夜。
水城は久々にアシリパとの時間に終始機嫌が良かった。
勿論、食事は鯉登持ちだが、それを気にする神経をアシリパ達は持ち合わせていない。(いい意味で)
それからしばらく4人で何気ない会話を広げていると、夜が更けているのに気づく。
鯉登はトイレに席を外し、一人冷たい冷気が漂う廊下で深い溜息をつく。
(独り占めできると思ったが…そう上手くはいかないものだな…)
アシリパが独り占めするなと言うので仕方なく水城の傍にいるのを許した。
しかし、本音を言えば水城を閉じ込めて誰の目にも晒したくない。
それは家族でも例外ではなかった。
(私はこんなにも執着心が強かったのか…)
正直、自分でもこんなにも独占欲が強い自分に驚いていた。
別れる前はここまで独占欲は見せたことはなかった。
それはきっとあの頃は水城が自分の傍から離れないという余裕があったからだろう。
元々独占欲があったのだろうが、それが強くなったのも、理由としては一度水城を失っているからかもしれない。
失ってから気づく大切さがあるとはよく言ったものだ。
(しかし、あの二人もそろそろ帰るだろうし……私を蔑ろにしたお仕置きをしてやるか…)
独占できないのは腹が立つが、流石に空気を読もうとしない輩でも夜は眠りに自室に戻るだろう。
そうなれば後は水城を独り占めするのは自分である。
そう思うとアシリパと白石の邪魔も可愛いものにしかならない。
ふふふ、と妖しく笑い、しばしの幸福に浸るといいわ、とどこぞの悪役のセリフをアシリパに吐きつつ部屋に戻る。
…が、鯉登は部屋に戻るや否や衝撃が走った。
「………今…なんといった…」
点、点、点…、と鯉登は水城の口から告げられた言葉に唖然として呟いた。
そんな鯉登を気にもせず、水城は聞こえなかったのかな程度しか考えずもう一度告げる。
「今日からアシリパさんもこっちに泊まるから」
「…なぜだ」
「だって、白石が売春宿に行っちゃってアシリパさん一人になっちゃうし…」
鯉登は頭を抱えた。
部屋に戻るまでは空気を読んで退室するだろうと思っていたが、読みは外れ、空気は読まない奴はとことん空気を読む気はないらしい。
部屋に入って白石がいないことに疑問に思ったが、基本鶴見と水城以外モブとしか見ていない鯉登は脱糞王など気にも留めなかった。
しかし、白石はこの街の売春宿に行ってしまったらしく、その間アシリパをこの離れに泊まらせると水城が言い出した。
「白石には我慢させればいいではないか…白石の売春通いまで経費は出せんぞ」
「でもアシリパさんと一緒にいた時は我慢してくれていたし…まあ、お金は大丈夫…軍の資金には手を出さないからさ」
水城はちょっぴり白石に頭が上がらない。
自分が離れている間自分の代わりにずっとアシリパの傍にいてくれたし、鯉登と再会する前にした約束だってまだ果たしていない。
鯉登としては別に白石が売春宿に行こうが、そこでトラブルが起ころうが、皮が剥がされようがどうでもいい。(写してあるし)
せっかく二週間の間夜だけでも夫婦のように過ごせると思ったというのに、希望の夜すら邪魔されるとなると色々とつらい。
鯉登は金の問題はないという水城の言葉に怪訝とした顔を見せる。
「大丈夫?…もしやお前の手持ちを渡したのか?」
「あー…いやぁ……ん〜……あいつ、人好きする性格だし、色々図太いから何だかんだで小金持ちだし…お金を貸してなんて言われてないから大丈夫かなって思っていっただけだから…」
水城は内心、冷や汗がブワッと出ていた。
金は白石の手持ちではない。
水城は網走監獄でした約束通り、自分の手持ちを渡して白石を売春宿に見送った。
いつもなら決してそんなことに金はやらないのだが、こればかりは自分が約束したのだから仕方ない出費である。
その場にいたアシリパも驚いていたが、事情を説明したら納得し、黙っていてくれる。
流石に鯉登に知られると色々な方面から怒られるので黙っておくが、目線を泳がせているので信じてくれるかは分からない。
「……雪乃の手持ちではないのなら…私からは何も言わんが…」
そう零す鯉登に水城はホッと安堵の息を突く。
はっきり言って、鯉登は白石の行動が理解できない。
否、精を吐き出さなければならない男の性なら理解は出来るし、鯉登自身遊郭や売春通いに否定はしない。
だが雪乃という愛する女がいるため、数日に何回も通う常連というのには理解ができなかった。
欲を吐き出すなら1人でもできるし、1人寝が嫌なのなら恋人や愛人やセフレを作ればいい。
鯉登はモテない男が聞いたら血涙を流すことを平然と思う。
とはいえ、今更白石を追いかけるのも馬鹿馬鹿しく、鯉登は諦めが悪く次の手に移る。
「なら一人部屋になっている月島の部屋に泊まらせればいいではないか」
「アシリパさんを男一人の部屋に泊まらせる気?」
「いや散々各地の村で男に囲まれて寝てただろ…それに白石も男だぞ…」
「あの時は私もいたし…白石は白石だもの」
「(意味が分からん)……では谷垣一等卒はどうだ…谷垣一等卒にはチカパシがいただろう」
「二人部屋だから狭いし、流石にそこまで任せられないよ」
「……ヘンケ達はどうした」
「家族の中に他人が入ったら気も休めないでしょ?」
「……………」
ああ言えばこう言う。
まさにこれである。
正直『過保護すぎないか?』と思わなくもないが、大人っぽく見えてもアシリパはまだ子供だ。
1人の母親としての面もあり、心配なのだろう。
本音を言えば、今すぐ帰っていただきたい。
だが、ここで駄々を捏ねれば水城の機嫌が悪くなるだけである。
機嫌を損ねた水城も愛らしく、そんな水城の機嫌を取ろうとするのもまた良いのかもしれないが、今は渋々だが許可をするしか今の鯉登には選択肢がなかった。
頷いた鯉登を見て水城は嬉しそうに笑い、その笑みだけで不満が散っていくのを感じる。
「じゃあお風呂入りに行こうか」
ふふ、仕方のないやつだ…、と思い不満が消えたのだが、続けられた水城の言葉にその不満は復活した。
安息は約数秒で粉々に砕け散り、水城に待ったをかける。
「おい!待て!まさか…一緒に入るのか!?」
「え?うん…同性だし…別にいいでしょ?」
「そ、それはそうだが……こ、腰はどうだ!?腰が抜けているだろう!!」
「そ、そうだぞ水城!!こけてしまったんだろう!?子供の私では支えきれないし無理はするな!!」
待ったをかけたのは、鯉登だけではなかった。
鯉登が立てば同じタイミングでアシリパが立ち上がった。
鯉登はまさかアシリパの増援に『ん?』と思い、彼女を見るが、アシリパは必死なのか自分を見る鯉登には気づかない。
「水城!私はお風呂に入らなくても平気だ!運動もしていないし…ニヴフ族の村で髪や体を拭いたから臭くはないぞ!?」
「でも何もしてなくても汗はかくでしょ?それにせっかく温泉を引いたお風呂が入り放題なんだもの、普段お風呂に入れないから今のうち沢山入ろうよ」
「で、では私も一緒じゃなくてもいいんじゃないか!?」
食い下がるアシリパに水城は苦笑いを浮かべる。
アイヌは基本お風呂には入らない。
その習慣はインカラマッに教えて貰ったので慣れないお風呂をアシリパが嫌がっていると水城は思っていた。
「あの時…あの温泉の時は一緒に入れなかったからさ…今日は一緒に入ろう?」
それほどお風呂は嫌なのか、と水城は思う。
和人である水城も令嬢だからこそお風呂に入るという事が許されていたため、お風呂に入ると気持ちがいいし清潔な体を保つことの大切さも知っている。
だからこそ、それほど風呂好きではないものの、お風呂に毎日入れるのなら入りたい。
だがアシリパは違う。
アイヌの習慣故にお風呂を嫌がるのを見て水城も鬼ではない。
嫌がるアシリパに無理矢理お風呂に毎日入れさせるのは諦めた。
しかし、せっかくゆっくりと入れるお風呂があるのだから今日だけでもいいから一緒に入りたいと思う。
あの時、混浴の際は結局アシリパとは一緒にお風呂には入れなかったのだ。
まあ、混浴だったのでアシリパとインカラマッを守るために、元々二人を男共の中に入れる気はなかったが。
おねだりするように、そしてご機嫌伺いのように、甘い声でお願いをする水城にアシリパは『う"ッ』と頬を赤らめ言葉を詰まらせる。
その反応に水城は一押しだと思った。
「ね?アシリパさんとお風呂入りたいな…お願い…」
隣に座るアシリパに片手をついてゆっくりとしな垂れるように体重を掛け近づき、小首を傾げて甘い声で囁いた。
そんな水城に鯉登は水城からアシリパを見る。
チラリと見る彼女は甘えるような水城を見て、ギュッと目を力いっぱい瞑り…
「は…ははは…ッ破廉恥だぞ水城!!!!!」
そう叫んだ。
アシリパの叫びに水城はキョトンとさせ目を瞬かせる。
対してアシリパは顔を真っ赤にさせ顔を手で覆ってうつむいており、そんなアシリパに鯉登は呑気にお茶を飲みながら『その気持ち、分かるぞアシリパ』と脳内で頷いていた。
水城はお願いをする時甘えるような猫なで声を出す。
態度は下手に出ているつもりなのだろうが、誰がどう見ても誘っているように見えるし、彼氏におねだりする(エッチな)彼女にしか見えない。
そう見えるのは下心があるからだと言われたらそれまでだが、少なくとも鯉登はそう見える。
それが自分ならば鼻の下を伸ばしてなんでもいう事聞いてしまうだろう。
数秒どころか一発KOである。
「は、破廉恥???」
自覚がない水城はアシリパの言葉に首を傾げた。
自覚がないのだからどこが破廉恥なのかが分からないのだろう。
だが教える気はない。
他の人間(特に男)にされるのは困るが、指摘して自覚してしまい自分に可愛いおねだりをしてもらえなくなるのは困るのだ。
まあ、水城も人を見ておねだりしているようではあるが、それが自分だけではないという事だけは不満である。
「わ、私は
夫のいる女に恋慕などしない!!!いいな!!!」
「アッハイ…」
首を振り叫ぶアシリパに水城は頷くしかなかった。
そして、鯉登はお茶を飲みながらその叫びにも脳内で『その気持ち、ものすごく分かるぞ!アシリパ!』と大きく頷いていた。
ちなみに、お風呂はアシリパが根負けし一緒に入った。
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