(177 / 274) 原作沿い (177)

鯉登は白石に浮気だと言われ額に青筋を立てて睨みつける。
しかし、白石の言葉に鯉登が反論を言う前に水城が口を開いた。


「浮気じゃないわよ」

「え…?」

「雪乃は私の名前だし」

「……えっ???」


白石はキョトンと水城を見つめた。
白石の頭の上でポクポクと木魚の音が聞こえる気がした。
フルフルと手を震わせながら自分に振り向いている水城を指さす。


「え???雪乃ちゃん???」

「うん」

「雪乃ちゃんは杉元で杉元は雪乃ちゃん????」

「うん、雪乃は私」


白石に水城は自分を指さし『雪乃は私』だと述べる。
『え??えぇ????』と混乱している様子の白石をよそに今度は様子見していたアシリパが首を傾げていた。


「水城は水城ではないのか?」

「そういえば言ってなかったね…水城は偽名で、本当は川畑雪乃が私の名前…で、前に拾われっ子だって言ったよね?杉元って苗字は川畑になる前の苗字なの」


アシリパと白石からしたら…いや、鯉登以外からしたら杉元水城という名前が水城の名前だと認識している。
そのため鯉登の言う雪乃と、水城が繋がらなかった。
今更ながらに水城は説明をする。
正直こんな状況にならなかったら誰にも雪乃と水城の事を話すつもりはなかった。


「…ならこれからは雪乃と呼んだ方がいいのか?」

「ううん…雪乃が本名だけど…今じゃ水城も私の名前だから…アシリパさんが呼び慣れてる方で呼んでくれていいよ」


水城にとって雪乃は捨てた名前だ。
だけどそれでも両親から貰った名を簡単に捨てれるわけでもなく、捨てたけれど、大切な名前だった。
対して水城は偽名だ。
それも憎い吉平が適当に付けた名前。
だけどもう今はその名前さえ自分という存在を形作るモノとなっていた。
だから雪乃も水城も自分であるのだ。
とはいえ今は杉元水城で通っており、この争奪戦中は基本男装すると決めているので『まあ、そっちの方が都合いいしね』と笑う水城にアシリパはホッと笑う。
雪乃と呼ぶのが嫌なわけではないがやはり何かモヤモヤしたものを感じていた。
何故か胸を撫でおろして笑うアシリパを不思議に思いながらも、彼女の顏に笑顔がこぼれた事に水城も釣られて笑った後、白石に振り向く。


「で?なんなの?白石、あんた何したの?」

「なんでこの状況見て俺が原因認定されてんの!?」


名前の事は解決した。
しかしその発端が水城にはよくわかっておらず、白石に問う。
白石は自分が犯人扱いされ不満に叫びながら軍刀を未だに手放さない軍人を指さした。(水城の後ろに隠れながら)


「鯉登ちゃんがよく分からない事で怒ってるの!!俺なにもしてないし出来るわけねえじゃん!!非戦闘員なめんなよ!!」


『それ自慢になってないよ』と水城は思いながらも鯉登を見る。
鯉登は怒りを通り越して表情が消えており、普通の無表情でない事は天然記念物の水城も分かった。
そんな水城をよそに鯉登の殺人級の視線は常に白石に向けられていた。


「えっと…白石が何かやったの?」


『なんで俺がやったこと前提!?』と後ろが煩いが無視である。
水城の姿に多少の感情は戻ってきたのか、鯉登は不機嫌そうに顔を顰め白石を睨む。


「……わい(お前)にはもうえて(相手)おっと(いると)…」


よほど感情的になっているのか標準語が抜けていた。
『えて??猿??』と白石は思ったが、水城の『はあ?』という声で思考が遮られた。


「白石、あんたなんてことを…」


水城が呆れた目で見てくるため、白石は首を傾げた。
どうやら水城は鯉登の言葉は分かるようだが、鹿児島県民ではない白石は解析不能である。


「へ?鯉登ちゃん今なんて??」

「私にはもう相手がいるからって…あんたなんでそんなこと言ったの…」


通訳されてやっと分かった鯉登の言葉だが、呆れられるようなことは言っていないつもりだ。
流石に水城に呆れた目で見られ白石はムッとさせた。


「なんだよ…杉元が言ったんだろ?」

「は?私が?いつ?どこで??」


白石の言葉に鯉登の鋭い視線の矛先がこちらになり、水城は内心冷や汗をかく。
浮気などしているつもりはない。
尾形とは寝ていたが、心は鯉登一筋だった。
そんな自分が白石に相手がいる…すなわち想い合っている男がいると言ったらしいのだ。
しかし水城は身に覚えがない。
グッサグサくる鯉登からの視線を受けながら、水城はたらりと冷や汗が頬を伝うのを感じながら白石に問う。
水城の問いに白石は記憶を掘り起こす。


「確か…ほら、網走でお前オトノシンって奴と恋人だって…だから気まずくて俺に代わりに脅させただろ?」

「…………」

「あれ?でもあの場所にいたのって俺らと…第七師団だった…はずだ、よ…な……」


白石が言っていた相手とは、網走監獄で第七師団に包囲され監獄内で対峙していた時の事だ。
白石はふとその時の状況を思い出し…はっとさせ水城と鯉登を見る。
そして事情を知っているらしい谷垣へ目線を向ければ、谷垣は顔を引きつらせながら白石の目線の意味を理解しているように頷いて見せる。
その谷垣の反応に完全に『あ…(察し)』となった。
しかし、白石は少し勘違いしている。
確かにあの時、水城は恋人がいるから白石に脅しを変わってもらっていた。
しかし正確には恋人『だった人』、である。
それが色々展開がありすぎて『恋人』だと認識してしまったのだろう。
そこはまあいいだろう。
認識違いや聞き間違いなどはよくあることだ。
だが、それを鯉登の前で言うのが問題だった。


「……雪乃…詳しい話を聞かせてくれるな?」


怒っている…水城は静かすぎる鯉登の言葉に『ひえ…』と声をこぼし不死身ともあろう女が体を竦ませた。
静かに、しかし大股で近づく鯉登に水城は慌てて逃げるように距離を置いた。
距離を置く水城に鯉登はピタリと足を止め、眉を顰めて水城を睨むように見つめる。


「……なぜ逃げる」

「い、いや…その…だって…ねぇ?」

「…………」

「あの…音之進…怒ってる…よね…?」

「私が怒ることをしたのか」

「ん、いや……いや、してないけど…」

「ならばなぜ逃げる」

「…えっと……」


ムッとさせ睨む鯉登がまた足を一歩踏み出し水城に近づき、水城はまた彼から距離を置く。
広まった距離を縮めようとするもまた水城が避けて距離を置き、鯉登は再び距離を縮めようとする。
その繰り返しだった。
静かに怒る鯉登に水城はどう説明しようかと悩む。
その間も距離を縮めようとしては距離を置かれ、鯉登はついに足を速め駆け足となった。
だが、鯉登が駆け足となったということは距離を置く水城も足を速めるということになり…ジリジリと迫りそして離れていた鯉登と水城だったがいつの間にか追いかけっこが始まった。


「待て雪乃!!なぜ逃げると聞いている!!」

「いや!だって!!音之進が追いかけてくるんだもの!!」

「なぜ私が追いかけるからと逃げる必要がある!!やはり浮気をしていたんだな!?誰だ!!白石か!!やはりそこにいる白石由竹か!!」

「違うってばぁ!!!白石とは浮気してないしそもそも(心の)浮気はしてません!!」

「ならば私から逃げるな!!」

「逃げないよ!!逃げないから追いかけてこないでよ!!」

「私が追いかけるのはお前が逃げるからだと言っているだろう!!」

「だから!!私が逃げるのは音之進が追いかけるからだって言ってるでしょうが!!」


無限ループってこわくね?、と白石は追いかけっこをしている二人を目線で追いながらそう思う。
『ねっ!アシリパちゃん!』、と心の呟きをアシリパに同意してほしくてそう語り掛けた白石だったが、アシリパには無視されてしまった。
それにチラリとアシリパを見ると、彼女は追いかけっこをしている二人を睨んでいた。
正確にはむすっとしている。
その視線は水城ではなく鯉登に向けられており、白石はアシリパの心情を読みついニヤニヤしてしまう。
そうこうしていると水城がこちらに戻ってきて、今度は水城が白石の後ろに隠れた。
それがいけなかった。
浮気疑惑に、近づけば逃げられ、鯉登の苛立ちは強まっていたがついに白石の後ろに隠れられその苛立ちはピークとなる。
鯉登は白石をギロリと睨みつける。


「白石由竹ェ!!!貴様ァ!!」

「ひいい!!ちょっ、ま、待って!!杉元おま…!お前ェ!!なんでよりによって俺の後ろに隠れるんだよ!!俺を巻き込むなよ!!」

「な、なによ!!元はと言えばあんたが発端でしょ!!責任とりなさいよ!!」

「責任だと…!?白石由竹!貴様やはり私の雪乃を穢したのか!!」

「違うから!!杉元が言ったのはそっちの責任じゃないからぁ!!」


巻き込まれないのなら『ハハ、またやってらぁ』で終わる話だ。
だが巻き込まれた方からしたら勘弁願いたいわけで…
話が通じない鯉登に白石は思わず叫んだ。


「お前達いい加減にしろ!怪我人がいるんだぞ!」


ついにアシリパが間に入り、騒ぐ三人を叱る。
白石は『なんで俺も!?』と叫び、鯉登は不服そうな顔を隠さないが、アシリパに叱られ水城だけがしょんぼりとした顔をしていた。
耳としっぽがあったのなら完全に垂れ下がっているであろう水城にアシリパは宥めるように声を掛ける。


「水城、一体どうしたんだ?なぜ嫌がる?」

「うっ…ア、アシリパさん…だって…その………―――から…」

「?、すまない…よく聞こえなかった…もう一度言ってくれ」


アシリパの問いに水城はもじもじとさせ気恥ずかしそうに顔を背ける。
もごもごと何かを言っているが、小さすぎて聞こえなかった。
それに首を傾げてもう一度問うと『ゔ』と言いにくそうに言葉を詰まらせる。
しかし見上げてくるアシリパの瞳に勝てるわけもなく、水城は顔を真っ赤にさせ…


「オ、オシッコ臭いから…音之進に近づかれるのも触れられるのも…いやなんです…」


ぽつりと呟いた。
小さい呟きだが、それでも十分周囲には聞こえた。
まさかの回答に周囲は呆気に取られたが、『言っちゃった…!』と赤くしている顔を両手で覆って隠す水城にアシリパと白石は『あ…っ』と合流する前に白石の小便をかけられたことを思い出した。


「いや、でも…それ…しょうがなくない?そうしろって言ったのお前じゃない?」

「そ、そうだけどさぁ!でも…やっぱり、ね?やっぱりさ…ほら、好きな人にオシッコ臭いとか思われたくないし…怪我してるからそこから菌とか入っちゃったら困るし…」


そもそもオシッコ臭いのも水城がかけろと言ったからであって、その理由だってアシリパの瞼が水城のコートのボタンにくっついたからだであって、そこにお湯や暖かい物がなかったからであって……色々重なった結果であって…
白石の言葉に水城は顔を手で覆いながら首を振った。
乙女心としてはやはり臭いと思われたくないのだろう。
お風呂に毎日入れない時代とはいえ、体臭と、小便臭さは別物だ。
『お前ねぇ…』、と散々恐ろしい目にあった原因がただの小便臭いと思われたくなかったというどうでもいい事が分かり白石は水城に呆れ顔を向ける。


「白石由竹ぇぇ!!きぃさぁまぁぁ!!!」

「ヒィッ!!」


鯉登は水城の回答を聞いてプッツンと糸が切れた音を聞いた。
気づけば白石が座り込んで青い顔で自分を見上げており、その前を水城が庇うように立ち、白石の傍にアシリパが寄り添う形で立っていた。
その手には弓が握られており、どうやら怒りで意識が飛んでいた最中に白石に向けて軍刀の切先を突くように振ったらしい。
もはや剣術ですらなくなるほど鯉登の頭は怒りで我を忘れていた。


「貴様!!私の雪乃に手を出しただけではなく貴様の汚物で穢しただと…!?これ以上は我慢ならない!!その首かっ切ってやる!!」

「ちょっと!やめてよ!白石は私の仲間なのよ!!殺さないでよ!!」


鯉登の中で目の前の坊主頭は自分の愛する女に手を出した事に加え、小便という汚らしい物をかけたという罪が新たに加わった。
その怒りに鯉登の目の前は真っ赤に染まり、今すぐ殺さんばかりの勢いで白石を睨んでいた。
当の白石は全く(小便以外)身に覚えのない冤罪で、しかし鬼というより魔王の鯉登に反論する勇気はない。
その代わり仲間の危機に水城が前に出て庇う。
庇うのはいいが…それは鎮火させているというよりは、着火剤どころか爆発物を放り込んでいるようなものである。


「雪乃!なぜその男を庇う!!やはり浮気か!私よりもその男の方を愛しているのか!!」

「なんでそうなるの!!落ち着いてってば!!私が愛してるのは音之進だけだって!!」

「ほう…ならば近づいても逃げないのだな?」


庇う=白石を愛している、と繋がったらしい鯉登は浮気した(と思って言う)水城にも怒りの矛先を向ける。
冷静さを失いつつもどこか頭の端で『やはりあの時(入院していた時)攫って閉じ込めて繋いでおくべきだったか』とヤンデレらしき思考に至った。
愛しているのは自分だという水城に、その証拠を見せてもらおうと一歩近づいた。
しかし水城は同時に一歩下がり、距離を置く。


「雪乃…やはり浮気をしているのだな!?」

「いやいや!!話聞いてた!?私オシッコ臭いんだってば!!」

「だからなんだ!!小便臭いからと嫌う私と思っているのか!!ふざけるな!!どれほどお前を探したと思っている!!たかが小便臭いだけで嫌う程度の想いならば!すでにお前を見限って別の女に走っている!!どんなお前でも私は受け止める覚悟はできている!!だから私から逃げるな!!」

「音之進…っ」


鯉登の切れ気味での告白に水城は胸がキュンッとなり頬を赤らめる。
『も、もう…こんなところで…』と熱い頬に両手で触れて照れ臭そうに鯉登から顔を逸らした。
殺伐とした空気がピンク色に変わりつつあった。
鯉登も水城の可愛い反応に怒りしかなかった感情に冷静さが戻っていく。
これなら近づいても離れない…そう思った。
そう、思ったのだが…―――こちらが一歩踏み出せば、相手は一歩下がる。


「……………」

「……………」


沈黙が痛いほど落ちる。
鯉登はじっと恨めしそうに水城を見つめ、水城は鯉登からそっと目を逸らす。
鯉登は軍刀を収め、はあ、と呆れたように溜息を吐き…水城に向かって走り出した。
不意打ちに水城は遅れをとったものの、不死身と呼ばれた身体能力を発揮し何とか彼との距離を保つことが出来た。
追いかけっこが再び再開される。


「いい加減にしろ!雪乃!!あそこまで言われてなぜ逃げる!!止まれ!!」

「だぁかぁらぁ!!!オシッコ臭いから嫌だって言ってるのが分からないの!?」

「だからそれがなんだと言ってるんだ!!私は気にしないと言っているのが分からないのか!!」

「私が気にするんですけど!?乙女心を理解して!!」

「お前こそ男心を理解しろ!!!それともあれか!!やっぱり白石由竹と浮気しているのか!!!」

「だからなんでそうなるの!!白石とは浮気してないって言ったじゃん!!!この分からず屋!!」

「分からず屋なのはお前の方だろ!!白石はよくてなぜ私はダメなんだ!!白石にくっつくぐらいなら私にくっつけ馬鹿者!!」

「んもおお!!だからばっちぃ手で触ったら傷から菌入るから危険なの!!大体なんでそこまで白石に拘るの!?白石と私が男女の仲になんかなるわけないじゃん!!」


先ほどから白石白石となぜか白石に集中攻撃している鯉登に水城は声を上げながら問う。
確かに、谷垣や尾形やキロランケ達と旅をしてきて一番気を許せるのは白石だ。
ただそれは仲間で信頼があるからであって、恋に発展するほどの感情はない。
あちらだってそうだろう。
日々水城をゴリラだゴリラだと言っている男が水城にホの字などありえない。
だが、鯉登はそうは思っていないらしい。
鯉登は水城の問いに声を上げ…


「覚えてないのか!?あの男(岩息)がいた村でお前が言ったのだぞ!!静秋の父親候補が白石由竹だと!!!」


そう答えた。
その言葉に水城は『えっ』と驚いた声をこぼし、白石も『え゙ッッ』と声をこぼした。
アシリパもあの時同じく泥酔していた谷垣も鯉登の言葉には驚きが隠せず水城を見る。
水城は驚きのあまり足を止め鯉登を振り返る。
おかげで鯉登には追い付かれ腕を掴まれてしまった。


「うそ…」

「嘘なものか!月島もそれを聞いている!!」


全く身に覚えのない水城は信じられない気持ちだったが、『なあ月島!』と谷垣に介抱されている月島に振り返りそう問う。
正直一番重傷の月島は『早く休みたい』と心底思いながらも、記憶にあるので頷いた。
月島の頷きに水城は『え…え〜??』と思い出そうと記憶を漁る。


「……ああ、そういえば…言ったっけ、そんなこと…」

「ちょっ…んもぉ!杉元ぉ!!お前ぇ!お前が原因ンン!!」


結局、騒動の元を辿ると水城が原因だった。
水城はあやふやだが記憶はあるらしく、ぷんすこ怒る白石に『ごめ〜ん』と軽いノリで謝った。


「いや、でも酒の席での話だし…」

「酒が入れば本音も出やすいというではないか」

「え〜…まあ、そう思ってたのは否定しないけど…」

「ほう…」

「ばっ!おま…!杉元!やめて!?とばっちり来るからやめて!?鯉登ちゃんの据わった目がこっちに向けられるからやめてぇ!?」


人によるが酒が入ると本音が出てしまう人間もいる。
水城はそういうタイプではないが、あの時は鯉登と再会しどう鯉登を諦めさせるのか頭を悩ませていたので酒が入り油断したのもあった。
再び自分に怒りをぶつける鯉登に白石はアシリパの後ろに隠れる。


「水城は白石なんかの事が好きなのか?」

「ううん、全然」


白石の壁となったアシリパは思った疑問を口にする。
返って来た言葉にますますアシリパは首を傾げる。
白石は複雑な表情を浮かべた。
その気がないので好かれても困るが、即答で首を振られても傷つく。
なんだか告白していないのにフラれた気分だった。


「ではなぜ白石を静秋の父親候補だと言ったんだ?白石だぞ?白石」

「アシリパちゃん、ちょいちょい毒含むのやめてぇ??」


『白石なんか』と言われ、『白石だぞ、白石』とも言われ…白石は涙がちょちょぎれた。
アシリパの問いはまさに鯉登が問い質したかったモノで、鯉登はじっと水城を見つめ、水城はアシリパと鯉登の視線を受けながら『そうだなぁ』と答える。


「だって、白石は白石だから?」

「なんだそれは…ちゃんとした理由を言え!」

「そうは言ったって…理由はあの時言ったのと同じだもの」


白石は男としては駄目ではあるが、水城にとっては都合のいい男枠である。
そう言ったら水城が悪女だが、実際水城はあの時男は求めていなかった。
ただ静秋の父親の役割だけしてくれる男が欲しかった。
静秋の父親の役割をしてくれさえすればどんなクズであれ薬と借金と暴力以外なら何してくれても構わなかった。
好きな女がいても、妻子がいても、アル中でも、文無しでも、家無しでも、こちらに興味がなくても構わなかった。
ただ役割さえちゃんとして、自分を女として見なければそれでいい。
そう考えると白石は良い物件ともいえる。
白石は借金はあれど酷い額でもないし、素人童貞だし、酒が好きでもアル中でもないし、暴力も振るわないし、賭博好きでも中毒というほどでもない。
更に白石は水城を女に見ていないし、静秋も懐いている。
一番大きいのは静秋が懐いていたことだ。
息子が懐き楽しそうに白石で遊ぶのを見て父親候補としてうってつけの相手だと前々から思ってはいたのだ。
それが酒が入り暴露してしまった。


「…お前は…あの時言った言葉は嘘だったというのか…静秋の父親になるという私の言葉は届いていなかったという事か…」


何でもないように答える水城に鯉登は苦しそうに顔を顰める。
思わず気持ちが入りグッと力が入る。
鯉登の言葉に水城は慌てて首を振った。


「嘘なんかじゃないわ!あの時はあなたと復縁するなんて思っていなかったから…今はそんな事思っていないし、静秋の父親だってあなただって思ってる…だから…ね、そんな顔しないで…」

「雪乃…」


悲しそうな顔に水城は必死に鯉登を宥める。
あの時は鯉登とこうして再会する事も和解する事もないと思っていたが、鯉登と復縁した今静秋の父親は鯉登だと思っている。
鯉登は水城の言葉に手を握り直し、お互い見つめ合う。
再びピンク色になりかけたのだったが…


「だけどそれとこれとは違うから…とりあえず近づかないで」


スポッと鯉登の手に握られた手を水城は引っこ抜き鯉登から距離を取った。
そんな水城に鯉登は先ほど握っていた手を握り締め穏やかだった表情を再び鬼と化す。


「雪乃!!なぜだ!!」

「だから!!菌入るって言ってるでしょうが!!」


たかが菌だろう!!と言いながら鯉登が再び追いかけてきて水城は必死に逃げる。
彼らの攻防戦(という名のイチャつき)はアシリパが止めるまで長々と続いたという。

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