(23 / 29) 少女時代 (23)

お祭り当日。
雪乃は予定通り呉服屋で身支度を済ます事にした。


「雪乃お嬢様この度はまことに申し訳ありません」


店に入ると店主に謝られてしまった。
注文してから順調に行けば数日前にはすでに出来上がっていたのだから仕方ないだろう。
従業員も頭を下げる光景に雪乃は慌てて頭を上げさせる。


「誰にでも失敗はありますよ…それに間に合ったのですからもういいじゃないですか」

「いえ…私達は商売人です…商売人は信用信頼が命の職業ですから…それが誤発注で納品を遅らせたなどなれば先祖代々守ってきたこの店の看板に傷が付きます…何より川畑家の方々には昔からご贔屓にしていただいておりますから恩を仇で返したのと同じです…どうか謝らせてください…」


商売は評判が命だ。
それが昔から続いている老舗でもその代の評判が悪ければ潰れる事もある。
だからこそきちんと落とし前はつけなければならない。
時間もないということで謝罪もほどほどにし、早速浴衣を見てみる。
柄や色など全て母と叔母が決めており、雪乃はその場にいるだけだった。
雪乃が蚊帳の外というよりは、母と叔母が盛り上がりすぎて雪乃が入れなかったのだ。
今日は叔母も母も用事で来れなかったが、羽織ってみれば雪乃が想像していたより綺麗な色や柄で目を奪われる。


「どうかな…あまり普段着ない柄と色だから…変じゃないかな…」

「変じゃないですよ!とても似合っていますよ!お嬢様っ!」

「ええ、とてもお似合いです」


しっかり着ていないが、不安そうに聞く雪乃にカナや店の人達が褒めちぎる。
褒められすぎて何だか信じられないが、変でないのならいいかと思いつつ雪乃も満更でもなかった。
この柄や色は鯉登の好み(らしい)ので、鯉登色に染められているようで嬉しくなってしまう。
今から…否、鯉登が帰ってくると分かった時から今日を迎えるのを雪乃はずっと心待ちしており、日にちが近づくたびに心が落ち着かなかった。
まるで片思いしている時のようにドキドキと胸を高まらせていた。
文句のつけようがない出来の浴衣を身に包み、約束通り化粧や髪は店の人達がしてくれた。
更にはオマケで可愛い髪留めを何個か付けてくれて何だか申し訳なく思ってしまう。
悪いからと髪留めの分のお金を払おうとしたが『お渡しするのが当日になってしまったお詫びです』と言われ逆に断られた。
何度も拒否するのも悪いと思い、雪乃はお礼を言って受け取る。


「わあ!雪乃お嬢様!とてもお綺麗です!」


化粧をしてもらい髪を整えてもらった雪乃は鏡で自分を映す。
着飾った雪乃を見てカナはあまりの綺麗さに頬を染める。
目を輝かせるカナの言葉に雪乃は素直に受け取り笑顔を浮かべてお礼を言った。


「荷物は私が持って帰りますね」

「ええ、お願いね」


店に寄って帰らなくていいようにとカナが雪乃の荷物を持って帰る事になっている。
散らばった荷物を纏めて持ち運びやすくする。
頷く雪乃をカナはうっとりと見つめながらも残念そうに溜息をつく。


「はあ…こんなに素敵な方なのに…お嬢様の身も心も音之進様の物なのですね…本当に残念です…」

「もう、カナったら…」


カナが雪乃と会った時はすでに雪乃と鯉登は恋仲になっていた。
それをカナは残念に思う。
もしも雪乃と鯉登が恋仲になる前に出会っていたのなら全身全霊で阻止したというのに。
冗談なのか本気なのか分からないカナの言葉に雪乃は苦笑いを浮かべる。
時間も迫っており、呉服屋にお礼を言って雪乃とカナは店を出ていった。
カナは心配だと言って鯉登との待ち合わせ場所まで送る事になっており、雪乃は子供に荷物を持たせるのに抵抗があるのか心配そうに声をかける。


「カナ、重くはない?私の物だし私が持つわよ?」

「大丈夫です!私は雪乃お嬢様のお付きなのですからこれくらい持てて当たり前ですっ!」


カナの元気のいい返事に雪乃は『そう』と微笑んだ。
カナは女中見習いではあるが、9歳も離れていると可愛い妹のような存在だった。
雪乃の笑みを見てカナもニコッと笑う。


(あーあ…本当に音之進様には勿体ない方だわ…)


カナは心の中でそうぼやく。
別に本当に音之進の事が嫌いなわけではない。
いい人だというのは分かっている。
だけど誰にだって反りが合わない人間というのはいるものだ。


(もしも私が男だったら…お嬢様を音之進様から奪ってやるのに…)


チラリと雪乃を盗み見すれば、丁度髪を耳に掛けている所だった。
それがまた色っぽくて、同性のカナでもドキリとし主人に見惚れてしまう。
カナは雪乃の事が好きだった。
それが恋慕なのか、それとも姉としてなのか、はたまた主人としてなのかはまだ幼いカナには分からないが、初めて会った時から雪乃をカナは敬愛していた。
ただ想い合っているのに、想い人を置いて遠い土地に行った癖に、ツルミチュウイなどという輩に首ったけなのだけはカナは許しがたいと思っていた。
鶴見中尉に対して恋愛感情がなくとも、それがカナが雪乃に向けるのと同じ敬愛だとしても、手紙に何度も書く事ではない。


「お嬢様――――」


何だか無性に腹が立ってちょっと鯉登を待たせてやろうと雪乃に伝えようとした。
雪乃を見上げたその時――――雪乃が男に口を布で塞がれていた。


「お嬢様!!!」


カナは咄嗟に荷物を放って雪乃を助け出そうとした。
しかしカナも後ろから布で口を下がれてしまう。
何か染み込ませているのか…それを吸うと抵抗もむなしく意識を失い…


――その場には散乱した荷物と、片方だけの下駄が落ちていた。

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