(230 / 274) 原作沿い (230)

懐いているお姉ちゃんを取られ、お姉ちゃんと気に入らない彼氏面の男の邪魔をしようとするアシリパを白石が引き留めていると、映像がパッと変わったのに気づく。


「あれ?これもこないだ撮ったやつ?」


そちらに目をやれば、見慣れた家が映っていた。
思わずアシリパと水城に問えば、二人も映像が変わっているのに気づき、その映像に首を振った。


「いや…」

「樺太アイヌの家じゃないよね?」


その映像には真っ白な雪景色に見覚えのある素材で作られた家。
アイヌの家なのは分かったが、それがどこの家なのかまでは分からなかった。
樺太アイヌの家かと思ったが、樺太アイヌの家は北海道アイヌの家と全く作りが異なるため、違うのだけは分かった。


「ジュレールがお嬢ちゃんを撮影していて気になる事があったのでこの活動写真を見てほしいそうだ」


稲葉曰く、この活動写真は10年前に稲葉達が小樽で撮影したものらしい。
小樽…そう、映っている映像はアシリパの村だった。
続いて映ったのは、一人の男性と、女性と老婆だった。
儀式をしているのか、男性が前に出て道具を手に踊っていた。
その傍には女性が踊りに合わせて手を叩いており、後ろには見覚えのある老婆が同じく手を叩いているのが見えた。
水城はその老婆に見覚えがあり、脳裏にある人物を思い浮かべる。
それは水城自身も、息子である静秋も大変お世話になっているアシリパの祖母だった。
水城が『あの人、アシリパのお婆ちゃんだよね?』と聞こうとしたのだが…


「アチャ!?」


アシリパは祖母ではなく、映像中央で踊るその男を見て驚きの声を上げる。
その声にその場にいた全員が、その映像に映る男に目線を向けた。
全員が向けた目線の先にいるのは、額に横一線、左の額から頬にかけて縦一線に残る顔の整ったヒゲの生えた男だった。
アシリパはその男性を父と呼んだ。


「え?これがウイルク?」

「のっぺら坊はこんな顔だったのか…」


白石達が驚く中、水城も目を丸くして映像を見ていた。
水城達が知っているウィルク…のっぺら坊は、皮を剥がされた顏しか知らない。
確かに、アシリパと同じ青い瞳を持っており、この場で唯一のっぺら坊の素顔を知るアシリパが、その男を父と呼ぶのだからそうなのだろう。
老婆はアシリパの祖母、中央で踊る男はのっぺら坊…そして…水城は傍で手を叩いている女性に目をやった。
その女性は…誰かに似ている気がした。


「じゃあ、この隣の女性は…」


水城の呟きに応えたのは、この映像を撮った稲葉だった。
稲葉は水城の呟きに、女性を見る。


「ジュレールはこの女性があなたにそっくりだって」


その言葉のタイミングで、儀式は終わったのか、続いて女性が中心に映っていた。
その映る女性にアシリパはジッと見つめ、ポツリと呟く。


「明るくて晴れの日みたいな人だったって…アチャが…」


映像はアイヌの日常や儀式を撮影していたらしく、貴重な当時の映像が多く流れていた。
村で一番偉いというのもあってか、アシリパの祖母一家を中心に撮影されていた。
映像のほとんどにアシリパの母が映り、アシリパの母の表情もそれに合わせるように変わり、確かに晴れの日のように明るく、周りに笑顔をもたらす女性だった。


「素敵な感じの人だなぁ」


仕切りにもたれながら白石がそうしみじみに言った。
アシリパは女性に…母に見惚れて反応はなかったが、もし聞いていたのなら頷いていただろう。


「…!」


またパッと映像が変わった。
映ったのはアシリパの母と、父であるウイルクだった。
何かを背負っているのか、ウイルクが妻の背中に回り顔を覗かせる。
するとそこには――一人の赤ん坊が映った。
その赤ん坊が誰かなんて、誰も聞かなくても分かるだろう。


「あなたの父上は樺太から来たアイヌで結婚するために日本の戸籍を取ると言っていたよ」


『戦争がまた起きたら招集されるからやめとけと冗談を言ったんだけど』と続ける稲葉の言葉を、水城は耳から耳へと素通りしていく。
赤ん坊を見て水城は脳裏に息子が浮かんでいた。
アシリパのコタンに置いてきてから忘れることのなかった宝物。
映っているのは赤ん坊の頃のアシリパだが、どうしても息子と重ねてしまう。
しかし物思いに耽る余裕など、水城は与えられなかった。
続いて映った男に意識を無理矢理引き戻されたのだ。
その男は…―――死んだキロランケだった。
10年前ということでキロランケの顏は若々しく、しかし、特徴は疑いなく彼だった。
キロランケが映りアシリパ達は息を呑む。
その瞬間、何かが弾けた音と火花が飛ぶ音がし、突然シネマトグラフに炎が上がった。


「みんな逃げろッ!!」

「ジュレール!!他の写真には燃え移すな!!」


シネマトグラフの高原は、アーク灯という火花放電の光を利用しており、更にはフィルムもニトロセルロースという火薬の原料を使用しているため、燃えやすいものだった。
そのため、度々火災を起こし、歴史的なフィルムの多数が消失していった。
炎は瞬く間に広がった。
元々当時の日本家屋の多くが木造というのもあり、炎は芝居小屋を飲み込んでいく。
燃え広がる芝居小屋に水城達は慌てて避難する。

―――火災は素早い消化により、周りの家屋に燃え広がる事はなかった。


「皆いるか?」


一応、と月島が点呼を取ろうと白石達の名前を呼ぶ。
それに水城はアシリパの姿を確認するため周りを見渡した。


「アシリパさん…?」


しかし、少女の姿はなかった。
チカパシとエノノカは谷垣が抱えてくれたため無事だが、一緒に逃げたはずのアシリパの姿がない事に気づく。
それに遅れて月島もアシリパがいないのに気づき、探しに行こうとした。
だが、それを水城が止めた。


「私が探すから先に旅館に戻ってて」

「…探す人数は多い方がいい…俺達も探そう」


アシリパが水城達を置いて一人で逃げ出したなんて考えていない。
ただ、暗号を解く鍵であるアシリパを、一人にすることに反対だった。
一緒に探そうとする月島を、水城はなおも止める。
手を月島に向け、立ち止まった月島の瞳を水城は睨むように強い視線で見つめる。


「邪魔しないでって言ったわよね」


アシリパと白石には黙って水城は、月島と話をした。
キロランケが死ぬ間際、アシリパがキロランケに何かを呟いたのを月島は見逃しておらず、それを聞き出そうとしたのだ。
だが、月島をはじめとした第七師団に…いや、鶴見にアシリパが心を開くわけがなく、水城が聞き出す事になった。
その際に、水城は『自分が話すから邪魔するな』と釘を刺していたのだ。


「……時間は守れ…時間が過ぎれば探しに向かう」


水城から向けられる鋭い視線に、月島は思い出す。
鯉登と気の抜けたバカップルぶりを繰り広げていたため、月島はすっかり忘れていたのだ。
水城は軍人時代、戦争で生まれた数多くの英雄達をも押しのけ、『不死身』と名がついた女だったことを。
月島も軍人だから腕力や戦闘力には自信があるが、水城と一対一で勝てるかは分からない。
アシリパと白石と鯉登がいるからこそ見た目は無害な飼い犬だったが、本質は猛犬なのだ。
それもあの鶴見が心底欲しがるほどの狂犬だ。
それを忘れていた。
月島は時間を指定し、それ以降一秒でも過ぎれば探しに行くと告げる。
それに水城は頷き、アシリパを探しに向かった。


「………」


その後ろ姿を鯉登は黙って見送る。

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