(234 / 274) 原作沿い (234)

大泊には無事に着いた。
着いて最初に行ったのは、勿論宿探しだ。
大泊は港があり、樺太の玄関口というのもあって豊原ほど栄えてはいないが、宿が多い。
その中で鯉登の(渋々)お眼鏡に叶った宿が見つかり、そこに泊まることになった。
流石に鶴見が明日にはやってくるため、水城と鯉登は別々に部屋を分けられてしまった。
不貞腐れる鯉登の首根っこを掴んで去っていく月島を見送りながら、水城は『絶対この旅で月島軍曹の音之進への評価がだだ下がったに違いない』と月島の上官の扱いが段々と雑になっていくのを感じてしみじみに思う。
部屋はお馴染みのメンバーで分けられたが、ヘンケ達三人が抜けたため、可哀想な事に谷垣は元上官である月島と鯉登の部屋に振り分けられた。

――水城はアシリパと白石と同じ部屋となり、水城とアシリパはお茶を淹れ、白石は二人の傍で座布団を枕に寝転んでいた。


「私はまだ鶴見登中尉に会ったことがない…どんな男なんだろう…」


水城の淹れたお茶を飲み、アシリパは『ふう』と息をつく。
口が触れたフチを親指の腹でなぞるように拭いながら、ポツリと呟いた。
呟きを聞いた水城は、お茶からアシリパへと顔を上げる。
アシリパは珍しくも緊張した様子だった。
どんな男か…水城の脳裏には鶴見の顔を思い浮かべたが、あえて何も言わず『大丈夫だよ』とだけ伝えた。



「鶴見中尉達が金塊を見つけたらどうなる?」


何も答えない水城に、アシリパは更に問いかける。
土方達がどこまで刺青を集めているかは分からないが、自分達が知る中では一番金塊に近いのは鶴見達第七師団だ。
この先がどうなるか分からない以上に、彼らが金塊を見つけた後の事を予想するのが難しかった。


「少なくてもアシリパさんを追うものは誰もいなくなるはず」

「違う…アイヌはどうなる?」


水城はアシリパの問いを、アシリパがどうなるのかと解釈した。
しかし、その解釈にアシリパは首を振った。
アシリパが知りたいのは、自分ではなく、自分を含めたアイヌ達の未来だ。
相手は軍人だ。
それも国を相手に、北海道を独立させるという普通では考えられない目標を掲げる男達だ。
北海道にはアイヌ民族が多く生活している。
和人がどうでもいいわけではないが、自分の民族の未来を心配するのも無理はないだろう。


「…奴らが北海道を独立させる気なら敵に回したくはないはず…労働力としても欲しいはずよ」


北海道には和人とアイヌが住んでいる。
比べると和人の方が多いが、だからと言ってアイヌを蔑ろにはできないはず。
力があるからと、自分達だけでは独立は成り立たない。
頭の切れる鶴見がそれに気づいていないわけがない。


「要求が通る様にしっかり交渉すればいい…暗号を解けるのはアシリパさんだけだし…こちらの方が圧倒的に有利なんだ」


アシリパは水城の言葉に、何か言いかけたが言葉にはせず、その口を閉ざした。
言い返すことだって出来た。
でも、出来なかった。
自分を見つめる水城の瞳に、アシリパは戸惑いを感じた。
いつもは琥珀色で美しいはずなのに…どこか暗く見えた。
時々、水城はそんな目を見せる。
それに気づかないほどアシリパは鈍くはない。
しかし、それをあえて聞く野暮な事はしなかった。
水城は女の身で軍人として戦争に赴いた。
それを聞いただけでも、水城は訳ありの人間だと誰だって気づくだろう。
水城の過去が気になる。
気にならないわけがなかった。
でも、心の傷を抉るなどアシリパには出来なかった。

二人のやり取りを聞きながら、白石は部屋を出て行く。

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