(2 / 27) 軍人時代 (02)

「また派手にやられたなぁ」


雪乃は目覚めたばかりのその目で声の主へ視線をやる。
そこには白衣姿の医師がおり、医師は呆れたような目で雪乃を見つめていた。
この医師は吉平の協力者であるため、雪乃が女である事を知っている数少ない人間だ。
その医師の言葉に雪乃は鼻を鳴らすだけに終わらせる。


「今度は心臓を撃たれたんだろう?それでなんで生きてるんだお前…」


医師は雪乃の患者服を捲り胸元を見る。
異性が胸元を開くのは大抵欲が籠っているものだが、この医師の場合欲情と言うより興味だろう。
だから雪乃はこの医師が服を捲り肌を見ようとも気にも留めない。


「なあ、ちょっと解剖させてくれよ」

「は?いや、なんでよ」

「なんでってお前…不死身と言われている生命力がどこから来るのか興味あるし…実はお前は妖怪の類だから不死身なんだと他の医師達も言ってるぞ」

「いやいや、無理だから…流石に不死身でも解剖されたら死ぬから…っていうか人を妖怪扱いすんのやめて」

「えっ…お前人間のつもりだったのか?」

「えっ…あんたも私を妖怪だと思ってたの?馬鹿なの??」


このやり取りもお約束のように何度も言い合っており、もはや挨拶代わりでもあった。
雪乃は女の身でありながら軍人として戦場に身を投じている。
その理由は、お国の為に戦うとか、愛する男性を戦争で亡くしその復讐とか、そんな綺麗で感動するような理由ではない。
ただ単に意中の男以外と結婚するのが嫌だったからだ。
だからこの現状は雪乃の自業自得ではあるが、何だかんだ雪乃は1年以上生き延びている。
義兄も雪乃自身も、この医者も、当初はすぐに死ぬと思っていたが、案外雪乃の生命力はゴキブリ並みだった。
驚く自分に驚く雪乃を見て医師は溜息をつく。
人の顔を見ながら溜息を吐かれ、雪乃は眉をひそめた。


「人の顔見て溜息吐くとかやめてもらえません?」

「ああ、ごめん、なんでこいつ生きて帰ってきてるんだろうって思ったらつい…」

「死ねってか…お前死ねって言ってんのか…」


溜息を吐いたのは、雪乃が生きてる事に対してだった。
今回は心臓を撃たれただけではなく、白兵戦で負った傷も多数あり、人が命辛辛生きて帰れたというのに生きている事に溜息吐かれた雪乃は眉間のしわを更に深くし医師を睨んだ。
しかし医師はその睨みなどどこ吹く風の如くあっけらかんとして答える。


「だってお前、死んだ方が美しいし」


その言葉に戦場で負ったとは違う頭痛がした。
その言葉も何度聞いただろうか。
うっとりと見てくるその目は身に覚えがあり、憎き義兄が重なって見える。


「死体性愛者の糞野郎が」


場所が場所で、自分の状態が状態ならば、恐らく雪乃は唾を吐いてただろう。
雪乃の悪態に医師はにっこりと嬉しそうに笑う。


「私の周りには変態しかいないのか…」


兄といい、この医師といい、世の男は異常性癖の持ち主しかいないのかと雪乃は愚痴る。
この医師は死体しか愛せない性癖の持ち主で、女の死体で童貞卒業したと楽しそうに話していた。
ここでなぜ『女の』とつけるというと…この男、死体ならば男女関係なく欲情する正真正銘の変態である。
隠すのも上手く、その趣味が発覚し問題になった事は一度もないらしい。
それを聞くと兄といいこの医者といい、軍が無能にしか思えない。
そんな変態に雪乃はまたしても目を付けられてしまった。
本人曰く、雪乃は『生きてる時に死んだら抱きたいと思える初めての人間』らしい。
軍の医師をしているのだから普通なら躊躇うこの体中の傷もあまり頓着していない。
ぼやく雪乃の言葉に医師は笑いながら心外だなと肩をすくめる。


「それを言うなら君も大概じゃないか?好き好んでこんな戦地に来る奴なんてそうそういないだろ…それが女ならな」


医師の言葉に雪乃は口の中で『私だって好きで来たんじゃない』と言うが、実際好き好んで来ていると言えば来ているので何も言えなかった。


「千景、水城の具合はどうだ」


今度は雪乃が溜め息をつくと男装する際の名前を呼ぶ最も嫌いな声が届き視線をそちらへ向ける。
そこには雪乃をこの戦地に送った原因である男、吉平がいた。
千景(ちかげ)と呼ばれた医師は吉平の言葉に肩をすくめて見せた。


「どうだもこうだも…残念だけど生きてるし意識も戻って喋れる…後は食べて寝ればまた戦場に戻れるよ」


軍の中での吉平の立場は中尉になる。
本来なら千景とまだ一等卒である雪乃は敬礼をしなければならないのだが、この部屋は個室であり、千景は吉平の友人であるため敬礼は省略している。
千景の言葉に吉平は『そうか』とだけ答え、雪乃に近づく。


「今度は心臓を撃たれたと聞いたが…回復したのなら何よりだ」

「いやいや残念だよ…こんな死んでこそ本来の美が生まれる人材を仏様はなんで生かすかなぁ…」

「いやお前それ医者としてどうよ?」

「俺が医者になったのは死体をもっと愛したかったからであって死体を減らす事じゃありませーん」


医師にありまじき言葉に雪乃はもう何も言い返す気力はなかった。
呆れたように千景を見上げていた雪乃の頬に吉平の手が伸ばされる。
頬を撫でるその手に意識を千景から吉平に向けた。
吉平は相変わらず雪乃の顔の傷を愛し気に愛でており、もうその気味の悪い視線にも慣れた雪乃は抵抗せず好きにさせる。
あれから戦地で雪乃は吉平が望んだ通り更に傷を増やしていった。
顔にもう1つ、傷が増えてしまい体中にも傷がある。
もう雪乃は昔の自分がどれほど綺麗な体だったか思い出せないほどの怪我や傷を負った。


「……」


吉平はそのまま手を首筋に、そして体へと滑らせる。
体中にある傷を一つ一つ、丁寧に愛でるその手は明らかに欲が含まれており、ここ一年でその手に慣らされた雪乃は熱い息を吐く。
大して愛撫されていないのに体はピクリと反応を見せ吉平を喜ばしていた。
そんな2人に千景は肩をすくめ、一応医師として吉平に声をかけた。


「あんま無理させるなよ?意識戻ったって言ったってこいつ心臓近くを撃たれたんだから…あまり入院を長引かせると不死身の杉元の名が泣く」


死体を愛するために医師になったが、医師になったからには救える患者は救うのが医師になった時に決めた己のルールだ。
医師として手を尽くして治療をしても死んだ者だけを愛するのが、千景のルール。
だから死ねと言っても雪乃は治療するし出来得る手を使って助ける。
千景の忠告に吉平は『ああ』とだけ返事をする。
もう雪乃(の傷)しか目に映っておらず、そんな友人に(自分の性癖を棚に上げて)内心呆れながら聞こえないだろうが『じゃあ、人払いはしとくから』と言い出ていった。
扉を閉めれば、ギ、と軋む音が聞こえたので、『あいつ早々に組み敷きやがった』と素直な感情を述べた。
これから悩ましい声が聞こえるであろう事を予想し、千景は人払いに専念し、バカップル(雪乃は認めない)から受けた余波を晴らしに安置所へ向かった。

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