パシン、と乾いた音が寒空の中、響く。
「まず最初は『パナンペ・ペナンペ物語』だ!」
威厳のある声もついでに響き、もう一度パシンと音が続いた。
サングラスを掛け、ディレクターズチェアに乗る声の主であるアシリパのその姿は、まさに映画監督だった。
足を組み、手を丸めた台本でパシンパシンと叩く姿は、どこをどう見ても大物監督だった。
『かっこいいよ!アシリパさん!!』と褒めちぎる水城に、アシリパはフッと笑い『フッ、よせ…』とクールに返した。
そのクールな返しや表情に、水城は赤くなった頬を手で抑えて『はわわ…か、顔がいい〜〜っ!』とメロメロだった。
そんな水城に恋人が不貞腐れたのは言うまでもない。
「
川下の者 川上の者という意味でこの二人の
昔話は沢山ある」
今回、アシリパ達は活動写真を撮ることになった。
というのも、二人の活動写真である、日本人の稲葉勝太郎と、フランス人で撮影技師のジュレールに活動写真を見せてもらった。
その写真とは違う表現方法に、何か一つでもアイヌの物を残したいと思っていたアシリパが、この活動写真でアイヌの物語を残せないかと思い協力してもらったのだ。
最初は渋った男も水城の『アシリパさんは命の恩人だろうが』という893さん並みの脅し……もとい、助け船によって快く協力してくれることになった。
快く。(大事なry)
アシリパが動画に残したいものは、川下の者という意味のパナンペと、川上の者という意味のペナンペの物語だった。
いつもパナンペが何かで大儲けして羨ましがったペナンペが真似するが、ペナンペという男はクズなため失敗するという、和人で言えば『こぶとり爺さん』のような話である。
「…おい…なぜ私達が呼ばれた…」
今日はアシリパが愛する恋人を独占する日であった。
それが腹立たしくて、部屋に籠って鶴見からの電報を朝から見つめて心を鎮めていたというのに…何故かこの寒空の中、鯉登は月島共々呼び出された。
しかも月島と自分だけではなく、白石、谷垣、エノノカ、ヘンケ、更にはあのロシア人まで呼び出されていた。
水城がアシリパに骨抜きにされているのが気に入らなくて苛立ちを込め、ついでに八つ当たりも込めてそうポツリと地を這うような声で零す。
そんな鯉登にアシリパは『あん???』と座って鯉登を見上げているというのに、見下ろすように見る。
「私と水城だけでは役者が足りないからだ…なんだ、不服か?今日は私が水城を独占する日だというのにわざわざお前を呼んでやったんだぞ?それのどこが不満なんだ???んん???」
「…そのドヤ顔やめろ切り刻むぞ貴様――――そうではなく!アイヌの昔話を残したいだけならばお前だけでよかろう!!雪乃と私を巻き込むな!!月島を貸してやる!私と雪乃以外でやってろ!!」
「だから人数が足りないと言っているんだ!!語るだけでは意味がないんだ!演技をし、それを観るからこそ記憶に残るんだ!!」
「人数などその辺の人間を捕まえてやればいいではないか!!」
ビシリと丸めた台本で鯉登を指さし、鯉登は指を指し、アシリパは鯉登と怒鳴り合う。
それに慣れていない活動家の二人はおろおろとさせていたが、慣れている白石達は『またやってるよ』と気にも留めていなかった。
「き、聞き書きした脚本です…」
微動だにしない水城達を見て、このやり取りは…というかこの二人の不仲感はいつもの事なのかと察し、アシリパから聞きながら書いた即席の脚本を水城達に配る。
水城も渡された台本を開き役者の欄を見た。
自分の役は何だろうかと思って見るも…
「あれ…アシリパさん、私の名前がないんだけど…」
水城の名前がなかった。
白石はクズのペナンペ役、月島はその奥さん役と書かれており、鯉登にも役があるのに、水城の名前はなかった。
それを首を傾げながら疑問に思えば、子供の喧嘩をしていたアシリパは、その問いに鯉登との喧嘩をやめて水城を見た。
「水城、お前には一番重要な役を与えている」
「重要な役?主役のパナンペ役は頭巾ちゃんって書かれてるんだけど…」
一番重要な役と言われ、もう一度役者の欄を見る。
やはりそこには水城の名前はなく、主役の欄には水城達を襲いここまで付いてきたロシア人の頭巾ちゃんと書かれており、その奥さん役が鯉登となっていた。
主役を頭巾ちゃんにした理由は分からないが、明らかに奥さん役を鯉登にしたのは嫌がらせだろう。
ちなみに、頭巾ちゃんと呼んでいるのは、名前を知らないためだ。
月島もロシア語で帰るよう何度も伝えているため、水城達はそこまで関わる気はない。
しかし、どんなに追い払おうとしてもロシア人は付いて来るので、いつの間にか、頭巾をかぶっていることから頭巾ちゃんと呼ぶようになった。
首を傾げる水城に、アシリパはパチンとディレクターズチェアのひじ掛けを可愛い手で叩く。
しかしその顔はどや顔を浮かべていた。
「お前は私の座布団という名の役目があるだろう??」
どやっ、と意味の分からない事を言い出すアシリパに白石と月島は遠い目をした。
そして、白石の隣で『ア、アシリパさんったら…もう…』と何故か照れる天然記念物に、二人は更に遠くを見つめた。
そしてそして、無言で軍刀を抜く鬼神の気配に二人は…むしろ白石は目を瞑って現実を見ないようにしていた。(月島は無の境地だった)
「貴様…!!私の雪乃を座布団にするとは何様だ!!!そもそもなぜ私が女役なのだ!!普通は私と雪乃が夫婦役だろうが!!なぜ得体のしれないロシア人と夫婦にならなければならない!!!」
「決まっているだろう!!嫌がらせだ!!!」
「貴様ァァ!!!」
鯉登のブチ切れ5秒前な形相に臆せず、アシリパははっきりと言い切った。
某海賊漫画ならば背後に『ドンッ!!』と効果音が見えていただろう。
そんな勢いだった。
その言い切ったアシリパの言葉にブチ切れ5秒前どころか、すでにブチ切れていた鯉登は抜いた軍刀をアシリパに向けた。
それには慌てて月島が後ろから羽交い絞めにして抑える。
『お、落ち着いてください!!』と月島が必死に抑えている間にもアシリパは水城を呼び、ディレクターズチェアに座らせた後、水城の膝の上にアシリパが乗った。
その間も足を組み、ドヤ顔を見せていた。
「杉元!!何関係ない顔しているんだ!!!鯉登少尉殿を止めろ!!お前が原因だろう!!!」
「え〜???でもぉ、アシリパさんが決めた配役だしぃ〜」
「お前のそれは配役じゃないだろうが!!面倒臭がるな!!!」
この場で一番の労働を強いられているのは月島だろう。
キエエエと猿叫をしながら、少女相手に大人気もなく軍刀を振り回す上官を、月島は必死に止めた。
それはもう筋肉という筋肉を駆使して。
しかしそれでも鯉登の怒りは収まらない。
夫婦役があるのなら、当然水城と自分は夫婦役だろうと思っていたのが、台本を開いてみれば水城と夫婦ではないうえに、得体のしれないロシア人と夫婦にされ、更には自分がその奥さんとなっていたのだ。
怒るのも無理はないだろう。
しかし、本当に、アシリパと鯉登は反りが合わない。
暴れる鯉登を、アシリパは水城というクッションに身を委ねながら『ハンッ!!』と鼻で笑って見せた。
それが更にヒートアップすると分かっての事である。
言わば嫌がらせである。
お姉ちゃんを取られた腹いせである。
「雪乃も雪乃だ!!確かにアシリパの独占を許可したがそこまで許可した覚えはないぞ!!!少しは嫌がらんか!!!」
「え…いや…だって…嫌じゃないし…」
そうなのだ。
水城は本気で嫌がっていない。
本気で嫌がっていないからこそ、困るのだ。
水城の言葉に、頭に血を登らせていた鯉登も少し冷めたのか、グッと言葉を飲み込んだ。
本当に、このポンコツ上官は恋人にめっっっっっちゃくちゃ弱い。
月島は少し力が抜けていくのを感じて、少し安堵しつつそう愚痴る。
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