(188 / 274) 原作沿い (188)

水城達は尾形を逃がしてしまった。
一応警戒をしつつ橇を進め、ロシアと日本の境界を跨ぎ再び日本へと帰って来た。
とはいえ不法入国者なのは変わらない。
途中、ある樺太アイヌの集落に寄り、そこで一晩借りることにした。


「お婆ちゃん何作ってるのぉ?」

「酒のつまみだったら大歓迎だぜ!」


料理をみんなで楽しく食べ終え、後はつまみをちょいちょい摘まんで酒を飲んでいた。
でろでろに酔っている白石と月島、エノノカ、チカパシを除き、水城と谷垣とアシリパはほんのりと頬を赤らむほど酔っており、流石と言うべきか鯉登はケロッとしていた。
きゃっきゃとみんな酒やつまみを楽しそうに嗜んでいると世話になる家のお婆さんは何やらせっせと作っていた。
何をしているのだろうと、半分酔っ払いの水城と完全酔っぱらっている白石は興味深そうにお婆さんを見る。
お婆さんは事前に用意していた水を吸わせたお米を手に取りそれを口に入れてボリボリと歯で砕き―――粉末にした物を入れている器に吐き出した。
それを見た瞬間ほろ酔い気分だった大人たちは一瞬でスンッ…と真顔になり静かになった。
お婆さんはその粉を唾液と共に砕けた米を均一に混ぜ捏ねる。
その捏ねた物を丸めて潰し、囲炉裏の上で焼く。
この団子…『お婆ちゃんの口噛み団子』は小さい孫たちにオヤツとして与えており、愛情たっぷりなのだ。
『お婆ちゃんの口噛み団子』は樺太アイヌの伝統的なものか定かではないが、証言記録は存在し、孫たち曰く『美味しかった…とにかく、美味しかった』との事。
とはいえ和人にも口噛み酒など似た食文化はあるし、海外にもあるので樺太アイヌ特有というわけではないようだ。
ただ、焼いているお団子を見て谷垣がふと思い出す。


「残りご飯を潰して焼く秋田のキリタンポみたいなものなんだな…(唾液が入っていなければ)きっと味噌を塗ったら合うはずだ」

「あ〜〜〜!!それ絶対美味いやつ〜〜〜!!!」


キリタンポと全く異なる食べ物であるが、どこか似ていた。
それを思い出しながらポツリと呟けば、その呟きを拾った水城は強く賛同する。
しかし水城はすぐに残念そうに表情を浮かべた。


「でもなぁ〜〜!私の味噌入れた曲げわっぱいつの間にか荷物から無くなってたんだよね!どこかに忘れたのかも…ちくしょー!!」


ダン、と床を叩いて本気で悔しがる水城にアシリパは無言だった。
一番悔しがるはずのアシリパが静かだと気づかないほど水城は酔っぱらっていた。
しかし、一番酔っぱらっている白石はふらふらとふらつきながらアシリパを見る。


「あぁ〜〜……?あれぇ????」

「残念だな、水城…残念だ…本当、残念だ、水城…」


白石は酔っぱらいながらも記憶にある場面を思い出し、首を傾げながらアシリパを見る。
そんな白石にアシリパは口を滑らす前に自身が呑んでいたエチウシ(酒差し)の注ぎ口を白石の口に差し入れて黙らせた。
その際残念そうな表情を忘れない。
実は、水城の味噌を入れた曲げわっぱはアシリパが持っていた。
水城の荷物が多いからと預かっていたという。
その味噌はすでに白石とキロランケと尾形で全て平らげてしまい、アシリパは勝手に食べきってしまった罪悪感もあってか水城に言えないでいた。
まあ実際、食べてしまったとアシリパが言えば水城は怒らず『なら新しく買っておかなきゃね』と言っただろう。
そうこうしているうちにお婆ちゃんの口噛み団子は出来上がり、出来上がった団子をアシリパは話を逸らす意味も込めて差し出した。


「出来たみたいだぞ!水城!」

「ええ〜私ぃ〜???」


アシリパから差し出されたお団子だからこそなのか、それとも平気そうに見えて水城も完全に酔っぱらっているから…水城はニッコリとした顔で受け取った。
ニコニコと笑いながら水城は躊躇なく口を開け、そのお婆ちゃんの口噛み団子を口の中に入れようとした、その時――水城は手首を掴まれた。
手首を掴まれた水城はその手の主へ目をやる。


「どうしたの、音之進?」


その手の主は鯉登だった。
鯉登は水城がお婆さんの唾液入り団子を食べようとしたのを流石に見てられず止めた。


「駄目だ雪乃…それは食うな…!」

「なんで?せっかくお婆ちゃんが作ってくれたのに……歓迎してくれてるのに失礼でしょ?」

「確かに…そうだが…!それだけはダメだ!」

「だから、なんでって聞いてるんだけど…」


水城はアイヌとなれば基本疑う事を知らずなんでも受け入れる。
水城にとってアイヌは世話になっている恩人であり、守るべき対象だ。
全てはアシリパの存在あってこそなのだろう。
鯉登も直に民族達の生活を見ていて尊敬を感じる。
感じるが…流石に好いた女が他人の唾液入り団子をニコニコ顔で食べる姿、見ていられなくなったのだろう。
そう谷垣も月島も思い、『まあ無理もないな』と思ったのだが…


「私以外の唾液を受け入れるなと言っているんだ!!!」


鯉登の言葉に二人の顔はチベスナへと変わった。
てっきり恋人が他人の唾液入り団子を食べるのを嫌がっていると思ったのだが…鯉登は斜め上をいった。
いや、内容的には同じなのだろう。
だがその内容は誰がどう聞いても変態的にしか聞こえない。
鯉登の訴えに水城は暫く目をパチパチさせて呆気に取られていたが、意味を理解できた瞬間顔を真っ赤に染め、一気に酔いが醒めた。


「ばっ…馬鹿!人前で言わないでよ!!」

「なぜだ!!駄目だから駄目だと言っている!!」

「そこじゃないから!!私が言ってるのはそこじゃない!!」

「じゃあどこだというんだ!!」

「お、音之進以外の唾液を受け入れるなとか…」

「本当の事を言っただけだが???」

「だからぁ!!それを人前で言わないでって言ってるのぉ!!」


チラチラと水城はアシリパを見る。
月島達に隠すのはもう諦めたが、アシリパにはまだ間に合うはずだ。
アシリパは自分を相棒、そして懐いているお姉さん的に見ており、そのイメージを保ちたかった。
その肝心のアシリパだが、酔っぱらって据わった目を浮かべながらゆらりと身体をゆらしながら立ち上がり…


「水城から離れろこの変態がァァ!!」


どこから出したのか、ストゥで思いっきり鯉登の頬を突いた。
油断していた鯉登は倒れ、痛みに悶絶していた。


「な…にを、する…ッ」

「何をするはこっちのセリフだ!変態が!!水城に唾液を受け入れろという卑猥な言葉を向けるな!!第一私はまだお前と水城の関係を認めていないからな!!」


固いストゥで思い切り頬を突かれた鯉登は頬に手を当てて痛みに体を震わせていた。
何度も言うが、ストゥの乱用は決して許されない。
酔っぱらっていたという言い訳は通じない。
アシリパの言葉に鯉登は痛みに顔を青ざめながら『フン』と鼻で笑う。
水城はその笑みを見て嫌な予感がし、鯉登を止めようとしたのだが…一歩遅かった。


「残念だったな!!とっくの昔に私と水城はお互いの唾液を交換している仲だ!!」


あ゙あ゙あ゙!!と水城は頭を抱えて蹲って叫びたい気分だった。
実際、頭を抱えている。
完全に酔いが醒めてしまい頬に手をやりながらドヤ顔を浮かべる鯉登に水城はもう片方の頬を引っ叩きたくなった。
もう顔どころか耳や首まで羞恥で真っ赤である。


「唾液を交換…?なんだ、それは…」


しかし、天は水城に味方した。
大人っぽいと言えどまだ少女…酔っぱらっているとしてもアシリパはまだ大人の世界を知らなかった。
そんな無垢なアシリパに『アシリパさん…なんて尊いんだ…』と思いつつホッと胸を撫でおろしていた。
だが、まだ安心はできなかった。
水城は『アシリパさんは知らなくていい事だよ!!!!』と思いっきり叫びたかったのだが、天はやはり水城を見放していた。
水城はアシリパに叫ぼうとしたが、鯉登に抱き寄せられ…


「んッ!?」


驚いている暇もなく、水城は突然キスをされる。
急にキスをされて驚いたのか、水城の体は強張ってしまい唇は固く閉じていた。
それを解すように鯉登は優しいキスを何度も送る。
何回か戯れのようなキスをすれば水城の身体の強張りも解れていき、鯉登は肩の力を抜いていくのを見逃さなかった。
ぬるっと鯉登の舌が口内に侵入し、水城の歯を開けろと撫でるように舌を這わせる。
反射なのか、今までの鯉登の教育の賜物か…鯉登とのキスにうっとりとしていた水城は誘うように鯉登の侵入を許した。


「んぅ、ん…っふ、…ンッ、ん…」


お互い酒を飲んでいたからお酒の味がした。
角度を変えて何度も深い口づけをし、水城は鯉登の首に手を回そうかとそっと手を動かそうとした。
しかしなぜか鯉登は口を離し、水城はいい気分だったのを止められ寂しそうに鯉登を見つめた。
そんな水城に鯉登は『むぜ(可愛い)』と思いながら、ちゅ、と触れるだけのキスをした後、水城ではなく……アシリパを見た。


「これが唾液交換だ!」


そしてどや顔をしやがった。
その顔と言葉に水城はハッと我に返る。
そういえば白石達いるじゃん!!!!、と。
周りを見渡したいが、恥ずかしくて見渡せず顔を真っ赤に染めて鯉登を見つめていた。
そして、


「お、音之進の……音之進の馬鹿ぁぁ!!!」


水城はそう叫びながら家を出て行った。

188 / 274
| 目次 | 表紙 |
しおりを挟む