(239 / 274) 原作沿い (239)

第七師団から離れることはなんとか出来た。
しかし、アシリパを背中にくっつけて走っていた水城の足が次第に重くなり、アシリパは降りて水城を連れて底を上げている貯蔵庫の下に身を隠す。


「水城…船までもう少しだ…頑張れ…水城…もう少し走るぞ…」

「え、ええ…」


布を裂いて、アシリパは水城の傷の手当てをする。
手当と言っても簡単なものであり、傷に布を詰めるものだった。
傷を布で塞ぐのは、出血を止めるのもそうだが、血痕で追跡されないようにするでもある。
早く医者に連れて治療させたいと思うが、今は無理である。
気持ちだけ焦りながら、ある程度流れる血を止めたらアシリパは休む暇なく、水城の手を引いて建物の下から出る。
無暗に動いているように見えるが、ちゃんと考えがあった。
昨日、旅館にて白石とアシリパは水城が不在の中、仲居さんに話しかけられた。
仲居から『大変でしたね』と言われ、白石が『何が?』と問えば、教えてくれた。
実は、連絡船が故障したらしく、その修理に出航が遅れていたらしい。
その出航が延期し、ようやく明日…すなわち、今日出るというのだ。
しかも出港時間はいつもより早いらしく、そのためこの旅館に泊まっているのだと勘違いされていた。
当時はまさかこんなことになるとは思っていなかったが、あの時は水城もおらず、白石とアシリパだけがいた。
その場には月島も鯉登もいない、二人だけが知っている情報だ。


「もうすぐだ!頑張れ!!」


致命傷を負っているであろう水城に走れというのは、アシリパも心苦しい。
しかし、アシリパの小さい体では水城を背負って走るなど到底無理だ。
今日ほど自分の年齢や体の大きさに、これほどまで悔やんだ事はない。
しかし、きっと同じ女であっても、重装備の水城を背負うのは難しいだろう。
水城を励ましながら、鶴見に気づかれないように気を付けて走っていると、目の前に馬が立ち塞がった。
アシリパは咄嗟に水城を庇うように立ち、顔を上げる。
しかし、その人物にアシリパは目を丸くした。


「頭巾ちゃん…」


立ち塞がったのは、第七師団ではなく…ずっと水城を追いかけてきていたヴァシリだった。
盗んだ馬に乗りながら、ヴァシリはアシリパと水城に向かって手を差し出す。


「この人どこかで全部見てたのね…アシリパさんが連中に警護されたら尾形が近づいてこないと考えているのかも…」


息を荒げながら水城は、ヴァシリの考えを何となく察した。
ヴァシリが何の面識もない自分達の跡を追うのは、ただ一つ…尾形との勝負にけりをつけるためだ。
そのため、つかず離れずの距離でずっと水城達を…アシリパを見ていたのだろう。
そのため、鶴見達とのやりとりも全て見ており、逃げ出す水城達に手を差し出したのだ。
それは善意ではなく、鶴見に捕まればやっと見つけた尾形との再戦の道が閉ざされるためだ。
ヴァシリは尾形との再戦のため鶴見にアシリパが捕まっては都合が悪い。
そしてアシリパは鶴見に捕まるわけにはいかない。
アシリパとヴァシリに仲間意識はない。
だが、この瞬間、利害の一致により、ヴァシリの差し出された手をアシリパは小さな手で取った。


「港に走れ頭巾ちゃん!!」


ヴァシリが乗る馬にアシリパと水城は乗らせてもらった。
日本語は分からないが、何となく察しているのかアシリパの案内をもとにヴァシリは馬を走らせる。


「…っ」

「傷が痛むか水城…すまない!もう少しだけ頑張ってくれ…!」


馬が走ると、その振動が傷に響く。
水城の息を呑む気配に背後から感じ、アシリパは励ましの言葉をかける。
止まってあげたいが、そんな余裕はない。
アシリパの気遣わしげな顔に、水城は『大丈夫だよ』と笑って見せた。
すると前方に見覚えのある男二人の背中が見えた。


「シライシッ!!」

「アシリパちゃん!!やっぱり思った通りだぜ!」


それは逃げ遅れた白石と谷垣の後ろ姿だった。
あの仲居の話を白石も聞いていた。
そのため、白石もアシリパも、お互いあの船に乗るだろうと思っていたのだ。
その読みは当たり、やっと白石と水城達は合流できた。


「乗れッ!!」


アシリパの言葉に、白石は走っている馬に体当たりするように乗り込んだ。
元々脱獄王として器用な男だった白石は、走っている馬の上に器用に跨る。


「おい待て!」


しかし、谷垣はヒモ生活で重くなった体を引きずり、出遅れてしまった。
とはいえ、頑張れば数人乗れるとはいえ、馬の大きさにも限度がある。
すでに4人乗って満員となっていた。


「谷垣まで来るな!インカラマッは鶴見中尉のとこにいるんだろう!?」


アシリパの言葉に、谷垣はハッとさせる。
脳裏にはインカラマッの姿が浮かんだ。
出発前に会ったインカラマッはベッドで安静にしなければならないほどの怪我を負わされていた。
そこは軍の病院であり…それはすなわち、鶴見と決別した今では人質にも等しい。
しかし、谷垣は引けなかった。


「鶴見中尉達はお前の村を監視するはずだ!!戻れないぞ!!」


鶴見の考えていることは、谷垣には分からない。
だが、敵となった今、鶴見がアシリパの村をやすやすと見逃すわけがない事だけは分かる。
鶴見とは、軍とは、そういうものだ。
谷垣の言葉にアシリパは一瞬口を閉ざした。


「私が…フチにまた会う夢を見たと伝えて!!フチは信じて安心するかもしれないから!!必ず会いに戻る…そう伝えて!!」


アシリパも村に戻りたい一心である。
だが、すでに鶴見とは敵対関係に戻ってしまった。
フチは心配だが、絶対に会いに戻ると谷垣と約束をすることで、フチの不安を和らげようとした。
嘘ではない。
本当に、いつか戻ってくるつもりだった。
その言葉に、谷垣は走っていた足を止め……水城達を見送った。

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