(197 / 274) 原作沿い (197)

豊原につき、月島は早速鶴見からの電報を受け取った。
鶴見からは登別温泉で用事を済ませた後樺太に向かい大泊まで迎えに来るとの事なので、それまで待機するよう命じられた。
その間の二週間ほどを豊原に滞在する事になった。
理由は簡単である。
豊原の方が大きい街で、更には良い宿があるからである。
勿論発案は鯉登だ。
宿はこの町で一番大きい良い宿を(鯉登の金で)取った。


「部屋はそれぞれ二人部屋を取りましたが…一組だけ三人部屋になります」


受付をしたのは月島だった。
大勢入ってきても迷惑になるので月島が出てくるまで外で待っていた。
中から出てくると、部屋を取ったという報告から、どの部屋割にするかという提案をする。
人数的に二人部屋にすると一人余ってしまう。
とりあえず誰が誰と泊まるかという話し合いをしたのが…


「見事に白石が余ったわね…」

「シライシ…私と水城のところに来るか??」

「…ありがとね、アシリパちゃん…でも…その優しさが逆に辛いからやめて…」


これは、先生が無慈悲に子供達に言う『はーい二人組になってくださーい』と同じ原理である。
谷垣はチカパシの保護者だし、ヘンケはエノノカの祖父。
月島は鯉登の世話役だし、水城とアシリパは同性&相棒である。
そうなると必然的に白石がボッチとなる。
水城とアシリパの言葉がグサグサ刺さる白石は胸を押さえながら遠い目でどこかを見つめていた。
同情した二人の視線が痛い。
しかし水城はふと気づき、白石を指さす。


「でもあんたさ…どうせ売春宿行くでしょ?部屋いらなくない?」

「それもそうだな、じゃあ三人部屋は取り消して二人部屋に変更してもらうか」

「ええ〜〜っ!2人ともひど〜〜いっ!俺だって帰る場所が欲しいんですけどぉ〜!」

「「でも売春宿で寝るだろ」」

「うっ…ね、寝ますけども!!安息の地が欲しいんです!!」


容赦のない水城とアシリパに白石は頬を膨らませ手を握って上下に振る。
可愛い子ぶっているが、可愛くもなんともない。
一見、白石に冷たい二人だが、水城もアシリパも白石と楽しんでいるように見える。
傍観していた月島から見ても三人のやりとりは仲が良いからこそにしか見えない。
だからこそ、月島は、決して、隣を見ないようにしていた。


「で、どうするんだ?白石だけ野宿にするか?売春宿に泊まる奴に金を払う義理はないぞ」

「んも〜〜っ!月島ぐんそーってば辛辣ぅ☆」


軽く返す白石に月島は無で返した。
軍関係の人間と仲良くする気のない(というか仲良くしたくない)白石は月島の無反応に気にも留めず、普通にケロリと問題発言をした。


「じゃあアシリパちゃんと杉元達と同じ部屋でいいや」


その問題発言…どうなるかは考えなくても分かる。
月島は来るであろう奇声に耳を手で覆う。
だが…


「それがいいかもね…あんた朝方に帰ってくること多いし…谷垣達じゃ可哀想だもの…私達は慣れてるからいいけど」

「そうだな…売春宿では泊まれないからな…こんな寒空の中放りだされれば凍死してしまう…そもそも売春宿通いを制限しては性欲の塊である白石に水城が襲われるかもしれない」

「やだぁ、アシリパちゃんってば!いくらモテない素人童貞の俺だって選ぶ権利くらいありますぅ〜!ゴリラは範囲外ですぅ〜!ちゃんと人間の女の子がいいんですぅ〜!」


白石は水城が美女だというのは認めているが、中身はゴリラだと思っているので恋愛感情など皆無だ。
むしろ皆無の無どころか選択肢にすらならない。
見た目が完璧好みだとしても、中身を知っている白石の息子は全く反応しない。
んも〜!と頬を膨らませる白石に水城とアシリパがドッと笑った――――が。


ねえ白石、それどういう意味?


あははと笑いながら水城は白石の坊主頭を鷲掴みにした。
身長は女性の水城より白石の方が高いのだが、女だというハンデなど不死身には不要。
ギリギリと笑いながら掴んだ手の力を入れる水城に白石は『あだだだッ!!そ、そういうとこだぞ!!』と叫んだ。
そんな2人をアシリパが『まあまあ落ち着け、水城』と宥めるまでがデフォである。
結局いつもの漫才を披露して終わり、水城は『じゃあ早速荷物降ろしに行こうか』と旅館内に入ってしまった。
続いてアシリパも『そうだな』と水城の後を追って姿を消した。
白石は『お、おう…』とチラリと月島の隣を見ないようにしながら2人に続いた。
残された一同は同時にある方…鯉登をチラリと見たが、その形相にそっと目を逸らすことにした。


(…助かった、が……杉元…お前、後が大変だぞこれ…)


月島もチラリと嫉妬の鬼と化した鯉登を見る。
鯉登は水城と男(白石)を同室にするのには反対だった。
だから白石の言葉に反対しようとしたのだが、それを遮られてしまい、鯉登の怒りと不満はふつふつと湧きあがる一方だった。
その怒りの矛先は白石達ではなく水城に向けられている。
こうなったら月島が宥める事は難しいだろう。
まあ水城本人の撒いた種という事で月島は心の中で水城に合掌をした。
要は面倒なので全部水城に丸投げである。



◇◇◇◇◇◇◇



部屋は三人部屋というのもあり広々としていた。
家永が老夫婦を殺して手に入れたホテルは洋風でベッドだったが、まだこの時代では布団が多い。
布団は押し入れにしまわれており、変な匂いをしないため定期的に干されているのだろう。
流石大きい宿は違うなと思いつつ水城は背嚢を隅に降ろし、窓を開ける。
外から寒い冷気が入ってきたが、顔を出せば二階建ての家々を見下ろすことができた。


「わぁ!アシリパさん!見て見て!すごいよ!二階建ての家も見下ろせちゃうよ!」


月島が取ったのはこの時代でも珍しい四階建ての旅館で、水城達の部屋は最上階の四階だった。
意外とこの町に立ち寄る人たちが多いのか繁盛しており、ここまで来るのも宿泊客と何度もすれ違う事もあった。
案の定日本兵の出で立ちのせいで注目の的だが、もう慣れたものだ。
アシリパも水城に呼ばれ荷物を水城の背嚢の隣に置き窓に近づく。


「本当だ…しかし家を見下ろすのは少し変な感じだな!」


アシリパのコタンはほとんど一階建てが多く、食糧庫は雪や動物から守るために高く建てられているが、この旅館のように二階建て以上の宿は初めてだった。
二階程度なら和人の建物でよくあるし、家永のホテルも洋風ではあるが二階建てだった。
慣れない景色に素直に零すアシリパに水城は楽しそうにニコニコ笑いながら『ねー』とアシリパを見る。
そんな水城にアシリパは釣られたように笑い、お互い笑い合った。
笑い合う美女と美少女二人は眼福ではあるが、白石は二人に劣情を抱くほど愚か者ではないし、勇者ではない。
とりあえず『寒いから窓閉めてよー』と言っておく。
白石の言葉に素直に窓を閉めると、丁度仲居の女性が部屋に入って来た。


「こちら当旅館でお配りしておりますお茶とお茶請けにございます…よろしければどうぞお召し上がりください」


呼んでもないのに訪れたのは、今でいうお茶とお茶請けのサービスだった。
現代では日持ちするお菓子を簡単に用意できるが、この時代ではお菓子など高級品となる。
庶民が食べているお菓子も当然あるが、この旅館のレベルでそれを出すのは逆に宿泊客に失礼という事で面倒ではあるが宿泊したお客にこうして出しているのだとか。
三人分のお茶の入っている容器と、お茶請けが乗っているお盆を持って入室し、テーブルに置く。
お茶は最初は仲居が淹れてくれるらしく、美味しそうなお茶請けとお茶がそれぞれ水城達の前に置かれた。


「あ、すみません…ちょっとお聞きしたいことがあるんですが…」


頭を下げて退室しようとした仲居に水城は声を掛けて引き留めた。
仲居はプロだからか、どう見ても傷だらけの男装癖のある女に声を掛けられても表情一つ動かさず水城に微笑みを向けてくれた。


「あの、味噌の店ってどこですか?」


水城の突然の質問なのに仲居は変な顔せず店の場所を教えてくれた。
流石大きい街だからか、店は一つしかないわけではなく、2件ほどこの街には味噌屋があるらしい。
2つの店への道のりを教えると仲居は他に用がないか確認した後、退室した。


「はー…やっぱ高級旅館はやることは違うねぇ〜」


あっという間の出来事だが、それだけでも店の格の違いを思い知らされた。
普段自分達はどれほど金をかけず宿泊していたか、どれほど庶民なのかを思い知らされる。


「杉元、お前すごい男を捕まえたもんだな」


そうしみじみと呟きながら白石はお茶請けである羊羹を菓子楊枝で一口大にする。
しみじみと呟く白石に水城はお茶を飲んだ後小首を傾げた。


「どういう意味?」

「いや、だからさ…こんな高級な旅館をさ、たかが自分が良い宿に泊まりたいがために全員分の部屋をポンポン払える男をよくも捕まえられたなぁって事!エノノカちゃん達も歩きたくないから自分の金で雇ったんだろ?すげえな、お前の男」


白石が何が言いたいのか分からなかったが、自分の問いに答えたその言葉に納得した。
白石達も旅の途中犬橇を利用したが、それほど長い道ではないのにあっという間に資金が減った。
それを考えればほぼ上陸直後から亜港監獄へ、亜港監獄からこうして来た道を戻っており、エノノカとヘンケが何も言わないという事は元々そういう取引だったのだろう。
白石に言われて気づいた水城はあまりにも鯉登がポンポンお金を使うから麻痺したのか何も思わなかったが、そう思うと相当な金額で契約したのだろう。
そして、今回のこの旅館だ。
確かに、と言葉にしてみれば白石の言葉に水城も同意しかない。
ただ、水城も元々お嬢様だったのもあるため玉の輿にドヤ顔はしないが、『お前の男』という言葉に照れてしまう。


「もっ…もう!やめてよ〜!音之進を私の男だなんてっ!」


やだぁ、と熱くなる頬に手を当てて照れる水城に白石は頬杖をつきながら『見た目は完璧に超好みなんだけどなぁ…中身が脳筋ゴリラじゃなきゃなぁ』とニッコリと笑いながら思った。
そしてチラリと水城の隣を見る。


(おーおー、可愛いねぇ)


隣にいるアシリパは先ほどから何も言わず静かだった。
どうしたんだろう、と見てみれば見るからに拗ねていた。
両頬をリスのようにパンパンに膨れさせて、いかにも不機嫌ですよと言わんばかりにブスッと水城から視線を逸らしてお茶を啜っていた。
相変わらず、懐いているお姉ちゃんの事になると年相応の可愛い女の子になるな、と白石は近所のお兄ちゃん(フリーター)的に思う。

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