「はい、終わったよ」
髪を重点的に洗い流し背中を流してやった後、前は流石にアシリパが恥ずかしがったので本人にさせてやって行水は終わりだ。
桶から出る前に髪の水分を拭ってやり、身体は本人に任せてから桶から出させる。
出るときも敷いている布の上に乗せて濡れている部分の足を拭いてから服を着替えさせる。
その間に水城は汚れた水を外に捨てに向かった。
アシリパはすっきりしたものの、行水の習慣もないのもあり何だか変な感じがした。
季節的なのかもしれないが、すうすうするというか寒いというか。
ペタペタと裸足で歩いて籠にある子供用の衣装をいそいそと着ているとお湯を捨てに行っていた水城が戻ってきてアシリパの後ろに立つ。
「アシリパさんったら…髪をちゃんと拭かないと…せっかく温かくなったのに冷えちゃうよ」
アシリパはお風呂が得意ではなく、少し無頓着だ。
髪が濡れているのも慣れない感覚に変な気持ちでいたが、ぽたぽたと髪先から垂れるのを見て水城がタオルで髪を拭いてやる。
「このままじゃ借りた服も濡らしちゃうから今日は結ってあげるね」
「う、うん…」
大体水分を拭えたが、それでも湿っている。
この時代にドライヤーはないため必然と自然乾燥に頼らざるを得ない。
湿った髪で背中の服が濡れては風邪を引いてしまうと水城はアシリパの髪を結う。
高く結いお団子にしてみれば、普段も可愛いが今日はもっと可愛さがアップした。
『うん、可愛い』と笑顔で褒めるのでアシリパは頬を赤らめて照れる。
そんなアシリパに『やっぱりいいなぁ、女の子…可愛い…』と思いながら自分も汚れを落とそうと隣の籠に立つ。
アシリパも着替えを再開しながら隣の籠に着物が入れられるのを見て顔を上げ、ぎょっとさせた。
「水城!?何してる!!」
アシリパは水城が脱ぎだし顔を真っ赤にして声を上げた。
思わず大声を出してしまったが、水城は慌てふためくアシリパに首を傾げる。
「何って…私も入るんだけど…」
「わ、私がいるのだぞ!?脱ぐな!!」
「…でも…アシリパさん女の子だし…」
「あっ」
そうだった…、とアシリパはハッと我に返る。
アシリパは自分の性別を間違えて認識しているわけではない。
ただ水城の前になるとつい自分が女だと忘れる事がある。
女の仕事をさぼって男の仕事ばかりに熱中していたせいか、なんだか男の気分になるのだ。
自分の勘違いに気づいたアシリパは羞恥に顔を赤くする。
それに気づかない天然記念物の水城は顔の赤いアシリパを心配そうに見つめ、屈んで顔を近づける。
「顔が赤いね…そんなにお湯を熱くしていないんだけど…もしかして熱出ちゃった?色んなことが立て続けに起きたもんね…」
「―――っ」
『ごめんね、無理させちゃったかな?』と手をアシリパの額に当てる。
本当は額と額をくっつけたかったが、まだ汚れを落としていないのでお湯などに触れて綺麗になった手で触れる。
そんな水城にアシリパは更に顔を真っ赤にし、視線は真っ直ぐ―――胸に向けられていた。
(ち、ちちち近い!近いぞ水城!!
トカプが近い!!)
屈んでいるため胸が強調されていた。
それは温泉の時もそうだったが、そこに更に巨乳のせいでキツキツ開襟シャツの隙間から見える胸もサービスとして付いてきた。
お年頃のアシリパには刺激が強すぎて直視が出来ず目をギュッと瞑る。
それを苦しんでいると勘違いした水城は不安な表情を浮かべる。
「もしかして体調がよくなかったから水浴びを拒んでたの?ごめんね…気づかなくて…早く音之進達のところに行って休ませてもらおう?」
「だ、大丈夫だ!!」
「え…でも顔が真っ赤になってるし…」
「だいじょうぶだ!!!!」
「アッ、ハイ…」
顔も赤いし苦しそうに目を瞑っているしで水城はもしかして元々体調が悪かったのではないかと心配した。
この旅では水城もアシリパも色々な事があった。
水城は得た物が多かったが、アシリパは失う物の方が多かった。
キロランケもそう、尾形が父を殺した事もそう。
熱が出ても仕方のない事ばかり起こっていた。
だから体調を崩し行水を嫌がったのかと水城は自分の無神経さに腹が立つ。
とはいえもう行水を終えてしまい、まさに後悔先に立たずだ。
なら後は暖かくして寝ていた方がいいだろうとアシリパを鯉登達がいるトラフに送ろうとしたが、それをアシリパに食い気味に断られてしまった。
若干切れ気味に返され水城は頷くしかなかった。
「でも無理はしないでね…音之進達にとってアシリパさんは優先すべき対象だから体調崩したって文句は言われないし無理強いだってしないはずだから」
「あ、ああ…無理は…していないがな…」
大声が出せるなら元気なんだろう、と水城は脱ぐのを再開する。
プチプチとボタンとボタンホールが悲鳴を上げていたのを解放してやる。
サラシよりは圧迫感はないが、キツさはあった。
胸元のボタン全て解放し『ふう』と息を吐いていると視線を感じた。
「えっと…アシリパさん?どうしたの?何か変なところある?」
「へっ!?あ、あー…いや!!なんでもない!!さ、さあ!水城!!今度は私が背中と髪を流してやろう!!」
「え、ありがとう…でもまだズボン脱いでないんだけど…」
「そ、そうだったな!!すまん!!」
溜息のような声が聞こえたからそちらに目をやってみればボインと揺れるお胸様があるではないか。
テンパって行水をさせようと手を引っ張った。
しかしズボンが脱いでおらず、それを指摘され慌てて謝り手を放す。
脱ぐまで間が空き、アシリパは水城がしていたようにお湯を作ってやる。
しかしチラリと水城の胸の部分を見る。
そしてアシリパは思わず自分の胸を見た。
水城の胸はお胸様なのに、自分の胸はお胸ちゃんだった。
「あ、お湯用意してくれたんだ…ありがとう、アシリパさん」
「う、うん…」
全て脱ぎ終わったらしい水城がアシリパにお礼を言いながら近づく。
女同士なのとアシリパとの仲もあり、水城は恥ずかしげもなく裸体をアシリパに晒す。
アシリパは水城の裸を見て『私がいるんだぞ!!隠せ!!』と言いかけたが飲み込んだ。
そんな自分にアシリパは褒め称えてやりたい気分だった。
アシリパは水城から視線を逸らす。
水城の体には傷が多く刻まれている。
それに目を逸らしたのではない。
(……大人になれば私もあんな体つきになるのか…?)
水城の体から目を逸らしたのだ。
水城の体はオヤジ風に言えばボッキュッボンッのナイスボディである。
いわば出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいる体型である。
対して自分はまだ成長途中だからなのもあるがペターンとしていた。
多少のくびれも出てきたが、水城やインカラマッほどではない。
胸だってお尻だってそうだ。
大人になれば自然と二人のようになるんだろうかとアシリパは思う。
「アシリパさん?どうしたの?」
「へ?」
「いや…ぼうっとしてたから…やっぱり体調悪い?」
「大丈夫だ!すまない、ちょっとぼうっとしてただけで体調は悪くないぞ!」
安心しろ!と笑うアシリパに水城は不安が晴れなかったが、無理に問い質すのも可哀想な気がして笑って返した。
「ほら!体が冷えてしまうから早く体を流そう!」
「うん、じゃあ、お願いね」
「ああ!」
トラフの中とはいえ、裸の水城には寒かろう。
自分は湯浴びをしたし服に包まれているためそれほど寒くはないが、裸だった時凄く寒かった。
暖かいお湯に身体の冷えも暖まったが、まだ水城はお湯をかけていない。
後ろを向く水城の背中にアシリパはゆっくりとお湯をかける。
「熱くはないか?」
「ん、大丈夫、丁度いいよ」
ほう、と気持ちよさげに水城の口から吐息が吐き出される。
その返答にアシリパはほっとしながらある程度背中にお湯をかけた後、髪の毛にお湯をかける。
かける前に自分がされたように『お湯をかける、目を瞑れ』と声掛けすれば水城は素直に目を瞑った。
ぱちゃぱちゃと水音だけが響く中、アシリパは髪にお湯をかけるのをこれで最後にする。
自分の長い髪に対してあまり意識したことはないが、こういう時は短い方が楽で羨ましいと思う。
髪の毛の汚れを綺麗に流し、今度は背中を流す。
身体は服があったためそうオシッコで汚れてはいなかった。
何回か流し終えると水城はアシリパにお礼を言いながら今度は自分で前を流し始める。
そんな水城をアシリパをぼうっと見つめていた。
(水城の背中…すごい傷だな…)
ふと、アシリパは気づく。
水城の身体を見たことがなかったことに。
いや、普通は付き合いがあっても裸は見た事がない人間の方が多いだろう。
だが深い仲だというのに自分は水城の身体を見たことがない事に気づいた。
そして、自分よりも尾形の方が水城の身体の事は知っているのだ。
水城の身体の隅から隅まで、あの男は知っているのだ。
それに気づくと胸がチクリと痛んだ。
(…なんだ?なんか…胸がチクってした…)
胸元に手を当ててみるが胸の痛みはそれ以降なかった。
首を傾げていると水音にハッと我に返る。
俯いていた顔を上げればまた水城の身体の傷がアシリパの青い目に写った。
「ん、なに?」
「え…え?」
「え?はこっちなんだけど…どうしたの?」
水城に声を掛けられ事でアシリパはまた思考をどこかへやっていた事に気づく。
はたと気づけば自分の手が水城の傷だらけの背中に触れているのに気づき、アシリパは慌てて手を引かせた。
「す、すまない!!」
あわあわと慌てるアシリパに水城は振り返って首を傾げる。
アシリパの顔が赤かったので心配だったが、何度も同じ質問をしてしまえば嫌がれるだろうとアシリパの体調を気にしながら口うるさく言うのをやめた。
チャプンと音を立てながら水城は振り向き、ふふ、と微笑む。
「傷が気になる?」
「えっ!いや…そうではない、が…」
「触っても、いいよ?」
「…っ」
桶に座っているため大きな動きは出来ない。
水城は足を揃え横座りをし、身体を捻って片手を桶につきアシリパに振り向いていた。
アシリパが同性という事で胸だって隠しておらずアシリパに丸見えだ。
片手をついているため少し胸元が寄っている。
濡れて雫が肌を伝って落ちていき、濡れて肌に張り付く艶やかな髪…その光景は異性でなくても目の毒だ。
水城はアシリパが傷を気にしていると思っているのか、戸惑うアシリパの手を取って肩にある傷痕に触れさせる。
背中の時は驚いて気づかなかったが、意外と水城の体は傷だらけだというのにモチ肌だった。
まだ年齢からして若い方だからか水も弾きついでにアシリパの指も弾く勢いに柔らかい。
傷のデコボコもあるものの不快感はない。
むしろ柔らかさに思わず調子に乗るように水城の肌を撫で、水城はそんなアシリパの好きにさせる。
(傷だらけだ…女なのに……こんなに綺麗な肌なのに…勿体ないな…)
撫でると柔らかさと共にすべすべな肌の感触が手に残る。
この肌は女性達が必死に保とうとするような肌だろう。
しかし水城は旅の間手入れしている様子はない。
手入れなしに保てるのは体質なのか、若さなのか…まだ水城よりも若いアシリパには分からない。
だけど同性でも勿体ないなと思う。
こんなにも綺麗な身体なのにそれを邪魔をするように身体中には傷跡が残っている。
それが勿体ない。
けれど傷がなかったら水城の魅力が他の人に気づかれてしまうだろう。
それも勿体ないと思ってしまう。
(我が儘だな、私は…)
独り占めしたいと思ってしまった。
ずっと隣にいてほしいと。
尾形とそういう仲だと聞いてまず思ったのは喜びだ。
女を捨てた水城にちゃんと想い合う仲の人がいたことへの安堵。
そして、嫉妬。
尾形と話す水城を見て何故かモヤモヤとした感情が生まれるようになった。
それが嫉妬だと気づくまでそう時間は掛からなかった。
気づいたのは尾形が時々自分と同じ目で水城を見ていたからだ。
客観的に見る事でアシリパは自分でこの感情が嫉妬だと気づいた。
(あいつは私とは違って水城を簡単に手に入れれる…だからきっとあいつは…尾形はきっと諦めない…)
清らかであることに嫌悪して自分の命でアシリパを穢そうとした男だ。
何を考えているのか分からないが、水城の事だけは読むことが出来た。
これから尾形がどうなるか分からないが、生存しようと死んでしまおうと、きっと水城の傍に尾形はいる。
水城の心にはすでに尾形が居ついているのだ。
そう思うと悔しく思ってしまう。
そして、鯉登だ。
鯉登と水城が男女の関係だとあの騒動で知った。
それも尾形の時と違ってお互い想い合っているようにも見えた。
それを見てまたモヤモヤが湧いて出てきた。
アシリパはそっと水城の腕に顔を寄せて額をくっつける。
冷めてしまって水城の冷たい体にアシリパの体温が持っていかれる。
『濡れちゃうよ、アシリパさん』と優しく声を掛ける水城にまたモヤモヤが増えていった。
この優しさを尾形や鯉登にも捧げていると思うとモヤモヤしたものが自分の体を占領しているような気がした。
きっと頭を撫でて宥めたいのだろうが、濡れるから遠慮しているのだろう。
『アシリパさん?』と何の反応もしない自分に不思議そうにしながらも宥めるように声を掛ける水城にアシリパはギュッと目を瞑り、意を決したように目を開きて水城を見上げ…
「水城!私は負けないからな!!絶対にお前を守ってやる!!」
そう宣言した。
アシリパは決めた。
この天然記念物を男達から守ろうと。
もう手遅れなどというなかれ。
例え鯉登と添い遂げようとその間自分が水城を守らなければ…と思った。
そうしなければまた鯉登や尾形のように取って食われる、と。
話が見えない水城は目を瞬かせながら、
「え、あ、うん…?」
そう返すしかなかった。
何もわかっていないような水城を見てアシリパはグッと拳を握り更に決意を固めた。
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