(178 / 274) 原作沿い (178)

一番重傷の月島を再会した岩息に運んでもらい、亜港近辺にいるニヴフ族の集落に水城達は泊まらせてもらう事になった。
事情を話し、怪我人のために一室を借り、更には水城とアシリパにお湯を沸かしてくれただけではなく、小便臭い服も洗ってくれるという。
ニヴフ族の冬の家である『トラフ』一軒を借りて月島と尾形の治療をしていた鯉登達だったが、そこにアシリパが慌てた様子で駆け込んできた。


「白石はいるか!!!」


白石を探しに来たらしいアシリパは顔を真っ赤にしながら部屋を見渡す。
そこにいつもの坊主頭の姿がいない事に舌打ちを打つ。
『チッ!なんでこんな時に限っていないんだあの馬鹿!』と普段のアシリパからは想像つかない罵倒が零れ落ち、そんなアシリパに谷垣は首を傾げた。


「アシリパ?どうした?」

「私はいないと水城に言ってくれ!!」


顔を真っ赤にして駆け込んできたアシリパに谷垣が不思議そうに問う。
だがその問いに答えずアシリパは隠れる場所を探すが、ここはニヴフ族の家。
アイヌの家同様和人のようなタンスなど死角が生まれる物は置いておらず、仕方なく谷垣が羽織っている毛布の中に隠れた。


「何があったんだ?」

「雪乃と喧嘩か?」

「ち、違う!!喧嘩ではないが…と、とにかく私は来てないと言ってくれ!!!」


アシリパは谷垣達より子供ではあるが、身体は小柄だが谷垣の背中で隠れるには成長しすぎている。
どう見てもアシリパが隠れていると見てすぐに分かるのだが、混乱しているのか慌てすぎているのか、頭のいいはずのアシリパは気づいていなかった。
鯉登が喧嘩かと問うが、アシリパは首を振る。
『じゃあなんだ』、と鯉登が続けて問おうとした時、『アシリパさん?』と水城の声がした。
その声に寝込んでいる月島と尾形以外のその場にいた全員が息を呑み、入口の方へと目線をやる。
別に鯉登と谷垣は緊迫した空気を出さなくていいのだが、アシリパの様子に釣られたのだろう。
そうしている間にも水城がトラフに入って来た。


「アシリパさん、いる?」


ひょこりと顔を覗かせ入ってくる水城は部屋を見渡した。
そして点点点、と谷垣の後ろに焦点を合わせた。
『気づかれた』と谷垣は思うが、『いや当たり前か』と思い直す。
そもそもこれに気づかないのはよほどのアホか、盲目か、目が見えにくい人くらいだ。
谷垣と鯉登の視線を受け、水城は『しぃ』と口元に人差し指を持っていき黙っててもらう。
そして『アシリパさん見なかった?』とわざとらしく二人に聞き、谷垣が『い、いや…見なかったが』と首を振る演技をする。
そっかー、と返しながら水城は谷垣の背中に回り毛布を剥ぎ取った。
そこにはやはり思った通りアシリパがいた。


「アシリパさん、みぃつけた」

「ひい!」


谷垣の背中に丸くなってくっつくアシリパは水城に見つかり顔を真っ赤にしながら青くするという器用さを見せる。
逃げようとするアシリパを水城は捕まえ、後ろから抱き着くように抱き上げた。
大人の女性とはいえ13歳の身体を安定して抱き上げるとは流石不死身と言われる女だ、と谷垣は頭の端で思う。
誰も助けようとしない中、アシリパは水城に抱き上げられ手足をばたつかせて抵抗する。
…が、軍人の男世界で不死身と名付けられるほどの力の持ち主である水城の力には勝てず身体に回る腕を解くことはできなかった。


「は、離せ水城!!」

「なんで嫌がるの?アシリパさんだってオシッコ臭いの嫌でしょ?せっかくニヴフ族の人がお湯を沢山沸かしてくれたのに…勿体ないじゃない」

「は、入るのが嫌な訳じゃないッ!!一人で出来ると言っているんだ!!」

「でも背中とか髪とか綺麗に流せないでしょ?それに久々なんだし…温泉では一緒に入れなかったから今日は一緒に入ろうよ…ね?」

「うぐぬぬ…ッ!ひ…ひとりで…できる、もん…っ」


温泉では都丹のおかげで一緒に入ることが出来なかった。
まあ混浴だったので自分ならいざ知らず、インカラマッとアシリパを男連中と同じ湯につからせる気はない。
都丹が来なかったら男達を上がらせて二人が入っている間に見張っていただろう。
そのため結局は一緒に入れなかったはず。
とはいえ、アシリパと一緒にお風呂に入るのを楽しみにしていた水城は、お風呂ではないが一緒に流し合いが出来ると今回も楽しみにしていた。
何故か嫌がるアシリパに水城はギュッと抱きしめてお願いをする。
その際アシリパの背中にむにっと柔らかい何かが押し付けられた。
そう、胸である。
まだサラシを買っていない水城のお胸様は健在で、着込んだうえにコートを羽織ったままでも分かるお胸様が今、アシリパの背中に押し付けられていた。
自分に対して無頓着な水城は無意識である。
それに同性というのもあって意識してアシリパに胸を押し当てているわけではないのだろう。
だが、アシリパはその胸の柔らかさに顔を真っ赤にした。


「……だめ?」

「〜〜〜ッッ」


後ろからアシリパの顔を覗くように見つめ、困ったように眉を下げる。
更にはコテンと小首をかしげるその姿はまさにワンちゃんだ。
アシリパには水城の頭にショボーンと垂れた耳が見えた。


「…だ………だ、め…じゃ…ない…」


ついにアシリパが折れた。
ガクリとうなだれるように頷くアシリパに水城はパアと顔を明るく笑顔を浮かべ『ほんとう!?嬉しい!』と更に抱きしめた。
むにっとした柔らかいものが更に背中に押し付けられアシリパは茹蛸となる。
『じゃあ、用意してもらったトラフに行こうか!』とルンルン気分で出ていく水城の背中を谷垣はアシリパに対して同情めいた目で見送った後、静かだった鯉登へと視線を向ける。
鯉登は嫉妬の鬼だ。
ここ最近鯉登と行動を共にしてそんな印象を持っている。


(アシリパが同性だからか、それとも子供だからか…)


恐らくは、その両方か。
谷垣も同性に嫉妬はしないか、と大人しい鯉登にそう結論付け、水城に剥ぎ取られた毛布を被り直す。
しかし、谷垣は知らない。
鯉登が大人しいのは、嫉妬していないわけではなく…ただ単純に早く接触禁止令を解いてほしいのと、水城の子犬攻撃に耐えられない事が分かっているからだ。
あの寂しそうな目で見つめられて『だめ?』と言われたら誰だって頷くしかない。
クーンという幻聴と、耳としっぽの幻覚が見えたら完璧に落ちるという選択肢しかない。
そのため、アシリパが落ちるのも仕方のない事だと鯉登は大人しかったのだ。
中身は少女だろうが幼女だろうが嫉妬するのが、恋人厨である。



◇◇◇◇◇◇◇



借りたトラフに到着し、水城はアシリパを降ろした。
美少女のアシリパならいざ知らず、水城の入浴を除く男はそういないだろう。
顔が整っていても傷だらけの見た目で大抵の男は覗く気すら湧かない。
トラフにはニヴフ族の人が二人の為に沸かしたお湯が置いてあった。
その中には大きな桶のような物が置かれており、恐らくそれに入って汚れを落とすよう用意された物だろう。


「じゃあアシリパさんから入ろっか」

「……うん…」


アシリパは遠い目をしていた。
抵抗するのも諦めて水城に身を委ねるつもりだった。
空の籠とニヴフ族の衣装が入っている籠があり、空の籠には脱いだ汚れた服を入れ、上がったら隣の籠に入っているニヴフ族の衣装を着るようにと事前に説明されていた。
アシリパは腹を脱ぐよう言われもじもじとさせながらアイヌの服を脱ぐ。
アイヌにはお風呂を入る習慣はない。
そのため裸を見せる習慣もないため、人前で服を脱ぐというのにはどうも慣れない。
とは言え本来ならそんな些細な事気にも留めない性格なのだが、どうしてか水城の前だと恥ずかしくなってしまう。
これが乙女心なのか、それとも単純に恥じているのか…アシリパには分からない。
しかしもたもたしていたら『あれ、まだ脱いでなかったの?ふふ、恥ずかしいのかな?大丈夫だよ私も脱いであ・げ・る』と水城も脱ぐに決まっている。
ゆっくりと焦らすように脱ぐに決まっている。
そして語尾にはハートが付いているに決まっている。
ちなみにこれはアシリパの妄想である。
アシリパは若干オッサン思考でそう妄想しながら脱がされてはたまらないと脱いでいく。


「脱げた?」

「あ…うん…」

「お湯も入れたからすぐに入れるよ…おいで」

「う、うん…」


もう返す言葉が『うん』しか出てこない。
アシリパが脱いでいた間、水城はお湯と水を入れて温度を調節していた。
丁度いい温度にしながら桶にお湯を張った。
アシリパに手を差し出せばアシリパは顔を赤くしながらその手を取り、水城に手を取られながらゆっくりとお湯に足を入れ、桶の中に膝を立たせて座る。
座っても溢れないようにしているためトラフの床が濡れることはなかった。


「じゃあ、頭流そうか」

「……うん…」


大半は服にオシッコが掛かっているため、身体は軽く流せばいい。
しかし頭はそうはいかなかった。
しっかり洗わないとオシッコ臭さが抜けない。
水城はアシリパにそう説明し、『目を瞑ってね』と頭を洗う作業に取り掛かる。
水城の言葉にアシリパは素直に目を瞑り、目を瞑ったのを見て桶とは別に水と混ぜてぬるくしたお湯を上からかける。


「アシリパさんの髪は綺麗で真っ直ぐだね…羨ましいよ」

「水城は癖毛なのか?」


子供特有なのか、それともアシリパの髪質なのか、汚れを落とすために優しく手櫛で梳いているその髪は黒くて細くて綺麗だった。
こんな髪に容赦なくオシッコをかけたのかと思うと冷静になっている今、とても申し訳なく思う。
水城の言葉にアシリパは大人しくしながら問うと水城は『んー』と曖昧に返す。


「雪乃だった頃は伸ばしてたけど癖毛ではなかったかな…切ったらちょっと癖毛になっちゃったけど…」


そうアシリパに答えながら水城は何だかくすぐったい気持ちになっていた。
まさかアシリパに『雪乃だった頃』を話す機会があろうとは思ってもみなかった。
あまり昔の事を話さなかったのもあり、ちょっとくすぐったさを感じる。


「髪を伸ばしていたのか?」

「ん?そうだよぉ…それが学校の決まりだったのもあるけど…和人の女の人って大体髪が長くしてる人が多いからね…ほら、家永も男だけど女装してるから髪長かったでしょ?」


自分以外の女性であるインカラマッはアイヌだし髪は短くカットされている。
比べる和人が女装ジジイしかいないのがアレだが、和人で例えれるのは家永しかいなかった。
この際あれがカツラか地毛かは置いておく。
そういえば、とアシリパは言われてみれば会う和人の女性のほとんどは髪が長い事に気づく。
あまり気にもしていない部分だったからか改めて言われると『へえ』と感心した声が出る。


「私は見てみたいな…髪が長い姿…」

「そう?今じゃ雪乃だった頃と比べて癖毛が入っちゃってるから昔のままにはならないと思うよ」

「それでもいい…私は今の水城がいいんだ」


切ってしまって癖毛になってしまったため、髪が長い姿が見たいと言っても雪乃のままの姿は見せられない。
そう言えば何とも凄い口説き文句を貰ってしまった。


「…っ」


カッと自分の頬が熱くなるのを感じる。
何も言わない水城を不思議に思ったのか『水城?』と訝しんだ声をこぼす。
その声に水城は『なんでもないよ』と返すのに精一杯だった。


(これで女の子なんだもんなぁ…男の子に生まれてたら多分落ちてたな…)


裸を見なくてもアシリパはとても可愛らしく美少女だ。
だが中身はその辺の男達よりも男前の性格をしている。
思いっきりがいいし、知識も豊富。
父親の仇を撃たずアイヌの教えを守る堅実さも持っている。
もしアシリパが男に生まれていたら、もう…すごい事になっていただろう。(語彙力)
きっとアシリパ♂に落ちない女はいない。
むしろ女でも落ちない女はいない。
それほどアシリパは男前だった。


(ごめん、音之進…ちょっと揺らいじゃった…)


どうやら自分は年下に弱いらしい。
恋人がいるのにイケメン女子にちょっと揺らいでしまった自分に、水城はここにいない鯉登に反省の念を送っておいた。

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