次の日、水城は不死身の名前に恥じない回復を見せた。
アシリパとの約束もあり、水城はアシリパと鯉登と三人で出かけるので着替えていた。
白石も誘ったが、『邪魔者は退散しまーす』と言って自室に戻っていった。
アシリパと鯉登に気を使ったのだろうが、半分は昨日頑張った疲れからくる眠気のせいだろう。
「…………」
「…………」
「…………」
「……なんだ、さっきから」
水城や他の人間が間にいなければアシリパと鯉登はお互い喋ることもない。
水城が着替えのため何故か別の部屋にこもっている間、二人は黙り込みその場には痛いほどの沈黙が落ちる。
しかしじっとアシリパが鯉登を睨むように見つめており、鯉登は最初こそ無視していたがいい加減鬱陶しく思い声をかける。
鯉登の問いにアシリパは『ケッ』とやさぐれたように声を零す。
態度は最悪だが鯉登はいつもの事だし、鯉登も鯉登でアシリパに対して態度は最悪なので気にしていない。
「…なんで鯉登ニシパまで付いて来るんだ…私だけで充分だぞ…」
どうやら…というか予想通り、鯉登が街の散策に着いてい来るのが気に入らないらしい。
そんなアシリパに今度は鯉登が『ハンッ!』と鼻で笑った。
態度は最悪ではあるが、アシリパもアシリパで以下略。
「雪乃が私も一緒でなければ嫌だと言って誘ったのだ…文句ならば雪乃に言えばいいだろう?」
アシリパは『別に鯉登ニシパも一緒でなければ嫌だとは言ってないぞ』と思ったが、飲み込んだ。
大体だ。
大体、アシリパとしては街の散策は水城と二人きりで出かけるとばかり思っていたのだ。
これまで鯉登が水城を独り占めしていたのだから、今度は自分の番だと。
そうドキドキワクワクと明日が来るのを待ちながら眠りに着いた。
しかし、いざ朝を迎えると鯉登も一緒に出掛けることになっており、思わず目が点となる。
『二人で出かけるんじゃなかったのか!?』と聞けば『ごめんね、でもどうしても音之進とも出かけたかったから』と言われればアシリパだって断れない。
困ったような表情や『ごめんね』と手を合わせて謝るお姉ちゃんにどうして更に我が儘が言えるのだろうか…
アシリパはお姉ちゃんの彼氏には塩対応だが、お姉ちゃんにはデロンデロンに甘かった。
そのため、その彼氏の言葉に『うぐっ』と返す言葉がなかった。
ぐぬぬ、と何も言い返せない彼女の妹に『フン』と鼻を鳴らした時、水城が戻ってきた。
「じゃーん!どう?変かな?」
『お待たせ〜』と襖を開けて登場した水城の姿に、二人は目を丸くして呆気に取られた。
その姿はいつもの軍服の姿ではなく…女性物の着物で着飾っていた。
着物柄や色からしいて女将に借りた着物なのは分かったが、二人は普段男装していたはずの水城が女性物の着物を着ていることに驚きが隠せなかった。
「どうしたんだ?水城…?」
「ん?んー…ふふ、変かな?」
「まさか!似合っているぞ!」
アシリパは和人姿の水城を見るのは初めてで、水城の女性らしい姿に戸惑いが隠せないでいた。
ニヴフ族では女性物の服を着ていたが、あの服は普段着で地味目だった。
しかし今着ているのは女将から借りた物だが、正確に言えば女将の娘から借りた物だった。
年齢は娘の方が年上らしいが、大した年齢差はなく、趣味も悪くはない。
愛らしい女性の姿を見せる水城にアシリパは困惑する。
水城は戸惑いが隠せないアシリパに袖を持って聞くと、速攻で首を振られた。
似合っていると言われて嬉しそうに笑った。
「雪乃…一体どういう風の吹き回しなんだ?普段は頼んでも女物を着てくれなかったではないか」
照れながらも嬉しそうに笑う姿はとても可愛い。
すごくすごく、可愛い。
大事な事だから(ry)
しかし、着物を着る水城に鯉登は戸惑いというよりは驚きや怪訝さがあった。
サラシもなくどうせ胸で女だと気づかれるのだからと鯉登も軍服ではなく性別にあった衣服を着てほしいとお願いしたが、却下されてしまった記憶がある。
アシリパ奪還前は…まあ、分かる。
これから殺し合いに行くのに女物を着ていくなど死にに行くことと同義である。
だが、アシリパの奪還した後くらいは女の恰好でいてくれてもいいではないかと思ってしまうのが男である。
そのため、着物を着て見せる水城に鯉登は訝しんだ。
怪訝そうにそう問えば水城は『えっとね』と少し言い淀みながら答える。
「実は付き合ってほしいところがあるの」
「付き合ってほしいところ?」
首を傾げれば水城は『そう、付き合ってほしいところ』と頷き続ける。
「写真館に行きたいなって思って…」
「写真館…またあの時みたいに写真を撮るのか?」
「そうだよ、アシリパさん…私と一緒に撮ってほしいの」
アシリパは一度写真を撮った事がある。
北見で土方の知り合いだという写真家に写真を撮って貰た。
その時にすでに水城と二人で撮ったはずなのに、また撮りたがる水城に首を傾げる。
「あの時撮った写真はどうした?失くしたのか?」
「ううん…持ってるけど……その、今から撮ろうとしているのはお母様に見せるためだから…軍服はちょっと…」
アシリパは『お母様』という言葉に首を更に傾げた。
お母様というのだから水城の母親なのだろう。
だが水城の母親という新しい登場人物に、アシリパは少し不思議な気持ちになる。
何かモヤモヤしたものが生まれた。
しかしそのモヤモヤが何なのか、何故モヤッとするのか分からないアシリパは胸元に手を当てて首を傾げる。
そんなアシリパに気づかず、鯉登は先ほどとは別の意味で目を丸くした。
「雪乃…今の言葉は本当か?本当に叔母上に…?」
鯉登は水城に歩み寄り、水城の手を取って水城を見つめた。
信じられないような目で見て来る鯉登に苦笑いを浮かべ、水城は頷いた。
その頷きを見て鯉登は水城の手を握る力を入れる。
「お母様達は私の事死んでいるって思ってるから手紙だけじゃ信じてもらえるか分からないし…でも…私が軍人の恰好をして男のような生活をしてるって知ったらきっとお母様のお心はもっと病んでしまわれると思うから…顔の傷もね…本当は化粧で隠そうと思ったのよ……でも…これ以上嘘を嘘で重ねたくなかったから…」
「そう、か……そうか……雪乃…よく決意してくれた…」
手紙の事といい、写真の事といい、最近の水城の心の変化は大きく向上していると感じる。
勿論それは鯉登にとっても嬉しい事だ。
後は鯉登の腕の見せ所かもしれない。
手紙を書きました、では会いましょう…など上手くいくとは思っていない。
手紙を書いてくれただけでも十分に水城は歩み寄って来てくれている。
だからこそ、水城が静子に会ってもいいと思えるように、自分が伯母と恋人の橋渡しになれたらと思う。
ただ、水城は真実を隠すつもりらしい。
吉平に攫われるように戦地に赴き、軍人として傷を多く受け、本国に戻っても男の姿で生活をしているとは流石に母には言えなかったらしい。
いや、そこは別に構わなかった。
吉平のことは元々話さない事で話がついていたし、鯉登も今の水城の生活を叔母が知れば更に体調が悪化するだろうという部分には賛成だ。
ただ、水城が心配だった。
写真に今の自分の姿を映し、それを母に送る手紙に添える。
それは何でもない娘から母への普通の近況報告である。
だが、今の水城にはそれが大きな負担になっていないのかが心配だった。
会えない母に手紙どころか写真を添えて送るのはきっと周りが考えるよりも…鯉登が考えるよりも、水城にとって恐怖を感じるほどだっただろうに。
鯉登は今の姿も大切な恋人には変わりないと本心で思っている。
しかし、どうも水城は鯉登達に対して負目を感じているらしく、自分のマイナスな部分を曝け出すというのは勇気のいる行為だ。
だから、手紙どころか写真も添えて送るという普通の人にとったらなんでもない行為は水城にとって一歩二歩どころではないほどの勇気のいる行為である。
だからこそ、鯉登は嬉しさが強まる。
だからこそ、水城の気持ちを無駄にするようなことはしないと心に決めた。
感激している様子の鯉登に水城は申し訳なさそうに見つめ、彼の手を握り返す。
「音之進、ごめんね…本当は会ってあげたいんだけど…会わなきゃって、分かってるんだけど…まだ…そんな勇気がないの……ごめんなさい…」
水城は鯉登に心配をかけてしまった事を気にしていた。
水城でも母の事はちゃんと向き合わなければならないと分かっているのだ。
だけど、心が追いつかない。
水城は平気だと思っていても、まだ根本では傷が癒えていないのだろう。
だから、心配をかけてばかりの彼に謝る水城に、鯉登は慌てて首を振った。
「何を謝る必要がある…手紙を書こうと思ってくれただけで私は心が震えたのだ…それなのに写真まで添えてくれるとは……ありがとう、雪乃…」
鯉登の言葉が水城の心の中に染み込むように入ってくる。
きっと他人が水城に言っても響かないのだろう。
鯉登だからこそその言葉は意味があり、水城の心に響いた。
「お礼を言うのは私の方よ…あなたがいたから私はお母様に手紙を出そうって思えるようになったの…ありがとう、音之進…」
「雪乃…」
鯉登は今も昔も優しい。
こんなお嬢様だった雪乃とは真逆になってしまった自分でも愛してくれた。
否定せず、受け止め、受け入れてくれた。
普通なら別人になった恋人…それも男勝りなんて言葉霞むような乱暴者になってしまった恋人を変わらない愛を与えてくれる人なんてそうそう巡り合えるはずもない。
だからこそ、水城は鯉登の全てに感謝した。
水城の言葉に鯉登はジーンと胸が熱くなる。
思わず、うるっときそうだったが、そんな格好悪い所水城に見せるわけにはいかない。
グッと手を握る力を強くし、水城を見つめる。
水城も鯉登を見つめ、二人は見つめ合い…二人は自然と距離を縮めていく。
しかし…
「ごほん!」
「…!」
鯉登が近づいてきているのに気づき水城は目を瞑った。
そんな水城に確実に水城とキスが出来る…そう鯉登は思っていたが、それを咳払いで邪魔されてしまった。
可愛らしい咳払いに水城はハッと我に返り慌てて鯉登の手から逃げて距離を開けてしまった。
抱きしめ合っていないし、密着していなかったのに、水城が離れて冷たい空気に晒されたように寒さを感じた。
「…………」
鯉登は咳払いの主をギロリと見た。
しかし、咳払いの主…アシリパはケロッとしており、むしろ、アシリパも鯉登を睨んでいるように見えた。
そんなバチバチと火花が飛んでいる二人に気づかず、水城は顔を赤くして慌てていた。
あわあわと恥ずかしい所を見られ顔を赤くして慌てている水城に、アシリパはにっこりと笑った。
「水城…一体どういう事か…初めから説明、してくれるな…?」
にっこりと笑っているのに、その表情は有無を言わせなかった。
蚊帳の外のようで面白くなかったのもあるし、認めていない男とのラブシーンを見せられそうになって気に入らないのもある。
ただ、何が何だか分からないというのは嘘ではない。
『お母様』というのだから水城の母親の事なのだろう。
だが、手紙やら写真やらと重苦しい空気や、二人の雰囲気からして何か事情があるのだけは読み取れた。
水城はアシリパの問いに『そうだったね』とまだアシリパに説明していないことに気づく。
「実は…」
水城は母と生き別れてしまったのだと話した。
勿論、真実を隠して。
アシリパを子供扱いはしているつもりはないが、聞く方も話す方も良い気分ではない。
鯉登ですら話すのが躊躇われたのだ。
妹のように可愛がっているアシリパはまだ10代と言うのもあり、更に話すのを躊躇ってしまう。
…否。
まだ人に話せるほど水城は吹っ切れ切れていないのだろう。
鯉登や平二はある意味当事者であるし、すでに知られていたり、予想していたのもあった。
しかし、アシリパは…いや、アシリパに限らず白石達には吉平の事や吉平にされてきたことを話せるほど水城の心はまだ吹っ切れていない。
まだ水城の飼い主は…水城の首に繋がっているリードは吉平が握っているのだ。
脳裏に尾形に殺されそうになった時見た吉平の夢を思い出し、水城は話している最中、無意識に首に手を伸ばし無いはずの首輪に触れていた。
「それで、お母様にお手紙を書いたんだけど…写真も一緒に入れたいなって思ったの」
「…その中に私も入れてくれるのか…?」
「勿論だよ!だって、アシリパさんは私の相棒だもの!」
アシリパは水城の言葉に胸がキュッと締め付けられた。
嬉しかったのだ。
水城が離れ離れだった母に送る手紙に他人である自分と写っている写真を入れてくれるのが。
なんだかさらに水城に近づけた気がして、アシリパは嬉しかった。
嬉しそうに笑みを浮かべるアシリパに水城も釣られたように明るく笑い、そんな二人のやり取りを見ていた鯉登は『いやアシリパはいらんだろ』という
文句はあるものの、嬉しそうに笑う恋人を見て流石に空気の読めない発言もできず(水城に怒られるから)、気が抜けたように息をつき『仕方ない』と苦笑いを浮かべた。
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