(254 / 274) 原作沿い (254)

ここからオリキャラが主役となります。
主要キャラの登場は暫くありませんので、ご注意ください。

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某日、北海道。
小樽という町に、女性と少女がたどり着いた。


「奥様…まずは宿を取りましょう」


馬車から降りて、暫く。
少女は前を歩く女性に声をかける。
少女も女性も、服装からして上流階級の人間なのは見て取れる。
女性は杖を突きながら『そうね』と頷いた。
しかし辺りを見渡してもそこにあるのは到底この二人が普段旅行の際に泊まる宿とは程遠い安宿が並んでいた。
少女は困ったように眉を下げる。


「どうしましょうか…宿って言ってもこの辺りでは私達が泊れる場所はありませんね…」

「私はどこでも構わないわよ、カナ…今回は旅行のためにここに訪れたわけではないんだもの…眠れるところだったらどこでもいいわ」


カナ、と呼ばれた少女は…水城の使用人だった少女だった。
そしてその傍にいるのは、水城の母親である静子である。
二人はあの後、鹿児島には帰らずここ北海道に留まっていた。
カナは主人の言葉に困ったように笑う。
静子は元々良家に生まれ、これまで上流階級の世界しか知らない。
そのため、世の中の世知辛さを知らないのだ。
カナもそうだが、特に静子のような良質な着物を着ている女などいい鴨だ。
カナも川畑家の使用人として幼い頃から仕えていたので、あまりよく知らないものの、使用人という立場から静子よりは世の中の危険は知っている。
寝るだけでいいと言って適当な宿にすれば、悪い人間に目をつけられ、盗難にあい、最悪集団で襲われる。
鯉登や平二がいたのなら別だが、女性だけの旅となると男性がいるいないでは危険度が違う。


(奥様はお嬢様育ちだもの…私がしっかりしなきゃ…)


内心グッと拳を握り、カナはギロリと周りを見渡すように睨む。
偶然目と目が合った恋人らしき男女や、親子がカナの形相にギョッとさせビクリと驚き、そそくさと速足に姿を消した。


「カナ?どうしたの?」


カナの決意など露知らず、静子はついてこずなぜか周りを睨みつけているカナに振り返って声をかける。
カナは主人の声かけにハッと我に返り、少し離れた場所に立っている静子に『なんでもありません!すみません!』と小走りで駆け寄り、二人は街の中に消える。



◇◇◇◇◇◇◇



宿は何とか日暮れ前に見つけることが出来た。
静子は本当にどこでもいいと思っているからか、目につく宿に入ろうとするのをカナが止めたのだ。
見つけたのはこの街で上等であろう宿。
少し街と離れており、出迎えてくれた女将も上品そうで、値踏みするような視線は全くなく、宿の雰囲気も悪くはない。
そして、本日何件目にしてやっとカナのOKが出た。
食事は外で済ませた。
流石に大きな宿というわけではないし、値段も静子達からしたら格安なので、そこまでサービスは求めていない。
暖かいお茶を頂けるだけで充分である。


「北海道のお食事って鹿児島とやっぱり違うのね…不思議なお食事だったわ」

「申し訳ございません、奥様…本当はもっといい宿を探せたらよかったのですが…」

「気にしないで、カナ…鹿児島では食べれない北海道の料理を食べることができて私は満足だわ」


謝るカナに、静子は笑って首を振った。
気にしていない様子にカナはホッと安堵する。
使用人としてはもっといい宿、もっといい食事をしてほしいところだが、栄えている街ならいざ知らず…ここは田舎というわけではないが旭川に比べると静かな場所だった。
そんな場所に綺麗な宿に泊まれただけ幸運だったのだろう。
カナは気配ってくれているが、静子は本当に気にしていなかったし、何より気分が良かった。
笑みをそのままに静子は窓を開けて外を見る。
二階の客室に宛てられたので、窓を開けると外の風景が広がっていた。
下を見れば夕食後の時間という事で、日中ほどではないものの、チラホラ人が歩いていた。
風景としては、鮮やかなものではないし、鹿児島にある屋敷のような閑静というわけではなかったが、悪くはない。
そう思えるのは、静子の心に光が灯っているからだ。
希望が、静子の気分を高揚させていた。


「明日は朝食を食べた後聞き込みをいたしましょう」

「そうね…今日は時間が時間だったから聞き込みが出来なかったものね」

「はい…焦る気持ちは十分に分かりますが流石に宿も取らず夜を迎えるのは不安ですし…私達はいい鴨ですからね…それに、ここまで来た疲れもあります…今日は早くお休みになって今日の疲れを取りましょう」


カナの言葉に静子は『眠れるかしら』と思う。
自分の感情が高揚し興奮しているのが分かる。
そんな状態ではたして疲れが取れるような寝方ができるのか分からなかった。
ただ、倒れてしまうのはカナにも心配をかけるし、せっかくここまで来たのに鹿児島に戻されたくはないので、カナが敷いてくれた布団に入って目を瞑る。


「…………」

「…………」


電気を消して眠りにつけば、その部屋は静まり返っていた。
すでに人間が眠る時間帯で、聞こえるのは時々外から聞こえる酔っ払いの声だけだった。


(眠れないわ…)


やはり予想通り、中々寝付かなかった。
疲れているのもそうだが、興奮して目が冴えてしまっている。
目を瞑るといつか眠れるだろうと、瞼を閉じる。
そんな物静かな部屋で、もぞりと、隣で眠るカナが動く音が大きく聞こえた。


「カナ…眠れないの?」


頻繁に寝返りを打つカナに、静子は瞑っていた瞳を開けてカナを見る。
カナは背を向けていたが、静子の声かけにゆっくりとこちらに振り返った。


「申し訳ありません…起こしてしまいましたか?」

「いいえ…目を瞑ってはいたけど私も眠れなくて…」


カナも静子同様眠れなかったらしい。
カナも同じく、気持ちが高揚していた。
目が冴えて眠れないカナと静子は、無理矢理眠るよりも暖かいお茶を飲んで気持ちを落ち着かせようと、布団から出る。
宿の人はもう寝ていたので冷めてしまってぬるくなったお湯でお茶を淹れる。
ぬるくなっているが、それでも日本人だからか急須から淹れられたお茶を飲むとホッと一息つく。


「カナ…ごめんなさいね…私の我が儘でこんなところにまで連れ回してしまって…」

「い、いえ!奥様!謝らないでください!私は我が儘だなんて思っておりません!」


主人に謝られ、カナは慌てて首を振った。
例えそう思っていても使用人であるカナが頷くことなんてできない。
だけど首を振ったのは、カナの本心だ。
カナは静子の行動を我が儘だとは思っていない。


「私は嬉しいのです…お嬢様が生きていらした事も嬉しいのですが…奥様が我が儘を言ってくださっていることにカナはとても嬉しいです…お嬢様を亡くされたと聞かされたときから奥様は沈んでいらしたので…でも…今の奥様はとても楽しそうで…お元気になられて…笑顔を浮かべられて……カナはそれが嬉しいのです…」


むしろ静子の我が儘を嬉しく思っている。
体調がすぐに戻るわけではなく、旅の途中で崩れることは多々あったが、それでも静子は劇的に変わった。
肌に赤みが浮かび、沈んでばかりいた表情は明るく笑みを浮かべている。
歩くのも休憩しながらだが、少しずつ距離も長くなっているし、杖に頼りすぎていた歩き方が改善されている。
まだ杖は必要ではあるが、時々杖をつかず歩く時もある。
性格も声も、明るくなった。
それがカナは嬉しかった。


「カナ…」


静子はカナの言葉に、カナにどれほど心配をさせ、どれほど苦労をさせたのか気づく。
カナの傍に歩み寄り、静子はカナの手を優しく触れる。


「これまで苦労をかけてごめんなさい…そして、ありがとう…カナだけではないわ…トメ達にも苦労をかけさせてしまったし心配もさせてしまった…駄目な主人ね、私は…」

「そんな…それは違います!奥様はダメな主人ではありません!旦那様や吉平様を亡くされてから奥様は必死に川畑家を存続させてきました…きっとこれは神様のご褒美なのでしょう…神様がお嬢様を守ってくださり、奥様の元へと導いてくださったのです…」


カナの言葉に静子は胸が温かくなる。
カナはまだ10代なのに、自分以上に強い子だ。
自分も慕っていた主人を亡くして落ち込んでいたというのに、それでも静子の傍にいて親身になって仕えてくれた。


「そうね…では、全てに感謝いたしましょう…私をあの子の元に導いてくれた神様に…そして、私に今も仕えてくれているあなた達に」


ぐだぐだと落ち込んでぶつくさ呟いても先ほどと同じ堂々巡りになる。
今、静子が出来ることは、同じことを繰り返し言うのではなく、日々カナ達使用人に感謝を忘れないようにすることである。
静子は触れているカナの手をぎゅっと握り締め、もう一度お礼を言った。
主人にお礼を言われるのは気恥ずかしく、くすぐったい。
しかし、カナはふと沈んだ表情を浮かべ、握っている湯飲みをギュッと握る。


(ですが…勝手に北海道に来てしまった私達をお嬢様は許してくださるでしょうか…)


カナは口に出しかけた言葉を飲み込んだ。
ここまで来て何を言うんだと、口内だけで呟く。
今までの静子の様子を思い出し、余計に言えなかった。
それを言えばきっと静子はまた落ち込んでしまう。
やっと以前のように笑顔を見せてくれるようになり、肌も艶やかとなり、顔色だって戻ってきているのに、余計な事を言って静子の気持ちに水を差したくはなかった。


「カナ?どうしたの?」


そんなカナの様子を静子は気づいたのか、声をかける。
静子の呼びかけにカナはハッとさせ、慌てて首を振った。


「な、なんでもありません!えっと…ちょっと眠くなってきたなって思いまして…すみません…」

「あら、謝る必要はないわ…そうね、私もカナとお話をして眠くなってきたところだし…そろそろ寝ましょうか…流石にこれ以上は明日に響いてしまうわ」


ニコッと笑う静子に、カナも笑い返した。
しかし内心気づかれなくてホッと安堵の息をつく。
まだ静子がこの北海道に留まり娘の足取りを追う理由は聞かされていない。
だけどカナは主人についていくと決めており、どんな理由であれ静子を止める気はなかった。


(もしもお嬢様がお怒りになられた時は静子様だけでも許してくださるようお願いしよう…例えそれで私を嫌われても……もう会ってくれなくても…それでも…お嬢様が静子様と再び親子に戻れるのなら…)


敬愛した主人にもう会えないと思うと心が引き裂かれるような辛さを感じるが、自分一人の犠牲で静子と雪乃がまた誰もが羨む親子に戻れるのなら安いものだ。
そう思い、カナは決意を固めた。

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