(249 / 274) 原作沿い (249)

平太と一緒に砂金を採ることになり、さっそく水城と白石は冷たい川の中に足を入れる。


「ひい!つめたい!!」

「冬だからな…アシリパさんがお湯を沸かしてくれているから頑張るぞ、白石」

「うぅ…砂金を掘って掘って大金持ちになるぞ!!」


路銀のためとはいえ、身が凍るような冷たさの川に足を入れるのは流石に堪える。
あまりの冷たさに凍るというよりは痛みを感じる。
『もう何度目よ、この冷たさ…』と全身の体温が下がっていくのを感じ、腕を擦りながら白石はポツリと思う。
水城と初めて会った時も白石は真冬の川に落ち、つい2週間前ほどもシロクマと遭遇して流氷が流れる海に落ちた。
低体温症になった経験はここ一年で何度もしている人間なんて白石だけだろう。
とは言え金儲けだと思うと萎んでいくやる気も体力も復活する現金な白石は、グッと拳を握りしめる。
そんな現金な白石に水城は『その意気だ!』と気合を入れる意味で背中を叩いた。
ちょっと力を入れすぎたのか、白石はまた川に全身浸かりそうになったが、『あ、ごめん』と水城に腕を引っ張られ腰を引き寄せられてなんとか難を逃れる。
『ちょっとおお!!ゴリラを自覚してぇ!!???』とまた危うく低体温症になるところだった白石は助けられた水城に怒る。(こけそうになった原因も水城ではあるが)
しかし、当の本人は『いや、だからごめんってば』と笑って誤魔化し、白石もそれほど怒っていないのか、助けてもらったのもあり『次は気をつけてね』と許した。
しかし次の瞬間ゾクリとした悪感を感じ、弾かれたようにそちらに向く。


「…………」

「…………」


そこには無言でジッとこちらを…白石を見ているアシリパがいた。
お湯が沸いているのか、背景には暖かそうな湯気が見えたが、今の白石には暖かそうというよりは地獄池から上がる湯気にしか見えていない。
アシリパは満面の笑みこちらを見ている。
傍から見れば上機嫌な美少女にしか見えないだろう。
だが、白石はそんなアシリパに既視感を感じた。


(似た者同士だから仲悪いのかな〜〜)


脳裏に唯一ゴリラのハートを掴んだ男を浮かべながら、白石はこれ以上刺激しないようアシリパからそっと静かに視線を逸らし、水城から離れた。


「アシリパさん、機嫌がいいね…砂金掘りが珍しいのかなぁ?」


笑顔のアシリパに水城も気づいており、水城の呟きに白石は『んなわけねえだろ』と(ゴリラが怖いから)心の中で突っ込んだ。
アシリパだって水城達が砂金掘りをしているのを見ていたし、砂金掘り師を何度も見ているため、珍しくもない。
だが、この目の前のどう見ても生まれる性別を間違えたイケメンゴリラは愛するアシリパの事になると盲目になるらしい。
分かってはいたが、脳内が別次元すぎて解剖したい気持ちになりつつ、白石は適当に『そうなんじゃね?』と返す。
そんな白石の諦めに似た遠い目など気づかない水城だったが、平太の持っている物には気づく。


「あれ?その道具はなに?初めて見るけど…」

「これ知りませんか?」


平太の持っている道具は水城達が見た事のない物だった。
長い棒に先端が鳥のくちばしのような形になっており、その道具は『カナベラ』と言うらしい。
先端にあるカギと呼ばれる頭には松脂というマツ属の木から分泌される天然樹脂を付いていた。


「ガラス箱で川底の岩盤の割れ目とかを探します…だから『ガラス掘り』っていう手法なんですけど」


そう説明しながら平太は水城と白石に実践してみせた。
底がガラスで出来ている木製の箱で川の中を覗き、岩盤の割れ目にある砂金を見つける。
見つけるとカナベラで砂金をかき出し、松脂に押し付けて採る…それが平太の砂金を採る方法だった。


「お二人がやろうとしてるのは『板どり』という方法ですね…板どりは場所選びが難しいですよ」

「あー…やっぱりそっか…前にちょっとやったけど全然採れなかったもんなぁ…」


砂金掘りの経験は平太の方が先輩だった。
幼い頃から家族で砂金を採っていたらしく、水城達が持っているカッチャという掘る道具と、揺り板という砂利や砂を救って揺らして砂金を見つける板を見てやり方としては場所選びが難しいと言われてしまった。
しかし水城は納得する。
周囲の砂金掘りに真似て道具を使用しているが、素人の水城は満足に採れた試しがなかった。


「どこ掘ったらいいか教えてくれないかな?」


水城のお願いに、白石も続けて平太に頼む。
平太は独り占めする気はないのか、快く周囲を見ながら板どりで掘れるであろう場所を指さして教えてくれた。
その場所に水城達は早速向かう。


「よっしゃ!杉元ォ!!やったるぞーー!!」


砂金が採れるかもしれないと分かると白石は更にやる気を上げる。
グッと拳を握り締め天に向かって掲げ、それに水城も習うように『おー!』と気合を入れて拳を天に掲げた。
金の事になると寒さを忘れるほどの欲を白石は持っていた。
しかし…


「はうううう…水が…冷たいよぉ…」


そんな強気になれるのは最初だけだった。
池のように水に動きがないならまだしも、凍り付くような冷たさをもつ水がサラサラと流れて動き、水城と白石を容赦なく襲う。
これが夏ならば水の動きは気持ちがいいものだっただろうが、雪が積もっている真冬となると話は別だ。


「もうダメだッ!!アシリパちゃん!お湯お願い!!」


白石達は道具と言えばカッチャと揺り板しか持っていない。
平太のように高級なゴム製の長靴や、水に手を入れずにすむような道具もない。
どうしても足は水に浸けてしまうし、揺り板で必然と水に手を入れてしまう。
我慢の限界が来たのか、真っ赤に染まった手を震わせながら白石は慌てた様子で川から上がり、お湯を用意してくれているアシリパの元へと駆け込んだ。
バケツに水とお湯を入れて温度を低くし、そのぬるいお湯に白石は手を突っ込む。


「ふひいいいい………ヘブン…」


一時間も掘っていないが、結果は全滅だった。
やはり平太の言った通り、板どりでは難しいのだろうか。
水城も白石と少し遅れてかじかんだ手を温めに川から上がる。


「この時期の砂金掘りは正午の前後4時間程度しかできないよ」


つらそうに砂金を採る水城達を見てポツリと呟いた。
しかも、板どりは一番効率の悪い採り方だと断言され、白石は愕然とさせた。


「雨竜川で一日50円も稼いだ男なんてのもガセネタかねぇ…」


はっきりと効率の悪い方法だと言い切られ、白石だけではなく水城もやる気が失せてしまいそうになる。
白石は座り込んでしまっており、かじかんで真っ赤になっている手に息を吹きかけながら水城はポツリと呟いた。
その呟きにポツリと平太が零した。


「本当ですよ、その話…だって私が稼いだんですから」

「「えっ!?」」


アイヌの男に騙されたとは思っていない。
彼はただの噂を水城達に話してくれただけで、彼だって本当かもわからなかっただろう。
しかし、少しでも期待していた分、残念さは大きい。
だが、ポツリと平太が呟いた言葉に水城と白石は目を丸くしぎょっとさせた。
平太は『命の恩人だから特別に教えるんです』と一言添えて説明してくれた。


「『ハク』というのをご存じですか?」


その言葉に水城と白石はお互いを見合う。
『ハク』という言葉は当然二人は聞いたことがない。
白石がその『ハク』が何なのか問うと、ある物を見せてくれた。
見せてくれたのは、布に包まれた砂金と同じような形の物ではるが、黄金色ではなく美しい銀色に輝いていた。


「砂金掘り師は黄金の方は『アカ』と呼んでまして…アカを掘ると最後に必ず混ざっている白いのが『ハク』とか『シロ』とか『ハマ』と呼んでいる物で…正体は『砂白金』ってやつです」


そう言って砂白金を一粒取って水城達に見せてくれた。
こんなにも美しいのに水城達は知らなかった。
それはそのはず。
ハクは今までそれほど価値がない物だったのだ。
ハクはとても硬く、熱に強く、酸でも溶けないため、金細工師の道具の刃先が痛むため嫌われていた。
そのため、混ざっていると値段が落ちるのだとか。
だから水城達は知らなかったのだろう。
だが、ここ最近ハクに関する価値が変わったのだと説明してくれた。


「金細工師にも砂金掘り師にも嫌われているハクでしたが、最近になって高値で買い取る奴が現れ出したんですよ…1匁三円で」

「1匁三円!?」

「そうです!しかも価格はどんどん上がってます!」


一匁とは、3.75グラムほどであり、それは砂金とほぼ同じ値だった。
それには驚いたが、何より疑問が浮かぶ。
道具が悪くなるからと金細工師にも嫌われ、砂金とチマチマ分けるのが面倒だと砂金掘り師からも嫌われているはずの存在が、最近になって高値に変化した事が素人の水城には不思議でならなかった。


「でもなんで価値が上がったんだ?」

「日露戦争後、軍需工場が暇になったんで国産の万年筆を作ろうとした奴がいたんです」


説明ではこうだ。
戦争も終わり暇になった男が万年筆を作ろうとした。
万年筆は日本ではなく外国生まれの物で、それをよく見て見れば先っぽについている硬くて摩擦に強い金属がハクと呼ばれ嫌われていた砂白金だと気づいたのだという。
そして、ここ、北海道でもその嫌われていた砂白金が採れると調べて分かった。


「その万年筆が大成功…!!バカ売れしているんです!!利用価値がないと思っていた『ハク』の需要はうなぎのぼり!!もちろん外国からの需要も上がっています!!」


次第に平太の説明も力が入り始め、水城と白石はまるで魅了されるように説明を聞き入っていた。
ゴクリとどちらの喉が上下に動き、更に力説はヒートアップする。


「『ハク』は今まで全部捨てられていたんですよ!!北海道の川に!!!全部!!これは第二のゴールドラッシュなんですよ!!!」


そう平太は語勢を強めながら演説ばりに水城達に言った。
最後はもう叫んでいるような声を発し、思わず力が入ってしまったようだった。
しかし、砂金はほぼ採られ掘るのが難しくなっているが、砂白金は今まで捨てられてきたものだ。
しかもこの雨竜川は砂白金が多く採れる川らしく、ある意味採り放題である。
今まで捨てられていた物が砂金と同等の価値に変わった。
それはそれは夢がある話だった。
平太の熱は水城達にも移り、二人の心臓は見事平太に掴まれた瞬間だった。
二人は思わずお互いの手をギュッと握り締めてしまう。
それを見たアシリパはチョップで水城と白石の手を引き離した。
平太の世界に引き寄せられていた白石だったが、アシリパが無言で足を蹴られ現実に帰ってきた。


「イタッ!アシリパちゃんなんで蹴るの!?しかも脛!そこ弁慶の泣き所ぉ!!」


理由のない(と白石は思っている)暴力に襲われひいひい言いながら白石は最強の盾であるゴリラ♀の後ろに隠れた。
水城はアシリパ厨故にアシリパを止めず、水城を盾にされたアシリパは『ケッ』と荒んだ。


「どうしたの?白石で遊びたくなったの?」

「俺でってなにぃ〜〜〜???やめよぉ???シライシイジメやめよぉ???」


アシリパの機嫌が悪くなり、水城は屈んでアシリパの顔を覗き込む。
アシリパはむすっとさせそっぽ向いており、水城はそれを暇だから構ってほしいのだと思った。
『白石"と"』ではなく、『白石"で"』と自分をおもちゃ扱いする水城に白石は苦情を述べたが、当然二人は無視である。


「あ…!」


いつものトリオで漫才をしていると、平太が声を零した。
そちらに目をやれば平太が遠くを見つめていた。
それだけなら何かに気づいただけだと思うだろう。
しかし、彼は顔色を青くさせ怯えていた。


「またあいつだ…同じヒグマだ…」


平太の言葉に水城達はコントをやめ、周囲を見渡す。
そんな水城達に平太は『ほらあそこ!!こっちを見ている!!』とその方へ指さした。
しかし―――


「隠れてしまった…」


平太が指さした方へ水城達も見たが、熊の姿どころか、影すらなかった。
どうやら水城達が指さした方を見るまでの間にどこかに隠れたらしい。
自分達は見ていないものの、クマが近づいていたとすれば放っておけない。
クマの危険性は水城達も知っている。


「どんどん近づいてきてる…昨日はもっと遠くにいたのに…」


その熊は偶然水城達に気づいたわけではなく、この辺りをうろうろとしていた熊らしい。
熊に狙われている恐怖から、平太は声が震えていた。
そして…


「あれはウェンカムイ」


平太はそうポツリと呟いた。
アシリパは聞き慣れた言葉に思わず平太を見る。
彼は恐怖からか…焦点が合っていない目でその熊の方を見つめていた。

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