(247 / 274) 原作沿い (247)

熊の肉を人数分持って帰り、水城達はようやく狩りから戻った。
水城は戻ってくるまでの間ずっと頬を揉んでいたが、視界にチセを写すと安堵の息を吐く。


「このアイヌのチセを見ると北海道って感じがするね」


安堵の息と共に零れた水城の言葉にアシリパは『うん』と頷いた。
それほど長く樺太にいたわけではないのだが、やはり生まれ育った北海道の地に足を踏み入れると、それだけでもホッと胸を撫でおろす安堵が生まれる。


「おーい、おかえりー」


入り口には白石が立っていた。
出迎えてくれたわけではなく、外に出てチセに帰ろうとした時に偶然鉢合ったのだろう。
手を振る白石に出迎えられながら、水城とアシリパはチセへと入る。
すると暫くしてヴァシリも入ってきた。
どうやら離れた場所で水城とアシリパ…正確に言えばアシリパを見ていたのだろう。
チセには、その一家全員と水城達一行がいた。
アイヌの男は胡坐をかきタバコを吸い、祖母が縫物をしており、アイヌの男の妻が小熊を抱っこして座っていた。
水城達も傍でそれぞれ座って好きな事をしていた。
アシリパは抜いていた矢先の毒をもう一度作り直していた。
スルクオプと呼ばれる矢毒の毒を調合するための器で、アシリパは毒を作っていた。
手慣れた手つきで毒を調合し終えたアシリパはペトペトと矢先に毒を仕込む。


「よし…これは本当に死ぬから次はしっかり避けろよ、シライシ」

「もうやめてぇ〜〜??」


あの時、鶴見達から逃げるためとはいえ、逃げるのが遅く白石は頭に矢が刺さってしまった。
毒を抜いたため危険はないが、もしも毒がついていたのなら白石はこの場にいない。
あの場で唯一避けれなかった白石にアシリパは改めて注意した。
その忠告に白石は刺さっていた頭を軽く撫でる。


「ねえねえ!アシリパさん!白石!見て見て!」


すると水城が声をかけてきた。
水城は何か書き出したヴァシリの手元を興味深く覗き込んでおり、何かあったのか二人の名を呼ぶ。
名前を呼ばれた白石とアシリパは水城とヴァシリの方へと行く。
何やら水城はヴァシリの手元を見てたので、二人もその手元にある物を覗き込む。
その手には絵描きがよく持っているスケッチブックだった。
そのスケッチブックを覗き込むと、白石とアシリパは目を輝かせ見張る。


「おお!凄い!」

「私達が描かれているな」


スケッチブックには水城、アシリパ、白石が描かれていた。
水城達は絵描きでも、そういう趣味があるわけでもないので、評価は出来ないが、素人目に見たら上手いと言える。
とはいえ、スケッチブックには画家のような何か月以上も掛ける絵柄ではなく、落書きほどではないがラフなタッチで描かれていた。


「頭巾ちゃんがね、私達の事描いてくれてたみたいなんだ」


水城の言葉に、白石は特別感情もなく『そーなんだー』とだけ返した。
ヴァシリも隠しているわけではないのか、興味津々で褒めてくれている様子の水城達にスケッチブックを渡して見せた。
一枚一枚見ていみると、白石はふと気づく。


(…ん?杉元がやけに多いな…)


白石は楽しそうにヴァシリの描いたスケッチには二人描かれていたり、三人描かれていたりしていた。
中には鶴見と合流する前に描かれたであろう、水城と鯉登の絵も描かれており、その絵を水城は懐かしそうに目を細め見つめていた。
しかし、白石は気づいた…水城が描かれた絵が多い事に。
というよりも、白石とアシリパも多く描かれてはいるがその全てには水城が描かれていた。
水城を主軸に、水城の周囲の物を描いていた。


「あっ…」


白石は、それに気づいた瞬間、思わず声が出てしまった。
白石の声に、スケッチを見ていた水城とアシリパの視線が白石へと向けられる。


「どうしたの?」

「さっきのまだ見たかったのか?」


首を傾げる二人に白石は『何でもない』と首を振り、その返事に二人は追求するでもなく納得した様子を見せてたった今開いたページに視線を戻した。
見た風景を絵にしているため、覚えのある絵に二人は楽しそうにしていた。
その姿はほっこりするものだが、気づいてしまった白石迷探偵はチラリとヴァシリを見る。
ヴァシリはじっと二人を見ていたが、その視線は水城に注がれているように見える。


(また一人…ゴリラに落ちた男が誕生してしまったか…)


かっこつけて言いながら、白石はひっそりと気づかれないように溜息を吐く。
どうやら、目の前のロシア人は水城にホの字らしい。
先程の『あっ…』とは、『あっ…(察し)』だった。
尾形といい、鯉登といい…なぜゴリラがモテて俺はモテないんだ…
水城の容姿は認めるが、白石は納得できなかった。


(っていうか…いつの間に惚れたんだ…?)


水城に惚れてしまったのは、まあ、分からないでもない。
ゴリラで戦争帰りの恐ろしい思考をしているものの、容姿は言わずと知れているし、性格だって決して悪くはなく、時々見せる乙女にこのゴリラは女だった事を思い出させる場面だってあるため、決して粗暴な部分だけしかないわけではない。
むしろ男としても、女としても、申し分のない人間だ。
だとしても…そんな素振り頭巾ちゃんには見られなかった。
一体どこの場面で惚れたのか…そんなイベント白石が知る限りは見覚えがない。
恐怖を覚える場面は多々あったが。


(…まさかぁ)


白石はふと過った。
その恐怖を覚える場面で頭巾ちゃんは惚れたのでは…?という言葉だった。
この世には吊り橋効果という物がある。
不安や恐怖を感じる場所では恋愛感情を抱きやすい現象の事である。
勿論、それは"恐怖を与えられる側同士"であって、"恐怖を与える側"との感情ではない。
それならばどちらかと言えばあと数十年後に誕生する、犯人に好意的になるというストックホルム症候群に当てはまるだろう。
まあどちらにせよ、ヴァシリが水城に恐怖のドキドキ感を味わったのは確かだ。
自分的に恐怖心を恋心に勘違いするなどありえないと思った。
しかし、今までのゴリラに惚れた物好きな男達を思い浮かべると、ゼロとは言い切れないのが悲しい。
白石はもう考えるのを放棄した。
考えたって戦闘民族の水城に惚れる男達の思考なんか白石が読めるわけがない。


「それで、これからどうするんだよ…俺達だけで金塊を見つける『策』はあんのかい?」


考えるのを放棄した白石はスケッチブックを楽しみ終えた水城に世話になっているアイヌ達に聞こえないよう小声で問う。
ヴァシリにスケッチブックを返していたが、白石の問いに表情や目が一瞬で女の水城から、不死身の杉元へと変わる。
そのギャップに白石はチラリとヴァシリを見た。
ヴァシリは興味津々に水城を凝視しており、その様子にもはや疑いようがなかった。


「やはり土方陣営と鶴見陣営の刺青人皮を奪うしかないのでは?」


アシリパの言葉に水城は『うーん』と考える素振りをする。


「なんとかそいつらをぶつけて…かすめ取る!『漁夫の利』って言葉があるでしょ?」


水城の言葉に白石が『言うのは簡単だぜ』と仰向けに寝転がる。
今分かっている陣営は鶴見と土方の二つの陣営。
二つと言えど、勢力は馬鹿に出来ない。
鶴見は第七師団という軍隊を所有し、水城の婚約者である鯉登という最強の血を受け継ぐ男もいる。
鯉登は水城の婚約者というのもあるが、何より変わった男ではあるものの、腕は確かな物だ。
土方は手下は勿論、牛山という男が一番厄介だ。
牛山は水城と渡り合える実力者で、それだけではなく土方自身も戦力としては申し分ない。
そんな化物級の相手達から漁夫の利を狙える可能性は非常に低いだろう。
いくらこちらには不死身の女とロシア兵の狙撃手がいたとしても、多勢に無勢という言葉がある様に、数で負けている。


「10日間かけてヒグマ2頭と小熊…路銀という名の軍資金は必要だが路銀を稼ぐのが目的の毎日ではよくないよな…」


そうなのだ。
今日ですでに10日も経っており、既に今日でヒグマ2頭狩っていた。
その中に子連れの熊がいたようで、この世話になっているアイヌの男の妻がその子熊の世話をしていた。
お乳が出るらしい妻は子熊にお乳を与えていたが、飲む際にお乳をよく出るようにと揉む子熊の爪が肌に食い込み、アイヌの男の妻は痛がっていた。
そんな授乳を白石はジッと見つめていた。
しかしふとアイヌの男に『金儲けの話はないもんかね?』とダメ元で聞くと、意外なところに情報が出てきた。


「ここより南のコタンのものからウェンカムイの退治を頼まれている」

「ウェンカムイって人を殺した熊のこと?いやヒグマ狩り以外にないの?」


恐らく行くとしたら向かうのは水城とアシリパ…そして尾形を探しているヴァシリだろう。
その間自分はぬくぬくとこのチセで暇を持て余している。
それはそれはとても理想的だ。
寝ていると金が溜まっている。
それはそれはとてつもなく、理想的な生活だ。
が、しかし。
だが、そうではないのだ。
それは求めていない。
ただの金儲けには白石は興味はない。
自分がわざわざ体に入れ墨を入れて脱獄までして北海道まで来たのは、金塊を求めているからだ。
しかし、まだ続きがあるらしく、アイヌの男は煙草を吸いながら頭の中にある話を水城達に聞かせた。


「男達は探しているが全く捕まえる事ができない…去年から何人も殺されている…殺されたのはみんな川で砂金を採っていた者たちばかりだそうだ」


続きの話に水城も反応する。
砂金、と聞き水城は首を傾げる。
砂金が採れると言っても、みんなウェンカムイ(熊)を怖がり、採りたくても川にすら近づけないのだという。
それを聞いて、水城はアシリパに会う前の自分を思い出す。


「砂金か…まだ砂金が採れる川があるのか?私は全然採れなかったけど…」


アシリパに会う前…アイヌの金塊の事を知る前に、水城は小樽の川で砂金を採ろうとしていたが、結局は採りつくされていて満足いく量は採れなかった。
水城はお嬢様として一般の人より良い教育をされていたお陰で塾を開いて何とか生計を立てることができた。
良い思い出ではなく苦しい思い出ばかりだが、息子と二人で暮らしていた毎日はそれほど苦ではなかった。


「なんでも噂じゃ雨竜川で砂金を掘る男がいて最近大儲けしているそうだ…」


噂の話ではあるが、安易に聞き流すのはよくない。
噂で流れるものは、嘘と真実が半々なのだ。
特に水城達のような雲をつかむような物を追いかけている人間からしたら、噂を噂だと馬鹿にできない。
金儲けになる話を求めている水城達に、アイヌの男は煙草の煙を吐きながら続けた。


「カネが欲しけりゃウェンカムイに見つからないよう砂金を採ったらいい…そいつは一日50円稼いだとかなんとか…」


その言葉に水城達はガタリと反応を示した。
50円と言えば、明治時代では公務員の初任給である。
あんぱんが1銭、米10キロが1円ほどの時代での50円と考えると相当な金額と言える。
水城達の目的が確定した瞬間であった。

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