薄暗い部屋。
そこに一人の少女がいた。
少女は何もせずただ部屋の隅に座って呆けていた。
「雪乃様…」
部屋の外でカナが心配そうに立ち、声をかける。
しかし主人からの返事はなく、カナは唇を噛んで泣くのを我慢する。
――あれから数ヶ月経った。
この数か月の間色々な事が起こった。
まずは菊之丞達の事。
あれからすぐに警察が駆けつけ菊之丞をはじめとする雪乃に危害を加えた男達は全員逮捕された。
ついでに菊之丞が経営している売春宿も閉店となり、その関係者も連行された。
実は菊之丞は儲けの為に女達を違法に売りさばいており、前々から目を付けられていたらしい。
だが中々尻尾を出さないので手を出すにも出せなかったのだとか。
こう言ってはダメなのだが雪乃の事件は乗り込むいい切っ掛けになったのだろう。
鯉登に殴られた菊之丞は勿論病院送りだ。
顔は変形――はせず、あれでいて鯉登は手加減したらしく相変わらず整った顔のままだ。
だがそんな母似の女顔が女っ気のない刑務所に放り込まれればどうなるか…誰もが予想できるだろう。
母である静子は倒れてしまい、食事も喉を通らず痩せてしまった。
再び血の繋がった息子が愛娘を傷つけた…それも強姦し顔に消えない傷をつけたのだから無理もないだろう。
雪乃に謝ろうとしても雪乃は部屋からでず、あれから誰も顔を合わしてもいない。
親しい人間である母、トメやカナ、次兄の吉平でも駄目だった。
鯉登でさえ雪乃は一切反応しない。
ただ、父である秋彦にだけは反応を示した。
恐らく幼い頃山賊に襲われたところを助けたからだろう。
父だけが雪乃の支えだった。
しかし…―――
―――その父も今やいない。
秋彦は死んだ。
仕事中、故障した飛行機が秋彦がいる場所へと突っ込み父諸共その場にいた全員が死亡したという。
それからますます雪乃は部屋に閉じこもってしまった。
川畑家の当主は亡き父の遺言通り吉平が継ぐことになった。
吉平は時々妹の様子を見にくる程度にしかこの九州にある実家には立ち寄らない。
だが色々医者を送るのだから吉平は吉平で妹を心配しているのだろう。
あれから1年も経っていないのに本当に色々な事が立て続けに起こり、カナはまだ1年経っていない事に違和感を感じるほどだった。
「お嬢様…音之進様からお手紙が届いておりますよ」
雪乃の事を気遣って雪乃の部屋の周辺には誰も近寄らない。
今やカナしか近寄らないそこはとても静かだった。
静子はあまりの罪悪感で雪乃と顔を合わす事ができず、静子も引きこもりがちになった。
今は姉であるユキが気遣って様子を見に来てくれるが、雪乃はカナ以外いなかった。
鯉登も手紙を送ってくれるが、あれ以来雪乃は鯉登の手紙を読むどころか触れる事さえしない。
あれほど想い合っていた仲だというのに…
雪乃は今では見向きもしなかった。
「お嬢様が読まなかったら私が読んでしまいますよ…」
その手紙達はカナが大事に取っている。
封も切ってもらえず、読んでももえない手紙達を入れている箱をカナはいつも一日一回は覗いてあげる。
そうすることで役目を果たせなかった手紙達が浮かばれると思っているから。
そして、手紙に気持ちを込めた鯉登の想いが少しでも雪乃に届くように。
(お嬢様…お嬢様が閉じこもってから…この屋敷は冬のように冷たいです…)
今日も雪乃からの返事はなく、カナは雪乃の部屋の襖に手を伸ばし、そう心の中で呟く。
言葉にして言いたいが、それでは雪乃の負担になると思い言えなかった。
あんなに暖かかった屋敷が雪乃が閉じこもってからまるで真冬のように凍えるほど冷たくなった気がした。
皆雪乃や静子が閉じこもり、元気をなくしていた。
それほど菊之丞達がしでかした事件は川畑家の人間達の心に深い傷を残したという事だ。
(大丈夫…うん、大丈夫!きっといつか笑顔を見せてくれる時がくるわ!それまで私がお嬢様を支えるのよっ!)
流石に何の反応もないとカナも落ち込んでしまう。
しょんぼりと肩を落とすカナだったが、『自分まで落ち込んでいては雪乃様も元気になれない!』とハッと我に返る。
自分で自分を元気づけ、グッと拳を握り弱きなっていた気持ちに気合を入れる。
「お嬢様っ!何か御用がありましたら呼んでくださいね!私すぐに駆けつけますから!!」
元気な明るい声でそう言っても雪乃からは返事はない。
それでもカナは雪乃がまた以前のように笑ってくれる事を信じていた。
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