(191 / 274) 原作沿い (191)

戻れば寒さから解放されるように暖かい空気が水城達を包み込む。
家に入る際に手は離され、水城は鯉登の後ろに続いて家に入る。
すると身体に体当たりされたような衝撃が走り、思わず後ろに倒れそうなのを何とか足に力を入れて尻もちつくのを回避した。
尻もちつくのを回避した水城はホッと安堵しつつ、視線を下へと落とす。
そこには可愛いつむじが見えた。


「アシリパさん?」


水城の衝撃を与えたのはアシリパだった。
衝撃は水城にアシリパが抱き着いたからで、水城はアシリパに抱き着かれ困惑する。


「水城!大丈夫だったか!?」

「え、あ、うん…」


アシリパの問いに『なにが?』と言いかけてやめた。
アシリパに聞かれるとしても、自ら墓穴は掘りたくはない。
とりあえずあわあわとさせるアシリパの頭を撫でて気持ちを落ち着かせる。
チラリと鯉登を見れば、彼は本当に約束を守る気でいるのか、月島の傍に戻っていた。
若干面倒ごとを押し付けられた感が否めないが、鯉登が入ればややこしくなるのを経験しており余計な事を言うのをやめた。


「すまなかった、水城…お前の気持ちを汲んでやれずに恥をかかせてしまった…」

「えっ…あの…えっと……アシリパさん?一体何が何だか分からないんだけど…とりあえず中、入ろうか」


水城はアシリパの言っている事が全く理解できずにいた。
話が見えず混乱していると白石と目と目が合った。
彼がニヤニヤと笑っているのを見て彼が何か言ったのだと察した。
とりあえず暖かいとはいえ入り口付近は寒い。
アシリパは水城の言葉に頷き抱き着いていた体を離して自分の座っていた場所に腰を降ろす。
そして自分の目の前を指さして水城に座るよう促した。
それに従い、水城はアシリパと向かい合うように座る。


「白石から聞いた…その、なんだ……あれは恋人ならみんなしている事なのだと…」

「そ、そうなんだ…」


『てめえ白石この野郎』と思った半分、『ありがとう白石』とも思った。
アシリパも年頃だから恋人や夫婦がすることは何となく理解はしているし、一応知識としてはある。
ただ、鯉登のように大っぴらにイチャイチャする人や、祖母と二人暮らしというのもあって詳しくは知らない。
白石から恋人同士や夫婦だったら当たり前の事だと教えてもらい、何とか飲み込んだ状態であった。


「…正直、まだ鯉登ニシパとの仲は認められない……2人が想い合っているのは…見て分かるが……私は…水城に悲しい思いも寂しい思いもしてほしくはないんだ」

「アシリパさん…」


ぐぅ…、と眉も鼻にもシワを寄せて悔しそうに…いや、心底、嫌そうに告げる。
鯉登から『顔と言葉が合ってないぞ』と茶々を入れられたが無視である。
アシリパの本心を聞き水城は乙女のごとくトゥクンとときめいた。
しかし…


「尾形が水城を裏切ったせいで二人は別れてしまったんだろう?…それは仕方のない…裏切ったのは尾形の方だからな…だから尾形を見限って鯉登ニシパに傾いたのは仕方ない…」


『しかも鯉登ニシパは昔恋人同士だったのなら尚更だしな』と続けるアシリパの言葉に水城は『ん???』と首を傾げた。
合ってると言えば合ってる。
だが、尾形との間に愛情はなく、尾形に対して水城は元々信頼していないから恋の意味で裏切りなんて一度も思ったことはない。
むしろ傷つきもしていない。
テメエこの野郎今度会ったら顎どころか頭カチ割ってやんよくらいの憎さだけだ。
だからアシリパが尾形と水城が想い合っていたという程で話すので水城は反応が遅れた。
先ほどからグサグサと突き刺さる恋人の視線など、水城、気にしない。


「裏切られたあげくに私と離され傷ついた水城の心に付け込まれ鯉登ニシパと付き合う事になったってそれは仕方ない」

「おい待て貴様…それはあれか?私が間男だと言いたいのか?」


段々と雲行きが怪しくなってきており、水城はもう一度『ん???』と小首を傾げた。
思わず白石の方を見れば、彼は舌を出して頭をコツンと拳で叩いた。
それはすなわち『てへぺろ☆』である。
それを見て水城は全てを察した。
だが水城は責められない。
鯉登との大人なキスを誤魔化してくれたのは白石なのだ。
どうやらアシリパは尾形と水城は付き合っていたが、尾形が裏切ったせいで別れてしまい、尾形に殺されて水城の心は傷ついたのだと思っているらしい。
そして、彼女の中ではその傷ついた心のまま幼馴染であり元婚約者だった男と再会…共に旅をしている内に二人のすれ違っていた距離は近づき……とどこぞの少女漫画のような物語になっているようだった。
誤魔化せたのはいい事だ。
だが、だんだん設定が盛られていく自分にどうやって軌道修正しようか迷う。
誰も誤解を解こうとしなかった中、真っ先に待ったをかけたのは鯉登だった。
黙って聞いていた鯉登は流石に黙ってはいられなかった。
自分を間男にされかけているのだ…黙っていろと言うのは鯉登には無理の話だ。
そんな鯉登の言葉にアシリパはフンと鼻で笑って返した。
それはすなわち『違うのか?』と言っているのだ。
鯉登が何か言う前に水城の両手を握り、アシリパは真剣な表情で見つめた。


「水城!あの間男に泣かされたら遠慮せず私に言え!!水城の代わりに私がストゥでボッコボコのギッタギタにしてやるからな!!」


ぐっと強く水城の手を握り締めながら見つめ、アシリパは水城にそう言った。
傍にいた白石は他人事なのでアシリパの言葉を聞いてまず思ったのが『ボッコボコのギッタギタって死語だよアシリパちゃん』だった。
当の本人である水城と言うと…


「ア、アシリパさん…そこまで私の事を…!」


大感激していた。
うるうると目を潤わせ涙を浮かべながら胸の高まりが抑えられない。
恋人をギッタギタにしてやると言っているのに反論一つもないとはなんだ、と言ってやりたかったがアシリパの事になると自分の事は二の次か三の次くらいになるのでやめた。
その代わりに痛くなる頭を手で押さえながら痛みを誤魔化すように酒を煽る。
対して、アシリパは感激する水城に両腕を広げて抱き着いた。


「当たり前だろう!!水城は私の相棒なんだ!!水城を一番に考えない相棒など相棒ではない!!!」

「アシリパさんッ!!」


抱き着くアシリパに水城も抱き返す。
2人とも女性でどちらも顔が悪くないので普通ならば微笑ましくなる光景だが、普段の二人を知っている周りは微笑ましいとも思えなかった。
むしろ『またやってるわ』程度しか思わない。
すると水城に抱き着いていたアシリパがもぞもぞと体を動かしはじめ、それに気づいた水城はアシリパを見る。


「アシリパさん…?どうしたの?」

「かたい…」

「固い…?あ、ごめんね…外だったから音之進のコートを借り…」


水城は衝動的に出て行ったのでコートは羽織っていない。
帰りは鯉登が寒いだろうと着させてくれてそのままだったため、抱き着いた時コートのボタンが邪魔だったのだろう。
水城はアシリパが痛くないようにコートを脱ごうとした。
しかし…――――ブチブチと音を立てたと思えば、胸元が露わとなった。


「え」


水城は突然の事に目を瞬かせる。
下を見れば自分の胸が見えた。
いや、サラシが巻いていないので見えて当たり前なのだが…コートどころかシャツを通り越して素肌が見えた。
パラパラと何かが周りに落ちる音と、白石の『あいたーッ!』という痛がる声にそちらに目をやる。
床にはいくつものボタンが落ちており、白石の両目にもボタンが嵌められたように見事にヒットしており、隣の谷垣は目がボタンのような白石を見た後こちらをドン引きしたように視線を向けた。
その谷垣の目と目が合った後水城はむにっと何かが胸に触れる感触にもう一度下を見る。
そこには大きなお胸様の谷間に顔を埋めているアシリパがおり、水城は状況を把握できず再び目を瞬かせた。
どうやらコートどころかシャツごと引っ張りボタンごと引きちぎったようで、コートとシャツのボタンはほぼ全滅し吹き飛ばされていた。
そのボタンが床に散らばり、その内二つのボタンが奇跡と言わんばかりにニタニタと笑っていた白石の両目に当たったらしい。
突然の奇行に全員呆然としていた。


「貴様…ッ!!」


鯉登も暫くは呆然としていたが、ハッと我に返り声を張り上げる。
その張り上げた声に水城も周りも我に返った。
しかし、鯉登の怒号を聞いてもアシリパはなぜか水城の胸に顔を埋めて微動だにしなかった。
そんなアシリパに鯉登は我慢が出来ず駆け寄ってガシリと水城と引き離そうとした。


「きさん!おいん雪乃になんちこ(なんてこと)を…!!くそッ!!離れん!!()ぜ力だ…!!」


思わず標準語を忘れるほどの怒りでアシリパの頭を掴んで離れさせようとした。
しかしアシリパは女の子(それも美少女)のする顔ではない酷い顔をさせながらも水城にしがみついて何が何でも水城の胸に顔を埋めようと必死だった。
水城が『い、痛い痛い!!二人とも痛い!!』と叫んでも二人の攻防戦は続く。
普段では決して起こさないであろう奇行に鯉登はハッと気づく。


「貴様まさか…酔ってるな!?」


よくよく見ればアシリパの顏は真っ赤になっていた。
傍に来て分かったが酒の匂いもしており、恐らく…というか絶対にこの少女は酔っぱらっている。
アシリパはその隙に頭を振って鯉登の手を振り払い水城のお胸様に帰還した。


「また性懲りもなく…!!」

「ま、待って!音之進やめてよ!」


酔っぱらっているからなんだ。
酔っ払いだったらセクハラしても許せというのか。
そう思い鯉登は容赦なく年下の少女を力で引き離そうとする。
しかしそれを水城が止めた。
アシリパを抱きしめ、自分から隠すように体を捻る恋人に鯉登はイラつかせる。


「なぜ止める…!!アシリパだからか!!アシリパだから好き勝手触らせるのか!!私には制限させておいてアシリパには好き勝手させるというのか!!」

「……ち、違うってば!!痛いの!!音之進が引っ張れば引っ張るほどアシリパさんも対抗して抱き着く力入れるし肌を掴んでくるの!!痛いからやめてって事!!!」


自分にはアシリパがいる時はキスをするな濃いスキンシップはするなと制限しておいて、アシリパは胸に顔を埋めてもなんのお咎めがない事に腹を立てていた。
しかし水城はそれを否定した。
当たっているのか言い淀んだ事にイラっとは来たが、水城の言葉に鯉登は勢いを止めざるを得ない。
確かに引っ張れば引っ張るほどアシリパの抵抗は強くなり、同時に水城から痛がる声が大きくなっているのには気づいていた。
だがそれ以上に恋人へのセクハラに頭が来てとっとと引き離したくて仕方なかった。
恋人よりも自分の気持ちを優先してしまったと鯉登は深く反省し、それ以上強行突破をしようとはしなかった。
手を降ろした恋人を見てホッと胸を降ろし、水城はアシリパを見下ろす。


「アシリパさん…その、離れてほしいかな…」

「…………」

「えっとね…抱き着いてくれるのは嬉しいんだけど…流石に男の人が反応に困ると思うし…ね?」

「…………」

「アシリパさん…?」


アシリパには優しく駄々っ子を宥めるように声をかけるが、アシリパから返事はない。
拗ねているのかしら、と思い恐る恐るアシリパの顔を覗き込めば―――ぐぅ、と声が聞こえた。


「……寝てる…」


アシリパの顔を覗き込めば、彼女は寝ていた。
ぐうぐうと呑気に寝息を立てて水城の胸に顔を埋めて安らかに眠っていた。
騒々しくなったと思えば何とも呆気ない終わりに水城はガクリと肩を落とした。


「んもう、仕方ないなぁ」


そう言って水城は笑い、アシリパの頭を撫でてそこの滞在を許した。
いそいそと少女とも思えない力でボタンを千切られた鯉登のコートでアシリパを包んで寒くないようにし、片手でコートの前を塞ぎ、もう一つの手でアシリパの頭を撫でれやる。
露わになった胸に顔を埋めている事を除けば、その光景はまさに母と娘だった。
しかし、


「おい待て…何ほのぼので終わらせようとしている?」


鯉登は納得がいかなかった。
周りはもう慣れているのか、騒動が終わったのだと飲み直して気分直ししていたが、鯉登はそうはいかない。
ガシリとセクハラを許す恋人の手を掴み鯉登はギロリと水城を睨む。
水城はなぜそこまで鯉登が怒っているのか(アシリパ厨なので)分からず、思わず身を竦ませる。


「お、音之進…?何怒ってるの…?」


何を怒っているのかと問われた鯉登はピクリと片眉を上げた。
何故怒っているのか(アシリパ厨だから)分からない恋人に腹が立った。
約束は約束だから、守る。
だが、だったらそちらも貞操くらい守るべきではないだろうか、と自分ばかりが制限されているのに腹が立っていた。


「分からんか」

「…えっと…アシリパさんに負けたから?」


問われて考えてみるが、全く分からない。
辿り着いた答えは鯉登の怒りとは噛み合っておらず、コテンと小首をかしげる水城に鯉登は溜息を吐く。


「鯉登ちゃん、鯉登ちゃん…杉元、天然記念物だから」


溜息を吐く鯉登を見て、嵐から遠のき半分当人である白石(アシリパにあることない事吹き込んだ罪)がちょいちょいと手招きのような動作をしながらボソッと助言のような呟きをする。
だが水城が天然だというのはこの旅で十分に理解するほど経験しており、今更な情報である。


「…それは知っている…だからなんだ…」

「だから杉元にそういうの期待しちゃダメだってば…そもそもアシリパちゃんに勝てるわけないし」

「…………」

「多分親よりアシリパちゃんだよ、あの子」

「…………」


白石の言葉に鯉登は言い返さない自分の情けなさに溜息が出る。
確かにあのアシリパ厨を見れば静子よりもアシリパを取りかねない。
実際はどうなのか分からないが、それほど水城はアシリパしか頭にない。
その隅に白石、その更に隅に自分、その傍にその他なのだろう。
まだその他に分類されていない分マシだが、恋人としては悲しいし寂しい。
鯉登はもう一度水城を見る。


「………」


水城はギリギリと手首を掴まれているのにキョトンとした顔で鯉登を見た。
本当に鯉登の怒っている理由が分からない彼女に水城はこれでもかと重い溜息を送った。

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