(219 / 274) 原作沿い (219)

流石にその場で授乳は憚れるので、部屋を借りてそこで授乳する事になった。
他にも予約は一応あるが、次の予約は夕方に入れているのでまだ時間に余裕があった。
仕事場兼住居になっているらしく、住居エリアに移り、空いている部屋に水城を案内した後、客間に鯉登とアシリパを案内する。


「お茶を淹れてきますね」


そう言ってアシリパと鯉登のいる客間を後にして青年は台所へと向かう。
台所に向かうとまずはお湯を沸かした。
水がお湯になるまでの間に自分含んだ4人分のお茶を用意するもすぐに手持無沙汰になる。
お茶菓子も出し終え、やかんの注ぎ口から煙が上がるのをただぼうっとしながら待つ。


(あの人たち…何か引っかかるなぁ…)


ぼうっと待っているとやはり考えるのはあの三人の関係性だった。
気にしないようにしながらも、どこか気になっていたせいなのもあり、ついつい暇故に考えてしまう。


(本当に夫婦なのかな…)


鯉登は妻と言っていたし、水城からは何も言われず、むしろ嬉しそうにしていた。
雰囲気も甘かったが、どちらかと言えば夫婦というより恋人に近いと感じた。
商売柄水城を妻扱いしたが、本当は妻ではないのかもしれない。
そう考えていると青年はハッと何かに気づき、唖然とした表情で口元に手を持っていく。


(もしかして…本当に愛人なのかな……家じゃ肩身の狭い思いしてたり…別に暮らしていて正妻の手前中々会いに行けなかったりとか…だから初々しいのかな…)


青年は妄想の続きを構成した。
妻と鯉登は言ったし、それに水城は嬉しそうにしていた。
そのことから二人が男女の仲なのは間違いないだろう。
写真師として多くの客や家族をカメラに移してきた青年は雰囲気を感じ取る事に長けている。
そのため、夫婦にある空気を二人から感じ取ることは出来なかった。
新婚夫婦にせよ、熟年夫婦にせよ、夫婦は夫婦の空気があり、恋人は恋人の空気があり、片思いなら片思いの空気がある。
彼女達の空気は夫婦というよりは、恋仲の空気に近かった。
しかし、それでは彼らの会話が余りにもかち合わない。
水城は息子がいると言っていた。
気まずくなった空気を何とかしようという思いもあっただろうが、それにしては子供がいるなど嘘をつくだろうか。
それに赤ん坊である青年の息子の扱いも手慣れていた。
そのことから息子がいるのは間違いないだろう。


(きっと別々に暮らしているんだ…だから旦那さんの反応が薄かったんだな…)


青年は妄想をそのまま続け、脳裏に水城が赤ん坊をあやしていた時の鯉登の姿を思い出す。
鯉登は一歩離れて立っていた。
まあ、他人の子供だからそんな反応は可笑しくはないが、赤子に慣れている様子はなかった。


(……まてよ…もしかして…二人の子供は死んでしまったのでは…?)


ふと、青年は水城の親切さに疑問を持った。
大体、この世知辛い時代…赤ん坊が泣いているからとお乳まで与えてくれる親切な人がいるだろうか。
青年の周りには子供はいても乳飲み子がいる家族はいなかった。
そのせいで授乳をしてくれる人がいないため、ついそう思ってしまう。
そして出した答えは極端な物だった。


(だから樺太まで旅行に来たのか…)


水城が授乳したいと言った時の鯉登の表情。
その表情はまるで悲し気で、しかし、愛おしげだった。
その時の彼の表情を見て青年はこれ以上断れなかったのだ。
まるで、子を失った妻が楽し気にする姿を安堵して見る夫のようだった。
お前説明長いな、と突っ込まれながらも青年の頭の中ではすでに水城と鯉登は傷心旅行に来た夫婦という設定にされた。
そして、詳しい設定はこうだ。
水城は鯉登と心から愛し合っている。
しかし、水城の傷のせいで正妻にはなれず、鯉登の家柄から両親や親戚から見合いを勧められるも断っても結局は言う事を聞くしかなく、仕方なく正妻を迎えることになった。
しかし、水城への想いは揺らぐことはなく、二人は愛し合い、そして子を設ける。
だが、愛されて生まれてきた息子は死んでしまった。
悲しみに暮れる水城を見ていられず、鯉登は水城のために旅行に連れてきた。
そこで青年と青年の息子と出会う。
青年の息子は何の偶然か、亡くなった息子と同い年、または近い年齢だったのだ。
水城は息子を失くしても、子を産み落とした事は覆らない事実だ。
乳を飲ませる子がいなくても体からは乳飲み子のお乳が出てくる。
ナーバスになりかけた時に青年の息子と出会い、お乳を与えるという事で過去を吹っ切った(確信)。
青年の中で水城と鯉登はこんな設定にされていた。


(お茶とお菓子…高いのあったよな…)


お客様用の保存が効くお茶菓子を仕舞い、棚にしまっていた高級菓子と高級なお茶をそっと手を伸ばす。
青年は同じ子供を持つ父親として、彼らに同情した。

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