(195 / 274) 原作沿い (195)

二階へ上がり、水城がいるであろう部屋を覗けば水城は立ち尽くし鯉登に背を向けていた。


「雪乃?」


様子が可笑しい水城に鯉登は首を傾げながら声をかければ水城はふるふると体を震わせながら振り返る。
その手には味噌の入った容器が握られていたが、水城の顔は泣きそうになっていた。
悲しそうにこちらを見る水城に鯉登は慌てて駆け寄る。


「雪乃!?どうした!?怪我でもしたのか!?」


泣きそうになっている理由が分からず、あの狙撃手の男との戦いで怪我でもしたのかと慌てる。
しかし体には血の跡もなければ床やこれまで歩いてきた廊下などの床にも水城どころか狙撃手の男の血さえ一滴も垂れてはいなかった。


「音之進…味噌が…味噌がぁ…」

「は?味噌?」


怪我の心配をしている鯉登をよそに水城は鯉登に味噌を見せるように差し出しながら嘆く。
その嘆きに鯉登は怪訝とさせ味噌を手に取って見てみるが、なんの変哲もない味噌だ。
しかし、容器に穴が開いていた。


「アシリパさんが味噌好きだから内緒で味噌を買って驚かせようと思ったのに…うぅ…私の馬鹿ぁ!」


ついに顔を手で覆って泣き出してしまい、何が何だか分からないがとりあえず味噌を片手に恋人を慰める。
狙撃手との戦いで水城は目の前の敵しか見ていなかったせいで味噌の事は二の次となっていた。
投げたのは水城だが、味噌を盾にしたのは狙撃手の男である。
はっきり言ってどっちもどっちだ。


「穴空いた容器じゃ零れちゃう…買ったばかりだったのに…」


水城の言葉から、この味噌はアシリパの為に購入した物らしい事が分かった。
その瞬間腕の中にある味噌が憎くて仕方なくなる。
味噌を見ているとアシリパの顔が浮かび、鯉登は憎きライバルの顔を見ないよう味噌から顔ごと視線を逸らし空いている手で水城の肩を叩くように触れる。
そして、笑みを浮かべながら…


「よし、雪乃、この味噌捨てるぞ」

「なんで!?」


水城は思わず突っ込んでしまった。
味噌を買ったばかりなのに恋人に捨てられそうになり、水城は味噌を取り返そうとする。
だが、鯉登もそれに抵抗し、なぜか二人は味噌の取り合いが始まった。
ぐぐぐとお互い力を入れ味噌の容器を奪われまいと必死だった。


「離せ!!この味噌は捨てる!これは決定事項だ!!」

「いやだから何でって聞いてるんだけど!?大体これは私のお金で買った物なの!!私の物なの!!この味噌の所有権は音之進にはないでしょうが!!」

「こんな安い味噌がお前の口に入るのを黙って見ていろというのか!?雪乃!お前は川畑家の長女であり!後に鯉登家当主の妻になる女なのだぞ!!今のようなびん…質素な生活許さんからな!!!」

「馬鹿言わないでくれる!?今の私はクソ上官のせいで恩給を貰い損ねた軍人なの!!除隊したけど一切年金受けてないの!!そのせいで坊に贅沢させてあげれないのに!!アシリパさんに出会う前は塾でなんとか食いつないでた状態だったんだからね!!塾と砂金探しで死にそうだったけど人間どんな底辺でいようが生きていけるのよ!!家とか隙間風酷かったけど住めば都よ!!なんだって都よ!!要は気持ちなの!!大体川畑家の時と同じ生活してたら一日で借金背負うわ!!音之進は私を娼婦にしたいの!!?」

「ふざけるな!!誰がお前を娼婦などにさせるものか!!!金なら私が仕送りをしてやる!!いや!!むしろ今すぐ籍を入れて結婚するぞ!!!そうなればもう飢える事もなければ生活水準が大幅に上がる!!静秋にも暖かい食べ物だって与えられるし暖かく上質な着物を着させてやる!!毎日仕立て屋に仕立ててもらうぞ!!同じ着物を着させてなるものか!!!」

「ちょっと待って!誰が冷たい食べ物しか与えてないって!?確かにギリギリの生活だったし麦ごはんはお湯でふやかせて食べてたけど!!ちゃんと温かかったし近所の奥さん達が同情して(本当は水城がイケメンだったから)野菜とかおすそ分けしてくれたし!子供服だって着なくなったのを貰ってたから坊の服は沢山あったんだからね!!!」


『違う水城、そこじゃない』、とアシリパと白石がいたらそう突っ込んでいただろう。
喧嘩しに来たわけではないのに意地でもアシリパ(味噌)を離さない水城に鯉登も頭に血が上ってしまった。
聞けば聞くほど水城の生活が酷く鯉登はショックを受ける。
なぜ自分は同じ北海道にいたのに水城を探してやれなかったのか、と。
水城を見つけていれば水城と静秋は貧しい生活を強いられることもなかったはずだ。
しかし、実際探し出したとしてもあの頃の水城が素直に鯉登の元に戻ってくるはずもない事を鯉登は頭から抜けている。(今ラブラブだから)
水城は水城でちょっと(どころじゃない)ズレた事を言い始め、鯉登も言い返す。
それを繰り返していくうちに二人は疲れたのか、段々と冷静になっていく。


「と、とりあえず…落ち着くぞ…話はそれからだ…」

「え、ええ…そうね…そうしましょう…」


お互い息を切らせながらなんとか口喧嘩は止まった。
しかしお互い味噌から手を放さず睨み合っている。


「その味噌に穴が開いているな…何があった?」


呼吸も気持ちも落ち着き、鯉登は容器に穴が開いている理由を聞く。
水城はその問いに答え、容器に穴が開いた訳を話す。
その話を聞き鯉登は『やはりこの味噌はダメだ』と言い出した。
そんな鯉登に水城はムッと鯉登を睨む。


「駄目って…どうして?確かにこの味噌は安いし音之進の口には合わないだろうけど…私が稼いだお金で買った物よ?音之進にははした金だと思うけど…」

「馬鹿者…そういう意味で言ったわけではない…それにはした金であろうと大金であろうと金は金だ…大切な物に変わりあるまい…お前が一生懸命稼いだ金を私がはした金だと言うわけがなかろう」


水城は吉平に連れ出されるまで金に苦労したことはなかった。
養父に拾われる前はまだ子供だったから金銭に触れる事もなく、捨てられ、拾われた。
捨てられてすぐお嬢様暮らしとなったのだ。
吉平が死に、軍を除隊してから水城は苦労したのだ。
だからこそ、勿体ない精神が根付いてしまったのかもしれない。
鯉登は生まれも育ちも坊ちゃんで、水城の経験した苦労は知りもしないだろう。
だが、坊ちゃんだからこそ、金持ちだからこそ、お金を蔑ろにはしない。
そこは両親の教育の賜物だろう。
まあ、金持ちだからこそ金払いが良すぎる事も多々あるが。
だが、金が少なくても鯉登は水城が稼いだ金をはした金など一度も思ったことはない。
鯉登の真面目な返しに水城は『ご、ごめん…』と言い過ぎたと謝る。
そんな水城に鯉登も強く言い過ぎたと謝り、そして続ける。


「剣が刺さったのだろう?いくらその剣を清潔にしているとしても…雪乃、その剣は今まで何を斬り、何を貫いた?」


何を、と問われ水城は『あっ』と声を零す。
水城は軍から支給された銃を払い下げて所持している。
剣もそのまま使おうが、新しい物に買い替えようが、今までの記憶での剣の役割を水城は思い出した。
この剣は己の手と同じく血に染まっている。
やはり口に入れる物なため、いくら綺麗に手入れしていると言っても衛生的に悪いだろう。


「そんな物をアシリパの口に入れる気か?」


その鯉登の言葉が決定打になったのか、水城は『やだ…』と零しながら静かに手を放す。
それを見て鯉登は心の中でガッツポーズをする。
そして『やだ』と呟く恋人が可愛いと思った。(通常運転)
鯉登は別に潔癖ではないので、この味噌を料理に入れても気にも留めないだろう。
正確には躊躇はあるものの、あの唾液入り団子に比べれば可愛いものだと食べる。
では、なぜ新しい味噌にさせたがるのか…答えは簡単だ。
そう…大きなお友達から小さなお友達までまるっとお見通し…恒例の嫉妬である。
水城がアシリパ(と書いてライバル(ラスボス)と読む)の為に少ない財布の中から購入したというのが気に入らなかった。
13歳相手に本気で嫉妬する大人気ない鯉登であった。
そもそも、だ。
そもそも、何か欲しいのならなぜ自分に言わないのだと鯉登は心底思う。
水城のためなら味噌どころか家だって現金で購入したって構わないのに。
鯉登は水城と再会し旅をしてから一度も水城のためにと何かを購入した事はない。
水城"も"喜ぶだろうと金を払った物は多々あるが、水城゙のためだげに購入した物は一つもない。
それがこの旅で唯一の心残りであった。
アシリパも奪還し水城はこれから鶴見の元で共に行動するであろうから焦る必要ないが、何か水城のためにしてやりたかった。


(味噌というのが恰好がつかんが…この際仕方ない…今の雪乃が宝石で喜ぶとは思えんしな…宝石などは本土に帰ってから贈るとするか…)


恋人としては、水城の喜ぶ物などを買ってやりたいのだが…男装している今の水城に宝石や着物など女が喜ぶようなものは使ってくれないだろう。
下手をしたら『貰えない』と返されそうである。
そもそも旅をしているのだから宝石や着物やアクセサリーなど贈っても荷物が増えるだけで喜ばれないだろう。
贈るのなら水城が喜んで使ってくれるものが良い。
衛生的の問題というのも間違ってはいないが、本心は自分が水城に何か贈り物をしたかっただけである。
それが例え色気のない味噌という調味料だとしても、だ。
水城は鯉登の本音など気づかず廃棄予定の味噌を名残惜しそうに見つめる。


「でもなぁ…これからの事考えるとあまりお金使いたくないしなぁ…」


『白石の一週間の売春宿通いとご飯を奢る約束もあるし…』と心の中で呟く。
水城は網走監獄で白石と交わした約束を覚えていた。
天然記念物と白石に言われてはいるが、流石の水城もそれを鯉登の前で言うのはまずいと気づく。
あの時は仕方ないとはいえ、鯉登に気づかれたくなくて白石に代わって貰ったと聞けば鯉登が怒るのは目に見えているのだ。
鯉登達と合流した時白石がポロっと零してしまったが、あの時は有耶無耶に出来たため、墓穴は掘りたくはない。
しかし、かと言ってまた味噌を買うのもこれから何があるか分からないから散財したくもないのもある。
アシリパの喜ぶ顔を見るためならば仕方ない、と思いかけた時、鯉登に手を握られた。


「そう落ち込むな…味噌など私が買ってやる」


鯉登の言葉に水城は目を丸くした。
水城は鯉登に買ってもらいたくてああやって呟いたわけではない。
自分の物は自分の金で買うつもりだったため、鯉登の言葉に驚いていた。


「いや、でも…流石にそれは…元々は私のせいだし…」

「だが私が余計な事を言わなければ買い直すこともなかったのだ…私に責任を取らせてほしい」


ぎゅっと手を握られ見つめられると水城は決意が揺らぐ。
水城は鯉登の顏に弱い。
いや、顔だけではなく鯉登という男に弱いのだ。
それは鯉登も同じことがいえるが、凛々しく整った顔に見つめられると決意した心がポキリと折れそうだった。
実際水城はぐらぐらと天秤が揺らいでいた。


「物で釣られる者ではないのは承知だが…やはり水城との未来のため少しは私に対して良い印象を与えたいのだ…」


水城がぐらぐらと揺らいでいるのは目に見えて分かった。
だからその天秤を傾かせるためにあえて…あえて!、アシリパへの配慮だと言って水城の天秤をこちらに傾かせる。
だが本性はただの13歳の少女に本気で嫉妬している大人気ない男である。
本音を隠したおかげか、水城は鯉登の未来を考えてるぞと言わんばかりの(考えてはいるが今は別の感情である)彼にジーンと感激していた。
あれほど喧嘩して仲の悪いアシリパに鯉登が気遣ってくれているのだ。
アシリパ厨の水城としては嬉しく思ってしまう。


「音之進…アシリパさんの事嫌いだと思ってたけど…ちゃんと考えてくれていたのね…」

「当たり前だ…アシリパの許可がなければ雪乃を妻に迎えられないのだ…お前と夫婦になるためなら私はなんだってする…」


水城はそっと自分の手を握る鯉登の手に握られていない手を重ねる。
鯉登の言葉に水城は頬を染め、嬉しそうに微笑んだ。
アシリパへの嫉妬もあるが、その言葉に嘘偽りはない。
水城と夫婦になるためならば、死ぬ以外なら何だってするつもりだ。
勿論水城のために死ぬのは構わないが、死んだあとに後釜を狙い自分亡き後に水城の隣にドヤ顔で立っているであろうあの男の顔を浮かべると、例え水城のためであっても簡単に死んでたまるものかと思う。
しかし、今はいない男を警戒するよりも、ラスボスを懐柔することを優先すべきである。
鯉登の言葉に嬉しそうに輝く琥珀色の美しい瞳に自分が写っているのを見て、鯉登は満足げに琥珀色の瞳を見つめた。
そしていい雰囲気になり鯉登はゆっくりと水城に顔を近づかせる。
それに水城は抵抗するでもなく目を閉じ、鯉登からのキスを受け入れようとした。
しかし…


「遅いぞ二人とも!何をしている!!」

「―――ッ!」


アシリパが登場した。
下でイライラしながら待っていたアシリパだったが、中々降りてこない水城と鯉登に我慢できず迎えに来たらしい。
襖をスパンと勢いよく開けるアシリパに水城は思わず鯉登を突き飛ばしてしまった。
予期せぬ水城の抵抗に抗うでもなく鯉登は畳の上に倒れてしまう。


「…………」

「お、音之進…ご、ごめん…」


突き飛ばされた鯉登は無言を貫き、その顔は明らかに不機嫌そうだった。
水城は『やばい…』とついやってしまったこととはいえ、酷い扱いだったと反省する。
とはいえ、鯉登もアシリパに女を見せたくない水城の気持ちを理解しているし、それを約束した手前怒るに怒れなかった。
とりあえず謝りながら手を差しだす水城に『別に怒っていない』と返しながらその手を取って立つ。
しかし、額に漫画のような青筋を立てる彼は静かに怒っているようにしか見えなかった。


「なんだ、喧嘩か?…ハッ!ついに別れたのか!?」

違う!…貴様が突然入って来たから驚いただけだろう…全く…いい歳して子供のように振舞いおって…恥ずかしくないのか貴様」

「いい歳して子供にまで嫉妬する大人に言われたくはないな」

「………」

「………」


水城は『はあ?んだとコラ』『あぁ?やんのかコラ』という幻聴が聞こえた気がした。
静かな激闘、再び…である。
水城は睨み合う二人に挟まれあわあわとさせ、話を逸らそうとアシリパに声をかける。


「え、えっと…ど、どうしたの?下で何かあった?」


あからさまな話題ではあったが、二人の気を逸らすことには成功した。
水城の言葉にアシリパは思い出したのか、ムッとさせたまま話す。


「待っても降りてこないから鯉登ニシパと別れ話がもつれたのかと思って来たんだ…」

「それは残念だったなぁ?別れるどころか今しがた雪乃との愛を深めていた最中だったぞ?」


ハンッ!、と鼻で笑う鯉登にアシリパは隠すことなく舌打ちを打った。
珍しいアシリパの態度に水城は困惑していたが、ハッと気づき『喧嘩するほど仲が良いって言うし!きっとそれね!!』と白石命名天然記念物さを発揮していた。
ちょっぴり仲の良い(?)2人に複雑に思う天然記念物であった。

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