に残っている。
あの時水城はアシリパが止めなければ息子の父親を殺すつもりだった。
こうして彼と敵対しているが、止めた事は今でも良かったことだと思っている。
「この金塊争奪戦で不殺の誓いをたてて…『清い』ままでいようとしているアシリパに…ずっと違和感があった……あの父親から人殺しの心得までは教わらなかったのか?アイヌの偶像も『清い』必要があるのか?」
「何の話だ…」
尾形の言っていることが分からない。
難しい話をしているわけではないのに、彼が何が言いたいのか理解できなかった。
怪訝とさせるアシリパに尾形は銃を構えず両手を広げて無防備にその身を晒す。
「やれよ…俺を殺してみろ…清い人間なんてこの世にいるはずがない……自分の中に殺す道理さえあれば罪悪感なんぞに苦しまない」
尾形は不愉快だった。
アシリパにも同じ腹に黒いドロドロしたものを飼っているというのに、アシリパだけは清いままだった。
自分はこんなに穢れているというのに。
そう…自分は穢れているのだ。
だから水城を殺せなかったのだろうか。
だから水城を永遠に自分の物に出来なかったのだろうか。
「…道理をやろうか?」
中々矢を放とうとしないアシリパに尾形はやりやすいように理由をつけてやる。
「お前の父親を殺したのは俺だ」
そう零した尾形の帽子が強い風によって落とされ顔があらわになる。
アシリパの目の前に父殺しの犯人が堂々と立っていた。
アシリパはその言葉に目を見張り尾形を青い目で見つめていた。
「やれよ…お前も出来る…お前だって俺と同じはずだ」
父を殺した。
ずっと会いたがっていた父親を目の前で。
その犯人が目の前にいるのだ。
誰でも逆上し毒の付いた矢をこの肉体に放つだろう。
尾形はそう思っていた。
しかし…アシリパは気持ちを落ちつかせるため息を吐き、静かにゆっくりと弓の構えを解く。
「私は殺さない…」
その言葉に尾形は下げていた銃をアシリパに向けた。
「…お前達のような奴らがいて良いはずがないんだ」
そう言って尾形は殺意を初めてアシリパに向けた。
今まで保護の対象だった少女に尾形は殺意を向け殺そうと銃を構えた。
目の前の少女を殺さなければ…そう思っているからだろうか。
尾形はその背後に迫っている影に気づかない。
尾形とアシリパはお互い睨み合う。
その間には誰にもいなかった。
しかし…
「尾形あ!!!」
女の低く唸るような怒号にアシリパはビクリと肩を揺らし、思わず手を放してしまった。
173 / 274
← | 目次 | 表紙 | →
しおりを挟む