(226 / 274) 原作沿い (226)

次の日、水城はアシリパと外に出ていた。
アシリパも鯉登も水城を独占したい。
しかし、それはお互いが許さない。
血を血で洗う戦争の結果…一日交替で水城を独占するという停戦協定を結んだ。
そのため、今日一日はアシリパが水城を独占する番である。


「おい水城!見ろこれ!」


鯉登(邪魔者)もおらず、水城と二人きりという事でアシリパの機嫌はよかった。
ルンルンと花を飛ばしながら街を出て、森の一歩手前まで歩くとアシリパが何かを見つけたらしく、後ろを歩く水城に手招きをする。
水城は街で買ったサラシを巻いていつもの軍人の姿になっていた。
背嚢と銃を背負い、手招きするアシリパの元へと向かう。
『これだ、これ』と指さす方へと視線をやれば、そこには真白な雪の上に小ぶりな足跡があった。


「これ水城が言ってたクズリの足跡だろ?私はクズリに会えなかった」

「そうね、これはクズリの足跡ね…あいつらヒグマより素早くて狂暴なんだよねぇ…」


クズリに対してあまりいい印象はない。
初対面であの熊が逃げるほどの凶暴さを見せられたのもあるだろう。
それでなくても人間は熊に対してあまりにも非力だ。
その熊より強いという存在に背筋が凍るのも無理はない。
クズリの足跡を見て水城はそう零しながら、クズリの姿がないか周りを警戒する。
そんな水城をよそにアシリパはビシリと指さした。


「よし!クズリを獲るぞ!!」

「えっ」

「せっかく樺太に来たんだから帰る前に水城も脳みその味を知りたいよな??」

「脳みその味なんて全部一緒でしょうが!」


クズリの恐ろしさはアシリパにも伝え済みだ。
だが、クズリの恐ろしさよりも脳みその味に興味があるのか、あれほど恐ろしさを伝えたのにかかわらず、アシリパはクズリを獲物認定した。
水城が脳みそ好きだと認識しているアシリパの言葉に水城はすかさず突っ込んだ。
まあ、たしかに?アシリパと離れたから?脳みそは?食べて?ないとは思っていたけども???
と思ったが、アシリパには言わないでおいた。


「山に入る前に火を起こしてお祈りしよう」


森に入る前に『カロプ』と呼ばれるくまの皮や爪で作られた火打ちの用具入れを取り出す。
その中から『カラパシシントコ』と呼ばれる火付け炭入れを取り出した。
その中には『カラパシ』と呼ばれるきのこを炭にして砕いたものが入っており、『カラスマ』と呼ぶ火打ち石に、『カラカニ』と呼ぶ火打ち金を打ち付けて火花を落とす。
火種を作ると『チキサニ』というストロー状の木の根でシラカバの皮に移す。
この作業を経て、儀式が完成する。


「新しいアイヌの女なのにそういう儀式はいつも大事にするのね」


座って儀式を行うアシリパの姿を見つめ、思った言葉を呟く。


「山に入るといっぱい危険がある…こういったものは気を引き締める効果があるんだと思う」


アシリパは新しいアイヌの女ではあるが、だからと言ってアイヌの神々や風習などを蔑ろにしているわけではない。
新しい物を受け入れながらも、こうして昔から受け継がれている物も守り続けていた。
アシリパは水城の問いに答えながらカロプを見る。


「マッチがあるからもう私達は猟に出るときくらいしかこの道具を使わらなくなった……どうすれば残せるんだろう…」


マッチがアイヌに広まるまで、この道具で火を起こしていた。
しかし、今は猟以外に使うことはなくなり、必然と出番が失われていく。
だが、それはこれだけではない。
アシリパが生まれる前からあった伝統的な道具がどれだけ役目を奪われ消えたのか。
それをアシリパは呟いた時…二人の男達が近づいてきた。


「アイヌの子供!!今のは大変興味深かった!!もう一回最初からやって見せてくれないか!?」


森から駆け足でやってきたのは二人の男達だった。
1人は日本人だが、もう一人はその容姿から外国人だというのが伺えた。
日本人の男はアシリパの儀式を見て慌てて駆け寄ってきたらしく、水城は肩にかけている銃を手に触れる。


「何だよお前ら…いきなり…」


カチャ、と銃の音が零れる。
男達は興奮しすぎているのか、水城が警戒していると気拭いておらず、興奮をそのままに水城の問いに応える。


「撮影だ!活動写真の!」


活動写真、と聞きアシリパは首を傾げる。
写真の意味は分かる。
二度も写真を撮ったので、覚えたのだろう。
ただ、『活動』という意味が分からなかった。
『なんだそれは』と言いかけた時…上からクズリが落ちてきた。


「「出たーーーッ!!」」


クズリの姿に水城とアシリパが同時に叫んだ。
クズリは日本人の背中に降り、彼の背中に噛みつく。
幸いなのは肉ではなく、服に噛みついたことだろう。


「うおおお!!なんだこいつは!!」


他県から来たのかクズリの事は知らない様子だった。
驚く男をよそにアシリパは突然現れたクズリに弓を手に取る。


「引き剥がせッ!毒矢で射る!!」


その指示に水城は素早く動き、日本人の男の背中に襲い掛かるクズリの毛と肉を掴む。


「投げるよ!!」


クズリの肉を掴んで水城は投げ捨てる。
その姿を外国人の男は撮り逃がさないと言わんばかりに肩にしょっていた箱をアシリパと水城に向ける。


「アシリパさん!後ろにもう一匹来てるッ!!」

「!」


クズリは一匹だと思っていた。
しかし、水城は男に襲い掛かっていたクズリを投げ捨てた際、アシリパの後ろから迫るもう一匹のクズリが視界に入り声を上げて知らせた。
その知らせにアシリパは、後ろに迫るクズリへと標的を替え、弓矢でクズリを射る。
続けて水城に投げ捨てられたクズリがアシリパに向かって迫って来てたので、アシリパはもう一本弓を取り出し放とうとした。
だが、間に合わないと思った水城の撃った銃によって、アシリパの矢が射抜かれる前にクズリは倒されてしまう。


「素晴らしい!!今の撮ったか!?」


弾は奇跡的に当たった。
ノーコンの自分の弾が当たり、水城は自分でも驚いていると、日本人の男が不用意に水城の銃で撃たれて倒れたクズリに近づく。
それを見て水城はハッとさせ叫ぶ。


「近づかないで!!まだ毛が寝ていない!!」


水城がそう叫び警告した瞬間、倒れていたクズリがガバリと起き上がった。
日本人の男は驚いたが、男に襲い掛かる前にクズリはアシリパの矢によって絶命した。
アシリパの矢で絶命し、今度こそ動かなくなったクズリを見て、日本人の男は腰を抜かしたようにその場に座り込んだ。


「大丈夫?」

「あ、ああ…」


座り込んだ男に水城は歩み寄って手を差しだした。
その差し出された手を取り、男は立ち上がる。


「怪我がないみたいだな…よかった…」


男の体を見ると怪我がないようで、水城は安心したように笑った。
その笑みに男は安堵に似た息をつく。
アシリパのしていた儀式への興味と興奮で反応が薄かったが、それでも水城との初対面では『恐ろしい軍人』という印象だった。
その印象が笑顔で覆した。
とは言え、水城の事は男と思っているためドキンともしないのだが…この場面を恋人が見たらさぞや面倒臭い事になっていただろう。
獲ったクズリはその場で捌いて食べることにした。
流石に二人では食べれる量ではないので、日本人と外国人の男達も一緒に食卓を囲んだ。


「水城!初めて獲物に銃が当たったな!偉いぞ!ほら!ご褒美の脳みそだ!!」

「あ…うん……ありがとう…」


皮を剥ぎ、肉を取り、まず口にしたのは脳みそだった。
脳みそがご褒美と言われ、水城は一瞬『えっ』と思ったが、キラキラと目を輝かせニコニコ顔で脳みそが乗っているスプーンを差し出してくるアシリパに、水城は何も言えなかった。
目の前でグツグツと煮込まれ美味しそうな匂いを漂わせているのに、ご褒美が生の脳みそだった。
はたして、銃が当たった事に対して純粋に喜んでいいものか…水城には分からなかった。


「で…あんたらここでなに撮ってたの?」


どんな種類の動物の脳を食べても、結局出る感想は『ん〜〜やっぱ一緒の味に感じる』だった。
そんな水城を無視し、アシリパは自分も脳を食べながら『クズリ食べれてよかったな?水城??ヒンナヒンナだな???』とまた脳を食べる。
パクパクと美味しそうにクズリの脳を食べるアシリパに水城は遠い目を浮かべながら、傍で温かいスープを食べる男達に問う。
日本人の男はアシリパに渡された温かいスープを飲み込んだ後、水城の問いに答える。


「樺太アイヌの狩りを撮影させてもらっていたんだが…いつの間にか男達とはぐれてしまったんだ」

「それは写真とは違うのか?」


どうやら二人はこの土地のアイヌの狩りを"撮影"していたが、そのアイヌの二人の男達とは逸れてしまったようだ。
探している時にアシリパの儀式を見て、急遽その儀式も撮りたいと思い近づいたのだとか。
写真とは異なる"撮影"にアシリパは疑問を投げかけた。


「これは『シネマトグラフ』という物の撮影機材だよ」


アシリパの疑問に日本人の男が答えた。
どうやら外国人の男は日本語があまり得意ではないようである。
活動写真とは明治時代、そして大正時代における映画の事を指す。
元々は『幻灯機』の事を指すのだが、後に意味が変わり映画を指すようになったという。
その他にも自動幻画、活動大写真など、様々な呼称がある。
今でいう動画である。


「我々はシネマトグラフを使ってアイヌ文化をたくさん記録してきた」


そう説明する男の言葉に、アシリパは目を輝かせ見つめた。

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