(9 / 10) 転生パロ (8)

尾形のプロポーズに水城は目を丸くさせる。
そんな水城などよそに尾形はジッと真剣な目で水城を見つめ、水城の左手を握り締める。
手を握り締めらた水城は、カッと体が熱くなるのが分かった。
尾形に手を握られ水城は我に返り、向けられる尾形の視線から逃れるように俯く。
俯く水城に、尾形は続けた。


「金で苦労はさせないと誓う」

「………」

「浮気も絶対にしないと誓う…もしも疑われるような事をしたら遠慮なく殴ってくれたってかまわない」

「………」

「必要以上に縛り付けないと誓う…アシリパ達と遊びたいのなら遊んでもいい…幼馴染達とだっていつでも遊びに出掛けても構わない」

「………」

「本当は専業主婦になって家にいてほしいが…結婚しても退職したくないのならそのまま働いてくれてもいい…パートをしたいというのならそうしたって構わない」

「………」

「子供も沢山作ろう…静秋だけではなく、男も女も沢山…」

「………」

「年を取ってお互いシワだらけになっても傍にいてほしい」

「………」


尾形のプロポーズに水城は黙ったまま俯いていた。
しかし、彼の言葉一つ一つに、水城はコクリコクリと頷く。
尾形が誓いを立てる度に、触れている水城の手や、抱き込んでいる体の熱が上がっていくのを感じる。
それが愛おしいと思った。


「水城…返事を聞かせてくれ…」


再会が突然だったのだから、水城の心の整理も必要だ。
本当なら待ってあげた方が良いのだろう。
しかし、そんな余裕は尾形にはない。
何だったら今すぐにでも神父を叩き起こして結婚式をあげたいくらいだ。
結婚届なんて後からでもどうとでもなる。
しかしそれをしないのは、まだ尾形の頭の中にいる理性が生き残っているのと、今世くらいは祝福されて水城を幸せにしたいと願っているからだ。
前世で幸せにさせてやれなかった分…いや、それ以上に幸せにして、今度こそ水城と夫婦となり生涯を閉じたい。
そして、来世、そのまた来世でも水城と出会い、幸せな家庭を築きたいと尾形は思う。
尾形の問いに、また繋がっている手の力が入れられ、熱が上がった。
水城は尾形の問いかけに、恐る恐ると顔を上げる。


「不束者ですが…末長くよろしくお願いします」


水城は泣いていた。
声も震わせ、しかし、嬉しそうに笑っていた。
尾形のプロポーズは、水城の望むロマンチックなものではない。
しかし、それでも尾形と共にこれから人生を歩むのだと思うと胸がいっぱいになって苦しくなってしまう。
だけど、もう尾形を想い泣く日々を送らなくてもいいと思うと、その苦しみは心地よかった。
感激から流れる涙に尾形は目を細め微笑む。
今世で生を受けてから初めて心からの笑みだった。
いかに自分が笑えていなかったのか尾形は気づく。
しかし、これから水城と共に歩む中で、心からの笑みなんて数えるきれないほど浮かべる事が出来る…そう思うと、これからの未来どれほどの茨の道があろうと乗り越えれる気がした。
尾形は嬉しそうに微笑み、繋がっている手の薬指に唇を寄せた。
そこは近い将来に、水城の手を輝かせてくれるリングが嵌められる場所だった。
水城も涙を流しながらも、尾形に微笑みを向けた。
しかし…―――尾形は何故か突然立ち上がった。


「へ…?」


水城を横抱きにして立ち上がった尾形に、水城は目を瞬かせた。
尾形はそのまま水城を抱き上げたまま、二人きりだった個室を出て、隣の白石達がいる個室へと駆け込む。
あっという間の出来事に水城は呆けたままだった。
白石のお陰で(男だけ)盛り上がった個室は、足で乱暴に扉を開けながらの尾形の登場に水を打ったようにシンッと静まり返った。
誰もが尾形に注目している中、尾形本人はアシリパに向かって…


「アシリパ!!水城を貰うがいいか!!」


そう大声で言った。
その瞬間、周りの個室からも音が消えた。
軽やかなBGMのみが流れる。
水城は真っ赤にさせ、口をパクパクさせながら尾形を見上げていた。
そんな水城をよそに、


「ああ!!構わない!!水城を幸せにしてやれ!!!」


そう返した。
とてもとても、大きな、声で。
水城は更に顔を真っ赤にさせて、口をパクパクさせながらアシリパを見た。
アシリパはとてもまばゆい笑みを浮かべ、親指を立てていた。
言質は取った。
立派な証人がこんなにいるのだ。
酔っ払いの勢いだと、後でグチグチ言われようが、もう遅い。
尾形はそう思いながら頷く。
そんな尾形の計算など気づかず、アシリパは続けて言った。


「今度こそ水城を泣かせるなよ!!もしも水城を泣かせたら私のストゥが火を噴くことになるからな!!!」


ストゥという言葉に水城は『ひぇ…』と零す。
呆気から返ってきた白石からは『どこで覚えてきたの、そんな古い言葉』と突っ込まれたが、無視である。
アシリパは尾形がしっかりと頷いたのを見て、白石からビールを奪い一気に飲み込んだ。
前世でも未成年の飲酒は禁じられていたが、今よりも緩かったため、水城さえもアシリパの飲酒を黙認していた。
しかし現代ではそうはいかない。
前世から今世にかけて色々な物が整理されており、未成年への飲酒も前世より厳しくなっている。
体が出来上がっていないため、幼い体ではアルコール分解が大人よりも上手くいかないからだ。
それでなくても日本人は、外国人よりもアルコール分解能力が低い。
そのため、未成年への飲酒は禁じられている。
特に飲酒を勧めたり黙認していた周りの大人は厳しい罰則がある。
しかし尾形はビールを自棄酒するアシリパの青い瞳が濡れているのを見て、見て見ぬふりをした。
白石やキロランケも、アシリパの水城への想いを知っているのか、心配そうに見つめながらも何も言わなかった。


「杉元〜!尾形ちゃ〜ん!おめでと〜!」


アシリパの了解を得たという事は、もう結婚秒読みである。
白石は両者の両親への挨拶など吹き飛ばしてそう思った。
まあ、反対されたとしてもこの二人なら駆け落ちしてでも結ばれるだろうな、とも思う。
シンッと静まり返るその場を盛り上げるように、白石は両手で思いっきり拍手をした。
それにキロランケも続けて拍手を送る。
二人の拍手に、部下達もまだ理解が追いつけていないものの、上司のおめでたい場面に拍手を送る。
なぜか、外の個室からも拍手が上がり、この店ではこの個室の女達以外の全ての人間が水城と尾形に向かって拍手をしていた。
それに水城は耐えきれず真っ赤な顔をし俯いてしまう。
そんな水城に気づきつつも、白石は尾形の傍に歩み寄り、尾形の肩を叩く。


「いやー!中々尾形ちゃんと会えないし、今世じゃ尾形ちゃんと再会できなかったらどうしようと思ってたよ〜」

「本当にな…このまま杉元が暴走して見合い相手と結婚するって言い出すんじゃないかって冷や冷やしたもんだ」

「そんな事許すわけがねえ…それにもし結婚した後再会したって奪い返すに決まってんだろ」

「おっ!略奪発言いただきました〜!!いやぁ、お熱いね〜〜!もう独占欲を発揮ですか〜!独占欲強すぎて杉元と遊べなくなるなんてこと勘弁だからね、尾形ちゃん!」

「ありそうだな、それ…杉元に『お前は俺だけ見ていればいい』とか言って監禁してそう」

「あ?んな事するわけねえだろ…お前ら俺を何だと思ってんだ…」

「鬼畜」(K氏)

「俺様」(S氏)

「……………」

「するわけないとか言いつつもお前あれだろ…俺らより杉元と再会できてたらそうしてただろ?」

「……………」

「沈黙するってことは肯定だってことでいいのかなぁ??尾形ちゃん???」


白石とキロランケの攻撃に尾形は黙り込む。
それは白石の言う通り、肯定であった。
特にアシリパと再会する前に水城と再会できていたのなら、何だかんだ理由をつけて水城を縛り付けていただろう。
黙り込む尾形に、白石は『ピュウ☆』と手で銃の形を作って撃った。
手が自由だったらその手を叩き落としていただろう。
尾形の無言の肯定に俯いていた水城がガバリと顔を上げた。


「プロポーズするときアシリパさん達と遊んでもいいって言ったじゃん!!縛らないって言ったじゃん!!」

「…それぐらい愛してるってことだ…お前が離れていくのを分かっててそんな事できるか」


プロポーズしてくれた時、尾形は水城に『必要以上に縛らない』と誓った。
その誓いは法的ではないものの、誓いは誓いだ。
水城は信じていたが、白石達のやり取りに顔を上げた。
ムスッとさせる水城の額に己の額をくっつけ、グリグリと押し付ける。
それでも水城はムスッとさせたが、その顔は赤く染まっていた。
それは羞恥ではなく、『独占してしまうほど愛されている』という嬉しさからだろう。
尾形も水城の反応に気づいており、機嫌を取る様に頬にキスをした。
それを見て白石は『ヒュ〜☆お熱いねえ!』と冷やかす。


「まあ、座って座って!お二人さんの席はこちらになりまーす!」


そう言って白石は上座に二人を案内する。
水城は横抱きにされていたが、白石に案内された尾形にそっと優しく降ろされた。
その何気ない気遣いが、尾形に大切にされていると思えて嬉しかった。
しかし、尾形は水城の胸元を見た後、白石へ振り返りこういった。


「おい白石、脱げ」


その言葉を聞いた瞬間、白石は『えっ』と声を零し、女性のように胸元を隠すよう手を胸元でクロスさせた。


「えっ、やだ…尾形ちゃん…もしかして俺も狙ってる…?一夫多妻制狙ってる??普通に最低…」

「なに馬鹿な事言ってんだ…俺は今も昔も水城一筋だ…大体な、お前みたいな奴嫁の貰い手どころか旦那の貰い手があるわけがねえだろ」

「ひどい!事実だけどもひどいわっ!」

「いいから上着よこせって言ってんだ…目に毒だろ…」


目に毒??、と白石が首を傾げたが、チラリと尾形が水城の方を見たので、その視線を伝っていくと納得した。
水城はシャツのボタンを吹き飛ばされお胸が丸見えだった。
閉じようにもボタンがないので閉じられず、かと言って尾形のジャケットでは肝心な胸の部分が隠せない。
なので、白石の着ているカジュアルシャツを強奪…もとい、借りようと思ったのだろう。
それを白石は気づき納得したが、『いつまで見てんだ殺すぞ』という旦那様の地を這うような声に、立派なお胸様から視線を逸らす。


「でも俺もこれ脱いだら―――」

「いいから脱げシライシッ!!」

「きゃぁーーっ!アシリパちゃんセクハラよーーっ!!」


昔から白石は弄られ役であったが、今世もそうなのだろう。
シャツを脱げという尾形の言葉に尻込みしていると、アシリパに飛びかかられシャツを強奪された。
『とったどおおお!!!』、と勝利品を天に掲げ、某芸人のもう古くなった言葉を高々に叫んだ。


「ほら、これ着てろ」

「あ、ありがとう…」


インナー1枚となった白石は『穢された…アシリパちゃんと尾形ちゃんに穢されちゃった…』と女のように泣き真似していた。
そんな白石を横目に見つつ、水城は渡されたシャツを着る。
ふわりと白石の匂いがしたが、それは言わないでおく。
弄られキャラといえど、自分のせいで死んでしまうのは目覚めが悪い。
それに白石は次の瞬間にはケロッとしており、水城達の傍に座っていた。


「では、仕切り直して……えー、尾形さんに質問です!!知り合ったきっかけはなんですか!!」


気を取り直した白石は誰のか分からないおしぼりをクルクルと丸めて口元に持っていく。
どうやらマイク代わりなのか、自分の口元に向けていたおしぼりを尾形に向かって差し出す。
インタビューの真似事をする白石に、水城は恥ずかしくて『もうやめてよ!』と言いかけたが、それを白石のインタビューに答える形で尾形が遮った。


「そうだな……一方的だが旅順攻囲戦の少し後か…どんな重傷を負っても死なない奴がいるって聞いて興味を持ってた時に丁度生死の境目の場所で呑気に花なんざ育ててる奴が見えたんでな…ちょっかい出したのがきっかけだったな…」

「え…」


水城は目を丸くして尾形を見た。
尾形とは特別これといった出会いではなかった。
吉平の嫌がらせで花壇の世話をしてからは何度も会っていた。
それを繰り返して、やっと水城は尾形を認識したくらいだ。
しかし、尾形はそれよりも以前から自分を知っていたと聞き、驚いたが、すぐに納得する。
自分は生前、『不死身の杉元』として名が通っていた。
その名がついたのは後ではあるが、初めて戦場に立ってから水城は幾度も傷を負っては復帰している。
その噂を尾形が知っていても可笑しくはない。


「ほうほう!その時の第一印象は?」

「第一印象も何も…包帯だらけだったから顔までは分からなかったしな…それにこいつは男と偽造して戦場にいたんだ…常に帽子を深く被って顔を隠してたしな…まあ、やけ整った顔をした美丈夫だったからさぞかし引く手あまただろうな、というのが第一印象だな」

「あー…確かに…杉元って顔に傷があっても分かるほど整ってるもんな」


尾形の言葉にキロランケが髭を撫でながら納得するように頷いて水城を見る。
キロランケの言葉に、白石も頷きながら水城を見る。
水城はキロランケと白石の視線に居たたまれなくなり、視線から逃れるように俯く。
俯く水城の初心な反応を、男達は微笑ましそうに見つめる。
するとキロランケが『それじゃあ』と白石の手首を掴み、マイク代わりのおしぼりを自分の口元に向け、続けて尾形に差し向けた。


「好きになった切っ掛けはなんですか?」


キロランケも取材のノリで聞き、水城も気になったのか、俯いていた顔を上げて尾形を見た。
水城の視線を受けながら、尾形はコテンと小首を傾げた。


「さぁなぁ…気づいたら執着してたから…分からんな…」


尾形の回答に水城は目を瞬かせた後、クスリと笑い尾形の肩に頭を預ける。
白石やキロランケは『なんだそりゃ』と零していたが、水城は尾形の言葉に不安も期待外れだと思う事はなかった。
理由は簡単…水城も同じことを思っていたからだ。
最初はお互い好意はなかったのだろう。
尾形は、ただ馬鹿みたいに高い遊郭や売春宿に通うよりもタダで手頃に抱ける女を発見しただけ。
その中で、鬼神を手懐けたかったのもあるのだろう。
水城はとにかく腹に宿る子供が、吉平の血を引かなけれそれでよかったのだ。
そこにあるのはただの利害の一致だけだった。
しかし、お互い関係を持ち旅を続けていく中で惹かれあったのだろう。
尾形は水城に執着していた。
しかし、はっきりと意識しはじめたのが何の切っ掛けか、どの時期に当たるのかは分からない。
気づいたら好意や愛を通り越して、相手を殺すほどの執着していた。
それは水城も同じだった。
水城も尾形を意識し始めたのは旅の途中ではあるが、それがいつ、どこで、どのタイミングでなど分からない。
気づいたら尾形の事を愛していたのだ。
殺されかけ、脳の一部が失ったが、不思議な事に愛情は失わなかった。
尾形の自分への気持ちが分からなかった水城は、殺されかけた事で尾形は自分の事を好いていないと勘違いした。
それが愛情の裏返しだと気づかず、百年もお互い相手を想い続けていた。
水城も尾形も、お互いを想いすぎたため、相手を忘れられず誰とも結婚せず生涯を終えた。
すれ違いにしては2時間ものの昼ドラも裸足で逃げ出すほどだろう。


(なんだ…尾形も私の事を好きでいてくれたんだ……ならあの時…怖がらず尾形を探せばよかったな…)


好きなら、愛していたのなら、なぜ、愛した女の頭を撃って殺そうとしたのか。
水城は百年経っても、尾形の狂気じみた考えは理解できない。
でも、殺したいほど愛してくれていたのだと当時に気づいてさえいれば、息子に父親のいない寂しさを味わわせなくてよかったのかもしれない。
尾形を忘れられず、人に隠れて泣くこともなかったのかもしれない。
尾形に寂しい思いをさせなくてもすんだのかもしれない。
しかし、そう思うもすでにそれは過去になった。
今は百年の寂しさや虚しさを埋めるどころか、溢れてしまうほどの幸せを貰い、与えてやればいいのだ。
今、水城は幸せ一杯だった。
そんな水城などよそに、キロランケと白石を押しのけてアシリパが尾形の傍に移動し、バシバシ尾形の肩を思いっきり叩いて絡みだす。


「尾形ぁーー!!!お前はぁ〜!絶対にぃ〜!水城をぉ〜!泣かせないとぉ〜!約束できるかぁ〜〜ッ!!」


テンションや話し方、そして顔が真っ赤になっているのを見て、アシリパが完全に酔っぱらっていると分かる。
酔っ払いの面倒臭い絡みに『それ二度目だぞ』と零しながら、尾形もアシリパの水城への想いを知っているので付き合ってやることにした。


「ああ、絶対に泣かさないと約束する」

「涙一粒でも流させてみろ!!!ストゥだけでは済まさないからな!!!」

「ああ…絶対に涙一粒も流させない」

「私は子供は沢山がいい!!!」

「奇遇だな、俺もそう思っている」

「生前のフチは20人以上の兄弟がいたぞ!!尾形ぁ!お前はぁ!ほんっとーーにぃ!水城を愛しているならぁ!!それぐらいのぉ!甲斐性をぉ!見せろぉぉ!!!」


バシバシと肩を叩くアシリパに、尾形は『親戚の面倒くせえ親父かよ』と悪態を付けながら頷く。
親父臭い絡み方をするアシリパに白石が『どうどう、アシリパちゃん、どうどう』と落ち着かせようとするが無駄だった。
キロランケは、アシリパに絡まれる尾形を肴に楽しく他人事でお酒を飲んでいた。
生前のフチ、と言っても、今世のフチは生きている。
生前のフチとは、明治時代のフチの事を言っていた。
今世もフチは大家族だが、明治時代に比べると小規模となっている。
水城はアシリパの言葉に『ニ、ニジュウニン…ハ…ムリ…』と顔を青ざめて首を振った。
別の時空軸ではそれに近い子供の数を産んでいるとは、水城は知らない。
しかし、尾形は満更でもなさそうに頷いた。


「そうだな…毎年一人は産ませれば水城も俺から離れないか…」


別の時空軸でも尾形は尾形だった。
そう零す尾形に、白石は『ひぇぇ…ヤンデレだぁ…』と顔を引きつらせ、キロランケは『いや、それ逆に嫌になって逃げないか?』と苦笑いを浮かべ、アシリパは『そうだ!!毎年一人は産め!!男なら少子化を止めてみせろ!!!』と無茶振りをしながら腕を組みウンウンと頷いていた。
対して水城は顔を更に青ざめ、尾形を信じられない目で見上げた。


「ちょっと…嘘よね!?流石に…に、20人も産むのは無理よ!」

「いいじゃねえか…静秋も前は一人寂しい思いをさせてしまったんだ…今世も寂しい思いなんてさせたら罰が当たる」

「そ、それは…そうだけど…で、でも!!20人は勘弁して!!産むの私なんだからね!!」

「そうだな…大丈夫だ、俺も協力するから…あー…でも、独り暮らししてるから家事は一通りは出来るが料理がな…今のうちに料理教室でも通うか…小学に上がれば裁縫技術も必要だな…この際だ、裁縫教室も通うか」

「そういう意味じゃないから!!!毎年産んでたらお腹の皮が伸びちゃうでしょ!!」

「なんだ…スタイルが崩れて飽きられるのを怖がっているのか?安心しろ、そんなことくらいで愛情が冷めるくらいなら百年もお前に執着はしていない…どんなお前でも愛せる自信しかない」

「えっ」


そう言いながら尾形は隣にいる水城の肩を抱き、グイっと引き寄せた。
尾形の告白と仕草に、不覚にも水城はドキンと胸を高まらせた。
高鳴る胸元を押さえるように触れ、水城は頬を赤らめ、『やだ…イケメン…』と零す。
琥珀色の瞳にハートを浮かべる水城に、尾形も愛し気に見つめ返す。
絆されている水城に白石は『いやそうじゃねえだろ』と心の中で突っ込んだ。


「馬鹿野郎ぉぉ!!そう簡単に絆されるんじゃない!!水城!!こいつはなぁ!愛してると言いつつもお前の頭を撃った奴だぞ!!!騙されるな!!自分をしっかり持つんだ!!!」

「お前なぁ…祝福する気あるのかないのか、どっちだよ…」


見つめ合う二人に、酔っ払いが割り込んできた。
アシリパは先ほどまで二人を認め祝福していた。
だがその態度を一転させ、結局祝福する気があるのか、ないのか、分からないアシリパに尾形は呆れたように呟く。
とは言え…アシリパの気持ちも分からないでもないのだ。
アシリパは水城を明治時代から慕っていた。
そこに恋慕があったかは流石に分からない。
だけど、少なくともアシリパと水城はお互い相棒と呼ぶほど信頼し愛情を持っていた。
それは、尾形でさえ二人の間に入り込めないほどだった。
尾形と結ばれず寂しさに泣く水城を見ていられなかったのも本心。
尾形と結ばれて幸せそうな水城を祝福しているのも、本心だろう。
酔っぱらっているため感情が上手くコントロールできないのだろう。


「尾形ぁ!いいかぁ!!もしも静秋にも記憶が残っていたら覚悟するんだな!!静秋は影で母親が泣いていたのを見ていたんだ!!一発殴られるのを覚悟しろ!!いや!!殴られろ!!殴られちまえ!!バーカバーカ!!オガタのバーーカ!!」

「んもぉ〜!アシリパちゃんったら、支離滅裂ぅ〜」


もう子供の駄々である。
白石は『はーい、子持ちししゃもだよぉ』と言って一匹の子持ちししゃもを、アシリパの口に突っ込んで黙らせる。
アシリパは口の中に入ってきた子持ちししゃもを、『ヒンナヒンナ』と言いながらまるで細い棒のお菓子のようにポリポリと胃の中に収めていく。
二匹、三匹、とししゃもを食べさせて大人しくさせていたが、ついにししやもが全てアシリパの胃の中に納まってしまった。
次なる貢物をと白石が探していた時…


「キスしろ!!キス!!」


酔っ払いアシリパがそう言った。
突然のセクハラに尾形と見つめ合っていた水城は顔を赤くしてアシリパを見る。
尾形も突然の言葉に驚いている様子だった。
それを躊躇していると勘違いしたアシリパは、更に挑発する。


「出来ないって言うのか!尾形!それでもお前は男か!!!口だけか!!口だけシサムか!!本当に水城を愛しているなら!!人前だろうがどこでだろうがキスできるものだぞ!!キスだ!!キス!!ほれしろ!今すぐしろ!!さっさとしろ!!秒でしろ!!」


どんな理屈だよ、と白石は思う。
しかし、今の暴走アシリパに常識は通じないと諦めた。
キロランケも苦笑いを浮かべるばかりで、アシリパの暴走を止めるのは無理だと判断したのだろう。
そこに、追い打ちをかける人物がいた。


「お!いいっすね!!課長キスしちゃってくださいよ〜!」


凡ミス君こと、山内がアシリパに援護射撃してきた。
山内も顔は赤く、どうやら酔っぱらっているようだった。
同僚に『おい、やめろって』と止めてもヘラヘラ笑っているだけだった。
尾形に彼女が出来た事で、狙っている子を誘いやすくなったとご機嫌なのだろう。
素面の社員達はお調子者の言葉に、尾形をチラチラ見てハラハラしながら様子を見ていた。
鬼課長の友人のお陰で、気難しい鬼課長の機嫌はそれほど悪くはない。
友人達の前ではあんな反応をするのか、と驚いたくらいだ。
しかし、いくら友人達の前で機嫌を良くした気難しい上司でも、鬼課長は鬼課長である。
酔っている様子もなく、次の日にどう響くか分からない。
このご時世、上の一言で平社員程度の首など吹き飛ぶ時代である。
しかし、酔っ払いはどこにでもいる。


「課長ぉ〜!おめでとうございまぁーす!」

「熱烈な惚気ありがとうございまーす!!」

「キスしてくださいよぉ!キス!」


今まで黙って様子を見ていた部下達も、酔った勢いを借りて、普段気難しくて揶揄えない上司を弄る。
酔っ払い一同がついに『キース!キース!』と、まるで高校生のようなノリでキスコールを始めてしまう。
酔っぱらっていない社員達は、チラリとある方向を見た。
そこにいたのは、女性社員達だった。
盛り上がる中、その空間だけはお通夜状態だった。
皆、尾形を狙っていたため、狙っていた男のラブシーンなど拷問に等しいのだろう。


「ち、ちょっと…っ!悪ふざけもいい加減に…」

「水城」


お調子者の白石と酔っぱらっているアシリパも、周りに同調してキスコールを始める始末。
水城は調子に乗る周囲を注意しようとするも、尾形に名前を呼ばれ、尾形に顔を向け…『なに?』と問いかけようとした水城を更に抱き寄せ、その口を尾形は塞いだ。
キスコールをしていた周囲もキスをするカップルに、歓声が上がり、拍手が起こった。


「ん…んぅ…」


水城はキス一つでなんで拍手が起こるんだと思っていたが、尾形とのキスが気持ちよくてそんな突っ込み消えてしまう。
深いキスは流石にされなかったが、角度を変えて何度もキスをする尾形に、水城も答える。
二人のキスに、ついに我慢できなくなったのか、女性が数人個室から出て行ってしまった。
その女性達は尾形の元彼女達だった。
勿論、尾形の両脇にいた女性達が先頭に出て行ってしまった。
尾形と付き合った時期が長いからとよく分からないカーストの上にいた彼女達は、ずっと尾形とより戻そうとしていた。
イケメンで実力のある彼には、美人でスタイルもいい自分がお似合いだと思っていたのだ。
しかし、水城の登場でその道は閉ざされた。
最初こそ『どうせすぐに別れることになる』と余裕を見せていた。
確かに水城は美人ではあるが、その前に"傷物"だ。
美人でも顔や体の残されている傷で、良い素材が台無しになっている。
こんな傷物よりも自分の方が断然いいに決まっている。
彼女たちは水城を見下していた。
そこには嫉妬もあったが、水城の残る傷を嘲っていた。
だから彼女たちは、尾形が水城と付き合うのも、ただの口直しのつもりだと、それほど気にも留めていなかった。
最近尾形は、誰にも手を出していないから、マンネリ化したのだと思い、気分転換に手を出しただけで、付き合ってもすぐに飽きられて捨てられると思って余裕に思っていた。
どうせすぐに綺麗な体を持つ自分達のところに戻ってくるのだと。
人間、時々好みとは違う物を食べたくなるものだ。
彼女たちは証拠もなく確証もなく、そう思っていた。
しかし、それは勘違いなのだと思い知らされた。
自分達には決して見せてくれなかった、尾形の穏やかな表情や、相手を思いやり愛おしそうに見せる仕草などもそうだが…
しかし、決定的だったのが、先ほどのキスだろう。
自分達には決してされなかったものだ。
どれだけキスをせがんでも、尾形は決してしてくれなかった。
体を重ねても一度もキスはしたことがなかったのだ。
体を重ねても尾形は朝を共にせずすぐに帰ってしまう。
デートも自分から誘わなければしてくれないどころか、連絡さえ取ってくれない。
それどころか、付き合っているのに恋人らしい甘い空気なんて一度も感じた事がない。
文字通り体だけの関係だった。
それで付き合っているなんてよく言えたものだが、彼女達は彼女達で、尾形を愛していたのだろう。
そこに打算しかなかったとしても、彼女達は尾形を愛していた。
だからこそ、見てられなかったのだ。
尾形は出ていく女達を気にもせず、水城とのキスに夢中になっていた。
隣の個室でもキスをしていたが、やはり水城とのキスは甘く感じられて夢中になってしまう。
しかし、流石に人前で追い込むと、後々水城に怒られるのは必須。
周囲が冷める前に尾形はキスをやめて水城から顔を離す。
顔を離された水城の顔は残念そうで、もっと欲しいと言わんばかりに熱っぽく尾形を見つめる。
そんな顔を彼女にさせて放置など男が廃る。
濡れた瞳で物欲しそうに見つめる水城の頬を優しく撫でた後、ちゅ、とリップ音を立ててもう一度だけキスをした。


「続きは今度な」

「…っ」


内緒話のように耳元で囁く尾形の言葉に水城はカッと頬を赤らめた。
さり気なく耳にキスを落としながら、尾形は水城から離れる。
水城は周囲の歓声などもう気にする余裕はなかった。


「おぉがぁたぁぁぁ!!」


歓声が上がっても店側は注意しに来ない。
注意しても無駄たと思ったのか、それともめでたい事だと気を使ってくれたのか…
分からないが、尾形は白石達や部下達に祝われながら、会計時に迷惑料として上乗せし、山内には何か送っておくかと考える。
これは決して痛い出費ではない。
迷惑料と言ったが、尾形としては謝礼である。
この店がなければ、山内の凡ミスがなければ、水城と付き合うどころか、再会すらできなかったのだ。
下手をすれば、百年前同様、独り身で今世を終えていたかもしれないのだ。
金や物で感謝を示せるなら、安い物だ。
余韻に浸っている水城の額の傷にキスをしていると、アシリパに呼ばれる。
怒鳴り声に近い声で呼ばれ、水城はビクリと肩を揺らし、アシリパを見た。
怒っているのかと尾形も思いながらアシリパへ視線をやれば…―――アシリパは泣いていた。


「…絶対に…絶対に、水城を泣かすなよ…水城を幸せにしろ……今度こそ…水城を寂しい思いや悲しい思いをさせたら今後一生…何度生まれ変わってもお前だけには会わせん…どれだけお前が水城に近づこうと絶対に私が邪魔をしてやる…!!いいな!!水城を幸せにしろ!!今世だけじゃない!!来世もそのまた来世もだ!!!水城を泣かすな!!!水城を悲しませるな!!」

「アシリパさん…」


アシリパは青く大きな瞳からポロポロと止めどなく涙を流す。
あふれ出る涙をぬぐう事もなく、アシリパは真剣な表情を浮かべながら尾形をジッと見つめていた。
尾形もアシリパの濡れた瞳を見つめ返すと、アシリパは尾形に向かって指さす。


「お前もだぞ尾形!お前も幸せになれ!!お前も水城の生前と同じ、泣いてきたんだろう!!涙が出てたという意味ではないぞ!!心がだ!お前の事だから独身を貫いて死んだんだろ!!寂しく!誰にも見送られず!!本当はお前たちは結ばれるはずだったのに!!だからお前も幸せになるんだ!!お前達は幸せになる資格は十分にある!!!水城を幸せにするというのなら!!まずは尾形!お前が幸せにならなければならない!!じゃないと水城も生まれてくる子供達も幸せにはなれないんだ!!!」


いいな!!、とギロリと睨むアシリパに、尾形は目を丸くした。
水城の事を心配するのは分かっていたし、前世は相棒の関係だったから、念押しするようにアシリパが水城を心配するのは当たり前だと思っていた。
しかし、自分まで心配するような言葉を言われるとは思っていなかった。
確かに、尾形は水城を忘れられず独身を貫いた。
水城が影で泣いていたというのなら、尾形は心で泣いていた。
見て来たかのように当てるアシリパに、尾形はすぐに何も言えず瞳を瞬かせながら見つめ返していた。
アシリパは睨むような真剣な表情で見つめ、嘘や誤魔化すことを決して許さなかった。
何も言わない尾形を、アシリパは黙って待っててやる。
尾形はこの時、なんて答えたらいいのか分からなかった。
前世は両親友人共に周りには恵まれなかった。
今世は母親がまともだったが、それでも周りにアシリパのように本気で心配してくれるような人間はいなかった。
そのため、こんな時になんて答えていいのか分からないのだ。
頭の中では色々な言葉が浮かぶ。
しかしどれが正解か分からない。
正解も何もないのだということに尾形は気づいていない。
しかし、そんな尾形の手に誰かが触れる。


「水城…」


水城が尾形の手に触れる。
手を握られた尾形はまるで氷が解けるように体の力が抜けていく。
ギュッと握り締める水城に勇気を与えられた気がした。
尾形は水城の手を握り返し、アシリパの涙で濡れた瞳を見つめる。


「ああ…俺は幸せになるよ…だから、水城を必ず幸せにする」


アシリパはその言葉に、更に視線を強くする。


「本当か?」

「本当だ」

「お前だけでは駄目なんだぞ」

「ああ」

「お前も、水城も…片方だけじゃ駄目なんだ…二人が幸せでなければならないんだ…」

「俺も水城も幸せになるよ」

「…誓えるんだな?カムイでも仏でも神にでもなく…私に誓え…お前も水城も幸せになると…」

「誓おう、アシリパ…神にではなく、お前に誓って絶対に幸せになると」


心が温かい。
尾形は穏やかな気持ちだった。
今世に生まれて初めて心が穏やかになれた気がした。
水城の温もりを感じながら、尾形はアシリパの言葉に何度も何度も頷いた。
その頷きをしっかりと見届け、アシリパは俯く。
俯けば涙がぽたりぽたりと落ちていく。
『なら…』とアシリパは顔を上げた。


「なら、私はお前たちを祝福しよう!尾形!水城!前世の分以上に幸せになれ!!」


その顔は晴天のような笑顔だった。


【完】
あとがき→

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