※味噌以上に豊原の街を捏造しています。
****************
月島は目の前の二人を見て、深い深い溜息を吐いた。
(杉元め…逃げたか…?)
目の前の二人…鯉登とアシリパは明らかに不機嫌ですという文字が顔にデカデカと書かれているかのように、不満顔を浮かべていた。
どうやら水城に置いていかれたようで、お互いに見交わすこともない。
その様子からここまでの間、二人の間には会話という会話がなかったことが伺えた。
水城が部屋に来て鯉登を誘ったときは、不機嫌な上官を宥めるという面倒な仕事から解放されるのだと喜んでいたのだが、世の中そう上手くはいかないらしい。
まさか更に不機嫌になって帰ってくるとは思ってもみなかった。
(まさかアシリパと少尉がここまで不仲になるとは…)
もう一度深い溜息を吐く。
月島は頭を抱えた。
どちらも蔑ろには出来ない人間である。
だが、二人はどうも反りが合わないようで、月島が知っている限りのほほんとした会話は数回あるだけである。
それも水城か白石を間に挟んでである。
二人きりになると途端に黙り込むらしい二人に月島は頭を悩ませる。
とはいえ、大体の…というよりは、確実に原因は水城だ。
水城が二人を宥めればすぐに終わる……はずだった。
しかし、その原因である水城は白石と共に買い忘れた物を買うため別行動。
『やってくれたな、水城』と思わくもない。
水城に裏切られた気分である。
「とりあえず、お茶を入れますが…どうしますか…」
月島はこの二人に関して全て水城に丸投げしようと、先ほどまで煩い上官がいなくなり自分一人の空間を楽しんでいた部屋へと二人を誘う。
二人はお互いをチラリと見た後、鯉登は無言で部屋に入り、アシリパは『谷垣ニシパ達のところにいる』と断り谷垣達が泊まる部屋へと向かった。
『おい、最重要人物が1人で出歩くな』と言いたかったが、アシリパに疎まれては何かとやりにくいと出かかった言葉を飲み込む。
彼女が谷垣達の部屋へと消えたのを見送った後、自分も部屋へと戻る。
部屋に戻れば鯉登が勝手に自分でお茶を淹れてグイっと一気飲みしていた。
そこから鯉登のやさぐれ具合が伺えた。
「…おかわりいりますか」
同情していないわけではなかった。
せっかく死んだから諦めろと周囲に言われ続けても生きていると信じていた最愛の女性と再会し、再び想いも通じ合い、やっと恋人として触れ合えるようになったのに、その時間も短かった。
アシリパと白石と再会してから水城はずっと二人にかかりっぱなしで、鯉登なんて二の次の次だ。
二人と再会してから鯉登と二人きりになる時間は少なくなった。
それに同じ愛する女性がいた男として同情しないわけがなかった。
とはいえ、だからと言って一々構ってやれるほど仏心は持ち合わせていない。
お茶を飲み干したので、同情心としておかわりを淹れてやろうと問えば、鯉登は『頼む』と言って空の湯飲みを月島に差し出した。
「鶴見中尉殿と合流すれば彼女との時間も増えますよ」
「…だといいがな」
鶴見がアシリパの身柄を最優先しているのは、それほどの価値が今の彼女にはあるからだ。
金塊への道のりが彼女の頭の中にある以上、アシリパの反感を買うような行動はしないはず。
しかし、かと言って水城と常に行動を共にされるのは、鶴見側としてはいただけない。
完全にではないものの、水城とアシリパはある程度引き離されるだろう。
水城と鯉登の仲はきちんと電報で報告済みなので、鶴見も水城の傍にいるようそれとなく誘導するはず。
そうなればまたアシリパ奪還前のようにバカップルを周囲にまき散らすだろう。
いや、むしろ籍を入れて夫婦となり、水城をアシリパから離すかもしれない。
薩摩の男は亭主関白色が強いと聞く。
そうでなくとも鯉登は水城に骨抜きにされている。
愛する妻を鯉登は野放しにしないだろう。
それはそれで余波に当てられそうで鬱陶しいが、今のギスギスした空気よりはマシだ。
鯉登も水城との時間が少ないためか、心なしか声も覇気がない。
月島は下手な慰めを言えば逆効果かと、淹れたばかりのお茶を差し出した。
「お湯をいただいてきます」
月島は空になったお湯を貰いに部屋に出ようと立ち上がり、鯉登に見送られて部屋を出る。
もうお茶でお腹一杯ではあるが、部屋に出る理由があった。
それは鯉登との空気が気まずいというわけではない。
(…また"コレ"を使う事になるとはな…)
月島はお湯を貰うため仲居を探しながらポケットに手を入れる。
そこには硬い物があり、その硬い物を指で撫でる。
月島のポケットの中に入っているのは…媚薬だ。
水城と鯉登のわだかまりを消したあの媚薬が、まだ月島のポケットの中に入っていた。
忘れていたというよりは、アシリパばかり構う水城と、水城を優先にさせ強く出ようとしない鯉登を見かねて、隙を見て再び水城に仕掛けようと思っていたのだ。
流石にアイヌの集落で媚薬を仕込むわけもいかず、こうして宿に泊まれる機会を伺っていた。
お湯を貰うために仲居を探してはいるが、女将に事情を説明して水城の食事にこの媚薬を入れてもらうようお願いするためでもある。
しかし、必要な時に限って目的のものは中々現れない。
確実に従業員はいるであろうお厨房へ直接赴いた方が早いか?と思いつつ女将を探しに受付まで足を運ぶと、意外な人物がいた。
「杉元?」
そこにいたのは、元凶である水城だった。
水城は受付で女将と何やらやり取りをしており、その傍には白石もいた。
二人の姿に月島は声をかければ、水城は大げさなほど肩を揺らして弾かれたように振り返る。
しかし、月島の傍に鯉登がいないと知るとあからさまにホッと安堵の息を吐いた。
その様子に、月島は怪訝とさせながら二人に近づく。
「月島軍曹…驚かせないでよ」
「すまん…ところでお前らは何してるんだ?」
『帰ってきていたのなら寄り道をせず鯉登少尉のご機嫌伺いをしてほしいんだが』と本音を言いかけてやめた。
帰って来たばかりかもしれないと思ったからだが、それにしては受付で何かをしているのは可笑しいと首を傾げる。
「…何か問題を起こしたか」
「ち、違うって!…えっと…ちょっと…その…」
明らかに月島に問われ動揺していた。
水城はバカップルであり、騒動の中心にいるが、言うほど問題児ではない。
だが、動揺するその様子につい疑ってしまう。
とは言え対応している女将は穏やかな表情を浮かべており、トラブルというわけではなさそうだと思っていると、ニヤニヤ顔で白石が傍に近づき月島に耳打ちした。
「実はさ…――――」
「ああ、なるほど…」
「ば、馬鹿!!あれほど話さないでって言ったじゃない!!」
「鯉登ちゃんには、だろう?月島軍曹なら別にいいじゃん?」
白石の耳打ちに月島は納得したように頷く。
月島の反応から白石がバラしたのだと気づいた水城は、顔を真っ赤にしてキッと白石を睨む。
しかし、顔を赤くしているので迫力はなく、白石はニヤついた顔を隠さず『きゃ〜!こわぁい!』とくねくね女のように体をくねらせる。
まったくもって気持ちが悪い。
「そういう事ならば協力しよう」
「え!!いいの!?」
白石が話していたのは、鯉登の機嫌が一気に上昇するものだった。
アシリパが問題だが、アシリパと鯉登に関してもう関わる気はない月島は予定通り水城に丸投げするつもりであった。
まずは面倒くさ…ではなく、気難しい鯉登の機嫌から取りかかる。
鯉登の機嫌が直るのなら月島は協力を厭わない。
それを伝えれば水城は嬉しそうに、そして安堵の笑みを浮かべた。
『あれ』をどうやろうかと悩んでいたらしい。
最悪白石か、仲居に頼むつもりだったとか。
「それで…どういう流れなんだ?」
「それはね、女将さんとも話したけど…」
どうやら受付で女将と話をしていたのは、事情を説明して女将にも協力してもらうつもりだったからだ。
格式が高い旅館ではあるが、やはり女なのだろう…女将は面白そうだと乗り気だった。
まあ一番の理由は、今はシーズンではないのもあって宿泊客が少なく暇だったかららしい。
月島も加えて4人はああだこうだとお互い意見を出し合い、計画を練っていく。
◇◇◇◇◇◇◇
お湯を貰い、持って帰ると鯉登は机に向かい何かを見つめていた。
正確には凝視していたと言った方が正しいだろう。
「遅れてすみません」
真剣な表情で凝視している姿に何となく気になったが、月島は遅れたことへの謝罪だけにした。
月島の声掛けで、彼が帰って来たのに気づいた鯉登は意識を月島に向ける。
『遅かったな』と言う鯉登に、月島は『ええ、まあ…夕飯時で忙しかったのか、中々仲居さんが捕まらなくて』と返しながら向えに座る。
「先ほどから何を真剣に見ているんですか?」
お茶を淹れ、それを鯉登に渡しながら月島はチラリと鯉登が見ていたソレに目をやる。
しかし、それはただの紙切れだった。
紙切れというのは語弊があるだろうか。
鯉登が見ていたのは電報だった。
鶴見から送られた返答の電報だ。
その電報はすでに役割を終えており、確認するために残してはいるが、後々処分するつもりでいる。
鯉登はその電報を穴が開くほど凝視していたのだ。
「なぜ電報を?何か不備がありましたが?」
「いや…そうではない……ただ…最近雪乃と二人きりの時間が満足に取れないからな……気持ちを落ち着かせているのだ…」
「そ、そうですか…」
『やべぇ…こいつはやべぇ…』、と月島はキャラを忘れ、そう感想を述べる。
月島が思っている以上に鯉登は追い詰められているらしい。
たかが数日、されど数日…と言ったところだろうか。
水城がアシリパばかり構うために、今の鯉登は恋人不足に陥っていた。
その証拠に電報を見つめながら『鶴見中尉どん…』と寂し気に呟いている。
確かに鶴見がこちらに宛てた電報ではあるが、恐らく電報を書いて送ったのは一番のお気に入りである鯉登がいない隙を狙い愛しの鶴見にピッタリくっついて離れないであろう、もう一人の鶴見厨である宇佐美だ。
更に細かく言えば、鶴見の傍から離れたくなくて部下に命じたのだろう。
だからこの電報に鶴見要素はない。
一切、ない。
だがそれでも構わないほど鯉登は雪乃不足だった。
正直に言えば、ドン引きである。
(とはいえ…暴走しないところを見ると…鯉登少尉もこの旅で多少は成長したのだな…)
まだ若く坊ちゃんというのもあり、度々暴走してしまう鯉登だったが、こうして電報越しの鶴見を想う事で寂しさを埋めているところを見ると、彼も彼で成長したのだと伺える。
まあ、相手が水城の一位を陣取っているアシリパだからかもしれないが。(邪魔したら水城に怒られる)
「そういえば…女将さんから聞いたのですが、この旅館には温泉があるらしいですよ」
「温泉?こんなところにか?」
「ええ…地下から汲み上げているらしいですよ…他の旅館も温泉を汲み上げたお風呂場があるらしいです…なんでもそのお湯には疲労回復や創傷や切り傷の回復を助ける効果もあるらしく、本土の方からもその温泉を求めて来られる方もいらっしゃるようです」
鶴見がいる登別のような温泉郷ならいざ知らず、この辺りで温泉という単語は聞いたことがない。
味噌を買う際だってそんな話聞こえてこなかった。
しかし、月島の説明を聞いて『どうりで客が多いわけだ』と納得する。
樺太の土地にしては人で賑わっているのに疑問に思っていた。
以前はヤマダ曲馬団というサーカスがあったからかと思ったが、どうやらこの街自体本土から訪れるほどの理由があったらしい。
それが温泉だ。
温泉特有の硫黄臭さが無いのは、温泉の元が離れた場所にあるかららしい。
街を作った後に温泉が見つかったらしいが、当時はすでに街も発展しており源泉の傍に街を移動できなかったらしい。
かと言ってせっかくの温泉が勿体ないということで当時の日本人が何年もかけてここまで引っ張ってきたのだとか。
地元の人も楽しめるようにと銭湯にも温泉が引かれ、元はタダ同然なので本土の銭湯よりも料金も安いらしい。
月島の説明を聞き、鯉登は『ふむ』と考える素振りを見せる。
(温泉か…雪乃を誘って温泉に入るのもいいかもしれないな………余計なものまで付いてくるだろうが…まあ、雪乃が喜ぶのであれば目を瞑るとするか…)
せっかく温泉があるというのなら、水城を誘ってみるのもいいかもしれない…と鯉登は考え、心が躍った。
どこぞの坊主と違い、イケメンの彼は別に混浴を期待していない。
だが、温泉に入って喜ぶ水城を見たいという下心があった。
あわよくば、浴衣姿の水城が見たい…と下心満載だった。
しかし水城を誘うとなれば、当然邪魔者が二匹付いてくるわけで…そこはもう諦めていた。
どうせついてくるのだから水城とアシリパがいない間に、白石から水城の事を聞きだそうか…と考えていると、ノックが聞こえた。
月島が『はい』と返事を返すと仲居が襖を開けて入室してきた。
「ご夕食の準備が整いましたので、お部屋にご案内させていただきます」
どうやら夕食の準備が終わったらしい。
仲居の言葉に月島は『分かりました』と返事を返すが、鯉登は首を傾げ不思議そうに月島を見る。
「準備とはどういう事だ?部屋で食事を取るのではなかったか」
高い旅館というのもあって、食事付きだった。
しかし基本はそれぞれ部屋で食べる事が多い。
団体では大きな部屋で連れと一緒に食べる事もあるが、鯉登達にそんな団結力はない。
元々は敵対していたのもあるし、そこまで親しくもない仲なため、それぞれ文字通り自由行動である。
そのため鯉登は部屋で月島と食事をするのだとばかり思っていた。
しかし先ほど仲居は準備が整ったと言い、部屋に案内すると言った。
一瞬子供達が一緒に食べたがったのかと思ったが、変更があったのなら月島が言うはずである。
この男が伝えるのを忘れたとは思えなかった。
しかし、どうやら月島も1人の人間らしい。
「そういえば伝えていませんでしたね…お湯を貰う時に変更したんです……最近鯉登少尉殿は杉元と共にいる時間が少ないと思いまして…せっかく復縁されましたし、北海道に帰っても杉元との時間が出来るかは分からないのでこの時くらいはと…」
『勝手に判断してしまい申し訳ありません』と謝る月島に、鯉登は月島の肩を掴みかかる。
ぐっと月島の肩を強くつかむ鯉登の顏は、花が咲き乱れんばかりの満面の笑みだった。
「月島ァ!!よくやった!!」
ぐっと親指を立てる上官に月島は『はあ、ありがとうございます』と塩対応で答えた。
200 / 274
← | 目次 | 表紙 | →
しおりを挟む