その日から静子とカナはアイヌの村にお世話になることにした。
静子達は山道には慣れていないし、熊に遭遇してしまう可能性だってある。
それに何よりアイヌが仕掛けた毒の罠もあちこちにあるため、静子達が単独で森に入るのは危険だとマカナックルが判断したのだ。
毎日通う手間を考え、孫と一緒にいたいというのもあって静子とカナは一度宿に戻ったあと、荷物を持って再びアイヌの村に戻ってきた。
「お婆様、今日からお世話になります」
マカナックルにも手伝ってもらい、荷物を持って村に戻ってきた静子はまずお世話になるフチに挨拶をした。
勝手に村にお世話になっていいのか迷ったが、マカナックル曰く、フチの夫…すなわちマカナックルの父親はこの村で一番偉かったため、その妻であるフチに文句をいう者はいないのだという。
お世話になるのだからと街で手土産を持って戻ってきた静子達にフチは笑顔で歓迎してくれた。
静子が手土産をフチに渡すのをカナは傍で見ていると、小さな影が近くにきたのに気づく。
そちらに目をやれば危なっかしい足取りで近くに来る静秋の姿が見えた。
大人達に笑顔を振りまきながらよちよちと歩く姿は愛らしく、静秋を認めきれていないカナも思わず頬が緩んでしまう。
静秋は祖母ではなく、カナに向かってきた。
(えっ…え?え?)
カナは子供は好きではないが嫌いでもない。
いわば子供に慣れていないため接し方が分からず、敬遠してしまうタイプの人間だった。
静秋は孫大好きな静子が主に相手をしていたため、カナはその傍で見ているだけだった。
そのためカナはそれほど静秋と接した時間は多くはない。
静秋も構ってくれるアイヌ達や静子に懐いているという印象だったため、祖母ではなく自分に向かって来るとは思っていなかった。
あわあわと視線を泳がせている間に静秋はカナに辿り着き、膝に手をやりカナを見上げる。
視線を泳がせていたカナはつい静秋へと視線をやれば、目と目が合ったのが嬉しかったのか、静秋は琥珀色の瞳を細めてニパーッと笑った。
その瞬間、どこからか銃弾が飛んできて見事にカナの心臓を貫いた。
「あら、しぃちゃんってばカナが好きなのねぇ」
胸を押さえ俯くカナを見て、静子は『ばあば、やけちゃうわ』と言いながらもその顔はニコニコと笑っている。
カナが静秋に落ちたのだと察したのだろう。
そして、同時に安心した。
傍から見てもカナはあまり静秋に近づくことはなかった。
いつも静子の腕にの中にいたり、アイヌ達と遊んでいるのを遠目で見るだけで、自ら関わらろうとする素振りはなかった。
子供は可愛く守られる存在ではあるものの、やはり人間の中には苦手だったり嫌いな人間もいる。
村の子供にも愛想笑いをしたり、普通に対応は出来ているので、子供が嫌いというわけではないのだろう。
静子はカナはただ子供に慣れていないのだと思い、そして連れ回してしまっているのも自覚しているため、カナの様子を見ていた。
それに雪乃の事もあり、無理強いはしたくはなかったのもある。
子供好きというわけではないものの、静秋とは和解できたようでつい笑顔がこぼれてしまう。
「うー?」
赤子でもカナの様子が可笑しい事が分かったのか、『どうしたの?』『大丈夫?』と言っているように首をかしげ、俯くカナの顔を覗き込む。
するともう一人の赤子がハイハイでやってきて静秋と同じくカナを不思議そうな目で見上げていた。
この赤子はフチやマカナックルの親族や、他のアイヌの子供ではなく、捨て子なのだという。
アイヌは風習から他人が子供を見たり、村全体で子育てをしている。
その風習を利用して、時々子供を育てられない和人がアイヌの村に捨てに来るのだという。
この子もお金と一緒にフチの家の前に捨てられていたらしく、それ以来子供はアイヌの村で育てているのだという。
それを聞くと同じ和人であり親である静子には心痛い話だが、村の様子を見ているとそう悲観的になる事もないのだと気づく。
捨てられたから必ずも不幸になるわけではないのだと、赤子とアイヌ達を見て静子は知った。
「たいたい?たいたい?」
まだ世の厳しさを知らない純粋無垢の4つの瞳がカナに向けられる。
どうやらどこか痛いのかと心配しているようで、静秋は手を置いている膝を慰めるように撫でる。
隣の赤ん坊もそれを真似るように『たー?たー?』と言葉を話しながら膝を撫でていた。
その姿はまさに天国。
まさに楽園。
可愛い赤子二人に心配されたカナは緩む口をキュッと噛みしめ、静秋と赤子を膝の上に乗せてぎゅっと抱きしめる。
「奥様!今すぐにお坊ちゃま達の戸籍を川畑家へと届けましょう!!!!」
「あらあらカナったら…しぃちゃんを認めていなかったのではなかったの?」
こんな可愛い生き物が存在していたとはカナは今まで知らなかった自分が信じられなかった。
くりくりとした目にふくふくした頬、丸い輪郭に可愛い声。
おててなんてまさに紅葉である。
カナが二人の赤ん坊をギュッと腕に出すその姿も静子にとったらカナも含めて可愛いしかなく、ついからかいたくなってしまい、意地悪な事を言ってしまった。
そんな静子にカナは『何言ってるんですか!』と静秋の両脇に手をやり静子に静秋を見せるように抱き上げる。
静秋は突然視界が高くなり不思議そうにキョトンとしている。
その表情も仕草もたまらない。
「見てください!!この美しい瞳!!愛くるしい声!!愛おしい仕草!!まさにお嬢様のお子です!!!」
「そうね、雪乃さんにそっくりね」
マカナックルはカナと静子のやりとりを見ながら『いや、どっちかって言えば父親似だろ…』と思ったが口にしないでおいた。
どう見ても静秋は父親に似ている。
母親である雪乃に似ているところといえば、琥珀色の瞳だろうか。
父親を知らないマカナックルでさえそう思うのだから、カナと静子の言葉は少し強引であった。
それでも本人達がそう思っているのならそれでいいか、とマカナックルはキセルから吸い込んだ煙を赤子や女性人達がいない方向へと向かって吐き出した。
「それに見てください!この子もお嬢様にそっくりだと思いません!?」
「あら本当…なんだかこの子も孫な気がしてきたわ」
静子とカナのコントを聞きながら、マカナックルは『なんでだよ』ともう一度キセルを加え煙を吸い込みながら突っ込んだ。
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