(3 / 10) 転生パロ (2)

部下(元カノ)に連れられ、尾形は店の自動ドアをくぐった。


「いらっしゃいませー」


店は貸しビルの地下にあり、そこは女達が論争していた店ではない。
ミスした張本人である山内が予約していたらしく、山内の名前で通される。
山内の行きつけらしいので、尾形が知っている店でも女達を連れてきた店でもない。
『この店結構美味しいんですよ』とヘラヘラと笑う山内に、尾形はふつふつと怒りが込み上げてきた。
この男のせいで定時過ぎても帰れず、こうして香水臭く、水城に比べると大して良くもない体を擦りつけられ下手な誘惑をされていると思うと、腹が立つ以外に感情がなかった。
そういえばこいつ前も凡ミスしてたな…、と思い出し、上に報告しておくかと内心山内の名前を頭に叩き込むと、並んでいる個室の一室に案内される。
気を使われるのが面倒で、上座など気にもせず尾形はいつでも帰れるよう出入り口近くに座る。
そんな尾形に、真っ先に尾形の両脇に座ったのは、女達の中で特に力関係が強い二人だった。
ちなみに、両方とも尾形はつまみ食いしていた。


「課長、飲み物は何にしますか?」


繁盛しているのか、他の多数の客のがやがやとした声が、最近流行りの曲と共に賑やかに店のBGMとして奏でていた。
誘いに来た新人の部下がメニューを持って訪ねてきた。
どうやら新人のため、先輩に扱き使われているらしい。
新人のため慣れない仕事に、尾形以上に疲れたであろうに、上司にそんな姿を見せないように笑顔を浮かべる新人を見て、尾形はふと思い出す。


(こいつ、結構早く仕事を切り上げてたな…)


新人は容姿も地味なタイプで、仕事も尾形のように目立つような腕前ではない。
しかし、コツコツと、地味は地味らしく成果を積み上げるタイプだった。
新人の男は、尾形とはタイプは違うものの、出来る男の1人らしい。
それを思い出し、最近水城不足に部下の把握すらできていなかったのだなと、メニューを受け取りながら思う。
尾形は自分の状況に内心嘲笑を自分に向ける。
望んでいない地位を得たものの、一応は自分は彼らの上司の立ち位置にいる。
部下の把握も出来ないほど今の自分は追い詰められているのかというのもあるが、一応上司としてきちんと給料分の働きはしなくてはと気を引き締める。
大人しい性格だからか、扱き使われやすいこの新人を暫く様子見して、必要以上に扱われているのならそれなりの対処を考えなければならない。
まあ、どうするべきかはもう少し様子を見てから行動に移すか…と『ビールで』と注文しながら思う。


「えーっ!尾形課長が好きなお酒がないじゃない!」

「課長が好きな料理も少ないわねぇ」


『私も好きなのに〜』、と尾形にアピールする両脇の女達の会話を、尾形は耳から耳へと放り捨てる。
人数分の飲み物を選ぶと、呼び鈴にて店員を呼び出す。
混んでいるためか、少し時間がかかったが、一人の男性店員が注文時に使うハンディと呼ばれる機械を持って現れた。
コースなのか、コース内にある料理を新人の部下が適当に頼もうとした。
それをお冷を飲んでいた尾形が止める。


「おい内山、なに新人にやらせているんだ…もとはと言えばお前の凡ミスが仕出かした事だろう…お前が幹事すべきことじゃないのか」


苛立っているせいか、つい棘のある言葉を言ってしまった。
そのせいかその場の空気が一瞬にして凍り付き、シン、と静まり返る。
新人は『えっと…』と困ったように内山を見る。
内山は恐らく店を上司に紹介した時点で罪滅ぼしはしたと思っているのだろう。
呑気に同僚と話をして笑っていたが、その笑みが一瞬にして引きつった。
如何せん、自分と比べられないほど仕事ができる上司なので、内山は『は、はい…』といつものように威張ることも出来ず、新人からメニューを貰い料理を選ぶ。
新人は席に戻る際、尾形と目が合い、お礼のつもりなのか軽く会釈した。
しかし、尾形としてはむしろこっちがお礼を言いたいくらいだ。
ちょっと八つ当たりしてすっきりした。







場は何とか盛り返し、個室には楽しそうな男女の声で盛り上がっていた。
腕時計を見ればすっかり夜も更けっており、実家暮らしや所帯持ちや同棲している連中はすでに家族やパートナーに連絡済みなのか帰る気配がない。
『いや帰れよ』と尾形は思った。
心底思った。
上司が帰らないのに帰れるはずがないと分かっているが、心の底から思った。
そうすれば『じゃあ俺も』とついでに帰れるのに。
空気なんて読む気など一切ないのだから一人で帰ればいいと思うだろう。
しかし、そうすると両脇にいる香水臭い元カノが付いて来るのだ。
先ほどからお互いを牽制していないところを見ると、3Pを妥協し、協力体制をとっているのだろう。
ついさっき思い出したが、この腕に絡みついている元カノ二人は、元カノの中でも長続きした女達だ。
恐らく、女達のヒエラルキーは、尾形と続いた日数の数が長いほど上に上り詰められるのだろう。
他の女達は、悔しそうにしていた。
しかし、ここで力のある女達を押しのけてしまうと明日からどんな目に合うか分からないためか、大人しく男性社員の相手をしていた。
尾形は自分が火種だというのに、『たかが課長相手にそこまで頑張る気力残ってるのはすげえな』と仕事で疲れているのに男漁りは妥協しない女達に、素直に尊敬してしまう。
確かにこの年で課長に昇進したのは早いと言っていい。
だが、課長の上には当然上の人間がおり、何も課長の自分を狙わなくてもいいのではないだろうかと思ってしまう。
金だけが目的なら、夫婦仲が冷めている上司などを誘惑して略奪すればいい事だ。
一応は若いのだから、親父相手なら甘えればコロッと落ちるだろうに。
そう思いつつも尾形は女の戦いなどには興味もない。
自分のつけが回ってきたこととはいえ、他人事に思いながら、目の前にある枝豆を手に取って食べる。
しっかり塩味が利いていて、とても美味しい。
何品か食べたが、尾形の口に合うものばかりだった。
あの凡ミス社員は舌だけは優秀らしい。


「尾形課長ぉ〜わたし、酔っちゃったみたいです〜」


両脇に座る女達が同じタイミングで、同じ言葉で寄りかかっている。
剥がすのも面倒だった尾形は、何を聞かれても『ああ』やら『そうか』とかしか返さず、さり気ない拒絶を見せていたのだが…女性達は気づかなかったようだ。
よりを戻そうと必死過ぎて気づいていないのか、それとも気づいていてあえて気づかないフリをしているかまでは分からない。
男漁りが趣味な女の思考は読めない。
とはいえ、流石は巨乳の水城の身代わりとして付き合っていた女達だ。
女達は酔ったと言って尾形の腕に豊満な胸を押し当てる。
むにっと押し当てられる胸に普通の男ならデレデレとなり、熱いとわざとらしく言って開けた胸元を見て眼福だと喜ぶだろう。
しかし、今の疲れきりジジイのごとく枯れた尾形には全く効かなかった。
表情一つ変えず、箸で揚げ豆腐を一口大に裂いて口に運ぶ。
そんな美人に豊満な胸を押し付けられているのにピクリとも表情を変えない尾形を見て、部下たちは男として尊敬の念を向けた。
しかし、女をとっかえひっかえしているという噂もあってか、すぐに『どうせ慣れてるからだろうな』と白けた目で見られた。
そんな目線は勿論尾形にも届いている。
しかし、それすら面倒くさくて反応しなかった。


「課長ももっと飲んでくださいよ〜!ほら、このお酒結構好きだったじゃないですか」

「いや、まだこれを飲んでるからいい…それに自分のもんは自分で頼む」

「じゃあこれとかどうですか?課長、こういうものよく食べてましたよね?」

「だから、自分のもんは自分で頼むし、食べたかったら勝手に手を出すと言ってる」


『言ってんだろうが』、と言いかけてやめた。
正直イライラしかない。
さっきから妻か恋人のつもりか、料理や飲み物を押し付けてくる二人に苛立ちしか湧かない。
そもそも、自分から好きだと言った覚えはない。
会社を出るときに言っていた酒や料理だって、好きだと言った事などなく、ただ単に頼むのに丁度いいからだったし、珍しい酒だって、ただ単に珍しいから飲んでいただけ。
二人が勝手に勘違いしているのだ。
恐らく、二人…いや、元カノ達は尾形の好物も、苦手な食べ物さえも分からないだろう。
さきほどから勧めるだけ勧める二人に、『そんなに食べたかったらお前らが食べればいいだろ』と言いかけて飲み込んだ。
乙女心とは複雑で…好きな相手には大食いだと思われたくないとかなんとかで、男の前では小食を装うのだ。
対して水城はよく食べていた。
そんなに食べてよく太らないなとあの頃は思ったが、今思えばその分、旅で歩いたり戦闘などで動いていたので、今の女性に比べて太りにくかったのだろう。
しかし、記憶にある水城は美味しそうに食べていた記憶があり、そのため、尾形はよく食べる女を好んでいた。
しかし、現代は前世に比べて美意識も大分変化していたためか、美人の定義が変わってしまい必要ない人間がダイエットをする時代となってしまった。
水城の美味しい物を食べた時の嬉しそうな顔が好きだった尾形は、小食の女達に嫌気をさしていた。
それが続いて嫌になって大食いの女をひっかけた事もあった。
こんな言い方申し訳ないが、その女は食べるのが好きなだけあってデブと呼ばれる人種だった。
正直、両側にいる女達や他の女達に比べて大食いの女の方が長く続いた。


(ああ…また…)


考えないようにしていたのに、また脳内では水城の事が浮かんだ。
大食いの元カノを抱いた時のことを思い浮かべてしまうと、ずっと女を抱くどころか処理すらしていなかったせいか、無性に水城を求めてしまう。
明治時代に水城と体を重ねた記憶がよみがえり、一瞬息子が勃ちそうになったが…気合で鎮めた。
ここで勃ってしまえば、両脇にいる女どもが勘違いしてしまう。
そう考えると一瞬で息子の元気がなくなった。
我ながら女性に対して失礼だな、と自分のクズさに気づきつつも心底どうでもいいので、目の前にある刺身に箸を伸ばした。
この店の看板メニューは刺身だとメニューに書かれていた。
看板と言うだけあって、新鮮で血生臭くなく美味しかった。
山内に頼ませたハイボールを水代わりに飲む。
しかし、いくら飲んでも酔わなかった。
最近、仕事からの疲労や、水城を見つけられない精神的疲労もあってか、味覚も馬鹿になってきたのだ。
味覚だけではない。
最近は満足に寝る事さえできなくなっている。
味覚が馬鹿になったとは言っても、まだ食べて美味しいと思う事はある。
飲んで美味しいと思う事もある。
だが、感激もなければ、満足感はなかった。
生きるために体内に栄養を運んでいるだけ…それだけだ。
明治時代の方が食事に関して楽しみがまだあったほど、今の尾形は味覚が狂っていた。
だからいくら飲んでも酔わなかった。
それに酔ったとしても、酔い潰れない程度に留めておかなければならない。
上司だからというのもあるが、何より、酔い潰れたら両脇にいる野獣に何をされるか分かったものではない。
チラリとまた腕時計を見る。
すでに針は進み、日を跨いでいた。


「あっ!それ私がプレゼントした物ですよねっ!使ってくれているんですね!」


『うれしいなぁ』と男が喜ぶような甘い声と微笑みながら肩に頭を預けて甘える女に、尾形は何も言わない。
女の言葉で、尾形はこの腕時計が女からの贈り物だったのだと知る。
使い勝手が良いから使っているだけであって、この女からの贈り物だからではない。
だがそんな尾形のクズさなど気づいていないのか、女は笑顔を浮かべながらも、自分の贈ったプレゼントを別れてからも使ってくれている優越感が隠しきれていなかった。
尾形を挟んだ隣にいる女は悔しそうに優越感を振りまく女を睨んでいた。
『明日から別の腕時計にするか』と本当に…ほんっっとおおに、クズな事を思いながら、空になったジョッキを置いたその時――――


「あれぇ???おがたぁ???」


耳に届いた声に、尾形はピシリと凍り付いたように固まった。
声の主は、返事のない尾形に不思議に思っているのか、『おがたぁ?』とまた気の抜けた声で呼ぶ。
それでも尾形は固まって返事はなかった。
尾形は返事をする余裕がなかったのだ。
その声を聞いた瞬間、ドクン、ドクン、と心臓が痛いくらいに跳ねる。
声を聞いた瞬間、脳が痺れたように動かなくなった。


(まさか…いや…そんなはずは…この辺りも十分探したはずだ…だが…いなかった……幻聴か…?あいつを求めるあまり幻聴が聞こえるようになったのか?)


その声は尾形が最も求めた女の声だった。
後ろから聞こえたため、振り返れない尾形からしたら姿が見えない。
だから幻聴かと思った。
しかし、そんな尾形をよそに、周りは突然個室に入ってきた見知らぬ人間にどよめき、尾形の後ろに注目していた。
そんな周囲など気にも留めていないのか、幻聴は段々と近づいてきた。
近づいてくる足音が、尾形にはまるで死神の足音のように聞こえた。


「おーがーたーくーん??」


そうしているうちに、尾形は死神に捕まってしまった。
後ろから抱き着かれ、尾形は息を呑む。
むにっと柔らかい、たわわな何かが背中に押し付けられた。
両脇にも同じものが押し付けられているというのに、不思議と背中に押し付けられているものに対しては不快感はなかった。
『ばあ』と子供のように零しながら、死神は横から顔を覗かせ尾形の視界に映る。
尾形の視界に写った者は―――


「水城…」


水城だった。
尾形が自分をやっと認識してくれたことが嬉しいのか、記憶通りの傷跡が残るその顔で、水城はニパッと輝かしい笑みを浮かべた。
その笑みに尾形は眩しそうに目を細める。

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