アシリパと水城との写真も撮り終わり、水城も二回連続の撮影に疲れたのか、自分で肩を揉む。
「あの…本当に旦那様とアイヌの子の写真も撮らなくていいんですか?」
鯉登もアシリパと水城の写真撮影を見学しながら待ち、終わると同時に水城に歩み寄る。
『お疲れ様』と言って声を掛ける鯉登に水城は『音之進もね』と笑って返した。
すると青年が問いかけ、その問いかけに水城は目を瞬かせ青年を見た跡、チラリと鯉登とアシリパを盗み見した。
二人とも『こいつと…?』とお互い嫌そうに目を合わせており、それが可笑しくて水城は噴き出してしまう。
「あ、あの…」
「ごめんなさい…ふふ…そうね…せっかくだし、二人とも撮ってもらってもいいんじゃないかしら」
突然笑い出した水城に青年は戸惑いが隠せず、鯉登とアシリパを見る。
二人はお互いを嫌そうに見つめており、その様子から青年は何か失礼な事でも言ってしまったのかと不安に思ったが、水城が笑っていたため訳が分からなくて余計に困惑してしまった。
そんな青年をよそに水城は椅子から立ち上がりアシリパの後ろに回って肩に手を置いてアシリパを押して椅子に座らせる。
「お、おい!水城!私はまだ撮るとは…」
「駄目かな?私、音之進とアシリパさんの写真が欲しいな」
「…………」
背中を押されて椅子に座らされたアシリパは、後ろに立つ水城に抗議するが、数秒で落ちた。
『ン"ン"ッッ』と既視感を覚える声を零すアシリパを見て鯉登は『もうちょっと頑張れ!』と思ったが、口にしなかった。
何故か…自分がアシリパならあの攻撃には跳ねのける事は出来ないからだ。
女の恰好に戻っているというのもあって水城は薄っすらだが化粧をしている。
化粧がなくても可愛い(二人視点)のに可愛くなるために化粧をされたため、その可愛いと可愛いを混ぜて最強に可愛くなった姿(二人視点)でコテンと小首を傾げてお願いされれば落ちる。
即、落ちる。
落ちる以外の選択肢などありはしないくらいに落ちる。
しかし、アシリパに同情している暇はなかった。
アシリパが大人しくなり、今度は鯉登の番らしく、水城がじりじりと近づいてきた。
「お、おい…雪乃…何故近づいてきている…」
「だって音之進が逃げるんだもの…ね、音之進…お願い…私音之進とアシリパさんの二人が写ってる写真が欲しいな」
「や…やめろ!そんな捨てられた子犬のような目で私を見るのはやめろ!!!」
嫌な予感がしてジリジリと近づく水城に、鯉登もジリジリと逃げる。
鯉登が弱いのを知っていて水城はわざとウルウルと目を潤わせて悲し気に見つめる。
それさえも分かっているのだが、どうも水城には滅法弱い鯉登には効果てきめんだった。
結果、鯉登は椅子に座るアシリパの後ろに立っていた。
「…………」
「…………」
ザ☆無言、である。
お互い顔を合わさないように顔を背け、不機嫌そうにムスッとさせており、一応カメラには収まる距離ではあるが、その距離もあからさまに空いていた。
「えっと…」
青年はチラリと水城を見る。
水城はニコニコと笑っており、その笑みに怒りは見えない。
「と、撮りますので動かないでくださいねー」
とりあえず、青年は平和的解決を選んだ。
それはすなわち、一瞬で見えた力関係の頂点に従う事を決めたのだ。
数分の時を経て、カメラは不貞腐れた美少女美男を写し終えた。
「後は現像するだけなので、また…えっと…」
予定以上の時間になってしまったが、何とか無事(?)に終わった。
予定時間を過ぎたので、現像できる時間を計算しようと時計を見た時、子供が突然泣き出した。
『すみません!』と水城達に一言謝り青年は慌てて息子の元へと向かった。
「どうしたのかしら」
「突然泣き出したな…嫌な夢でも見たのか?」
愚図っていた時とは違い、その泣き方は本泣きともいえる豪快な声で泣いていた。
まさにおぎゃあおぎゃあと泣く赤ん坊に水城とアシリパはお互い顔を見合わせ首を傾げる。
衝立の奥から『ど、どうした?』『泣き止んでくれよ〜』と困ったような声が聞こえたので水城は我慢できず衝立の方へ歩み寄り、顔を覗かせる。
「大丈夫ですか?私、変わりましょうか?」
「へ!?い、いえ!お客様にそんな事頼めませんよ!」
見る限りあやし方がぎこちなく見えたため、新米パパなのだろうと推理する。
顔を真っ赤にして泣く姿を見て見ぬふりは出来ず、声を掛ければ首を振られた。
まあこちらは他人だしお客なため青年の断る気持ちも分からなくはない。
しかし、余計に泣き出してしまい、青年の瞳もうるうると濡れていくのを見て水城は要らないおせっかいかもしれないと思いながらも放っておけず手を差しだした。
「ほら、変な意地を張らないで…貸してみせて」
「うぅ…すみません…お願いします…」
ぎこちなさは自分でも分かっていたのか、水城の申し出に青年は素直に答え、息子を水城に渡す。
父から他人の手に渡っても赤ん坊は泣き止まず、真っ赤な顔をして涙をぽろぽろと流していた。
「どうしたのかな〜?」
優しい声で問うが、当然赤子だから返事は泣き声しか返ってこない。
それでも水城は優しく声を掛け、息子にしていたように子供を横抱きにしてポンポンとお尻を軽くリズムよく叩く。
ついでにお尻の湿りを手で確認したが、どうやら排泄ではないようだった。
「これはもしかして…お腹すいたのかな…?」
赤子によって泣き声は違う。
しかし、母の勘なのか赤ん坊が泣いている理由を何となく気づく。
排泄の不快感で泣いているわけでもなければ、愚図りで泣いているわけではなく、赤ん坊は空腹で泣いていた。
水城の言葉を聞き、青年は時計を見る。
「あ…そういえばもうそろそろミルクの時間ですね…」
赤ん坊は一日に三食の食事ではなく、授乳なら一日に8回〜10回ほどが目安となっている。
間隔にすると大体3時間置きに与えるのだが、授乳ではなくミクルなら3時間以上置いて、一日6〜8回が基本的な目安となっている。
ミルクは母乳に比べて消化吸収が遅いため、授乳より少ない回数なのだ。
片親で、父親しかいないので、当然水城の腕にいる青年の息子はミルクを飲んでおり、最後に与えたミルクから3時間以上経っていた。
「普段はミルクを?」
「はい…流石に他人の子供に授乳してくれる女性はいませんからね…」
どうやら近所付き合いはあまり得意ではないのか、それともこのご時世困ったときはお互い様など通じないのか、赤ん坊はミルクで育っていた。
とはいえ、ミルクで育っているからと悪いわけではないので水城はそこは否定しない。
一瞬自分はまだお乳が出ると考えたが、流石にそこまで余計なお世話をしていいのか迷った。
するとアシリパが思い出したように水城に声を掛ける。
「そういえば水城はまだお乳が出ると言っていなかったか?」
「え?うん…まだ出るよ」
「じゃあ水城がお乳を飲ませてやればいいんじゃないか?」
アシリパの言葉に驚いたのは男性陣だけだった。
水城は同じことを考えていたのもあり、『そうね』と頷いていた。
迷惑ではないかと悩んでいたが、アシリパに背中を押されたのだろう。
アシリパはアイヌだ。
アイヌは子供を大切に育て、村で子育てをする。
そのため、片親で父親しかいないのなら、お乳が出る女性に授乳を頼むのは日常茶飯事だった。
そのため、和人よりも子供に他人を預けるという事に抵抗はないのだろう。
しかし鯉登と青年は、乗り気の女性陣達に困惑気味だった。
和人は基本子育てはその家庭だけで育てる。
周りに迷惑をかけてはいけないという考えだからだ。
鯉登は恋人がいくら恋愛感情がなく人助けのためとはいえ、他人の赤子にお乳を与えるという事に少し抵抗があった。
しかし、その半分では困った人を放っておくこともできないというのもあった。
結局、流石に赤ん坊相手に大人気ないと思ったのか口を噤む事にした。
「流石にそこまでお世話になるわけには…いつもミルクを飲んで大人しくなるのでミルクでいいですよ…」
「別に私は構いませんよ…今は息子と離れていてこのお乳も与える相手がいなくて無駄になるだけですし…それにあなたもたまにはお乳が飲みたいわよねぇ〜」
ミルクで育てる事が悪い事ではない。
ただ、これは水城の我が儘でもあった。
息子である静秋とは離れて久しく、最近では授乳よりも定期的にお乳を出すことの方が多い。
相手が静秋ではないのは残念だが、無駄になるよりは他人の子供でもその子の為になる方がいい。
それにミルクを飲ませる事に否定的ではないが、母の味を味わうことなく成長してしまうのも何だか勿体ない気がした。
何より、この行為は北海道に置いてきてしまった息子への罪滅ぼしでもあった。
青年はチラリと鯉登を見た。
水城の夫である鯉登の顔色を見ると、その視線に気づいたのか鯉登は水城から青年へと視線をやり、苦笑いを浮かべる。
「すまないな…もし迷惑でなければ妻の好きにさせてもらえないだろうか」
「め、迷惑だなんて…むしろこちらが迷惑をかけてしまっているわけですし…本当にいいんですか?その…奥様に授乳させていただいても…」
「構わない…雪乃がそれを望むのなら…」
そう言いながら鯉登は水城を見る。
その視線に青年は何も言えなくなった。
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