水城は仕事帰りなのか、タイトスカートのスーツを着ており、上着は尾形達と同じく脱いでいた。
背中越しにも感じる肌触りのいいシャツに、水城も尾形同様それなりに社会的地位を獲得しているのだなと、抱き着かれて固まりつつも冷静に分析する。
水城は尾形に名前を呼ばれ嬉しそうに笑い、彼の頬と自分の頬をくっつけ頬ずりした。
その瞬間、部下達(特に女)が騒めきたつ。
「おがただぁ〜あはは!おがた!おがた!!やっとあえたねぇ〜!」
「お、まえ…酔ってんなぁ…」
正直スリスリと頬ずりする水城に、尾形は心を震わせる。
綺麗な表現をすれば、感激に心を震わせている。
きったねえ表現をすれば、辛抱たまらん。
ずっと探していた水城の姿に感激していた。
しかし、あんなにも再会を望んだ相手が目の前にいるのに、尾形は冷静を保てていた。
しかし、それは表向き名だけで、実際は突然の再会に混乱しつつある。
心の準備がまだでしょうがぁ!!!とキャラになくそう叫びそうになるのをグッと飲み込んだ。
本当は抱きしめ返してたい。
むしろガッチリホールドしたい。
そして、そのままホテルまで運んでほしい。
いや、ホテルではなく自宅でもいい。
水城の自宅でもいいし、自分の自宅でもいい。
いっその事この場で襲って既成事実を作り自分から逃げられないようにしてやろうか…とあまりにも水城不足だったためか、考えが危うくなっていく。
しかし、せっかく再会できたのに肝心の水城はどうやら酔っぱらっているようだった。
口から酒の匂いがしたし、水城の顔はほんのり赤く染まっていて色っぽい。
息子が反応してまうやろうがい!!とキャラになく(ry
「そぉだよぉ!わたしね〜!よってんのぉ〜!だぁって、きょぉはぁ、とくべつなぁ、ひだからぁ〜!!」
「特別?」
先ほどまでの不機嫌さはどこへ行ったのか、ご機嫌な水城に、尾形自身もご機嫌になる。
明治時代は水城とは体を重ねても心までは手に入れることは出来なかった。
そのため、酒を酌み交わすこともなかったし、何よりあの時はすでに自分との間に息子を産み、母乳を飲ませていたため、酒や煙草などの刺激物は避けていた。
だから水城が酔っぱらったらこんなにご機嫌になるのか、と百年後にしてやっと分かった。
しかし、ご機嫌なのはそれだけではないようだった。
どうやら今日は水城にとって特別な日らしく、尾形はそれを聞いて『俺との再会だったらいいな』とキャラになくそう願う。
しかし、神は心底尾形を嫌っているらしい。
「そぉ!あのねー、きょぉねぇ、こんやくねぇ、したのぉ!」
呑気にもそう述べる水城に、尾形は…
「
は?」
低く唸る様にそう返した。
その瞬間、その場は凍り付く。
部下達は『ひぇ…』と口には出さないがそう零す。
その顔は青白く、まるで鬼を怒らせたように尾形をビクビクと見つめていた。
尾形は部下から見て『仕事の出来る男』の代表のような男だ。
だが、その分気難しく、怒らせると怖い存在でもある。
今日も馬鹿(山内)が凡ミスしたため、尾形の機嫌はすこぶる悪かった。
本当なら飲み会に誘えば余計に機嫌が悪くなるので男一同尾形を誘いたくもなかったが、女達が尾形が来なければ参加すらしないと言い出したので、その内の一人に惚れている山内が新人を使って尾形を誘ったのだ。
尾形も流石に一丸となった女達には勝てないのか、男社員の予想に反して、尾形は大した抵抗もなく飲み会についてきた。
更には媚を売る女に挟まれて更に機嫌が悪くなっていたのだ。
正直機嫌の悪い上司との飲み会は美味しいものなどではない。
しかし、内心『いやそれあんたの元カノ…』と自分の手癖の悪さを棚に上げないでほしいと思いつつ、モテない男として『ざまあみろ』と思ってみたりもする。
しかし、針で一突きすればパァンと破裂しそうな膨らみすぎた風船のような機嫌の悪さなど可愛いものだったと今知る。
今、目の前にいるのは、風船などで例えられないほど恐ろしい上司がいた。
まるで、鬼神のごとしである。
そんな部下達や周囲が静まり返った事など気づかず、ぽやぽやと呑気に笑っている水城の手首を尾形はガシリと掴み、腰を捻り振り返る。
振り返った尾形の顏に怒りしか浮かんでいないことなど酔っぱらっているため気づかず、水城は手首を掴まれ首を傾げた。
「おい…水城…」
「なぁに?あっ、あのねぇ?わたしね、もう水城じゃないよ…雪乃だよぉ?」
「そうか…水城、お前、どこのどいつと寝たんだ?」
「んぅ??ねた…?だれと???だれが???」
尾形の言っている意味が酔っぱらっているせいで分からないのだろう。
首を傾げる水城はとても可愛い。
とてつもなく、可愛い。
しかし、その可愛い仕草も、表情も、エロい体も…全て自分以外の男の物となったと思うと、可愛さ余って憎さなんたらだ。
怒りのあまり、酔っぱらっているというのが頭から抜けた尾形は『そうか』と呟き、そのまま水城を押し倒す。
怒りをそのままに押し倒したため、勢いつけて地面に倒れた。
頭を打ったのか『いったぁ…』と零す水城の口を尾形は塞ぐ。
「んぅっ!?んっ、ゃ…っ、ま、って…やらぁ!やぁ!んっ」
「っ、黙れ…!俺以外に股を開きやがって…!!俺がずっとお前を探してた間にてめえは他の男と寝てたのか…!!婚約したって言ったよなぁ!?じゃあ婚約破棄させてやるよ…!!」
腹が立つなんて言葉じゃ言い表せないほどの怒りが、尾形の中に駆け巡る。
尾形だって女をつまみ食いして言える立場ではない。
しかし、それでも最近は水城の影を探して女と寝るのも虚しくなり、爛れた関係を一切断ち切っていたのだ。
心が折れかけていたのもあってか、尾形は裏切られた気分だった。
水城がいない生活は、まさに白黒の世界だったのだ。
色もない白と黒の単純な世界。
何の面白みもなく、仕事をしては自宅に帰って寝るだけの生活。
結婚を考えた時期もあった。
水城に一番似ている女を選び、このまま続けば結婚もいいかとさえ思っていた。
だが、結局、誰も影にいる水城には勝てなかった。
尾形は水城だけを求めていたのだ。
水城だけを求め、水城だけがいてくれればそれでよかった。
それなのに水城は自分以外の男と結婚するというではないか。
そもそも水城と尾形との間には、前世だって甘く切ない恋物語など無かった。
尾形は水城を殺そうとしたし、水城も尾形と対峙すれば本気で殺しにかかった。
二人の間にあるのは、純愛や切ない恋物語ではなく、殺伐とした物語だけだった。
だから、水城だって尾形以外の男を選んでも裏切りでも何でもない。
だが、尾形はそれが許せなかった。
「か、課長!!やめてくださいっ!!」
尾形は今、強姦しようとしていた。
見ず知らず…なのかは部下達からしたら分からない。
分からないが、見知った人間でも抵抗する女を押さえつける上司の怒号にハッと我に返り、尾形の傍にいた部下達は止めに入る。
『やめてください!』『マ、マズイですって!!!』と言って止めるが、体格差もあってか、水城と尾形を剥がせない。
女達は尾形の豹変に怯えて離れており、遠くにいる部下達は『警察呼ぶ?』と話し合っていた。
しかし、その攻防戦は意外な人物にてお開きとなる。
「ひっ、んっ…ゃ…や、らぁ…!やら……って……――――言ってんでしょうがぁぁ!!!」
ブチブチとボタンを飛ばされ、水城は豊満な胸を露にされる。
仕事帰りだから油断していたのか、可愛くもないブラを尾形に見せた。
その可愛くもないブラでも、水城がつけていると思えば、尾形にとって欲情の対象になる。
そのブラごと胸を触ろうとした瞬間、水城に巴投げをかけられた。
ドシン、と大きな音を立て、尾形は仰向けに倒れる。
「おがたのばかぁ!!!きょぉは可愛くないほうのブラなのに!!!バカバカァ!!!」
倒れる尾形に水城は腕十字を決める。
腕十字を決めながらポロポロと泣きながら喚くが、その内容に部下達は『えっ…そこ!?』と心の中で突っ込んだ。
「きょぉお前と再会するならぁ!もっと可愛いブラつけてたのにぃ!なんで可愛くないブラの時に限って襲うんだよぉ!!」
「ぐっ…ま、まて…と、とりあえず待て、水城…っ」
「やら!!だって尾形も待ってくれなかったじゃん!!!私だけ言う事聞けってふこーへーだ!!!」
どうやら今世の水城も柔道を嗜んでいるらしい。
腕を封じてギリギリと締める水城に、尾形は絡む足を叩く。
『分かった』、と言う暇さえ与えず攻め立てるところは変わっていないな、と死にかけなのに惚気る。
「ち、ちょっと!あんたやめなさいよ!!尾形課長が苦しんでるでしょう!!」
世の中、空気を読めない人間はいる。
尾形は空気を読めないのではなく、読まない人種である。
腕十字をかける水城に誰もが尻込み、声をかける事ができなかった。
というよりも、女性を責める人間はこの場にいないだろう。
なんて言っても、この女性は先ほど尾形に強姦されかけたのだ。
痴漢・強姦・性犯罪は滅するべし、が世の中の常識である。
しかし、その中で勇者がいたらしい。
愚かな方ではあるが。
その愚かな勇者は、尾形が左右に侍らせていた一人で、腕時計をプレゼントした方の女であった。
「かちょぉ???」
女の言葉にキョトンと首を傾げ尾形を見る。
まだ酔っぱらっているのか、『上等兵じゃなく??』、と零す水城に尾形は何も答えない。
というよりは喋れない。
「ちょっとぉ〜杉元ぉ〜???隣の人たちに迷惑かけたらダメでしょ〜??」
酔っているせいで尾形の今の状況を理解できていなかった。
『あれ〜??おがたぁ??』と自分で技を決めているというのに、返事のない尾形を不思議そうに首を傾げて見つめていた。
その時、扉を開けてひょこりとタコ坊主が現れた。
ひょっこりと現れた新たな登場人物に部下達はビクリと体を跳ねさせた。
言葉からして、どうやら課長に技を決めている女の知り合いらしい。
しかも、あちらもいい具合に酔っているらしく、真っ赤な顔で『あれぇ???』と尾形を見て千鳥足で歩み寄る。
「尾形ちゃんじゃぁ〜ん!久しぶり〜〜〜」
『ぴゅう☆』、と手で銃の形を作って尾形に向けた。
尾形はそれどころではなく、少しずつ力を入れてギリギリと締めて来る水城の絡む足を叩いていた。
顔が真っ赤になってきているのを見て、タコ坊主の登場に押され気味だった女はハッとさせ復活を遂げる。
「だ、だから!!いい加減にしてくれる!?尾形課長を放しなさいっ!!」
尾形の腕には自分が送った腕時計がある。
その優越感で、他の女よりも一歩先に進んでいると思っている女は、まさに彼女面だ。
それは周りも認めているのか、女がしゃしゃり出るのも咎めず、そうだそうだ、と水城を非難した。
どうやら彼女たちは尾形の強姦未遂は記憶から消しているらしい。
女の登場に坊主頭は『わぁ〜超美人さんだ〜〜』とデレデレになりながらも、その場の空気に気づいた。
周りを見渡すと、会社員らしき男女がこちらを恐々と見つめていた。
その空気と言ったら凍り付いたようにシンッと静まり返り、水城達を傍観していた。
会社員たちを見渡した後坊主頭は、水城を見る。
水城のカッターシャツのボタンがはじけ飛びはだけているのを見てある程度の状況は把握したのか、『あ〜〜』と間抜けな声を零す。
「杉元〜、ちょぉ〜〜っと力抜こぉ??」
「やらぁ!だって、白石!尾形ひどいんだよ!!」
「うんうん、ひどいねぇ、尾形ちゃんだもんねぇ〜…でもせっかく再会したのに尾形ちゃんが天に召されかけてるから技かけるのやめよぉねぇ〜」
酔っ払いの我が儘ほど面倒くさいものはない。
そう坊主頭こと、白石は思う。
しかし、黒帯であり、牛山を師を持つ水城相手に柔道で勝てるのは、師である牛山くらいだろう。
自分なんて令和になっても変わらずゴリラな水城に比べると赤子のようなものだ。
力技で剥がすのは無理だ。
なので説得しようと試みる。
お互い酔っぱらっているが、この状況で白石は少し酔いが醒めた。
そんな白石の言葉に水城は、キョトンとさせ首を傾げる。
全く自分のしている事が分からない様子に、白石は『酒飲ませすぎたな…』と反省するが、『まあいいか』と開き直った。
「ほらほら、尾形ちゃん死んじゃってもいいのかなぁ???」
ほぼ酔いが醒めた白石は、水城に幼子のような口調で語り掛ける。
水城は白石の『死ぬ』という言葉に『やら!!!!』とパッと尾形を解放した。
「課長!大丈夫ですか!?」
水城が尾形を解放すると、水城に絡んでいた女が尾形に駆け寄る。
腕を庇いながら『いってぇ…』と零す尾形は、女の演技くさい心配そうな声に返すことなく、座り直し白石を見る。
「お前、白石か…」
「うん、そうそう、みんなの脱獄王☆白石由竹でぇ〜すっ!久しぶりだね〜」
「ああ…お前、記憶あるんだな」
腕を擦りながら尾形は話しかける女を無視して、白石と会話をする。
『ええ…無視するんだ…』と美人を無視する鉄メンタルの尾形に、白石はそう思いながらも笑顔を張り付ける。
『尾形ちゃんもねー』と返す白石に、尾形はペタンと座り込む水城を見る。
「水城も記憶があるんだな」
「…………」
静かにそう問えば、コクリと頷くだけの返事が返ってきた。
俯く水城に、尾形はくっつく女を放置して水城に手を伸ばす。
しかし、水城には手を振り払われた。
その瞬間、再びその場の空気は凍り付く。
「お、お客様?大丈夫ですか?」
白石は凍り付く空気に『まあそうなるわなぁ』と呑気に思う。
尾形は怖いのは今世でも変わらないらしいが、それでも明治時代に比べれば丸くなった方だ。
白石はある程度明治時代に免疫ができているため、それほど怖くは…ない……と言えば嘘になるが、一般人からしたら耐性があるほうだ。
すると、騒ぎに男性店員がやってきた。
結構な時間が経ってから現れた店員に白石は冷や汗を流す。
「あっ!すみませーん!ちょっとはしゃぎすぎちゃって!いやぁ〜酔っぱらうと熱くて服脱いじゃいますよねー!」
一瞬、頭には『警察沙汰』という四文字が浮かんだ。
時間を置いてきたのは、警察を呼んだからではないか…と思ってしまい、わざとらしい言葉が出た。
そんな白石を無視し、店員は水城に歩み寄る。
「大丈夫ですか?警察呼びましょうか?」
男性店員が来たのは、もしもの時に取り押さえられるからだろう。
だが、この中で被害者である水城が一番強いのを店員は知らない。
店員は水城の姿を見て、事件性を感じたのか、心配そうに声をかける。
しかし、白石は気づく…その視線は露わになっている水城の胸元に注目していることを。
それに気づき白石は『あ…やべ』と思った。
その瞬間…
「なに見てんだエロガキ」
尾形の低く唸るような不機嫌な声がした。
その言葉や声色に、再び辺りは静まり返る。
男性店員は明らかに10代。
性欲が盛んな時期でもあるし、確かに水城のような体型を目の前にすれば釘付けになってしまうのも無理はない。
しかも可愛くない下着ではあるものの、胸が露わになっている。
白石は今世も水城がゴリラだと知っているので、相変わらず欲情しない安パイではあるものの、水城のゴリラ加減を知らない一般庶民にとって、目の前にぶら下がっているエサに食いつくなという方が無理だ。
尾形は自分で水城のシャツを裂いたにも関わらず、見られて不快感をあらわにし、壁に掛けられている自分の上着を水城にかけて立派なお胸様を隠す。
水城はそっと肩に掛けられた尾形の上着に、そっと俯く。
尾形の殺さんばかりの睨みに店員は顔を青ざめ、『す、すみません!』と慌てて水城から視線を逸らした。
「あー…ごめんね、本当、ちょっと酔っぱらっちゃってこの子が自分で服を破いちゃったんだよ」
だから警察は勘弁、ね?…と暗黙に警察を呼ぶなと含みながら、顔を青ざめる店員に撤退のチャンスを与えた。
一応店員としての役目は覚えているのか、『他のお客様の迷惑になりますので…』とほどほどにしろと注意した後、個室を出ていった。
白石は出ていく店員に『すみませんでしたー』と笑顔で謝りながら手を振って見送る。
「んもぉ!!尾形ちゃんのせいで怒られたじゃん!」
「あ?なんで俺のせいなんだ…水城が原因だろうが」
「まあ?確かに??尾形ちゃんと杉元が喧嘩する時って大体両成敗のことが多いけども??この状況でよくそんなこと言えるよね???」
この状況…水城のボタンが弾き飛ばされ可愛くない下着が露わになっている状況は、どう見ても水城が被害者だ。
それを誤魔化しもせず水城のせいだと言い切る尾形は、白石の知っている尾形だった。
百年経って生まれ変わっても、全然変わっていない尾形に白石はプンスコ怒りながら笑った。
すっかり酔いが醒めてしまった。
尾形も自分に対して無遠慮な物言いに不機嫌になるどころか、不思議とご機嫌だった。
探していたのは水城だけかと思ったが、どうやら水城だけではなく、白石やアシリパ達も無意識に求めていたらしい。
「それで?何がどうなって技決められてたの?流石のゴリラだって再会したからって泣きながら技決めないだろ?尾形ちゃんが酷いとか言ってたし…」
白石は途中から来たため、この惨状の原因が分からない。
水城は酔っぱらっているため、意識がはっきりとしている尾形に聞こうとした。
しかし、
「白石っ!!わたし、やっぱりこんやくする!!!おとうさまのおはなしうけいれる!!!!」
俯いていた水城はガバリと顔を上げて叫んだ。
水城の言葉にもう何度目か数えるのも面倒なくらいにその場の空気が凍り付いた。
白石は『ええ…』と顔を引きつらせる。
チラリと尾形を見る。
尾形は分かりやすほど不機嫌な表情と不穏なオーラを出しており、白石は尾形がまだ水城に気があるのだと察した。
「これかえす!!!」
そう言って水城は、掛けられた尾形の上着を持ち主に向かって投げ返した。
バサリと目の前で落ちる上着を見て尾形は頭が真っ白になった。
何故か、水城に拒絶された。
いや、先ほど無理矢理しようとしたから嫌われるのは当たり前か…、と尾形は真っ白になりながらもどこか冷静に思う。
しかし、考えるよりも手が勝手に動き、気づけば個室を出ていこうとする水城の手首を掴んでいた。
「はなして!!!」
「待て…婚約を受けるってどういう事だ…お前もう婚約したんじゃないのか?」
「しらない!はなしてよ!おがたのばか!!」
「お前婚約したから祝いにきたんじゃないのか」
「そうだよ!!こんやくをいわいにきたんだよ!!だからはなして!!!」
水城は何故か尾形を拒んだ。
拒まれた尾形はショックを覚えるものの、水城の言葉に矛盾を感じてそれどころではない。
しかし尾形が迫れば迫るほど水城は拒み暴れる。
「待って待って!!ちょい待ち!!!さっき店員さんに怒られたばっかだろ!?落ち着けって二人とも!!」
このままでは本当に警察を呼ばれかねない、と白石が慌てて間に入る。
先ほどからポカーンと見て空気になっている、会社員たちが心底羨ましかった。
『どうして杉元に関わるとこうも面倒な役回りになんのよ!!』と心の叫びをあげながら二人を落ち着かせる。
酒を飲んでも酔う事ができない尾形はすぐに落ち着いた。
しかしその手は決して水城の手首から離れず、むしろ水城が尾形の手を放そうとするので逆に力を入れるばかりだった。
水城は酔っぱらいながらも白石の言葉は聞こえているのか、うーうー言いながら尾形の手を放そうとする。
酔っているせいか、白石にゴリラと評される力も発揮できないらしい。
「ほら、尾形ちゃんの会社の人達も困惑してるみたいだしさ…それにそろそろこっちもギリギリっていうか…」
「は?ギリギリって…」
『なんだ』、と白石の言葉に怪訝とさせたその時―――バン、と扉が開けられた。
そこに立っていたのは…
「水城!!!大丈夫か!!!」
――かつて金塊を巡る戦いの中心にいた、アイヌの少女がいた。
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