水城は剣を降ろさないまま倒れている男の胸元をまさぐり次々と紙を取り出す。
一枚の紙を小さく千切っているようで、その数枚の紙には尾形の似顔絵が掛かれていた。
同じ構図ではなく様々な角度から描かれた似顔絵があった。
「あんた、尾形の知り合い?こいつに頼まれて襲ってきたの?こいつはどこにいる?どこ?」
「?」
男は一言も喋らなかった。
先ほど見せてもらい、男が喋らない理由を知った。
何より目元から下を覆うように布で隠されていた顔を見せられ納得した。
彼は日本人ではなく外国人だった。
国籍までは流石に分からないが、樺太で尾形と戦ったのなら恐らくロシア人だろう。
しかし日本語が通じないどころか喋れなくて意思疎通ができないのは中々に会話するのが難しい。
男は手に一枚の紙を掴んで水城に見せる。
その紙には銃を構える一人の男が描かれており、男は己を指さした。
「なになに?それは……あなたなの?で、それが尾形ね」
水城が、自分の似顔絵だと理解してくれた事を何となく分かったのか、男はもう片手に尾形の似顔絵を持った。
その尾形の似顔絵は銃を構えており、男は自画像と尾形の似顔絵を対峙させる。
戦っている様子を見せたいのか紙と紙をぶつかり合わせ、己が描かれて紙を落とし、自分も撃たれたような仕草を見せる。
それを見て水城は何となく理解した。
この男は尾形と戦ったのだ。
「なによ、あんた…尾形を探してたの」
男は水城が何を言っているのか分からなかったが、何となくは分かった。
男は懐から三枚の紙を取り出して水城に見せる。
そこにはキロランケ、白石、アシリパが描かれていた。
男はキロランケと白石、アシリパと別け、白石とアシリパの方を指さした。
「ああ、なるほど…白石とアシリパさんがいたから…」
尾形の姿が無いのだから狙う必要がなかったのではと思ったが、どうやら白石とアシリパの姿を見て、尾形もいると思ったらしい。
尾形と戦って負けたらしいがここまで追ってきたという事はやり返したいのだろう。
しかし白石とアシリパの姿があったから尾形がいると思ったところを見るとずっと追ってきたわけではないようである。
とりあえず水城は男の誤解を解こうと二人の紙を尾形とキロランケの紙と引き離す。
「この二人は関係ないわ…悪いのはこいつ!!」
男は顔を近づけ引き離される白石とアシリパを見送る。
そんな男をよそに水城は私情恨み妬みを込めて拳を尾形の似顔絵に叩きつけた。
男はその真似をして水城と同じく尾形の似顔絵に拳を叩きつけた。
「そう!!いいわよ!!」
水城は憎き相手が似顔絵とはいえ拳で叩かれているのを見てスッとした。
褒められたのは分かったのか、男は無言のままコクリと頷いて見せ、水城もそれに応えるように頷く。
「私も尾形に撃たれたの…分かる?バァンって!」
銃を構える尾形の似顔絵を持って頭に添える。
しかし男には通じす、首を傾げられてしまう。
「待って、描くから……網走監獄で尾形は私の頭を撃って、そんで、アシリパさんを連れて行ったの」
コテンと首を傾げる男に、水城は本を下敷き代わりにして男に習って絵で伝えようとした。
だが…
「????」
男は目の前の絵に困惑する。
目の前で描かれるそれに目をパチクリと瞬かせる。
そんな男に気づかず水城は自画像を描いて説明を続ける。
「尾形はキロランケと組んで私とのっぺら坊を撃った…いつの間にコイツらが組んでたのかは分からないけどね」
「…………」
男は話が頭に入ってこない。
いや、水城の言葉が分からないので入ってきても意味はないのだが…
とりあえず男はスラスラと白紙に何かを描き、水城が描いた自画像と共に水城に見せる。
「違う!蜘蛛じゃない!」
男は水城の似顔絵を蜘蛛だと思った。
水城としては自画像のつもりだったのだが…どうしようもなく絵が下手だったため通じていなかった。
そう、水城は俗にいう画伯というものだった。
勿論、駄目な方の。
イラストが得意な人でも解読不可能なほど水城のイラストは救いようもなく下手だった。
それでも水城は自分の絵の下手さを自覚していないのか次の絵を描き始める。
「アシリパさんの毒矢が尾形の目を射ったの…アシリパさんは射る気なかったと思うよ…私は目を抉って助けた…あの子を尾形の死で汚したくなかったから…」
次に描かれたのは目を射抜かれた尾形と逃げていく尾形を同時に描いたものだった。
しかしそれはどう見てもケンタウロスが頭に矢が刺さり背中を向けて逃げていく姿にしか見えない。
ちゃんと日本語で『オガタニゲタ』と書かれているが、これはどう見てもケンタウロスである。(大事な事なのでry)
『?』しか浮かばない男をよそに水城は優しい声で呟く。
「アシリパさんを見ていると私の中にも子供の頃や音之進と一緒にいた頃に確かにあったようなきれいな部分がまだ残っているんじゃないかって思えて…救われる…」
水城はそう呟き、自然と笑う。
その表情を男は目を見張って見つめた。
じっと男が見ていると気づかない水城はケンタウロス・オガタを完成させ、『うん、出来た!』と自分にしては上場の出来に満足気に笑った。
だからか、背後にいる人影に気づかなかった。
「杉元…なにやってんだ…」
男はケンタウロス・オガタの完成に喜ぶ水城の声にハッとさせ我に返る。
どう見てもこの世のものではない絵にやはり男は困惑させたが、水城に釣られたのか楽しい気分となり男も白紙に何か描き始めた。
尾形に敗れここまで尾形との勝負の事だけを考えて生きてきた。
しかし、水城とのやり取りに久々に悔しさ以外の感情を感じた気がした。
水城と男はいつの間にか説明するよりもお絵かき会になっており、そんな二人に谷垣が困惑したように声をかけた。
その声に振り返れば別行動していた白石と子供達以外のアシリパ達が駆けつけており、水城と男の和気あいあいな光景を見て呆気に取られていた。
どうやら中々姿を現さない水城を心配になって見に来てくれたらしい。
「いや、なんか―――」
尾形と因縁がある人みたい、と言いかけて水城は口を閉ざした。
きゅ、と下唇を噛むように口を閉じる水城に一同不思議に思ったが、水城の視線を辿って納得する。
「…………」
アシリパ達が視線を辿って向けられた先には、案の定、鯉登が立っていた。
鬼の形相とまではいかないが明らかに不機嫌そうだった。
その顔を見て水城は思わず口を閉じたのだろう。
水城は静かに月島達を前に正座をして居住まいを正す。
「えっと…尾形かなって思ったけど違う人で…外国の人みたいだったし事情があって口が聞けないみたいで…絵が得意みたいだったからお互い絵を使って色々聞いてたの…」
説明下手かよ、と思うだろうが、この説明は月島達に向けているようでそうではない。
主に嫉妬しているであろう恋人に向けた言い訳である。
「ほう…それで?」
「それで…えっと……それで…音之進達が…来ました…」
「それで?」
「……勝手に逸れて心配かけてごめんなさい…」
腕を組み仁王立ちする鯉登の視線から外れるように顔を背けて背中を丸める。
しょんぼりとさせる水城にアシリパは駆け寄り水城を抱きしめて庇う。
「逸れた理由を聞かず水城を責めるな!」
『まったく、シサムの男はこれだから!』とシサムと言いつつ誰かを指名しているアシリパに鯉登はピクリと眉を跳ねる。
水城は水城で『アシリパさん…!』と庇ってくれるアシリパに、胸元で手を組んでうるうると目を潤わせながら見つめていた。
自分に非があるような言い方をする女性陣に鯉登はぐぬぬと黙り込む。
腹が立つが、言い分は正しい。
正しいが…そもそも事情はどうであれ勝手に逸れた水城が悪いのでは…?と思うが、男が女に勝てないのはどの時代にも同じであった。
「水城がはぐれてくれたから助かったが…水城、どうして勝手に離れたんだ?」
「それは……―――あーッ!!味噌!!」
水城はアシリパの問いに答えようとした。
しかし、水城は味噌を二階に置いてきたままだったことを気づき立ち上がって二階へと向かって走り出した。
突然慌てて二階へと向かった水城の後をアシリパも続こうとしたが、それを鯉登に止められてしまう。
「待て、私が行く」
鯉登の言葉にアシリパは何か文句を言いかけた。
恋人だか何だか知らないが一々水城と自分の間に入ってくる間男(決定事項)に一言言ってやろうと思ったのだ。
しかし口を開けたアシリパに鯉登はビシリと指さし、指さされたアシリパはつい口を閉ざしてしまう。
そんなアシリパに鯉登は…
「私は、雪乃の、恋人だ」
そうドヤ顔で言った。
傍観者だった月島と谷垣は『だからなんだ』と思ったが、アシリパには十分の威力を持っていたのか『ぐぬぬ』と悔し気に歯を食いしばっていた。
そんな彼女を鼻で笑い、恋人を追いかけ二階に上がっていった。
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