(243 / 274) 原作沿い (243)

カナは下唇を噛む。
主人だった雪乃の手紙は静子と比べて砕けた言葉ではあったが、内容は静子と同じだった。
まずは謝られ、息子が生まれた事や、アシリパの事を書いてあった。
体調を崩した母の介抱のお礼や気遣う言葉。
そして、カナの体調も気遣うような言葉が書かれていた。
カナはそれを一字一句何度も何度も読む。
目頭が熱くなったが、目をギュッと瞑り泣くのを我慢した。
カナも同封されている写真を見て、以前とは全く別人にも見える雪乃に驚きが隠せなかった。
アシリパと写る写真をカナは睨むように見つめる。


「カナ?どうしたの?」


カナは静子の声かけにハッとさせ、弾かれたように顔を上げる。
静子は読み終えたのか、目が赤いまま心配そうな表情でカナを見つめていた。
どうやらカナの表情があまりにも険しくなっていくのを見て心配したらしい。
使用人を心配する様子を見せる静子に、カナは目を丸くする。
伏せってから静子は自分で精一杯なのか、周囲に気を配る事はなくなった。
介抱している時に時々お礼を言われたり謝罪をされたりはあったが、表情や雰囲気を読み取って心配して声をかけるなんて事、ここ数年なかった。
それに、静子の表情は明らかに変わった。
あれほど暗く青白かったのに、今ではまるでお日様に照らされているように明るい表情を浮かべていたのだ。
流石に青白さは変わらないものの、静子の瞳には生気が感じられた。


「…奥様は…この写真の方がお嬢様だと…お認めになられたのですか…」


ぽろりと言葉が零れた。
心に留めておこうと思った言葉が音として口から零れたことに、カナは『しまった』と思ったが、口に出してしまった後に気づいても遅い。
カナは開き直ることにし、キョトンとこちらを見る主人の瞳をじっと見つめる。
カナは静子に本当の事を言ってほしいと、願う。
それが通じたのか、静子は娘だという女の写真を目を伏せるように見下ろし、娘だという女の顔を撫でるように指で触れる。
その手はとても愛しそうに見えた。


「私はこの子が雪乃さんだと思うわ」

「…そんな証拠ないじゃないですか……写真だってお嬢様と似ても似つかないじゃないですか……それに…もしこの方がお嬢様でしたら…なぜお嬢様は戻られなかったのです…いえ…なぜ焼死体を作ってご自身の死を装ってまで私達の元から離れたのです…」


カナは信じきれなかった。
手紙に書かれている文字は確かに雪乃の文字に似ている。
だけど鑑定に出しているわけではないし、もう雪乃が死んだと聞かされ数年経っているので、本当にこの文字が雪乃なのかなんてカナには分からない。
鑑定に出せば証明されるだろうが、結果を知るのが怖かった。


「この手紙には事情を聞かないでほしいと書いてありましたが…可笑しいじゃないですか…どうして言えないのです?…どうしてそれで信じろって言うのです…」


人生は人によって、それぞれの事情があるものだ。
話せる事情もあれば、人には決して言えない事情を抱える人だっている。
川畑家にいる使用人だって全員が全員クリーンなわけではない。
中には秋彦や静子に拾われた事情を持つ人間もいるし、川畑家に野菜を配達してくれているゲンという人間だって決して人に褒められた生き方をしていない。
そんな人たちを差別するつもりはない。
しかしこれとそれとは別だ。
人に信じてもらいたければそれなりの証拠を見せるべきではないのか。
人に雪乃だと信じてもらいたければ、事情を話すべきではないのか。
カナは静子から視線を外し、手の中に納まっている写真を見る。
写真に写る女性は雪乃だという。
だけど、カナが知っている大好きな雪乃の笑顔とは違う。
カナが知る雪乃はもっと柔らかく優しく暖かい笑顔を浮かべた。
髪だって癖毛ではなかった。
何より――カナには隣にアイヌ民族の少女が立っている事に違和感を感じていた。
モヤモヤした何かを感じていた。
この女性が雪乃だと認めていないのに。
その矛盾が苛立たせる。


「カナ…」

「ッ、も、申し訳ありません…失礼な事を言ってしまい…」


静子は眉を寂し気に下げ、カナを見つめた。
静子は甥を信じ、自分の勘を信じて、この女性を雪乃だと認めた。
だけどカナはそんな主人の意思を真っ向から否定していたのだ。
静子が懐の深い主人だからと甘えた自分に気づき、慌てて椅子から立ち上がり頭を下げて謝罪する。
静子が何か言う前にカナは『頭を冷やしてきます』と言って部屋を出て行った。
本来なら許されない行為だ。
介抱が必要で目を離せない状態の主人を放って離れるなんて、祖母と母に知られたら大目玉を食らうだけでは済まされない。
最悪静子付きから外されてしまうだろう。
それでも、カナは静子の傍にはいられなかった。



◇◇◇◇◇◇◇



カナは駆逐艦の廊下をトボトボと歩いていた。
既に駆逐艦は北海道へ戻るため動き出している。
カナは静子に失礼なことばかりしてしまったと反省していた。
その時、後ろから笑い声が聞こえる。


「――ッ!」


その笑い声に、カナは弾かれたように振り返る。
そこには笑い声の主達である、海兵たち数人がカナの後ろを通り過ぎていた。
遠目から見て分かる程度に離れているのに、その海兵たちが通り過ぎるまでカナは体が凍り付いたように動かなくなる。
彼らが影に消えたのを確認すると、氷が解けるように体の力も抜けていく。
はあ、と安堵の息をつき、カナは胸を撫でおろした。


(しっかりしなきゃ…奥様には私しかいないんだから…)


平二と鯉登がいるとはいえ、彼らは軍人だ。
一般市民として駆逐艦に乗っているのは静子とカナのみ。
それに静子は体調が悪い。
あの手紙の主を娘と信じ込んで今はその体調も整いつつあるらしいが、それでもまだ本調子ではない。
そんな主人の傍を離れる事に心苦しく思いながらも、カナはある場所に向かった。
鉄の扉を目の前に、カナは何回か深呼吸をする。
意を決したようにトントンと扉を叩くと、聞き慣れた声が返ってきた。
名前を言えば入室の許可が出たので、鉄の重い扉を開けて入る。
部屋に入ると、ハンモックに横になっている鯉登がいた。
カナの向かった場所とは、医務室だった。


「カナ…お前一人か?」


鯉登は後ろに叔母の姿が見えないことに目を丸くさせた。
鯉登の問いにカナは頷きながら、部屋の隅に置かれている椅子を鯉登の傍に寄せて座る。
カナが頷き、鯉登は気遣わしげな表情でカナを見る。


「大丈夫だったか?誰かと会わなかったか?」


気遣わしげな言葉に、カナはもう一度頷いた。
それに鯉登はホッと撫でおろす。


「しかし、無理はするな…お前は男が苦手だろうに…一人でここに来て…叔母上が心配なさるから早く戻りなさい」


どんな用事があって自分の元に訪れたかは分からないが、カナを心配して鯉登は戻そうとする。
しかし同時に、体調が優れない叔母も心配していた。
カナは男性が苦手だった。
昔から異性が苦手な子ではあったが、それが悪化したのだ。
原因は菊之丞だ。
主人であった雪乃を目の前で乱暴され、カナはトラウマを植え付けられた。
カナは、親しくない男性に対して恐怖を感じている。
話したりする程度はまだいいのだ。
道を聞いたり、何かを聞いたりとするのもまだいい。
怖いらしいが、まだ平然と保てるらしい。
それはカナの努力の賜物だ。
カナもこのままでは仕事に支障が起こるため、病院に通ってそこまで改善した。
だが、まだ触れられるのは駄目なんだという。
用事があってトントンと肩を叩かれり、何かが体についてそれを取る程度の触れ合いならまだ我慢ができる。
しかし腕を掴まれたり、手を握られるのは駄目なのだ。
好意を持たれるなんて以ての外らしい。
気持ち悪くて仕方ないのだという。
それが、どんなに優しく、穏やかで、良い人で、清潔で、顔が整っていている人でも…大切な主人を傷つけ穢した汚らしい男達と重なるのだという。
ただ、鯉登や平二など親しくなれば普通に接することくらいには受け入れてくれる。
しかし、ここに鯉登と平二がいると言っても、二人とも傍にはいられない。
この医務室にくるまでの道は、鯉登達にとっては何でもない道のりでも、カナにとっては険しい道のりだったはず。
カナは大丈夫だというが、恐らく何人かの男とすれ違ったり気配を感じたはず。
だが、それを悟られたくなくて、心配させたくなくて、気丈にふるまっているのだろう。
ならば、鯉登はあえて気づかないふりをしてやる。


「音之進様にお聞きしたくて来ました…」


鯉登の心配は嬉しい。
たかが使用人にここまで心配し気配りしてくれる人間なんてそうそういない。
川畑家の使用人として仕える事に誇りを持てる。
だが、それでも、カナはどうしても聞きたいことがあった。
きっと鯉登は何を聞きたいのか、分かっているのだろう。
むしろ、それ以外考えようがない。
手に持っている手紙をグッと握り締めるカナに、鯉登は表情を真剣なものに変える。


「雪乃の事か」


鯉登の問いにカナは頷く。
カナは手紙の中から写真を取り出す。
二枚の写真には雪乃という女が写っている。
こちらを微笑みを浮かべて写る女にカナは眉を顰めて顔を俯かせて見る。


「本当にこの女性が雪乃お嬢様なのですか…本当にお嬢様は生きておられるのですか」


カナの問いは、鯉登は予想していた。
カナがここを訪れた時の様子を見て、察しがついた。
だから鯉登ははっきりと答える。


「ああ、雪乃は生きている」


鯉登の答えに、カナは息を呑んだ。
写真から鯉登へと顔を上げた。
その表情は苦しげに顰めてはいるが、泣きそうでもあった。
カナは涙を溜め、頷き即答で返した鯉登をキッと睨む。


「嘘です!音之進様だってお嬢様のご遺体を見たじゃないですか!お嬢様はお心を病まれてご自身のお体に火をつけて亡くなったじゃないですか!!平二様もご確認されて…!葬式だって!骨だって!!、ッ……それなのに…音之進様も…!平二様も…!奥様も!!!おかしいですよ!!お嬢様は亡くなった方なのに…!!どうして…どうしてそんな簡単に受け入れられるんですかッ!!!」


カナの瞳から涙がこぼれた。
我慢しようとしたのに、我慢が出来なくて、鯉登の目の前で泣いてしまった。
昔から親しい間柄だったが、それは間に雪乃がいたからだ。
今ではもう静子についているため、以前のように鯉登と接する機会が減った。
こんなに長く鯉登の傍にいるのは雪乃が死ぬ前以来だ。
それでも主人を通して親しかった間柄だったし、鯉登も気さくな人だったから、静子に比べて甘えてしまった。
そのため、静子にはぶつけられない感情を鯉登にぶつけてしまう。
使用人としては失格だ。
だが、この手紙は気持ちを整理するには衝撃的だったのだ。
音之進はポロポロと泣くカナを怒るでもなく受け止めた。
カナの気持ちも分かるのだ。
本来なら、カナの感情が正しい。
雪乃は死んだ。
菊之丞に暴力を振るわれ、続けて心の支えだった父の死。
続いた不幸に耐え切れず、体に火をつけて自殺した。
それが雪乃という一人の人間の一生だ。
膝の上で拳を握り締めギュッと目を瞑って泣くカナの手を、鯉登はそっと触れる。


「すぐに信じろとは言わん…だが、雪乃は生きている…それが事実だ」


かける言葉は多くある。
だが、それはどれも嘘ばかりだ。
それではカナは雪乃を拒むばかりで、受け入れてはくれなくなる。
鯉登はまた雪乃とカナの三人で下らない事でも笑っていたいと思っている。
それは雪乃も同じだ。
だからカナにも手紙を書いた。
カナとまた笑い合いたいと思っているから。
それに、否定していても、カナはもうこの手紙の主が主人だという事を受け入れている。
ただ、認めるのが怖いのだ。
カナは使用人として申し分のない教養を身につけている。
しかし、使用人として一人前の前に、まだカナは14歳の女の子だという事を忘れてはいけない。
すぐに受け入れろというのは少し可哀想な気がした。


「じゃあ、生きているならどうして帰って来てくれないのですか…どうして理由も話せないのですか…」

「話せないのも理由がある…今は話す時ではないだけだ…カナや叔母上を嫌っているから話さないわけじゃない」

「嫌っていないなら戻ってきてくれたってよかったじゃないですか!!お嬢様を亡くして奥様がどれだけお心を痛められたか!!お嬢様が戻ってこられてさえいれば奥様はあんな姿にはならなかった…!!音之進様だって生きていると信じておられても心のどこかではお嬢様が亡くなっているんじゃないかって思っていたでしょう!?お嬢様のお葬式の時だってお嬢様のご友人や恩師様や親戚の方達は皆泣いていました!!みんなを傷つけてまで戻れない理由があるんですか!!先ほどだってそうです!!お嬢様だとおっしゃる方は音之進様を刺した!!私の知っているお嬢様はそんな事しません!!あの方は優しい方です!!」


激情に呑まれ、カナは立ち上がって怒鳴る様に声を荒げた。
使用人として非礼な態度や言葉遣いではあるが、鯉登はカナを責められない。
ポロポロと泣きながら声を荒げる言葉こそ、カナの叫びだからだ。
静子も鯉登も平二も雪乃の事を簡単に信じたが、普通はカナの反応が普通だ。
カナは雪乃に懐いていた。
姉のように慕っていたし、今だから言えるがあの時、カナは雪乃に密かに恋心を抱いていた。
しかし、それは憧れの延長だったかもしれない。
それでも、カナにとっては甘酸っぱく、今だって思い出せば凍り付いた心がポカポカと暖かくなるような思い出だった。
だから生きていたのに戻ってこなかった雪乃を、カナは裏切りに似た感情を抱いたのだろう。
雪乃を巡って競っていた相手でも、鯉登ならばと認めていた。
カナは鯉登と雪乃はお似合いだと思っていた。
そんな相手を刺したのが雪乃だと認めたくない気持ちもあるのだろう。
そして、想い合っていた二人だと思っていたのに、鯉登以外の男との間に子供を産んだ事も、カナに強いショックを与えた。
カナは今まで閉じ込めて我慢していた感情を全て鯉登にぶつけたからか、少し落ち着きを取り戻した。
いつもなここで失礼な事を云った自分に反省し、鯉登に謝っていただろう。
しかし、そんな気力も余裕も今はない。
立っていたカナは力尽きたように椅子に座り、止めたくても溢れて来る涙をそのままに手で顔を覆って項垂れるように俯いた。


「お嬢様に会いたい…もう理由なんてどうでもいいんです…変わってしまわれた事だってどうだっていいんです…ただお嬢様にお会いしたい…名前を呼んでほしい…以前のように笑い合いたい…また一緒にお団子を食べたり美味しいお店に行ったり…ただ…ただそれだけでいいんです…たったそれだけでもいい……お嬢様にお会いしたい…お嬢様がいないといやなんです…」


カナは溢れる感情を止める事は出来なかった。
もうこの女性が雪乃か別人かなんてどうでもいい。
そもそもカナは元から雪乃を疑っていない。
カナも鯉登が雪乃を見間違えるわけがない事は十分に知っており、今まで否定してたのは心を守るためだった。
別人だと思う事で我慢していた寂しさや悲しさから守るためだった。
だけど、もうそんな事どうでもいい。
雪乃が生きている…それはもう覆せない事実だ。
会えない理由ももうどうでもいい。
鯉登以外の男との間に子供がいようと、それさえもどうでもいい。
ただ会いたい。
雪乃に会いたい。
たったそれだけ強く願った。


「………」


泣き崩れるカナを鯉登は、ただ何も言わず見つめていた。
いや、何も言えなかった。
鯉登はカナの気持ちが痛いほど分かる。
鯉登も雪乃とまた以前のように過ごしたいと願っている内の一人だ。
雪乃が自分達の傍から離れた理由は理解している。
もう起こってしまった過去は仕方ないと割り切るしかない。
しかし、敵対してまで金塊を求める事がどうしても納得いかなかった。
金が欲しいのなら言えばいい。
雪乃が戻ってくるのなら鯉登は全財産を雪乃に与えてもいいし、静子だって雪乃が戻ってくるのならお金なんて全てを売ってでも与えるだろう。
色々大金がいるという理由から参加を決めたらしいが、その色々という部分はまだ聞いていなかった。
眉唾ものの話を信じるほどだから、雪乃が望む金額は鯉登や静子が全てを投げ打ってでも足りないほどの金額なのだろうか。
あの頃は深入りするには弱すぎる関係性だったため、怖くて深く追求はしなかった。
しかしそれが仇になってしまったと、今になって後悔する。
ただ、深く追求した事で仲が悪化してしまう可能性だって否定できず、結局どちらが正解かなんて鯉登には分からない。
泣くカナに、鯉登は優しく頭を撫でてやる。
その手にカナは恐る恐る涙でぐちゃぐちゃとなっている顔を上げ、鯉登を見た。
鯉登は穏やかな表情を浮かべており、カナは目を見張る。


「雪乃は私と約束してくれた…全てが終わった後、一緒になってくれるとな…」

「全てが終わった後…?」


小首を傾げるカナに鯉登は『そうだ』と頷いた。
そして、簡単に金塊の事を話す。
勿論全てではない。
その説明にカナは顔を顰めた。


「そんなにお嬢様はお金に困っているのでしょうか…」

「さあな…雪乃は本当の家族とは死別してしまっていたから帰国した後の生活は苦しかったようだが…それが理由ではないと私は思っている…とは言え私もあの時はまだ和解したばかりだったからな…深くは聞けなかったためはっきりした理由が分からない…ただ…帰らない理由の一つにアシリパという少女の存在があるのは確かだ」

「アシリパ…あのアイヌの少女ですね…」


アシリパ、という名前に、カナは眉のしわを更に深める。
モヤモヤしたものが深まり、不快感を感じた。
それは隠し切れず、鯉登は苦笑いを浮かべる。
その苦笑いにカナは首を傾げ、カナの不思議そうな表情に気づいた鯉登は『いや、』と続ける。


「お前と私は同族だとつくづく思っただけだ…私もアシリパに嫉妬して仕方ないのだ」


その言葉に、カナはストンと不快感が消えた。
カナはずっとこのモヤモヤが分からなくて、不快感を感じていたのだ。
だが、鯉登の言葉でやっとこの感情に名前が付き、そしてその感情を受け入れた。


「その少女のためにお嬢様は奥様や音之進様の元に帰れないのですか?」

「いや…そういうわけでは…ない、とは言えないな…」


アシリパの相棒だから。
この言葉を何度雪乃から聞いたか分からない。
アシリパの相棒だから、鯉登と元の関係に戻ったからと実家に帰る事が出来ないのは嘘ではない。
どんな理由で金塊を探しているのかは分からないが、アシリパを守るためという大義もあるのは確かだろう。
だが、それが帰らない理由ではないのも確かだ。
何か事情がある。
鯉登はあの時納得していたが、金塊争奪戦に身を投じる理由は他にあるのだとすぐに分かった。
なんて説明したらいいのか、言葉を選びながら『うーん』と唸る鯉登をカナは見つめる。


「音之進様から見て…アシリパ様という方はどんな方なのですか?」


カナに宛てた手紙には、アシリパと年も近くきっと仲良くなれるかもね、と書かれていた。
そこに不安がないわけではないし、今は嫉妬しかしていない。
でも、主人である雪乃が大切に持っている人だから、カナも会って話していないうちから嫌いたくはなかった。
主人が好きなものは、カナも好きでありたいと思っているから。
カナの言葉に、唸っていた鯉登ははっきりと答える。


「気に入らん奴や」


そうはっきり答えた鯉登にカナは目を瞬かせ彼を見つめた。
彼は顔を顰めており、その言葉通り気に入らない存在なのだろう。
しかし、カナにはそれだけではない気がした。
気に入らないのは間違いないのだろう。
ただ、そこに嫌悪や敵意は感じられなかった。
カナは手の中にある写真を見る。


(アシリパさま…)


カナはアシリパの事は知らないが、似た者同士の鯉登がそう思うのなら、カナもそう思うのかもしれない。
それでは雪乃が悲しんでしまう。
不安はあれど、カナはどこかアシリパと会うのが楽しみでもあった。
カナの表情が穏やかに戻り、それに気づいた鯉登もフッと微笑んだ。

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