(256 / 274) 原作沿い (256)

結局、静子の迫りに恐れをなした男に『仕事の邪魔だ!』と言って追い返されてしまい、雪乃の事は聞くに聞けなかった。
その騒動で目立ってしまい、カナは引っ張る様に静子を連れてそこから離れた。


「もう!奥様!お知りになりたいお気持ちは分かりますがあんな風に捲し立てては相手の方が驚いてしまいますよ!」

「ご、ごめんなさい…」


使用人であるカナは主人を叱るなどあまりない行動だ。
だが、今回の静子の行動はあまりにも品性がなく、流石に苦言を呈させてもらう。
静子も我に返り反省しているのか、肩を落として使用人であるカナに謝る。
しょんぼりとさせる静子に、カナは『い、言い過ぎたかな…』と思うものの、ここで許してしまえば次も同じことを繰り返すだろうと甘やかすのをやめた。
ただ、反省しているのは確かだろうし、静子の気持ちも分からなくもないのでこれ以上責めるのはやめた。


「しかし…驚きましたね…まさかこんな簡単にお嬢様の情報が得られるなんて…」


『しかも娼婦がいる場所に』と心の中だけで続ける。
まだ静子があそこがどんな場所か知らないのなら、これは要らない情報だ。


(まさかお嬢様…体を売って生活していたなんて事ないわよね…)


ふと嫌な推測がよぎったが、それはすぐに否定した。
体を売っていたなら、あの男は雪乃の事を『兄ちゃん』なんて言わなかっただろう。
ただ、絶対にないとも言い切れない。
もしかしたらアイヌの少女の方が体を売って、雪乃は用心棒だったのでは……と、思うもそれもすぐに否定する。
写真で見た限り体を売っているようには見えなかった。
しかし、雪乃がまだ年齢が一桁の時に強姦された事も聞いているので、世の中には悪趣味な男がいるも確かだ。
写真で見ただけでは分からないが、アイヌの少女も顔が整っており、そういう趣味の男なら普通に抱けるだろう。
そこまで推測し、カナはトラウマから背筋を凍らせた。


「あの子…本当にここで暮らしていたのね…」


腕を擦りかけた時、ふふ、と静子が笑った。
静子の言葉にカナは頷く。
鯉登を信用していないわけではない。
ただ、実感がなかったのだ。
今まで雪乃は死んだとされていたため、生きているという事だけでも信じられない奇跡なのだ。
それが実際生きていた証拠を見せられ、まだカナは実感がなかった。


「でも…アイヌの方が来られる交易店ってどこにあるんでしょうね…」


あの後、男に追い払われてしまい、アイヌが皮を売りに出している店の道は教えてもらえなかった。
とは言え、交易店に来ることがあると知っただけでも大きな一歩だ。
静子の行動力が功を奏したのだろう。
付き人からしたら制御するのに疲れてしまうが…
静子は娘の情報を得て元気を取り戻し、笑顔を浮かべた。


「交易店って分かっているんだもの!広い街でも交易店はそれほど多くないと思うし…一軒一軒回ってみましょう!空振りでも何日か通えばいずれ会えるわ!」


静子の行動力は困りものだが、彼女の明るさにカナは助けられる。
カナだけでは落ち込んでいただろうし、彼女の物怖じしない行動力がなければ、あんな売春宿など寄ることは一生なかっただろう。
静子の言葉にカナも笑顔を浮かべ、『そうですね』と頷いた。



◇◇◇◇◇◇◇



旭川に比べて栄えているわけではない街とはいえ、意外と交易店はいくつもあり、これで三件目だ。
中に入ると色々な動物の毛皮が売られていた。
他の店よりも種類が豊富で、賑わっているのが見て分かる。


「ごめんください、少々訪ねたいことがあるんですが…」


カラカラと音を立てて扉を開ければ一人の男性がカウンターにいた。
男性は富裕層らしい佇まいの静子とカナを見て、不愛想な表情から笑顔を浮かべた。
もうそのコロリと変化する表情を見るのはこれで三回目である。


「これはこれはご婦人…いらっしゃいませ!今日はどのような商品をお求めに?」

「あ…すみません…少し聞きたいことがありまして…」

「は?聞きたい事ぉ?」


ニコニコと笑う男が、『聞きたい事』と聞いてあからさまに怪訝な表情を浮かべ笑顔を消すのも、不愛想な態度に戻るのも、これで三回目である。


「アイヌの方が獲った毛皮が欲しいのですが…」

「アイヌの獲った毛皮?」

「ええ…なんでもいいんです…アイヌの方が獲った動物の毛皮って、あります?」


失敗を重ねてやっとこの方法に辿り着いた。
最初は冷やかしは御免だと追い出された。
しかし二軒目に追い出されそうになり、カナが咄嗟にアイヌの獲った毛皮が欲しいと聞けば態度がコロッと変わった。
結局二軒目ではアイヌの獲った毛皮は置いていなかったが、カナと静子は追い出された理由に気づいた。
確かに、商売の売り上げはその人間の生活に直結する。
何も買わず聞き込みだけの客と、商品を求める客…どちらを大切にすべきかなんて考えなくても分かるだろう。
カナも分かっていて計算して言った訳ではなく、自分の咄嗟の判断は間違っていなかったことにホッと安堵する。
三件目のこの店が最後の交易店で、一番街の入り口から奥まったところに店を構えていた。
この店が駄目なら日を改めるしかないだろう。
それでも駄目ならば、一からやり直しだ。
店主は静子の言葉に訝し気に見る。
明らかに怪しんでいる様子だった。


「私…アイヌに興味持っていまして…この北海道に来たのも直接アイヌの方から色々購入したいと思って来たのです」


カナと作った設定を静子は一字一句間違えないように伝える。
設定はこうだ。
静子は県外の富裕層。
アイヌの品物が県外に流れ、一目惚れをした。
それからアイヌの品物に興味が湧き、直接アイヌから購入したくて北海道に来たという設定にした。
嘘を吐くことに抵抗がないわけではないが、本当の事を話しても信じてくれなさそうだし、何より愛娘のためだ。
見た目からして富裕層という事で、変な趣味を持った金持ち…と誤魔化せたのか、店主は納得してくれた。


「確かに、アイヌ達はうちの店によく皮を売りにくるが…」

「まあ!本当ですか!?」


最後の最後で引き当てたらしく、静子は笑顔がこぼれた。
聞き込みの情報といい、このお店といい、日ごろの行いか…とんとん拍子で娘に繋がる情報を得ることができた。
問題はここに皮を売りに来るアイヌの人たちが、娘を知っているのかである。
アイヌの生活は分からないが、もしかしたら集落が違うかもしれない。
そうなった場合、事情を話してアイヌの人に別の集落を案内して貰えるよう頼み込むしかないだろう。


「あのっ!ご紹介いただけませんか!?勿論!ご紹介いただけたのならこのお店で一番高い品物を購入させていただきます!」


掴んだ情報を離さないように、静子は何が何でも店主に食いつく。
商売にならない客として嫌な顔をしていた店主も、『一番高い品物を購入』という言葉を聞いて笑顔が浮かんだ。
確かに店を構えている側からして、品物を売らなければ生活が出来ないのは分かる。
だが、あまりにもあからさま過ぎて呆れてしまう。


「紹介するのは…まあいいんだが…アイヌは毎日同じ時間で来るわけじゃないんだ…だから確実に来る日は分からないんだが…」

「時間帯は分かりますか?」

「それもまちまちだな…まあ、あいつらの集落は山の中にあるから遅くには来ない…遅くても夕方までくらいだな」

「でしたら朝昼夕に来店いたします…勿論、その度に商品を購入いたしますわ…ですから出来たらでいいのでアイヌの方がいらしたら引き留めてくださると助かるのですが…」


購入してくれるのなら、と店主は二つ返事で返した。
今日は適当な物を購入をし、一度旅館に戻った。
あっという間に集まった情報を整理したいと思ったのだ。
そうしないと一人でも森に入ってしまうほど、今の静子は心が躍って落ち着けていなかった。


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