(252 / 274) 原作沿い (252)

ついに水城達もクマを目撃し、水城達が目撃したという場所に向かった。


「おかしいわね…間違いなくこのへんにいたんだけどなぁ…」

「お前ら歩き回るな!熊の足跡かどうか分からなくなる!」


熊がいたという場所に向かえば、やはり足跡どころか痕跡がなかった。
しかし水城と白石が熊の姿を見たのは間違いはなく、その痕跡を見つけようと二人は探すが、それが逆にもしもいた場合痕跡を消す事になってしまい、アシリパに叱られた。
叱られた水城は傍を離れ、はあ、と溜息をつく。


「やっぱり…あの白い熊を送らなかったら山の神様が…」


やはり水城の頭にはあのシロクマをちゃんと送れなかった事が引っかかっていた。
散々人を殺しておいて今更だとは分かっている。
だが、水城だって人の心がないわけではない。
送れるのなら送りたいと思うのは我が儘なのだろうか。


「分からないことをカムイのせいにして考えることをやめるのは良くない事だ…ヒグマがいたのに足跡が残っていないなんて絶対にありえない」


元々平太の言葉を鵜呑みにしていないアシリパの言葉に水城は『そうだよね…』と溜息交じりに返す。
しかし、とはいえ平太がいなくなって困るのも事実だ。
水城は気持ちを切り替え、白石に指令を出した。


「私達は熊を倒すからシライシは平太師匠を探して!!あの男が食われたらすっごい困る!!頭巾ちゃんを連れて行け!!」


仲間意識があるかは分からないが、付いて来る理由が水城達にあるのならヴァシリも戦闘員に数えてもいいだろう。
平太を守るため…いや、砂金に目が眩んだきったねえ大人と化した水城はヴァシリでさえ顎で使う気だった。
水城と同じく砂金に目が眩んだきたねえ大人の一人である白石は『了解ッ!!』と勢いよく川へ向かって走り出した。
白石を見送った後、水城は周囲を警戒しながら銃を持ち直す。


「行こう、アシリパさん…ヒグマが本当にいたら私達も危ない」


いるという証拠はない。
しかし、いないという証拠も確かにない。
アシリパは決して熊がいると信じてはいないが、平太の姿ない事も気になるのか頷いて水城に続いた。
暫く山を歩きながら熊や平太を探していると、前から来る人影に水城が気づいた。
手でアシリパを制止するとそれが平太だと気づき、警戒を解く。
しかし平太は水城達に気づいていないのか、後ろを気にしながら無我夢中で走っていた。
平太はそのまま水城の胸元に飛び込むようにぶつかる。


「平太師匠どうした!?熊がいたか!?」


水城よりも小柄な体格とはいえ、全力疾走の男を水城は揺らぐことなく難なく受け止める。
水城とアシリパの存在に気づいたのか、平太は恐怖が緩和された。
しかし、恐怖が完全に消えたわけではなく、まだ熊に食われるという恐ろしさに体は震えている。


「逃げないとッ!!早く逃げないと次は私だッ!!」


異様に取り乱す平太にやはりアシリパは違和感を感じた。
『次は私だ』という言葉がどうも引っかかったのだろう。
水城はそこには気づかず、熊がいたと知り肩に掛けていた銃を持ち直す。


「大丈夫、私達といろ!守ってやる…それで、熊はどこにいた?」


熊との対峙するのは初めてではない。
だが、何度も対峙して狩ってきているとは言え、熊の恐怖は消えないし、慢心は危険だ。
グッと銃を握り、熊の位置を確認する水城の問いに平太は震えた声で答えた。


「不可能です…私は必ずあいつに食われる…!!だからできるだけ離れてください…!!」

「どういう意味だ?」


体を震わせ絶望したように表情を強張らせ顔色を青くさせる平太の言葉に、アシリパが怪訝そうに問う。
その問いを聞いているのか聞いていないのかは分からないくらい平太は取り乱しながら続けた。


「親父も次郎ニイも嵩ニイもみんな食われた…!」


平太は恐ろしい光景を思い出す。
それは土に埋まっている父とすぐ上の兄の姿だった。
熊は『自分のもの』だと知らせる土饅頭で一度獲物を埋める。
死んでから埋めることもあれば、生きたまま埋めることもある。
その後獲物を食べるのだが、平太はその土饅頭に父と兄の姿を見た。
しかも一番上の兄が念仏を唱えながら生きたまま熊に食われる姿も、隠れていた嵩の嫁であるノリ子も目の前で熊に食われたのをこの目で見たのだ。
そのため、恐怖は大きいのだろう。


「ノリ子姉ちゃんも食われてしまった…!僕のせいだ…僕がウェンカムイを連れてきたから…」


熊は平太を追いかけて度々姿を現していた。
じっと黒い瞳で熊は自分を見ていた。
そのせいで家族は食べられてしまったのだ。
密かに恋心を抱いていたノリ子も目の前に食われ、平太は涙を流す。
しかし、そんな平太の言葉に水城は首を傾げた。


「平太師匠…あんた…さっきから誰の話をしているんだ?」


さきほどから父親や兄の事を言っていたが、それは過去に熊に家族を殺された事があるからだと思っていた。
しかし、先ほどノリ子という女性らしい名前を呟いた時、今まさにその場面を見て来たかのような口調だった。
だが、水城達は一度としてノリ子という女性に会った事がないし、父親とも兄とも顔を合わせたどころか、存在すら認識した事はない。
今までずっと水城達は平太一人を認識し、平太一人と話していた。
平太は目を丸くさせ唖然と水城を見上げた。


「平太の足元にあるそれ…ヒグマの毛皮だな?」

「え?」


平太は水城を『何を言っているのだろうか…この人は…』と思っていた。
平太はずっと家族と一緒にいたのだ。
北海道に来て雨竜川で父や兄達と砂金を採っていた。
その途中に水城達が現れ、父以外の家族は水城達を警戒しているのか話しかけることもなく遠巻きで見ていたはずなのだ。
なのに、なぜ水城はそんなことを言うのかが平太には理解ができなかった。
するとアシリパが平太の足元に向かって指さし、平太はハッとさせそちらを見る。
それを視界に収めた瞬間、平太の顔色は更に青く染まっていく。


「いつの間にここに…?」


それは風呂敷に包まれた黒い毛皮…熊の毛皮だった。
平太はその風呂敷に今気づいたように唖然と呟く。
そんな驚く平太に水城は流石に不審に感じたのか、怪訝な目で平太を見た。


「『いつの間に』って…あんたがそれを大事そうに背負ってたじゃないか…」


出会った時も、砂金を掘るときも、平太の背にはこの風呂敷が常に背負われていた。
しかし、平太はそれは見覚えがなかった。


「違うんです!何度も捨てたのに焼いても川に流しても…!人に頼んで処分してもらっても…!いつの間にかどこかから手に入れて『持って』るんだ…!!」


平太は地面に降ろした風呂敷を掴む。
この風呂敷にある毛皮に見覚えがないわけではなかった。
毛皮には見覚えはあるが…しかし、平太はこの毛皮を恐れている。
何度も処分しても捨ててもいつの間にか傍にあるのだ。
それが無意識に別のを購入しているのか、それともオカルト部類にある捨てても戻ってくる呪いの物かは分からない。
だが、平太はこの毛皮を何より恐れていた。


「水城とシライシが見たという熊はその毛皮だったんじゃないのか?」


元々平太を疑っていたアシリパは冷静に呟く。
その瞬間、平太の目には手にある風呂敷の中の毛皮が突然膨らみだしたように見えた。
風呂敷には収まりきれず、大きくなる毛皮は風呂敷を破り、その姿を平太の目に見せる。


「平太のいうウェンカムイとは―――平太の頭の中だけいるんじゃないのか?」


平太の目の前には、自分と同じ目を持ったヒグマが立っていた。


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