(7 / 10) 転生パロ (6)

キロランケの言う通り、隣の部屋には誰もいなかった。
尾形達同様、壁に上着や荷物をかけてあり、男二人女一人少女一人なのに、それぞれ個性が現れ誰が誰の荷物かすぐに分かった。
テーブルには様々な食べ物や飲み物が並べられている。
尾形は水城を横抱きにしたまま、適当なところに座る。


「お、尾形…降ろして…」


4人入って少し狭いくらいだった個室も、二人だけとなると広く感じた。
二人きりになっても降ろす気配のない尾形に、水城は降ろしてほしいと頼む。
しかし、尾形は逆にグッと力を入れてきた。
水城の首筋に顔を埋め、すっと鼻で息を吸い込む。
感じる水城の匂いに、尾形は違和感を感じた。
香水をつけているのか、水城の匂いを香水が隠していた。


「尾形…」


匂いを嗅いでいたのに気づかれたのか、それとも静けさに気まずく思ったのか、尾形の名前を水城が零した。
その呼びかけに、尾形は顔を上げて水城を見る。
先ほどアシリパとのやり取りを思い出したのか、じっと見つめている水城の視線が、尾形には非難しているようにも見えた。
後ろめたさがあるのか、水城から視線を逸らす。


「…食ってねえからな」


ぶすっとさせる姿はまるで、親に怒られている子供のようだった。
水城は責めているわけではないが、大の男が拗ねている姿が可愛いと思ってしまった。


「本当のこと言って」

「…だから食ってねえって言ってるだろ」

「それは別に私と会う前の事だから尾形を責めることはしないわ…でも…本当なら知りたい…尾形の事を知りたいの…だから…本当のことを言って…」


アシリパを無条件に信用している水城は、アシリパの言う事を疑うなどしない。
しかし、今更水城が尾形の生活をとやかく言う資格はないのだ。
お互い探していたというものの、探しきれずにいたのは何も尾形だけではない。
水城だって探しても尾形を見つけきれなかったのだ。
そもそも水城と付き合っていないのだから、浮気というのも可笑しい話だ。
そこはもうお互いには責任はない。
とはいえ、今までの女性関係が気にならないというのも嘘になる。
洗いざらい話せとは言わないまでも、今付き合っている人くらいは話してほしい。
付き合う付き合わないよりもまず、そこから腹を割って話し合いたい。
それは水城の真剣な表情から感じ取ったのか、尾形は怒鳴りたい気持ちをグッと抑え、水城の不安に揺れる琥珀色の瞳を見つめ返す。
水城は宥めているつもりなのか、尾形の頬をゆっくりと撫でる。


「…付き合った女がいないのは嘘じゃない…ただ、お前以外の女と関係をもったことはある」

「…うん」

「ただ…それは繋ぎだったんだ…ずっとお前を探してた…だがお前どころかアシリパや白石までもが見つからない日々が何十年も続いて俺も柄にもなく疲弊していたんだと思う…お前に少しでも似ている女を通してお前を見ることで、俺はお前に…水城に会っているつもりだったんだ…お前に似た女を抱くことでお前に会えない辛さを誤魔化していた…と、思う…」


頬を撫でられただけで宥められるほど尾形は子供ではない。
しかし、相手が水城だというだけで、不思議と心が落ち着いた。
前世とはいえ、一児の母だったのが落ち着かせるのだろうか。
水城も先ほどの騒ぎようが無かったかのように、落ち着いた声で相槌を打つ。
それもあってから、尾形は心を鎮めて話すことができた。


「だが…ここ最近は探しても見つかる気配がないことに嫌気が差してたのも確かだ…もう仕事どころか食べる事や寝る事さえ面倒で必要最低限しか寝てないし、食べてない……お前に似た女を抱いたとしても、似た女を通してお前を見たとしても…お前じゃない…それが最近酷く虚しく思えてきたんだ…」


水城は黙って聞いていた。
水城が見ても尾形は良い男だ。
そんな男が女の影がないのはありえない。
水城達に会えない不安を感じているのは尾形だけではない。
水城だってそうだ。
その中で、尾形に彼女がいるかもしれない、という不安でいつも心が潰れされそうだった。
彼女ではなく、世にいうセフレというものを作っていたというのは予想外だったが。
むしろ女達を通して自分を見ていたというのが予想外だった。
尾形が自分に対して愛情があるのも、正直半々だった。
明治時代では、尾形に愛された記憶がなかったのが原因だろう。
百年経った今、自分は尾形に深く愛されているのだなと分かり、笑うところではないのに、嬉しくなってニヤついてしまいそうになる。
しかし、よくよく見れば、確かに尾形の目元にはクマのようなものが出来ていた。
がっしりとした体形はあまり変わらないのだが、顔色は悪い。
水城は頬を撫でていたその手で、尾形の目元のクマを親指の腹で撫でた。


「そっか…だから顔色が悪いんだね…駄目でしょ?ちゃんと食べて、寝なくちゃ…私と再会する前に倒れて会えなくなっちゃうのは嫌よ」

「ああ…」


叱るときも優しく諭すように叱る。
愛おしいと思った。
追い込まれるほどに自分を愛してくれる目の前の男が…愛おしいと、思った。


「…嫌になったか」


尾形は不思議でならなかった。
普通、女は他の女の気配を嫌がる生き物だ。
浮気が原因で別れるカップルや夫婦は百年経とうと減らない。
だが、目の前にいる女は嫌な顔どころか、悲し気な表情すら浮かばない。
どうでもいいからだろうか、とついマイナスな思考へと傾けてしまう。
それは恐らく、尾形は身代わりにした女達ではなく、水城に対して自分のした事に負い目を感じているからだろう。
自覚はないが、尾形のその目は不安で揺れていた。
それは水城に伝わり、水城は初めて尾形の弱いところを見た。
百年前はお互い立場的に弱いところが見せられなかったため、水城も尾形も体を重ねていても心を許せなかった。
そのため、百年経ってようやく水城は尾形の弱っている姿を見る事が出来た。
その姿に水城は思わずきゅんと胸が切なくなる。
加虐心があるとかではなく、弱っている彼を守らなければという母性本能が働いているのだろう。
水城は尾形の両頬を包むように触れ、今世でも彼の薄暗い黒い瞳を覗くように見る。


「まあ…確かに…私の事を想ってくれているのに他の人と関係を持ってたって聞いていい気分じゃなかったけど…でも、待たせすぎた私にも非があるわけだし……それに…あなたの彼女さん達には申し訳ないけど…彼女さん達が私の代わりだって聞いて…喜んでしまったの…」


彼女、と聞いて尾形は『いや彼女じゃない』と否定したかった。
何も思わない女を自分の彼女と思われるのが不快だった。
だけど、水城の言葉にその不快感も消え去ってしまう。
水城のたった一言で自分の感情が浮き沈みする様に内心苦笑いを浮かべてしまう。
水城は、最初尾形が自分以外の女性と関係を持っていると聞いてショックを受けた。
だが、それは自分の身代わりだと聞いて嬉しいと思ってしまった。
本当なら『最低』だと言うべきだし、思うべきだというのに。
身代わりにされた女性達を傷つけてそれを喜んで…水城は罪悪感を感じていた。
だが、それ以上に喜びの感情が上回ってしまっている。
水城も尾形同様、相手の言葉一つで感情が左右される。
水城はそんな自分を卑怯だと思いつつ、包むように触れていた手で尾形の頬を摘むように軽く引っ張る。


「でも、もう浮気はダメだからね…恋愛感情がなくたって私以外の女の人とエッチしたら別れるから」


とはいえ、今後同じような事をされたら嬉しいなんて感情は浮かばないだろう。
むしろ怒りしか浮かばない。
でも別れるかは分からない。
許してくれ、と。
もう浮気はしない、と。
本当に好きなのはお前だけだ、と。
そう尾形に言われてしまうと、きっと許してしまいそうなほど、水城は尾形に心を奪われている。
水城はむにっと摘んでいた手を止めて、労わるように両頬を包むように触れ、親指の腹で撫でる。


「女の人と喋るのは許してあげる…でも口説くのは駄目、口説かれるのも駄目だよ」

「ああ」

「事故なら…まあ、許してあげるけど…でも、触れるのも触れられるのも駄目、浮気認定しちゃうから」

「ああ」

「キスなんて以ての外だからね…それが頬でも額でもどこでもアウト…アシリパさんに言ってストゥでお仕置きしてもらうんだから」

「ああ」

「女の人と二人っきりになるのも浮気なんだからね…ううん…二人っきりじゃなくたって女の人と会うのはやめて…」

「ああ」


無茶ぶりを言っていると水城は自分でも自覚がある。
だがそんな自分の無茶ぶりにも、尾形は同じ返事を返すものの、その目は歓喜の色に染まっていた。
表情も、百年前と同じ何を考えているのか分からないような無感情なのに、今はどこか穏やかで嬉しそうにも見える。
水城は安易に頷く尾形に不安に感じることはなく、自分の腰を抱く尾形の手首に巻かれている腕時計の文字盤を保護しているガラスに触れる。


「女の人のプレゼント…受け取っちゃ、やだ…」


水城の言葉に、尾形の体は歓喜に震える。
あの水城が。
あの…百年前は嫉妬さえ見せてくれなかった水城が…今、目の前で、嫉妬している。
それも尾形が何にも感じていない女の贈り物に、だ。
どうでもいい女ではあったが、水城が嫉妬してくれたのなら、いい働きをしてくれたと褒めてやってもいい。
しかし、そうなるとあの女と二人っきりになる事になり、あの女のことだから褒めたら調子に乗って尾形に触れるかもしれない。
以前の尾形ならそれも別に興味もなく、触れるだけならば好きにさせていただろう。
だが、そうなると、だ。
そうなると、水城の『女の人には触れるな』『女の人と二人っきりになるな』という約束(なのか??)を破ることになる。
それはマズイ。
それはダメだ。
水城の我が儘で行動が狭まれたものの、そんな束縛が心地いいとさえ思ってしまう自分もいた。
上目で尾形の様子を伺う水城が可愛くて、尾形は水城に口づけをした。


「なら、水城が外してくれ」


そう言いながら、また口づけを落とす。
水城は尾形の言葉に目を見張る。


「私が?」


『分かった』、と言って次の日くらいには外されているとばかり思っていた水城は、まさか今外すよう要求されるとは思っていなかった。
その間も尾形のキスは止まることはなく、尾形は軽いキスから深いキスへと変える。
キョトンとさせる水城の少し開けられた隙間から、尾形の舌が侵入し、水城は『んぅ』と鼻に掛かった甘い声を零す。
先ほど啄むように何度も軽いキスを繰り返していたが、その口づけが深くなると何度も角度を変えて唇を重ねる。
百年ぶりの口づけに尾形も水城も夢中になり、お互いを求めあった。
尾形は水城の顎を掴み、顔を上に向けて水城を更にキスで追い込む。


(甘い…何もかもが甘くて…熱い……このまま溶けてなくなりそうだ…)


キスしただけで体が熱くなるのを感じる。
こんな感覚百年ぶりだった。
それも、百年前に水城と体を重ねて以来の感覚だ。
水城の身代わりに女を何人も抱いてきた。
しかし、いくら世間ではいい女だと言われるであろうスタイルや容姿や技術を持った女と寝ても、こんな感覚にはならなかった。
どんなに女を抱いても男としての快楽を感じはすれど、心は満たされなかった。
だけど水城とはキスだけだというのに、心が満たされていくのを感じる。
キスしただけでこんなにも体が火照るというのに、これで体を重ねたらどうなることか…
水城は顔を上に向けられているため、キスで絡むお互いの唾液をコクコクと飲み込む。
自分の一部が水城の喉を通して体内に入り込んでいる様を見え尾形は背筋をぞくぞくとさせた。


「水城…」


水城はキスだけで息を荒くし、頬を染め、トロンと蕩けている目で尾形を見つめていた。
前世では水城の初めてを貰う事はできなかったが、今世での水城は本物の初物だ。
全て尾形のために取っておいてくれたものだと思うと、男としてたまらなくなる。
切なそうに名前を呼べば、水城は蕩けていた瞳を尾形へ向ける。
その瞳には熱が籠って艶めかしく濡れており、水城は尾形に欲情していた。


「早く、外してくれ…」


水城の耳元でささやくと、水城はビクンと肩を竦めた。
耳輪を、はむっと甘噛みすると水城から甘い声が零れた。
それに調子に乗るように耳輪から耳たぶへと甘噛みし、耳を愛撫していき、耳の穴に舌を突っ込んだ。
耳を愛撫するたびに水城は喜びの声を零し、今世も水城は耳が弱点だと知る。
耳を愛撫しながら、水城に腕時計を見せるように持っていく。
水城は甘い声を零しながら、その腕時計を蕩けた目で見つめ、ゆっくりと手に触れる。
その間も愛撫は止まらず、腰に回している手が意味ありげに水城の腰に触れるのさえ水城はビクビクと感じていた。
快楽に溺れながら水城は、なんとか女のプレゼントだという腕時計を取る事が出来た。
尾形は腕時計を取ったのを確認し、水城にご褒美だと耳を吸ってやる。
じゅっ、と直に聞こえる水音に水城は興奮で体を震わせた。
尾形は耳から口を離し、水城を見る。
水城は耳の愛撫だけで口づけ以上に蕩けた表情を浮かべていた。
熱が籠っているのか、もじもじと股をすり寄せており、その姿だけでも尾形の男の本能を擽らせる。
浅い息を繰り返す水城の頬に手を伸ばし、優しく触れる。
その手に水城は、尾形を見上げた。
完全に欲情した女の目は、琥珀色を更に濃くさせ濡れていた。
薄く開かれている水城の濡れている唇に惹かれるように、尾形はもう一度口づけをする。
深い口づけに、水城は目を瞑って受け入れる。
お互い夢中になっているためか、水城の力が抜けた手から女のプレゼントである腕時計が落ち、ゴトリと音を立てたのに気づかなかった。

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