(231 / 274) 原作沿い (231)

アシリパは芝居小屋とは少し離れた場所に立っていた。
探していた水城に背を向けており、小さいその背中に水城は歩み寄る。


「アシリパさん…大丈夫?」


上映会はアシリパにとって衝撃的なものとなっただろう。
生前の父や母の姿、赤ん坊の自分の姿…そして、別れたばかりのキロランケの姿。
様々な事がアシリパの中に一気に入ってきたようなものだ。
しっかり者だからこそ、考える事もあるのだろう。
1人になって考えたいこともあるのだろう。
しかし、放っておくのも心配で出来なくて、つい声をかけてしまった。
そんな水城に、アシリパは振り返らなかった。


「活動写真は素晴らしい技術だけど…今生きる私達の全てを残すにはまだ十分なものじゃなかった…母の顔は初めて見ることが出来たけど…あの場面の記憶は私にはない…」


囁くように零すアシリパの言葉を、水城は黙って聞いてやる。
水城と出会い旅を出てから、アシリパは様々な事を経験した。
アイヌの村では経験できないような事を色々と。
その中には勿論、写真や活動写真も含まれている。
最初、活動写真を見た時に、アイヌの事を残せると思った。
だが、どうだ。
実際、白石達に協力してもらい芝居をして、どんなに納得が出来る映像が出来ても…アシリパはどこか腑に落ちなかった。
母の映像だってそうだ。
自分を産んですぐに死んでしまった母の顔は、アシリパは幼すぎて覚えていない。
だから、活動写真には感謝している。
だけど、映像で初めて見る母よりも、父が話してくれた母の思い出の方が体温まで伝わるほどの温かみが残っていた。


「やっぱり自分達で大切にする気持ちがなくては残っていかない」


そう続けながら、アシリパはキロランケとの旅の思い出が頭に過った。
キロランケ達との旅は、北海道にいては知らない事ばかりだった。
キロランケの狙いは死んでしまったため分からないが、少なくとも、アシリパは北海道にいては知らない事を知り、その経験を生かせと言っているのだと思っている。


「キロランケニシパやアチャの言う通り守るためには戦わなければならないのか…」


ずっとアシリパも悩んでいた。
大人たちは自分の中にある金塊の鍵となる知識を狙っており、父やキロランケは戦えと言われてきた。
ずっと動物相手に狩りをしてきたアシリパにとってそれは突然降ってきたようなものだ。
水城と出会わなければなんて思ってはいない。
きっと水城と出会わなくても、いずれは金塊の鍵を解く者を探しに鶴見や土方達はコタンに訪れただろう。
そして、きっと水城と出会わなければ、アシリパは言葉巧みに騙され利用されていたはず。
だけど、父達の言葉が頭から離れない。
アシリパはアシリパで、悩んでいた。


「それは…アシリパさんじゃなくたっていいじゃない…」


悩む姿を見て、水城はポツリと呟く。
水城の言葉に、アシリパはここで初めて水城に振り返る。


「金塊を見つけたら後は小樽に帰って初めて水城と出会った頃と同じように…熊や鹿を追いかけて…ヒンナヒンナして暮らせというのか?」


自分じゃなくていいというのなら、なぜ父もキロランケも戦う事を示したのか。
なぜ、父は自分に金塊の場所を解く暗号を託したのか。


「キロランケニシパが命をかけて伝えてきたのに…私はもう無関係ではいられない!」


キロランケが死んだのは…きっと水城からしたら自業自得なのだろう。
水城からしたら、キロランケはアシリパを攫っただけではなく、裏切り者だ。
水城はよく裏切った奴は何度も裏切ると言っており、特に裏切り者を許さない。
水城はキロランケを恨みはしないが、許しはしないだろう。
アシリパだって、キロランケのやり方が正しいなんて言いきれない。
だけど、自分を攫うように樺太に連れていく事情があったはずだと考えている。
キロランケが命をかけて伝えたモノから、アシリパは目を逸らしたくなかった。
だからこそ、その小さい体で色々と悩み、考え、何か残したかったのだろう。


「戦うのはアシリパさんじゃなくたっていいはずでしょ」


それでも水城はまだ同じことを繰り返す。
自分の気持ちと、水城の気持ちが、完全に食い違っているのに、アシリパはここではっきりと気づいた。
相棒だと言っていたくせに、自分の相棒の気持ちを考えないような言い方をする水城に、思わずアシリパは八つ当たりのように苛立った声を上げてしまう。


「水城お前は…!!私のためじゃなくて自分を救いたいんじゃないのか!?」


キッと睨むように見つめるアシリパを、水城は冷静に見つめていた。
何も言わない水城に、アシリパは更に責めるように続ける。


「私の中に干し柿を食べていた頃のような…鯉登ニシパと一緒にいた頃のような自分を見ているだけじゃないのか!?」


こんな姿になってからは、息子を得た事だけが水城の幸運だろう。
だけど、息子を得たけれど…やはり水城の中で一番幸せだった頃は川畑家の養女だった頃だ。
あの頃は何不自由なかった。
結婚相手だって将校の息子で、将来安泰を約束されたのも同然だった。
それが義兄の悪趣味のせいで、没落したように一気に落ちぶれて、男装し軍人となった。
年金を約束されていたのに、息子と自分の身を守るのと引き換えに無駄にし、貧乏生活を余儀なくさせられていた。
それだけではなく、幼馴染の約束だからと幼馴染の妻のために、塾を開きながらも、凍えるような冷たい川でありもしない砂金を探し、休む暇もなかった毎日。
どちらが幸せだったかなんて、比べるまでもない。
それに、アシリパから見ても鯉登と一緒にいるときの水城は、アシリパが知る不死身の杉元ではなく、ただ一人の女である川畑雪乃にしか見えなかった。
雪乃に戻っていた水城は、とても幸せそうに見えた。
その姿を見て、水城はその幸せを求めて、自分と共に過ごしているのではないかと思っていたのだ。
アシリパ自身ではなく…遠い幸せをアシリパを通して見ていたのではないか、と。


「………」


アシリパの言葉に、水城は黙り込んだ。
何も言わない水城に、アシリパも口を閉ざす。
二人は見つめ合い、その場は静けさだけが残る。

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