交易店で手掛かりを見つけたものの、物事はそう簡単には進まなかった。
あれから数日北海道に滞在しているが、アイヌが来た報告は得られなかった。
店主も毎日来るわけではないと言っていたので静子もカナも長期戦を覚悟し、毎日三回ほどその店に通っては物を購入するのを繰り返していた。
「あれから毎日通っているのに…アイヌの方は来られないですね…」
「そうね…アイヌの方ってどのような生活をなさっているのでしょう?」
街の中で生活をしない人間の生活は静子もカナも想像にもできない。
生まれてから街中で暮らしているというのもあるが、元々民族系の人間と接触していないのもあるのだろう。
(もしかしてカモられてる…?)
カナは『どんな生活をなさっているんでしょうね〜』と返しながらふとある考えが浮かんでしまう。
それは騙されているかもしれない、というものだ。
あまりにもアイヌの人間が来ないというのもあるが、男の態度が露骨すぎるのもあった。
高い物を購入すれば上機嫌に丁重に対応し、安い物を購入すれば不機嫌に適当な対応をするのだ。
今日も午前中に訪れて適当の物を手に取って購入すれば、それが安い物だったらしく笑顔一つ浮かべなかった。
最初こそ何を買おうと笑顔で対応してくれたのだが、日を追うごとにその態度は横暴な物に変わっていった。
静子は娘の手がかりに夢中だったし、彼女は世間に疎いので気づいておらず、ただただ娘を想いあの店に通っている。
カナも慕っている主人を想ってはいるが、静子に比べて客観的に物が見れていた。
それはきっと静子の存在があってこそだろう。
主人の母を守れるのは自分だけだという気持ちがあった。
そこで静子の後ろから交易店の店主を見てカナは怪しく感じた。
――意図的にアイヌの存在を隠しているのではないか…と。
そうすることでアイヌに会いたがっている静子はその間ずっと品物を購入してくれるのだ。
商売をしている身としては静子ほどいい客はいないだろう。
まあ、良い客と書いて良い鴨と読むのだが。
「お昼、どうしますか?」
『このまま続くなら別の手を考えないとなぁ』と思いつつ、カナのお腹が鳴った。
恥ずかしかったが、静子には聞こえなかったようでカナは静子に昼食を問う。
静子も空腹を感じていたのか、『そうねぇ』と考え込む。
物珍しいということでここ最近蕎麦ばかりだったが、そろそろ蕎麦も飽きた頃である。
しかし、現代の北海道と言えば海鮮を中心に美味しい食べ物で有名ではあるが、北海道の開拓がはじまったこの明治時代当時ではまだ日々の食にも四苦八苦していた頃だった。
特に北海道は氷点下にもなる気温や雪深い場所というのもあり、中々現代のような豊富な食材や料理は存在しなかった。
そのため、栄えている街でもないのもあり、静子達が食べるのも限られてしまう。
「三平はどうですか?」
カナは考え込む静子に頭に浮かんだ料理を口にした。
三平とは、現代では三平汁と呼ばれている汁物だ。
昆布などで出汁を取り、サケやニシン、タラなど魚の塩引きと、大根やニンジンなどの根菜類やジャガイモと一緒に煮た北海道の郷土料理である。
ただ、当時は醤油も味噌も高級品だった事や、厳しい環境故に他の食材が豊富に採れるわけではなかったため、調味料は塩のみになる。
食べたいというよりは頭にふと浮かんだからという理由ではあるが、北海道は地元の鹿児島より寒いため、北海道に住む人と比べて寒さに弱く、ただ冷たくなった体を温かい物を食べて温まりたいという欲の方が大きい。
「そうね、温かい物を食べて体を温めましょう」
静子も同じことを想っていたのか、頷いた。
ここ最近滞在していたためか、美味しい店を発見しており、その店までの道順を頭で思い浮かべていると―――静子が突然立ち止まる。
「奥様?どうかなさいました?」
突然止まった主人に、カナは首を傾げて静子を見た。
しかし静子はカナの問いかけに応えず、なぜかある方をジッと凝視していた。
その視線の先が気になり、カナもその視線を伝っていけば…そこには一人の男がいた。
その男の姿にカナも釘付けになったように男を凝視した。
男は鈴木火薬銃砲店と書かれた店から出てきたところで、銃を肩に掛けていた。
とはいえ、別に銃を持っていたから静子もカナも凝視するように見ているわけではない。
その男の姿に静子とカナは注目していた。
「奥様…あの方…」
男は珍しい服装を着ていた。
まだこの時代、洋服の歴史は浅く、多くは着物が主流だった。
だが、それでも慣れ親しんでいる着物と、民族衣装の違いは誰だって分かるだろう。
静子はカナの声に答える余裕はなく、ある写真を取り出して見る。
その写真は愛娘とアイヌの少女が写っている写真だった。
その写っているアイヌの少女と、目の前を歩く男性の衣服がほぼ同じだったのだ。
「カナ!あの方とこのアイヌの少女の着物が同じよ!きっとあの方はアイヌの方だわ!」
「はい!私もそう思います!奥様急ぎましょう!」
ほぼ100%の確率で目の前を歩く男性は静子とカナが求めたアイヌ民族だろう。
帰っていく男性に静子とカナは慌てて追いかける。
ただ、静子は病み上がりなため、足は若いのもあるが健康なカナの方が早い。
静子は自分を気にするカナに自分を気にしないよう言い、カナに男性を引き留めてもらう。
「あ、あの!!待ってください!!」
カナは主人を心配しつつ、しかし、その主人の命令でもあり願いでもあるため、静子を置いて男性を追いかける。
最初は男性もまさか自分を追いかけているとは思っていなかったのか、振り返りはしたが自分ではないと思い歩き出そうとした。
そんな男性にカナは更に声を上げて制止を求めた。
「そ、そこのアイヌの方!!止まってください!!」
カナも混乱していたのだろう。
最初はなんて言えば立ち止まってくれるのか考える事ができなかった。
無意識なのか、咄嗟にそう叫ぶと男性の足が止まった。
そこでやはり自分達の読みは外れていなかったのだなとカナは内心ホッと安堵し、やっと巡り会えたアイヌを逃がさないため慌てて止まってくれたアイヌの男性の元に駆けつけた。
男性にトラウマを抱えているカナではあるが、大切な雪乃の手掛かりを逃がしたくないという思いで頭が一杯だった。
「あ、あの…その…」
「何の用か分からんが…とりあえず落ち着いてから話せばいいから」
「は、はい…ありがとうございます…」
全速力で走ったせいか、息切れで言葉が詰まってしまう。
それを察してか、アイヌの男性は気遣ってくれた。
カナはその気遣いにお礼を言いながら荒れた息を整える。
そうしているうちに静子も到着する。
「それで…俺に何か用か?」
二人の息が落ち着いたのを見計らって二人のうちの一人が声を掛けてくれた。
カナは改めてアイヌの男を見る。
男性は太い眉毛に半月のような目、毛深くはないが口から顎までの髭を生やしていた。
男の問いにカナは静子を見た。
静子は持っていた写真を見せる前に確認をするため、男に声をかける。
「あの…あなたはアイヌ民族の方でよろしいでしょうか?」
確実に男はアイヌだと分かっているが、一応の確認をする。
男はコクリと頷き、静子は合っていたことにホッと安堵する。
そして静子は写真を男に見せる。
「このアイヌの少女の事を知りませんか?」
そう言われて見せられた写真を手にとって見てると男は目を丸くさせ、写真を見つめた。
その様子を見たカナは男が何か知っていると気づく。
男は静子の問いに答えず、視線を写真から静子とカナへと向ける。
ジロジロと二人を見るその目は明らかに怪しんでいた。
「さあなぁ…アイヌって言っても全員を知っているわけじゃないし、アイヌなんて北海道中に多くいるからなぁ…」
男はそう言った。
だが、先ほどの様子からして男がこの少女を知っているのは確かなのだ。
警戒されてしまい、カナは迷ったが事情を話した。
「実は私達この女性の関係者なのです…一緒に写っているアイヌの少女にお世話になっているとお聞きして北海道にやってきました」
事情を話したと言っても本当の事は言えなかった。
男がどこまで知っていて、どこまで関係があるのか分からない以上、雪乃の事はあまり言わない方が良いだろうと思ったのだ。
男は雪乃の関係者だと聞いて、改めて写真を見た後、怪訝そうに眉を顰め静子とカナに視線を戻す。
「関係者と言ったが、どんな関係者なんだ?」
男は少女を知っている。
そして、隣にいる女性の事も知っている。
だからこそ慎重になってしまうのだろう。
カナは男の問いに静子を見る。
静子もカナを見つめ、二人は顔を見合わせた。
男は少女の事を知っているようではあるが、絶対に知っているという証拠はない。
それにどこまで関係があるのかも分からないため、素直に話していいのか迷っていた。
静子もカナも困ったように眉を下げて黙り込んでいると、男は何も答えない二人にしびれを切らしたのか渡された写真を突き返した。
「悪いがどんな関係者なのかも言えない人間に俺達アイヌの情報はそう簡単にはやれない…すまんな」
同じアイヌから男は『呪われたもの』と評されている。
それは川の恵みを尊んで川を穢さないように大切にしてきたアイヌの生き方から外れているからだ。
アイヌには珍しく和人とも気軽に接しているが、それでもアイヌを蔑ろにしているわけではない。
怪しい所はないものの、必ずしも怪しい人間の容姿が正確に反映されるかと言えばそうではないだろう。
人好きするような性格でも蓋を開けてみればクズだった、なんてざらにいる。
男は静子達に写真を返し、背中を向けて去ろうとした。
流石に無理に引き留める事は出来なかった静子とカナは『そうですか…引き留めてしまい申し訳ありません』と謝り見送った。
「………」
男は背中を向けながらも静子達の声で落ち込んでいると分かった。
チラリと静子達を見れば、二人はがっかりしたような表情を浮かべていた。
写真を持つ静子なんてぎゅっと両手で写真を握り、頭と肩をがくりと落としていた。
そんな静子を慰めるカナも残念そうな表情を浮かべており、なんだか元気がないようにも見えた。
「………」
男は立ち止まり、溜息をつく。
そして、静子とカナに向かって再び歩み寄った。
「もう一度その写真を見せてくれ」
去ったはずの男の言葉に静子とカナはキョトンとする。
男がもう一度言えば、静子は恐る恐ると写真を男に差し出した。
その写真をもう一度手に取って見る。
やはり何度見てもアイヌの少女は…―――姪だった。
「俺はこの少女の叔父にあたる」
男は写真に写るアイヌの少女、アシリパの伯父であるマカナックルだった。
猟で使う銃の弾を購入するため街を訪れていたのだ。
静子達を警戒していたが、どうしても静子達が悪い人間とは思えなかった。
肩を落とす静子達を見てマカナックルは罪悪感に勝てず引き返した…というわけだ。
マカナックルの言葉にカナと静子は目を丸くしてお互いを見た。
マカナックルは自分がアシリパの叔父だと言った後、二人を見る。
その視線は『それで、二人は?』と言っているように見えたし、実際そう言っているのだろう。
そこで二人はマカナックルに試されていると気づく。
『自分は素直に話した…お前達はどうだ?』とマカナックルは二人が本当に水城の関係者なのか試している。
いや、試しているというよりは静子達にチャンスを与えてくれているのだろう。
まだマカナックルは二人に疑心を抱いていた。
「私はこの女性の母親です」
今度はマカナックルが目を丸くする番となった。
静子はあえて名前は言わなかった。
男装して訳ありの生活をしているということは、本名は使っていないのだろうと考えたのだ。
しかし、静子もカナも雪乃の偽名を知らない。
雪乃が生きているという事実が衝撃的すぎて、鯉登に偽名を聞くのを忘れていた。
「事情があってこの子の名前を知りません…この近くに旅館を取っておりますので詳しい事はそこでお話させていただけませんか」
名前を知らないのに母と名乗る静子にマカナックルは怪訝とした目で静子を見た。
どんな事情があるかマカナックルは分からないが、ついていく事を躊躇した。
静子達がどんな人間か分からない以上、そんな人間のテリトリーともいえる領域に踏み入るのは正直恐ろしい。
本当に静子達が悪人ではない証拠はなく、マカナックルの勘なのだ。
しかし、静子とカナのこちらを見つめるその瞳が余りにも真剣だったため、嘘とも思えなかった。
マカナックルは静子達を信じることにした。
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